BlueMoonを君に
日が変わり、璃青さんの誕生日になった。平日なので午前中はビル管理の仕事をして、午後に花屋で花束を作ってもらいそれと一緒にプレゼントを渡しにいこうと考えていた。しかしこういう時に限って、根小山ビルヂングを出た瞬間に璃青さんと出会ってしまう。こういう時はどう挨拶すれば良いのだろうか?
「ユキくんおはよう」
そう挨拶されてしまうと、『おはようございます』と素直に返すしかない。ここで部屋にプレゼントを取りに戻るのも不自然に思えるし、出来たらスマートに渡したい。それに誕生日だというのにあまりにも、いつもと変わらない璃青さんの様子から、余計に話題を出しにくかった。
御守りのお礼言い今も身に付けている事を伝えると、璃青さん何故か照れる。でも今お礼よりももっと伝えたい言葉がある。でもなんかタイミング逃した気がする。
「どうしたの?」
首を傾げそう問いかけてくる璃青さんに俺は、一つの疑問をぶつける。
「璃青さんは、今夜何か予定ありますか?」
平日だから璃青さんも仕事休めるわけもない。しかし夜はお友達とかとお祝いとかするのだろうか?
しかし璃青さんは困ったように笑い首を横に振る。
「別に何もないけどうして?」
そう答える璃青さんに、悪戯心が沸き起こる。
「でしたら黒猫来られませんか?」
璃青さんは首傾げる。
「え?」
「新メニュー試して頂きたくて」
璃青さんは目を見開く。『わたしが?』とその表情が言っている。こういう感情が素直出てくる所が可愛らしい。
「わたしなんかで良いの?」
そう返してくる璃青さん俺ニッコリ笑い頷く。
「璃青さんだからこそ、お願いしたいんです。駄目ですか?」
璃青さんは困ったように俯くが、何か覚悟を決めたようだ。顔上げてフワッと微笑んできた。
「分かったわ、わたしでお役にたてるかは謎だけど、お手伝いさせていただくわ!」
その笑顔に少しドギマギしながら俺は璃青さんに笑い返す。
「助かります」
璃青さんと約束取り付けて別れ、第二ビルヂングに向かう途中、澄さん携帯で連絡する。俺の計画を話すと、大はしゃぎでその計画に一緒に乗ってくれることになった。
俺は張り切って清掃の仕事を済ませ、そのままデパートに行き、澄さんからきたメールに入っていたお買い物リストを購入して、商店街に戻り花屋さんエスポワールコリーヌへと向かう。ここは黒猫で飾るお花とかいつもお世話になっているお店で、色々相談しやすい。店長の真田芽衣さんは、贈り物の花束というと、何故か嬉しそうに『え、それって女性にですよね? どんなタイプの人? そう! 誕生日用! 色はカワイイ感じがいい? 大人っぽい感じ?』と色々聞いてくる。いつもはホンワカした感じの方なのに、今日は何故かパワフルである。
今の季節お勧めだという淡いピンクの八重咲きのマムという花を中心に薔薇やカーネーションといった花で淡いピンクからパープルで品よく纏めたラウンドブーケを作ってもらう。ピンクのラッピングがなんとも可愛らしくて素敵だった。璃青さんには喜んで貰えるだろうか?その花束を繁々と見つめていると芽衣さんが顔を寄せてくる。
「そのマムってお花の花言葉知っています?
『貴方を愛しています』なのよ!」
その言葉にドキっとして顔が赤くなるのを感じた。そんな俺を見て芽衣さんはニコリと笑う。
「えっそうなんですか、ありがとうございます」
流石プロである、お客さんの想いにピッタリの花束を作り上げてくる。そこに感動する。
「そういう感じの花束になっちゃっているけど、大丈夫かしら?」
そう俺の顔をジッとみて聞いてくるので俺は照れたまま頷く。
「はい、それで大丈夫です! 嬉しいです! ありがとうございます。そんな素敵な花束作って頂いて」
俺の言葉に芽衣さんはフンワリと笑い『頑張ってね!』と応援してくれた。なんかその笑顔でもパワーが湧いてくる気がした。俺は頷き『頑張ります』と言ってお店を後にした。最高な花束を作ってもらい今日の俺のサプライズは間違いなく上手く行きそうな気がした。
家に戻ると、澄さんと杜さんが待ち構えていた。そしてこういうプレートを用意したら良いのではないか? こういうカクテルを作ってみたらどうだ? とアイデアをくれる。
今日思いついた事と仕事しながらという事もあり出来る事は限られている。そこで通常メニューにアレンジを加え可愛く見せる事にした
そして俺が考えたのはポテトサラダで作った親猫の回りに鶉の玉子で作った仔猫を寄り添わせたものをお通しとして出して、メインディッシュはワンプレートで様々料理を楽しんでもらうことにする。
本日のキッシュを一つだけハートの小さい型で作ってもらい、同じ皿に薔薇のように盛り付けたスモークサーモンに、葉っぱのように型どったホウレン草のムース、シェルパスタをクリームソースで和えたモノに型抜きした色とりどり野菜を散らしたものを用意して、デザートは猫の型で作ったチョコムースにアイスクリームを添えたお皿にHappy Birthdayの文字をチョコペンで入れる。
それを見て璃青さんは驚くだろうか? 喜んでもらえるだろうか? でも璃青さんが生まれたという記念を何がなんでもお祝いしたかった。
夜になり璃青さんはやってきて、杜さんと澄さんに挨拶する。そして俺は奥のソファー席に彼女を案内した。喉も乾いているだろうから、さっぱりした味のノンアルコールのサマーデイライトを最初にだし、料理を持って行く。
最初のお通しを見た瞬間に璃青さんの顔がパッと明るくなる。
「か、カワイイ! 食べるのがもったいないくらい!」
ジーと猫のポテトサラダを見つめている。
「ハロウィンの時は、カボチャサラダにして、トラ猫っぽくしても良いかなと思っているんですよ」
ニコニコと俺を見上げてくる。
「いいと思う!! そうか、このサラダで黒猫は難しいものね。でもカボチャ色の猫さんでもハロウィンぽくていいかも」
嬉しそうに話す璃青さんの顔に俺もニコニコしてしまう。そして、メインディッシュを出すと、それに対し一生懸命味や盛り付けについてコメントして、試食という仕事を真面目に果たそうとしているところを感じ少し心が痛む。
満足げにメインディッシュプレートを終えた璃青さんの前にそっとデザートディッシュを置くと、璃青さんの目は見開き丸くなる。ジッとお皿に書かれた『HappyBirthday』の文字を見つめ、そして俺の方をそっと見上げてくる。その唇が『どうして……』と動くが声はない。
「誕生日おめでとうございます」
「ぇっ」
「そしてコチラもどうぞ! カクテル、ブルームーンと言って九月の誕生石カクテルなんですよ」
俺は淡いパープルのカクテルをそっとテーブルに置く。九月の誕生石カクテルも月の名をもつなんて。なんて素敵な偶然なんだろうかと思った。しかもこのカクテルの元になったブルームーンは数年に一度しか起こらない珍しい現象。その為「見た人を幸せにする月」とされ、転じて幸運の象徴になっているらしい。そんな想いを籠めて俺が作った。
薄紫のカクテルを璃青さんは潤んだ瞳で見つめる。もしかして泣いてしまう? 俺はドキリとする。
「ありがとう。びっくりしたけど、すごく嬉しい。でも、どうして今日がわたしの誕生日だって……」
「貴女のお母さんが澄さんにその話をしていたので。それで騙してきてもらっちゃいました。ごめんなさい」
俺は、騙した形になった事を謝ることにした。そして用意していたプレゼントと花束を渡す。璃青さんはその花束に驚いた顔をするが受け取り、そっと抱きしめる。
「本当にありがとう。でも、もう祝ってもらうような年じゃないのよ?」
「そんな事ないです! 貴方が生まれた日をどうしてもお祝いしたかった」
璃青さんが驚いたように顔を上げたので、俺も慌ててしまう。
「澄さんも杜さんも、同じ気持ちですよ! 商店街の仲間である貴方のお祝いをしたくて……」
恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
「後で杜さんと澄さんにもお礼を言わなくちゃね。お蔭で最高の誕生日になったわ。 ユキくん、ありがとう………」
涙の溢れそうな潤んだ目のまま、そうお礼を言う璃青さんに俺は、モゴモゴとした言葉を返す事しかできなかった。璃青さんにとって楽しい誕生日にする事はできたようで良かった。そして彼女の記念すべきこの日をこうして共に過ごせた事で幸せを噛みしめていた。
コチラの物語、たかはし葵さんと楽しく作っていて楽しかったです。葵さん毎日遅くまで打ち合わせに付き合って下さりありがとうございます。
『Blue Mallowへようこそ〜希望が丘駅前商店街』、『BlueMoonを君に』にて璃青さんは、この誕生日をどう過ごしたか描かれています。そちらもあわせてお楽しみに下さい。
また芽衣さんの描写において、鏡野悠宇さんにご協力頂きました。ありがとうございました。
そして饕餮さんに、カクテルの事で助けて頂きました。この物語にピッタリなカクテルをチョイスしてくださり感謝しております。ありがとうございます。




