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商店街の惨劇

 杜さんの元で働くようになり、三種類の名刺を持つようになった。お店関係の仕事のときは『JazzBar黒猫』の名刺を使い、ビル管理の時は『MNE』と書かれた名刺を使う。燗さんは『MNE』は『モリ・ネコヤマ・Eいー感じ☆』の略称だと思っているようだが、『ムーンナイトエージェンシー』が正式名称でその略称が『MNE』なのだ。この三つは同じ会社の事で、MNE、黒猫名刺はムーンナイトエージェンシーの一部門だけを独立させて表記しているに過ぎない。

 そして三枚目の名刺にはこの正式名称の社名が刻まれている。

 役職は黒猫とムーンナイトエージェンシーの名刺だと『マネージャー』、MNEと名刺だと『管理担当アドバイザー』となっている。

 『管理担当アドバイザー』はビルメンテナンスと入居者の相談窓口で文字通りの業務内容。黒猫のマネージャーはお店のマネジメント的な管理も行うマスターの補佐的意味で、実質俺が黒猫の管理者となっている。そしてムーンナイトエージェンシーでのマネージャーという役職の主な業務内容は杜さんの管理。ある意味一番漠然としていて悩み所の多い仕事がコレだった。


 キーボくんとして参加した駅前のイベントから帰っていると、 Books大矢さんから友理ちゃんが飛び出してくる。そして俺のところに駆け寄ってきて(キーボくん)の手をクイクイ引っ張りお店へと連れていく。

「ユ……じゃなくて、キーボさん! 例のアレが入荷してますよ!」

 それで俺は今日が月野夜の新刊の発売日である事を思い出す。

 お店に入ると一番目立つ所にコーナーが作られていて、大々的に売り出しているのをまじまじと見つめてしまう。後ろに夕暮れの中に咲き乱れる桜のイラストまで添えるほどの力の入れよう。その熱意に感動すら覚える。

 俺を月野夜のファン仲間と認めてくれているらしい友理ちゃんは、少しでも早く俺に新刊渡したいという熱い想いでキーボくん姿でも呼び止めてきたらしい。

 俺は背中のチャックを開け、財布に入っていた予約券とお金を渡し新刊『桜醉い』を受け取る。淡いパープルで描かれた幻想的な桜のイラストの表紙をキーボくんの中で眺めながら俺は小さくため息をつく。

「あの、友理ちゃんはもう読んだの? 新刊を」

 そうコッソリ友理ちゃんに近づき聞いてみると、ニッカリ笑い元気に頷く。

「本屋の娘でこれ程良かったと思った事ないですよ! 実は昨日到着していたので、昨晩一気読み! もう超最高ですよ! 今回のも凄まじいまでに残忍で麗しい! 痺れました!」

 友理ちゃんは目をキラキラさせて興奮気味に語り出す。

「へえ、そうなんだ、で、どうだった? 物語とか、設定とか」

 色々気になるので、キーボくんのままだけど聞いてみる。

「最高ですよ~もう低俗で愚かな人達が一人一人悲惨で救いのない目にあっていく様子がもう気持ち良いの~その容赦ない陰惨な描写がもう快感というか! 読んでて興奮してきます!」

 こういう会話で盛り上がっている女子高生にフンフンと頷くマスコットもどうかとも思うのだが、友理ちゃんが何も引っかかってない事を確認してホッとする。

「私もこの物語の商店街に暮らしたいです! そしてやって来た最低な客をコテンパンにしてやりたいと思いましたよ!」

 キーボくん着ているので友理ちゃんにはニコニコ笑って聞いているように見えるのだろうが、俺は中で苦笑するしかない。耽美な月野夜の世界を、ここまで明るく晴れ晴れと語るという状況がなんか奇妙な光景に思えたから。まあ、さらにその相手がキーボくんというマスコットである事がますます変な光景にしているのかもしれない。

 友理ちゃんはまだ、俺が読んでないからそれ以上語るのは控えたようで、俺が読んでから思う存分語りましょうと言う。そんな話をしているうちにお客様も増えレジが込み出したので、友理ちゃんはレジカウンターへと入っていった。俺は友理ちゃんに手をふり Books大矢を後にする。


 月野夜の新作『桜醉い』。今日発売なのだが、実は俺はもう一週間程前に読み終わっている。

 その内容はこんな感じ。

 見る人誰がその姿に魅了されてしまうという美貌の女優『暮町(くれまち)桜花(おうか)』が突然引退をして世間からも突如姿を消す。目撃情報の上がっている、ある地方都市へとマスコミが続々と入り取材を始める所から物語は始まる。一見どこにでもある普通の商店街、中央に桜並木があり、飲食店や雑貨屋などが並び近所の人が気楽にショッピングを楽しむそんな感じの所。ただ不思議なのは六月だというのに桜がまだ咲き乱れているという事。しかしマスコミはそんな事を大して気にする事もなく暮町桜花を探す為に取材を開始するが、コレといった重要証言が得られない。

 知っている素振りを見せた酒屋さんに取材をすると、そこの親父は店の中に取材陣を招き入れて語り出す。しかし彼の口から出てきたのはこの街のなんとも気持ち悪い歴史でそれが長くて終わらない。暮町桜花の事を聞いても『まあ最後まで聞け』といって再び街の歴史の話を続ける。情報を諦めて適当に何か言って切り上げようとすると、今まで人の良い笑顔が嘘だったように男は鬼の形相になり手前にいた若い腕を掴んで離さない。結局掴まれた一人の仲間を犠牲にしてお店の外に逃げる一行。そして一人の残った男はもう逃げる事も出来ない。そして再び男の話聞いているうちに次第に足は痺れ感覚をなくしていき、腕も自分のモノではないみたいに重くなっていき、手足どころか顔の筋肉まで一切動かすことも出来なくなる。そしてただひたすら男の話を聞き続けるしかなくなっていく。言葉を発する事も出来ず、眠る事も許されず永遠に男の言葉は続く。

 また別に入った中華料理屋では、何故か店員がまったく言葉が通じない。迫力のある女の店員に何処の国か良く分からない言葉で捲し立てられ、その迫力に圧され適当にメニューにある一つの料理を注文することにする。すると厨房から厳つい顔の男が出てきて、鉈で注文した男の方足を切り落とす。痛みでのたうち回っている男を気にすることもなく、男は切り取った部位を厨房に持っていきその足を刻みを調理したものをテーブルに置く。しかも椅子に強引に座らせそれを食べろと強要してくるのだ。足を切られた男は痛みに苦しみながら自分の足の肉料理を食べるしかない状況に追いやられる。

 こういう感じで商店街に一人、そしてまた一人とマスコミの人間が囚われていく。街の異様な状況に気が付いた時はもう遅く、単純な作りである筈の商店街から一切抜け出す事も出来ない。しかも無邪気な笑い声をあげる謎の青い影が付きまとってくる。それでお店に逃げ込むと恐怖の体験を味わう。いつまでも夜になることもなく夕暮れが続く街の中、恐怖に怯えながら彷徨い続けるしかないマスコミの人達。しかし商店街自体はいたって平和で皆笑顔で穏やか生活しているだけ、身体の様々な部位を失い血を流しながら徘徊しているマスコミの人間の事など一切気にすることなく……。


 俺は読み続けている内に、身体が震えてくるのを感じた。

 全て読み終わり、俺はすぐに五階の杜さんの書斎に走った。

「杜さん、なんていう話書いたんですか! あまりにもあからさまで、個人的な感情入れすぎでしょう!」

 杜さんは、俺の手に本があるのを見てニヤニヤ笑う。

「だって、アイツらの所為で俺は一週間缶詰になったんだぞ! それでも足りないくらいだよ。もっと酷く苦しめたかったくらいだ」

 イヤイヤ、マスコミの皆さん物語の中で相当酷い目にあっていますよ。しかも皆死ぬことも出来ず苦痛を永遠に受け続けるという地獄さながらの世界で苦しまれています。

「バレたらどうするんですか!」

 杜さんはクククと笑う。

 そう覆面作家『月野夜』の正体は根小山杜。

 幻想怪奇作家として人気が出たのは良いが、同時にかなりヤバいファンが多く発生する。血文字でファンレター、愛極まっての心中依頼……等々、倫理的にというよりも社会的に危険な手紙が殺到する。作者を守る為に出版社は『月野夜』を覆面作家とすることに決定した。逆に覆面作家としたことで、ファンの妄想力を刺激したようで、ロングヘアーの儚げな雰囲気の美女か、眉目秀麗な青年だとされてしまったようでますます怪しい手紙が増えてしまった。まさか月野夜がこんな髭のオヤジなんて考えてもいないのだろう。

 下手に正体がバレると、澄さんや周りにも危険が及ぶ可能性もあるので、商店街の人にもそれは秘密にしている。

 お蔭で杜さんは、夢を叶え作家として大成功しているのに関わらず、儲からない小さなJazzBarのマスターをしている自由人に思われている。まあ、自由人であるのは本当かもしれない。

「あの出来事と繋げるには、この物語はあまりにも飛躍しすぎているから大丈夫だろ。

 ところでどうだった? 小説としては」

 俺は溜息をつく。物語は面白かった。この話の影にずっと存在つづけるヒロイン暮町桜花のミステリアスな魅力。章の間に挟まれる彼女が最後に出演した映画のストーリーと平行して進んでいく商店街での惨劇。普通そこまで不条理に人が悲惨な目に合うと嫌な気分になるものの、出てくるマスコミの人間が下劣でモラルもない最低な男たちだけに、その男たちが苦しんでいく様子に何故か爽快感を覚えるのが不思議なところ。黄昏のまま時が止まってしまう街のなんとも言えない哀愁のある空気の中で繰り広げられる事で、有り得ないほど残酷な行為も何故か美しい。

 俺なりに感じた素直な感想を伝えると、無邪気に嬉しそうな顔をする。杜さんって大人のようで子供っぽい。

 俺は今、ムーンナイトエージェンシーにおいて、月野夜の契約やマネジメントと、スケジュール管理していたものの、内容を杜さんと編集者に任せていた事に不安を覚えてきた。そんな俺に杜さんは、バレるようなヘマはしないからと言って笑う。


 昔はなぜ杜さんのように優しくて穏やかな人が、こういった物語を描くのか不思議で堪らなかったか、最近になってなんか理由が分かってきた。杜さんって結構黒いし良い性格している。まあ、そういった杜さんのとんでもない所もこの方の魅力で面白い所。とはいえ杜さんの事が好きであっでも、身内だからと言って優しい事ばかり言ってられない。

「とはいえ、今回の内容はやや俗っぽい感じになっているのが残念です。描写も月野夜らしくない凡庸な表現も目立ちましたし」

 俺の言葉に杜さんはニヤリと笑う。

「ユキくんも厳しいな。まあ、今回は分かるだろ? 時間のない所で書いてしまった。手直しはしたいと思う。

 ……今回タイト過ぎるケジュールだったからって……言い訳だな。俺が悪かった。そこは反省はしている。

 ユキくんを失望させるような作品は書かないから」

 眉を困ったように寄せ、少し悲しげに見上げながらそう言われると俺もそれ以上言えなくなる。俺が言っているような事は自分が一番分かっているのだろう。机の上に付箋が挟まれまくった『桜醉い』の本がある。

 俺は微笑み頷く。

「失望はしてないですよ、だだファンでもあるからどうしても求めるモノが高くなるだけです」

 杜さんはフッと笑う。

「透くんは本当に最高のファンであり、頼もしいマネージャーだな」

 先程の、真面目な顔がもういつものニヤニヤ笑いに戻っている。

「最高のファンといったら、Books大矢の女の子たちでしょう! 彼女達にこの本喜んでもらえると良いですね」

 杜さんらしくない照れたような困ったような顔をする。

「喜ばれるのは嬉しいが、こんなのものをいたいけな子供に読ませているなんて、逆に俺がとんでもなくイケナイ大人のように感じてしまう」

「実際イケナイ大人でしょ!」

 冗談めかして言うと『ひどいな』と杜さんもフフフと笑う。

 ムーンナイトエージェンシーでのマネージャーという仕事は杜さんが執筆に集中出来る環境を作ってあげる事なのかもしれない。その為にも黒猫とビル管理の仕事頑張らねばと改めて思い俺は気を引き締めることにした。


コチラを書く際、相談のって頂き素敵なアイデアくださった篠宮 楓 さま、ご相談に乗ってくださり背中押してくれましたた神山 備 さまありがとうございました!

友理ちゃんは、大矢文乃さまの『希望が丘駅前商店街 -Books大矢、店長と微妙に愉快な娘達』の登場人物です。透明人間に再び出演して下さってありがとうございました!


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