白猫黒猫のタンゴ
二話同時更新なので、【彼女がいる部屋】読まれてない方はそちらから読んでくださいね!
キッチンで夕飯の洗い物をしてくれている璃青さんの気配を感じながら、俺は少しパソコンで仕事をさせてもらうことにした。部屋にこうして人がいるのって何か落ち着く。いや璃青さんだから落ち着くのだろう。
仕事が一段落したので、jazzBar黒猫のHPをチェックする。
「え!」
HPの掲示板を見て、いつになくコメントが来ている事に思わず声を上げる。
「どうしたの?」
キッチンで作業していた璃青さんがコッチを見てきいてくる。
「いや、うちのお店で行われるハロィンのイベント思った以上に大変な事になりそうで……」
ちょっとしたお祭り気分を楽しもうと思って仕掛けたものの、イレギュラーな要素が加わった為に大騒ぎになりそうだ。
珈琲のマグカップを二つもってきてくれた璃青さんが俺の隣に座る。
「大変な事?」
俺は心配そうな顔をする璃青さんを安心させるように笑いかける。
「黒猫としては良い事なんだろうけど、やはりこういう事態は緊張するな」
そして俺は説明する。その日に急遽演奏する事になった人物が、jazzの世界では有名な人物で、しかも最近話題を色々振りまいた人だった。それだけに出場アーチストは伏せていたのが、その人が元々よく黒猫で演奏したりしていたこともあり、分かる人には分かってしまったようだ。しかもその人物が帰国後のライブで『ハロウィンに日本の某場所でシークレットギグやるよ~』と言ってしまっているようだ。
「そんなにスゴイ人なの?」
ノートパソコンを覗き込みながら聞いてくる璃青さんに俺は頷く。
「スゴイよ! Kenjiさんが演奏すると、空間の色が変わるそんな感じで」
画面を見ると、流石Kenjiさんファンだけある。ストレートに聞いてこない。
『黒猫さんの、ハロィンのスペシャルゲストって、アノ人ですよね?』
そういうノリで探りを入れてくる。問い合わせのコメントに俺はあえてサプライズとして楽しさを残したいので、似た暈した返事を返しておく。まあファンだけにもう確信していて、こういった対話も楽しんでいるのだろう。
「へえ、そんなスゴイ人の演奏が聴けるんだ」
「璃青さんも是非来てください」
そう言った事を別の意味で後悔する事になるとは思わなかった。
当日澄さんはニコニコと俺に白と黒の物体も見せてくる。その顔はとても誇らしげで嬉しそう。仮装してお客様を迎えるというのは、俺としては帽子とかカチューシャで簡単に終わらせるつもりだったのに、澄さんは張り切ってしまったようで、猫の被りものを作って用意していた。サバトラと黒猫と白猫。スッポリ顔を覆って顎の所でマジックテープで留めるタイプのもの。おまけにそれぞれの色に合わせた尻尾まで用意されていた。サバトラは澄さんが杜さん用としてしまったので白猫と黒猫の二択。小野くんもこの被り物を見て、顔を引き攣らせていた。キーボくんは全身覆わられているから思いっきりハジケて動く事出来るけど、この仮装は顔が見える分恥ずかしい。
そしてやってきた演奏者であるKenjiさんと新妻のjazzシンガーのイリーナさんの姿を見ても俺は度肝抜く。ドラキュラと魔女というとんでもなく高いクォリティーの仮装してきたのだ。しかも仮装のままで店まできたようだ。途中で職務質問とか受けなかったのだろうか? 心配になる。しかし二人がそこまでしてくれたなら、俺も腹を括らざるをえなくなる。オマケに意気投合した澄さんとイリーナさんに猫メイクまでされてしまう。アイラインに付けまつげといったものを産まれて始めてされた。八割れな感じで白黒に塗られ猫髭かかれた小野くんと、同じような派手なアイメイクに白塗りで猫髭の俺どちらが恥ずかしいか分からなかったが、魔女仮装の女性陣と、猫姿の黒猫メンバーとドラキュラのKenjiさんと一緒だと、もういいかという気持ちにもなっていた。
「いいじゃん仔猫ちゃん姿もカワイイよ」
からかってくるKenjiさんに苦笑をかえすと、笑みを引き珍しく真面目な顔をしてくる。
「こう言うサービスというのは全力でやるからこそ、客も乗って喜んでくれるんだろ! ユキちゃんもほら、笑って客楽しませないと! でないと客も楽しめない。
俺の仕事もただピアノ弾くことだけではない。客と一緒に最高に盛り上がる事なんだ。だから今日は透くんも手伝ってくれ最高にクレイジーでイッてる世界作るのを!」
Kenjiさんの言葉に頷く。言う通りかもしれな、こういう事はトコトンまでやってこそのサービスである。そこは恥ずかしがっている場合ではない。
確かに開き直ってその姿で堂々と仕事すると、店はいつになく盛り上がり来てくれたお客様には楽しんで貰えたのは嬉しかった。またKenjiさん夫婦の演奏が店内を異空間に塗り替えてくれたので、その空気に俺たちものり嵌ってしまえば楽しかった。イリーナさんのハスキーボイスがKenjiさんのピアノと絡むと、さらにパワフルで店内の人を酔わせてくれた。イリーナさんもノリノリでハンドマイク片手に舞台から降りてきてお客を盛り上げる。流石にセクシーすぎる恰好のままお客様に絡むのは遠慮したのか、店員である俺とか小野くんに身体を絡ませたりと弄りさらに盛り上げる。
とはいえ、この姿を璃青さんに見られるのは物凄くは恥ずかしかった。しかも璃青さんハロウィン特別ギグという事で、黒のビロードのワンピースという感じでお洒落してきてくれていた。その畏まった恰好が清楚さを増し素敵なだけに、ギャグな恰好の自分の姿が気恥ずかしくて堪らない。
俺のこんな姿を見た璃青さんは目を丸くしていた。でもすぐに笑いだす。そりゃそうだろう。
「ユキくん可愛い! 白猫さん姿、スゴク似合ってる♪」
そう言いながら俺をナデナデするので恥ずかしくてたまらない。似合うってどういう事なんだろうか? 今の俺はカワイイ筈もなく、むしろ怪しい。
「カワイクはないでしょ!」
そう言うとフフフと笑い俺を見上げる。
「透くんはメイクすると随分変わるのね。こんなにメイクを上手アイメイクしていると、スゴク色っぽい」
マジマジと顔を近づけ俺を見つめてこられると、俺がドキドキするというの璃青さん分かっているのだろうか? なんかいつもよりもコソコソ話していることもあり顔が近い。顔は本当は赤くなっていると思うけど白塗りによってそれが隠されていてそこは良かったと思う。しかし俺の全てを見て受け入れて欲しいとは思ってはいたものの、こういう姿している所は見られたくなかった。
「今舞台で歌ってるイリーナさんにされたんだ……」
璃青さんはイリーナさんの方をチラリとみて少し唇と尖らせる。
「……ふうん、そう。…………そういえば透くん、クレンジングとか持ってる?」
俺は顔を横にふる。
「いえ、でも洗顔料はもっていますから」
璃青さんはとんでもないという顔をして顔を横にふる。
「ダメだよ! そういうメイクって落ちにくいのよ! それにちゃんと落さないと肌に悪いんだから! お仕事終わったら澄さんに借りて、ちゃんと落すのよ」
男だから肌に悪いもないもないのだが、白塗りが取れないのは恥ずかしい。
「澄さんは今夜忙しいだろうから、コンビニで買ってなんとかします」
「そっか……。あっそれなら私の貸してあげる。ライブ終わったらすぐに持ってくるね」
「じゃあ、貸してくれますか? そうだ俺の部屋の鍵渡しておきますから、閉店作業とかしていると待たせてしまうから、コレで部屋で待ってて」
俺はズボンのポケットから鍵を取り出し璃青さんに渡す。こういう事も多いだろうから、部屋の合いカギも作った方がいいかなと渡しながら思う。璃青さんは、受け取った鍵をジッと眺め照れたように笑い頷いた。そして俺の部屋の鍵をギュウと握る。その様子が抱きしめたくなるほど可愛かった。しかし、今日の璃青さん頬を昂揚させて目がいつもよりもキラキラしていて、顔をいつもとり寄せて話してきている。少し酔っぱらっているのだろうか?
「俺の部屋で待っていて下さい。あと、飲み過ぎないで下さいね」
俺は心配になったので、璃青さんの耳に唇を近づけそう注意しておいた。
しかし冷静に考えてみたら、澄さんとイリーナさんと女性が二人もいたし、メイクをしたという段階でそのあとの事もちゃんと考えているという事すぐに分かる事だった。
盛況のままイベントは終わり、後片づけをしていると澄さんはクレンジング剤と洗顔料を持ってを持って近づいてくる。
「二人ともお疲れさま~サッパリしてきたら?」
俺はその言葉に素直に答える事が出来ず、小野君を促し彼に顔を洗いに行かせる。何故かその様子を杜さんがニヤニヤと見つめている。
「早く片づけ終わらせな、待ってるんだろ?」
ワインの瓶を手に近づきそうささやかれ俺は俯くしかない。カウンターの前で交わしていたから会話も聞かれていたようだ。澄さんはそれを聞いて納得したようにニコニコと笑って何も言わなかった。
「四階のワインセラーにあるの、好きなの持っていってもよいぞ」
そう言って、杜さんはKenjiさんたち四人で楽しむのだろう舞台の二人の所へと向かう。せっかく来てくれた璃青さんを酔い潰すわけにはいかないので、心の中でワインに関しては、お断りの言葉を返しておいた。小野くんとお店の後片付けを終わらせ、俺はお店では邪魔な尻尾と小野くんの被っていた黒猫お被りものをもって部屋に戻る事にした。
「お帰りなさい!」
部屋に入ると、璃青さんのそんな言葉と笑顔が俺を迎えてくれる。「お帰りなさい」ってなんて素敵な言葉なんだろうと感動する。
自分は猫というバカみたいな恰好しているおも忘れて、つい前に立っている璃青さんを抱きしめた。
「ほら! クレンジングクリーム持ってきたから、落としてすっきりしてきたら? シャワーも浴びたいでしょ?」
しかし璃青さんはそう言って腕を突っぱねて身体を離しててしまう。
「ゴメン汗臭かったですか? 仕事後だから」
改めて、仕事後でしかも猫の被り物したままだった事を思い出し恥ずかしくなる。
「ううん、透くんの香りは私は好きよ。でも今日は特別忙しそうだったし、さっぱりしてこないと寛げないかな、って」
俺の香りって? 意識した事ないから良い香りなのか、臭いのかも分からない。クレンジングクリームを手にした璃青さんに誘われて洗面所に行く。クレンジングクリームの使い方を解説してくれる璃青さんに疚しい気持ちになる。璃青さんに気を遣ってもらい、態々一旦家まで取りに戻っていって貰うという事をしてしまった。だから黒猫でメイクを落とさずにここにきたのだが、いつも璃青さんが使っているというクレンジングクリームを使うというのもなんか不思議な気持ちである。璃青さんが見守られながらだとなおさらの事。
俺がメイクをちゃんと落としたのを確認して、満足気な顔をして俺をバスルームに送りこむ。どうやら璃青さんは猫の頭と尻尾をもってリビングへと向かったようだ。今日のイベントは最高に楽しかったけどいつも以上に忙しくてかなり汗をかいた。それだけにシャワーがいつも以上に気持ち良い。身体を拭き、髪を簡単に拭いて室内着を身に付け肩にタオルをかけた状態でリビングに行くと璃青さんはソファーに座って白い猫の被り物を手にニコニコしている。
「楽しそうですね、そんなにそれ気になりますか?」
そう話かけると、璃青さんはフフフと笑う。
「いや、ユキくんと小野くんの今日の猫さん姿可愛かったから!」
男二人がメイクしてこういう恰好しているってカワイイとは思えないのだが、璃青さんはまだそんな事言ってくる。俺は璃青さんの手から白猫をとり、そっと璃青さんに被せて顎の部分のマジックテープを留める。白いぬいぐるみタイプのモコモコ感が璃青さんの柔らかい雰囲気をさらに引き立てていてなんかスゴくいい感じだ。また黒いビロードのワンピースが白い猫を被った顔をより引き立てる。
「やはり、璃青さんが被った方が絶対似合っていてカワイイですよ。というか男が被るとギャグになるだけ」
璃青さんは、俺が真面目にそういうと顔を真っ赤にして顔をキョロキョロさせる。そんな様子がまた愛しくてフフフと笑ってしまう。しかしそれを小馬鹿にしたと思ったのか璃青さんはテーブルの上にあった黒猫の被り物を手にとり俺に被せてくる。
「私だけつけていたら馬鹿みたいじゃない! 恥ずかしいから」
二人で被っている方がもっと馬鹿みたいなのだが、二人でなら馬鹿をするというのも楽しい。
「それに、やっぱり透くんの方が似合うしカワイイよ」
カワイイって言われると、なんかガックリする。璃青さんからみて頼りない子供に見られているように思えて。
「俺男なんですけど……
そんな事言うと襲いますよ」
そう言って顔に手をやり、少し真剣に見える顔を作り顔を近づける。しかし璃青さんは楽しそうに笑っている。
「いいよ! 黒猫さん♪」
璃青さんに可愛くそういわれると、自分が雄であるというのを実感する。璃青さんの顔が近づいてきて俺にキスをしてくる。璃青さん主導のキスにドキドキしていると唇を離し今度は俺の頬に柔らかくキスをして、反対の頬にもキスをしてきて閉じていた瞼にして再び唇へと戻ってきた。キスを深めてきたので、今度は俺からもキスをしかけていく。
そのまま二人で本当の猫のようにじゃれあう。ハロウィンのお祭り気分がまだ抜けていないようだ。今日は璃青さんからも積極的に求めてきてくれた事もあり、二人でキスをしあって、甘噛みしあって抱きしめ合う。クスクス笑いながらなので、互いの肌に触れる唇がいつもより擽ったくて、それが心と身体を熱くしていく。結局は被っていた猫も邪魔になり脱ぎ捨てて洋服も取り払い二人で体を絡ませ何度も繋げ抱き合った。
次の日の朝、璃青さんは掛け布団を頭まで被ったまま出てきてくれない。
「すいません、璃青さん。今日はここでゆっくり休んでください」
「…………」
青い布団の塊に話かけるけど返事はない。
「……お腹空きましたよね? 朝食作ってきますから、機嫌直して下さい。何食べたいですか?」
そう言うと、やっと顔出してくれる。赤い顔で上目遣いでジトっと見上げてくる。やはり怒っているようだけど、頬を昂揚させて潤んだ瞳のその表情が俺をドキドキさせる。ここでキスしたらもっと怒らせそうだ。
「怒っているんじゃないの……恥ずかしいの……」
やや掠れてハスキーになった声が帰ってくる。俺の視線の中で璃青さんは顔を赤くしていき、また布団を被ろうとするのを俺は止めて、璃青さんに覆いかぶさってキスをしてしまう。やはり可愛らしすぎる。気だるげな璃青さんが色っぽい事もあり、俺はキスを深めていく。途中までキスを大人しく受けてくれていた璃青さんが突然身じろぎをして逃げる。
「ダメ! もうこれ以上は無理よ。明日仕事できなくなっちゃう!」
腰が立たなくなっている璃青さんに、これ以上負担をかけるような事をするつもりはないのに、璃青さんはそう必死な様子で叫ぶ。
「おはようのキスしたかっただけです。もう無理させませんよ」
顔を寄せてそう説得するけど、璃青さんは疑わしそうに俺を見上げている。
グゥゥ
二人の間にそんな音が響く。璃青さんは慌てだし、また布団に潜ってしまう。
「かしこまりました! 朝飯を至急作ってまいります」
俺は璃青さんの入っている布団の塊を優しく抱きしめ、囁くようにそう言ってからキッチンへと向かった。璃青さんが笑顔になるような何かを作るために。
こちらの物語たかはし葵さまの「Blue Mallowへようこそ〜希望が丘駅前商店街」と一緒に創作させて頂きました。璃青さんからみたここ二話のエピソードも合わせて楽しんで頂けると嬉しいです。
また「希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~」において小野くん視点のハロウィンのエピソードも楽しめます。スキャットのそのエピソードはこの物語の流れの関係で本日改稿させて頂きました。




