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白い背中

 携帯電話に入っていたメールを見て俺はため息をつく。一年間の俺の安息の日々が終わったことを知る。


 といっても前半は就職活動に苦しんでいたから、言うほど穏やかな日々だったわけではないけれど、去年若干荒んでいた俺を、さらに苛立たせていた存在が戻ってくるらしい。俺はもう一度ため息をつく。

 とはいえ、十二月色々世間も忙しい時期、俺のところにあの喧噪がすぐにくる訳ではないだろう。そう思い俺は気分を入れ替え、仕事に勤しむことにした。十二月というとクリスマスだけでなく世間の人は呑みたくなるようでそれだけ Barの出番は増える。それだけに黒猫としても頑張りどころ。


 個人的な事で頭悩ます暇はない。

 しかも年末はイベント商店街も多くキーボくん出動機会が多く休みもあまりない。璃青さんとゆっくりデートなんて事も出来ない事の方が俺にとって問題である。考えたら二人で何処かに出かけてデートするなんて事も出来ていない。キーボくんのアテンドで璃青さんがついてきてくれるようになったが、これは断じてデート等ではないし、そう言える程素敵な事ではない。

 璃青さんは璃青さんでクリスマスと正月商戦の為に色々と忙しい。お隣という距離感で本当に良かった。会いたくなったら隣に顔を出して会いに行けるし、璃青さんも黒猫に前より顔みせてくれるようになった。


 店内にクリスマスツリーを設置して、澄さんとそれにオーナメントを飾りつける。よく見るとキーボくん一号二号、イカ様がいるのは御愛嬌。

 クリスマスはクリスマスらしくカンパーニュに、先日璃青さんと一緒に作ったポテトサラダとトリッパの煮込みそして、ホットカクテルを季節のオススメメニューとする事にした。


 そんなお祭り気分で盛り上がる日、頭の角に追いやっていた厄介事が自ら黒猫を訪ねてきた。


 俺はお客さんにグラスにデコレーションされたポテトサラダを持っていき感嘆の声を頂き嬉しくなり、視線をカウンターの璃青さんに向け二人で微笑み喜びを共感している時だった。

 お店の扉の開く音がした。小野くんが対応している気配を感じたので、そのままオーダーを澄さんに、通す為戻ろうとした時に行き成り何者かに抱きつかれた。

「透、会いたかった」

 そんな声が聞こえる。抱きつかれていた為に相手の顔はみえなかったが、こんな事をする人は一人しかいない。

「凜、何しに来たの?」

「決まってるじゃない! 就職祝いを渡しに♪」

 相手は、ムカつくくらい晴れ晴れと笑って顔をあげる。そして俺に海外で探して来てくれたであろうお祝いの入った紙袋を渡す。中をチラリと見ると幾つかの包が入っているのが見える。多分俺の為に色々悩み選び一つに絞り切れず複数買ってきたんだと思う。そんな姉の思いが見える為に俺は素直にお礼を言う。

 相手は俺の一つ上の姉「東明凛」。親が共稼ぎの事で、二人でずっと家にいる事が多かった為に仲は良い方だと思う。

「うーんやはり、カワイイ。そういう素直な表情。嬉しいなら嬉しい顔ちゃんとしないとダメじゃない」 

 そう言ってニッコリ笑い俺の頭を撫でる。この姉の事は好きだけど、こういう感じで俺に構い過ぎるのが悩み所。

 『留守がちの両親の代わりに、俺を守りたい!』と思ったとか本人は言うけど、愛情表現が激しすぎる。

 親の子供の自主性を尊重するという放任主義教育の関係で、ありえない程自由に育ってしまった。家事も分担していたが気が付けば『得意な人がやった方が事故は少ない』と言って一切やらなくなった。中・高校生の弟に自分の下着まで洗わせるってどういう神経なのか?

 社会人になれば家を出るというルールの我が家で、家事に問題がある自分を察したのだろう、俺も連れて出て行くと駄々を捏ねて大変だった。


 俺が溜息ついていると、凛は杜さんの前に座り気ままにしゃべり始める。杜さんは自分自身も気侭だし、知り合いにも自由人が多いので凛のそういった面を気にしない。それに可愛い姪っ子として俺同様可愛がってくれる。

「カワイイとか綺麗だねとかまったくよ! 朝目覚めた時とか、行ってきますのキスの時とか言ってくれてもいいと思わない?」

 凛がまた変な事言っている。

「私が愛の籠ったメール出してあげているのに、ユキたらそれに『大丈夫です。ありがとうございました』という素っ気ない感じで一行以上返してくれた事ないのよ!!」

 凛は昨日まで外務省の仕事でイタリアにいた。しかしその時差距離関係なく一日二回メールが届いた。そんなことしていると連絡する内容もなくなっていくし、こっちも色々あって面倒くさくなっていくから仕方がない。

「まあ、凜ちゃんは、ユキくんが数少なくそういう甘えができる相手だから」

「そりゃ私も、そこは分かってるわよ! 透は私の事大好きで、愛してくれているって。でもツンデレだから」

 凛が適当な事言ってる。


 考えてみたらそういう所杜さんに似ているのかもしれない。だから気があうのだろう。フフフと杜さんその言葉を受ける。良く分からないけど、全てを妙なポジティブ思考な返答してくる所は杜さんと凛は似ているかもしれない。俺が杜さんの凄い言動に固まっていても、その反応はシャイとか思慮深い子と杜さんは変換してガシガシ頭を撫でてくる。

「ツンデレって何だよ、凜と関わると面倒だからそうなるんだろ。用事終わったら、さっさと帰ったら。疲れてるんだろ?」

 そう言うと凛は嬉しそうに笑う。俺のこの言葉の何処に喜ぶ要素があったのか、分からない。

「それは透が可愛すぎるから悪いの。それに何やかんや言って、心配してくれるところが、本当に優しいんだから」

 可愛いと直ぐ言ってハグしてくるところも杜さんと似ているのかもしれないが、流石に職場で姉に抱きしめられるのは恥ずかしい。

 そして今日は此処に泊まる気満々で来たようだ。俺の部屋に泊めて欲しいと甘えてくる。一年ぶりの日本であるし、自由人であっても家族が恋しかったのだろう。承諾すると。姉は嬉しそうに久々の俺の朝食食べられると喜んでいる。

 若干こんな姉で恥ずかしいけど、璃青さんに紹介しようかと振り向いたら何故かそこに彼女の姿はなかった。

 俺がキョロキョロしていると小野くんが俺を店の角に引っ張る。そして璃青さんが帰ってしまった事を知る。

「気を悪くされて帰ったみたいで……」

 言いにくそうに言う小野くんの言葉に俺は首を傾げてしまう。

「え? 気を悪くなんで?」

 すると小野くんにやけに驚かれる。

「だって、元彼女さんがやってきて仲良くしていたら、彼女としては嫌なものですよ!」

 元彼女って? 俺は混乱する。

「………………は? 誰が元彼女? まさか凜?! どうしてそんな誤解を?!」

 どうみたら、あんな凜を彼女と誤解するのだろうか? 見た目は兎も角口開いたら女性らしさなんて全くないのが分かると思う。でももし本当だったとしたら大変である。璃青さんに最低の男とか思われたのだろうか? 杜さんと目が合う。状況が分かってくれたのか頷いてくれたので俺は扉に視線を向ける。

「小野くん、ゴメンホール少し任せて良い?」

 そう言って俺は外に飛び出した。すぐに隣へといくけど、人の気配がまったくない。もしかして家に戻ってない? そして一人でこんな暗いのに彷徨っている? 商店街を見渡すけど璃青さんらしき白いコートの人物は見えない。こんな時間に何処に? 開いているお店も少ない、開いているのは『とうてつ』くらい。そちらに向かおうと走る。すると足下を何か小さい動物が走り抜ける。転びそうになり、その動物を見ると白猫で、振り向き俺の方を見て『なんだよ! お前危ないな!』みたいな感じでニャーと鳴きそのまま商店街を走って去っていってしまう。そして白い猫の背中がなんか白いコートを着た璃青さんの背中に重なる。その時に俺の頭の中で何か音が響く。それはあの夏祭り月読神社のお堂の中で聞いたあの音。俺はしばらく白猫が走り去った方向を見つめる。その先にあるのは月読神社。俺は何故かそちらに惹かれるように歩き出す。もし俺と璃青さんの間に何だかの絆があるとしたら、そしてそれが生まれた場所はあそこのような気がする。

 街灯も少なくなっていき、そこにぼんやりと月読神社の鳥居が見えてくる。ここまで来てしまったけど、本当にいるのだろうか? そっと鳥居から中を覗くと白いコートの女性がボンヤリと立っているのが見えた。それに俺はホッとする。

「璃青さん!!」

 そう呼ぶと、璃青さんはボンヤリとした表情でコチラを振り向く。

「璃青さん、こんな所にいた………」

 俺はお辞儀して鳥居をくぐり、璃青さんに近づく。その時ピューと風が吹く。流石にもう十二月だけに寒い。まずは温かい所に連れていかないとと思う。

「風邪を引きますよ。………璃青さん、帰りましょう」

そう話しかけるけど、璃青さんは怯えに似た表情を見せ後ずさる。

「やっ。嫌……っ」

近づくと璃青さんは泣いていて、近づく俺の手を弾く。その行動に思った以上にショックを受けている自分に気付く

「璃青さん?」

恐る恐る話しかけると、璃青さんは俺を咎めるような視線を向けてくる。

「本命の人がいる人に振り回されるのは嫌なの。透くんこそ、そんな薄着でこんな所にまで来て風邪を引くわよ。早くあの人のところに帰ったら?」

 小野くん言っていたように本当に誤解しているようだ。

「やっぱり誤解しているんですね。あの人は俺の、」

「止めて!もういいから」

 説明しようとした言葉が遮られる。

「璃青さん、聞いて!」

「大事な人なんでしょう?わたしなんかよりもずっと。……もう、嫌なの。わたしだけが好きで、大好きで、苦しいの……!」

 説明しようとしても聞いてもらえない。どうして良いのか分からなくなり、俺は衝動的に興奮して話し始める璃青さんを抱きしめる。

「だから俺の話を聞いて!って」

「やだ、離して!」

 俺の手から逃げようと身をよじるので、さらに強く抱きしめる。

「離さない!絶対に!!」

 それでも逃げようとする璃青さんに、どう表現して良いのか分からない感情が沸き起こる! 怒りなのか哀しみなのか?

「やめ………んんっ!」

 強引に璃青さんの顎を掴みキスをしていた。もうそれ以上、俺を否定する言葉を聞きたくなかった。そして璃青さんを感じたかったから。

「………っはぁ。……ん、嫌、こんなの、いや……っ」

 見開いた目からボロボロ涙を流す璃青さんの顔を見て、俺は激しい後悔を覚える。その涙を流し続ける瞳に見つめられて俺は佇むしかなかった。

「………………」

 涙で濡れていく頬が見てられなくて、俺はその涙を俺の指で拭う。璃青さんの表情が少し落ち着いてきたのを確認して俺は口を開く。

「………まず誤解を解かせてください。さっき店にきた女性は俺の姉です」

「嘘」

 すぐに璃青さんは否定してくる。

「顔みたら一目瞭然でしょ? 双子って言われてしまう程、姉にそっくりだと言われますよ」

 そう言うと、璃青さんは少し困った顔で悩む素振りを見せる。

「でも、だって………」

「姉はああいう人なんです。あの態度が璃青さんを傷付けてしまったならすみません」

 静かに語り掛けるように璃青さんに言葉を続ける。

「…………透くん」

「はい」

 璃青さんの声に俺は頷く。

「わたしね、怖いの。またこんな事があるかもしれない。本当はいつも頭のどこかでそう思っていたの。あなたはまだ若いし、わたしには勿体ないくらいの人だから」

 やはり俺って璃青さんを安心してあげることなんて全くできてない、頼りない存在なんだ。それを感じ寂しくなる。

「そんなに俺って信用できませんか?」

「………それはわたしが弱いせいなの。わたしには自信なんて何ひとつないのよ」

 璃青さんの前の恋愛を聞いてはいて、その傷も理解していたものの、俺が真面目な愛を示せばそれで大丈夫だとばかり思っていた。でも俺の力はまったく璃青さんの前では無力だ。

「だったら俺は何度でも言う! 貴女が好きだと、貴女に夢中なんだと!」

 しかしこんな言葉いくら繰り返しても、どれほどの効果があるのか? 俺は璃青さんを抱きしめる。強く俺の想いを感じて欲しくて。

 璃青さんの手が俺の背中に周り抱きしめ返してくれる。俺はその感触をひたすら自分の感覚で追いかける。するとハッとしたように璃青さんが動き身体が離れる。

「ねぇ透くん、風邪引いちゃう!早く戻って!」

 俺の腕とかを摩りながらそんな事を言ってくる。

「璃青さんが帰るというまで帰りません! こんな所に一人にしておける訳ないだろ!」

 俺の事を心配してくれるのは嬉しかったけど、俺が返ったら、また璃青さんはここで一人になってしまう。

「………分かったわ、ごめんなさい。わたしもちゃんと帰るから。ね、一緒に帰りましょう?」

 俺の手をとり、言い聞かせるように璃青さんが優しくそう言ってくる。まるで俺が我儘いっている小さい子供のような感じだ。黙ったまま戸惑っていると璃青さんが俺をまた抱きしめてくる。優しくそして俺に微笑む。俺は黙って頷き璃青さんの手に引かれるように商店街の方へと歩くことにする。なんか立場が逆になっているような気がする。俺が璃青さんに連れ戻されている。

 根小山ビルヂングの前に来て、改めて俺達は向き合う。璃青さんの少し赤い目を見つめていると切なくなる。

「すみませんでした」

 これだけは、今言わないとダメだろうと俺は口を開く。

「え?」

 キョトンとした顔されると、言い出しにくくなる。

「先ほど無理矢理……キス……してしまって………」

 そう言うと、璃青さんはビックリとした顔をしたけど、笑う。少しだけだけど。

「う、ううん。わたしこそ、誤解してごめんなさい」

 首を振るけれど、俺の視線から逃げるように下を向いてしまう。

 手をそっと掴むと、璃青さんの手はビックリする程冷たかった。俺は何か温かい飲み物を作ってその身体を温めてあげたかった。手を引き黒猫へと誘うけど、その手を引っ込めて嫌がった。

「待って」

 璃青さんは俺をジッと見上げてくる。

「やはり怒ってますか?………俺の事、嫌いになってしまいましたか?」

 璃青さんお表情が、何を考えているか読めずに俺はそう聞いてしまう。心の中はドキドキしている。

「………好きよ。わたしも透くんしかいらないと思ってる。

 でも、こんな泣き腫らした顔でお姉さんに会うのは恥ずかしいの」

 思いもしない言葉が帰ってきて俺は、ポカンとしてしまう。でもどこか必死な感じで俺を見上げる表情に、そんなの気にしないでと無理やり連れていくのも躊躇われた。

「そんな気を使うような存在ではないんですが、分かりました。また日を改めて御紹介します」

「はい、お願いします」

 璃青さんは心底ホッとした顔をする。

璃青さんのどこかまだ不安を残した心に直接触れたくて、俺はかがんで璃青さんにキスをする。璃青さんの唇がそれに答えてきてくれた事にも安堵する。

「透くん、お休みなさい」

「はい、お休みなさい」

 二人でそう挨拶して、それぞれの場所に戻っていった。

 そして、黒猫に戻り俺は、此処に璃青さん連れて帰らなくて良かったと心底思う状況が広がっていた。


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