皆さんの優しさが、俺の心に痛いです
杜さんって、世間的には不思議人かもしれない。髭面で基本ラフな格好が多い為に絶対に堅気の人には見えない。その髭のせいで年齢が分かり難く、子供時代に見た印象と今の印象が殆ど変わらず年とってないようにも見える。この街以外では職務質問もよくされるらしい。俺が小学生の時に、こっそり杜さんと会っていたら『東明さん所のユキちゃんが妖しい男に連れていかれていた』と大騒ぎになった事がある。
JazzBar『黒猫』も趣味でやっているという感じで、商売っ気がまったくなく人が気軽に楽しんで貰えたら良いなという事だけを考えてやっている所がある。月曜から木曜日は近所の大学のJazzサークルの学生の演奏披露の場となっていて、金曜日の夜だけプロのJazz奏者の演奏が楽しめる。良い酒と家庭的な料理を楽しめる良いお店だけど、料理も酒もこの価格で利益出ているのか? 燗さんらから心配されるくらい安い。実際若干赤字経営である。
何故それで生きていけるかと言うと、杜さんのもつ商店街のビル二つの家賃収入と、駐車場三つの売上と、杜さんの商店街の人には秘密の仕事の収入で生計をたてている。
かと言ってそれぞれの仕事をいい加減にしている訳では決してない。お店は良いお酒と美味しい食べ物を楽しんで貰うべく毎日心を込めて用意をしている。また家賃収入は座っているだけでお金が入って来るほど甘くない。不動産屋に管理代行しなければ、家主が面倒みるしかない。毎日見回り、掃除して様子を見て何か不備がないかチェックする。
午前中はビル管理の仕事をして、午後から黒猫の開店準備それが根小山夫妻と俺の仕事だった。今日も住居のあるビルの掃除を済ませ、もう一つのビルへと向かう事にする。
横で軽トラックが急に止まる。配達中の燗さんのようだ。あいさつすると態々運転席から降りて近づいてくる。
「ユキ坊じゃねえか、もう出歩いていて大丈夫か?」
俺の顔を覗き込みそう聞いてくる。何故燗さんが、その事を知っているのかと驚きながらも頷き、元気であることを伝える。
「いいか~熱中症といってもバカに出来ねえんだから、いらぬ我慢はするなよ! お前さんは我慢強い所は良い所だけど、そう言う事での頑張りは止めるんだぞ! いいな!」
何度も俺に言い聞かせ再び軽トラックに乗り込み去っていった。
「透くん、もう、動いて大丈夫?」
ニメートルも歩かないうちに、違う声に呼び止められる。籐子女将が気遣うように俺を見つめている。籐子女将も熱出した事を。何故知っているのか戸惑っていると、額にそっと手をあててくる。
「良かった、熱は下がったのね。
あまり無理したらダメよ!」
俺は心配かけた事にお詫びの言葉を返し別れた。
喫茶トムトム前を通ったら、紬さんの息子さんの次郎さんが店の前の掃除をしていたので挨拶する。
「お袋から聞いたけど、昨日熱中症で、ぶっ倒れたんだって? 大丈夫?」
あれ? なんか話が大きくなっている。
「いえいえ、倒れてはないですよ。ただ夜少し熱を出しただけですから。なんか皆さんにご心配かけさせてしまったようで申し訳ありません」
次郎さんはニコリと笑う。
「あのさ、ウチは猫が看板娘しているらくらいだし、マスコットのお客様もオッケーだからキーボ君でも涼みにきてね」
俺は有り難い言葉に感謝して頭を下げた。そして次郎さんと別れ、根小山第二ビルヂングへと向かう。
掃除を終え少し早いけれど毎日の楽しみ、商店街でのランチを食べる事にする。今日はなんかガッツリいきたい気分だったので『神神飯店』に行くことにした。
「ユキクン、大丈夫~?」
ここでも心配の言葉を頂く。なんで俺ごときが熱出した事が此処まで広く早く広まっているのか?
この店だけで楽しめる卵フワフワ関西風天津飯を迷わず注文。しばらくするとテーブルに料理が並ぶ。並ぶ? 何故か天津飯と一緒に餃子が一緒に置かれている。
『ユキクン、細いから太らないとダメ』といい餃子をサービスしてくれた玉爾さんに俺は頭を下げるしかなかった。
美容室『まめはる』の前を通っても、千春さんがわざわざお店の外まで飛び出てきて体調を気遣う言葉をかけてくる。
食材の買い出しに訪れた『菜の花ベーカリー』でも、『盛繁ミート』でも同様の言葉を頂き、恐縮しまくりで異様に疲れて黒猫に戻る事になった。
そこで澄さんに改めて聞いてみると、昨日打ち上げ会場の『とうてつ』で、俺の事が話題になり『あの顔の赤さは、本当に酔いのせいなのか?』と心配になり、皆で俺の部屋まで様子見にきたらしい。
寝顔という思いっきりアホで無防備な姿を人に晒してしまった事を知り俺は恥ずかしさで気絶しそうになった。
これだけ人を心配にさせるって、俺はどれだけ情けない姿を皆に見せたのか? そこに激しく凹む。