良い子は勿論、良い大人もマネしては……
杜さんの不在をどう埋めるか? 一番に頭に浮かんだのは小野くんだった。幸いだったのは、今が夏休み期間だったという事。小野くんは二つ返事で毎日しかも早め出勤を名乗り出てくれた。これでかなり解決したようなものである。そしてお店で演奏に来いる学生のバンドのメンバーに電話したら、丁度イベント中だったようで、いつも来てくれている他のバンドも一緒だった。彼らの中で調整して手伝いに来てくれる事となった。また別のバンドの子からも電話が来て心配する言葉を頂いた。お陰で見た目俺と澄さんと小野くんと手伝いに来てくれた子四人で回しているようで、心配して客として来てくれた別のバンドの子がフォローに動いてくれるという万全の体制となった。そしてそういった彼らのやり取りか軽快で、通常の黒猫にはない若々しい空気が漂っており、コレはコレで楽しかった。そんなに年齢変わらない筈なのに学生の彼らは若々しく輝いて見える。そう思ってしまうなんて俺も老け込んだって事だろうか?
とはいえ杜さんの一大事となると、駆け付け協力してくれる。いかに杜さんと澄さんが皆か愛されているのか分かる。そこの部分に感動していたものの、その団結して頑張っているこの現状で一番面倒な作業を増やして邪魔しているのは杜さんだった。
『枕が合わなくて疲れ取れないから、家の持ってきて欲しい』と次の日に文句垂れてきて、『ホテルのご飯飽きた! 澄の料理食べたい』二日目には我が儘言ってきている。
お陰で都内のホテルまで、澄さんの手料理持って毎日往復という仕事まで増える。澄さんが『じゃあ私が運びましょうか?』と最初名乗り出たのだが、黒猫の料理を作っている澄さんまで抜けられるのは困る事と、『奥様と会いたいという想いをモチベーションに頑張って貰いたいので、今は心を鬼にして下さい』と言われて、俺が運ぶ事になった。小松崎氏の部下が運ぶとも言ってくれたのだが、自分が澄さんに会えないのに、ソイツは澄さんと楽しく会話するのが許せないと、ゴネて俺が動く事になのだ。
そして俺は澄さんと小野くんに開店準備を任せ、移動中にまだ覚えてないカクテルのレシピの勉強を必死でして注文に備えて、不機嫌で仕事している杜さんを宥めすかし応援し、急いで帰って合流し黒猫をオープンさせる。そんな生活が続く。
閉店後は、四階で澄さんとノンビリお茶お酒飲みながら話をするという流れが出来ていた。澄さんも寂しいのか、杜さんの話ばかりしている。昨日したのは杜さんとの馴れ初め話。友達の付き合いで行ったジャズバーの舞台でギターを弾いていた杜さんがいたらしい。最初その歌声に惹かれ振り向くと、舞台の上の杜さんも澄さんを見つめていてドキリとしたようだ。その時の杜さんが最高に格好良かったのと、その眼が印象的で、ただウットリと見詰め返すだけしか出来なかったと、澄さんは目を潤ませて語る。そんな映画みたいに、『一目合ったその瞬間に』という恋があるんだと驚くばかりだ。その後お店を二人で抜け出して、非常階段の所で座ってお話して、キスをして……。恋愛のテンポがかなり早い気がする。『杜さんの肩越しの空に、大きな満月があったのを覚えているわ~♪』そう言い澄さんは『ホゥ』とため息をつく 。記憶の中にそのシーンが蘇っているのだろう。
出会った頃と変わらない熱量で同じ人を愛し続ける二人がなんか羨ましい。
そして今日の話題はスッカリ拗ねていつになく我儘になってしまった杜さん最近の態度について、俺が愚痴っていた。澄さんと強制的に離されて、かなりご機嫌斜め。しかし澄さんはそんな俺の言葉をニコニコと嬉しそうに聞いている。澄さんは逆にこの状況を楽しんでいるようだ。離れている事の気ままさというより、引き離されてしまった愛し合う二人が、その困難にも負けず頑張るといったシチュエーションに萌えそれを満喫しているとか。それで差し入れに何を作ろうかとか、何持って行ったら喜んで貰えるのか? とか毎日別のやりがいを感じているようだ。
「杜さんも、すっかり甘えちゃっているのね、コマッちゃんとユキくんに」
俺は首を傾げてしまう。甘えているというのと少し違う気がする。
「杜さんにとって、コマッちゃんって。あの道に自分を誘ってくれて、しかもずっと見守ってくれているお父さんのような存在なのよね。だから、珍しく杜さんが子供っぽく接する事の出来る相手なの。お父さんを早くに亡くされてるし、それだけに気張って生きてきたから甘えるの下手なの。
私も最初コマッちゃんに嫉妬したもの。私には絶対見せてくれない顔をコッチには見せるんだって。
私の前だと、大人っぽく余裕のある態度ばかり見せているのによ!」
確かに子供の時から、杜さんって静かで落ち着いていて、カッコいい大人だった。でも澄さんの前では俺には子供っぽく甘えているようにも見える。その事を言うと澄さんはフフと笑う。
「それがあの人優しさなのね。夫であると同時に息子を演じてくれているのよ。私の為にね」
澄さんが今言うことの『息子』という単語の意味する事に、俺は一瞬動きを止めてしまう。しかし澄さんの表情に昔のような危うさとか哀しさといった色がない事に安堵して、俺は笑みを作り返す。
「いや、結構地じゃないですか? アレ」
俺がそう言うと、澄さんがクスクスと笑う。
「猫被りというか、恰好つけというか、あの人って気取り屋だから、本当に地を見せたがらない。昔から少しワルを気取るというの? 本当は優しくては正義感強くて、どうしようもなくお人好しなのに。素直にそう見せるのが恥ずかしくて、何も言わなかったり、余計な言葉加えたり……。
でも最近は流石に一緒に暮らしているユキくんにも甘えて、そういう被り物やめてきているようね。
我儘言っても、『しょうがないな~』といいながらも自分の為に動いてくれるのが嬉しくて、迷惑なのは分かっているのにやってるのよ。
黒猫の仕事も時々態とサボって怒られたりしてるでしょ? それも同じ。
コマッちゃんやユキくんにああいう態度をとっていても、仕事を愛しているものシッカリ取り組むにやり遂げるわよ!
……でも、私なんてそういう甘えられる対象にしてもらうのに、随分月日かかったけど、ユキちゃんは、いいわね! もう認められて」
そう言われると、杜さんの困った所も嬉しく感じるのが不思議である。俺は照れくさくて少し目を逸らす。
「いやいや二十五年かかりましたけど! それで早いでしょうかね?」
澄さんは目を丸くして、俺を見上げる。
「そうよね。ユキちゃんもうすっかり大人の男なのよね」
そういわれると、逆にガックリとする。
「澄さんに、一人前に見られるようになるほうが、難しそう」
澄さんはと慌てて顔を横に降る。
「いやいや、ユキちゃんは立派な大人よ! ただ、思っちゃうのよね。あの私を見上げて頼って甘えてくれている可愛いユキちゃんのままでいて欲しいって。その願望が、ユキちゃんを小さくさせてるの。私の中で」
腕を組み、真面目くさった顔頷きながらそう力説する様子が何故か可愛らしく見えるのが澄さんである。
「いえいえ、子供の時から見守られている澄さんと杜さんの前だと、どうしても甘えてしまうし、頼ってしまいますよ」
そう言うと澄さんはパァ~と顔を明るくする。
「本当に? 私を頼ってる? これからも甘えてくれる?」
俺が頷くと、澄さんは顔を近づけ俺をジーと見つめてくる。
「だったら、約束よ! これからは一人で悩まないでね。 恋の事、人生の事、相談しても役に立たないかもしれないけど、聞いてあげることはできるから! 一緒に悩んであげるから」
「頼りにしています」
俺は素直に頷いた。澄さんは俺のグラスにワインを注ぎながら、何故かワクワクしている。
「ユキちゃん、今悩みない? 恋の事とか! 人間関係とか!」
そう言われ、何故か璃青さんの顔が浮かんだ。
今週に入って忙しくなり璃青さんと全く会えていない。もう元気になったのだろうか?
「そう言えば、澄さん!
お隣璃青さんなのですが、土曜日会った時、お母さんが帰っしまった事もあるのか、なんか元気なかったんですよ 。
だから、澄さんも気をかけて下さいませんか? 澄さんは女同士だし色々話しやすいでしょうし」
澄さんは俺の言葉を聞きニッコリ笑い頷く。
「勿論よ!
璃青ちゃんのお母様にも頼まれるまでもなく、大切なお友達であり仲間ですもの♪
明日、美味しくて元気出るもの持っていってみるわ」
澄さんの言葉にホッとする。取り合えず澄さんに任せておいたら安心だ。
杜さんが戻ってきたら俺も様子見に行こう。そう強く思った。そしてささやか澄さんとの夜の語りの時間も終わり、その夜も翌日備えてそれぞれの部屋で休む事にした。
澄さんの言う通り、杜さんは一週間もかけずに金曜日の夜に仕事をやり遂げて戻ってきた。流石に疲労の色は隠せず、若干やつれ目のクマもスゴイ状態だったが、晴れ晴れとした表情をしていた。かなり疲れているのだろうがすぐに着替えてきて、いつものバーテンエリアへと入仕事を始める。やはりそこに杜さんがいるだけで、黒猫の空気が閉まるというか落ち着く。
杜さんはそこで幸せそうに店内の様子を見ながらお酒を飲んでいた。
そこには数日俺も立って仕事していたけれど、見えている世界はまったく違うのだろう。夢を叶え、愛する女性も迷う事一切なく動き、手にした杜さんである。その見つめる世界を覗いて見たくなった。
俺はソッとそんな杜さんに近付く。空になった杜さんのグラスに俺はバーボンを注ぎ、もう一つグラスをとってそちらにも注ぐ。そして視線を合わせ二人だけで乾杯して杜さんと一緒に店内を見渡す。
「本当にすまなかった! ユキくんには特に迷惑かけた」
俺はその言葉に顔を横にふる。
「大変でしたけど、楽しかったですよ。色々勉強になりましたし」
杜さんがその言葉に何やらニヤリとするのを見て、俺は目を細め軽く睨む。
「だからといって、こういう事、ちょっちゅう起こされても困ります。俺も今後は小松崎氏とこまめに連絡とってそうなる前に何だかの働きがけさせてもらますので」
杜さんは大げさにため息をついて見せる。
「お前も、仕事している男の顔するようなったな。頼もしい反面、寂しいよ。
まあ、俺もこういう事態はゴメンだ! だからちゃんと管理はしていくさ」
「お願いします」
そういって、二人で笑いあった。杜さんが、再びグラスにバーボンを注ぐ。
「今度、男と男として二人で酒飲むか?
色々教えてやるぞ! 女の落とし方とか、悦ばせ方とか 」
杜さんの言葉に頷きかけて、後半の言葉に飲んでいた酒を吹き出そうになる。杜さんの顔に、ナプキンが投げつけられる。澄さんが投げたようだ。
「ユキちゃんダメよ、折角ここまで真っ直ぐ育ったのに! 杜さんの真似したら!!
杜さん 、ユキちゃんを不良の道に誘うの止めてね!」
この年齢で不良もなにもないだろう。しかし、こう言う茶目っ気出した杜さんを、澄さんがメッと叱る。いつもの光景がなんか嬉しかった。澄さんから色々な話を聞いただけに、こう言う状況が以前以上に微笑ましく暖かいモノに感じる。
こうして人生共に寄り添える相手が自分にも欲しい、そうとも思った。
ユキくん、杜さんと澄さんとまったりしている場合ではないです。
すぐ近くで、とんでもない事で悩んでいる男性がいますよ!! 話聞いて誤解解いてあげて~!!




