不思議な夢を見た?
商店街の人が俺の部屋で集まって話をしているという不思議な夢を見た。
『ヤッパリ顔赤い』
『おデコが熱いわ! これは熱だしているわよ!』
『オイ! ユキ坊、コレ取り敢えず飲め!』
『確かにチョット熱いかも』
『澄、アイスノンもってきたぞ』
『澄ママ心配するなよ! ユキの助はこんな事でお陀仏するようなタマじゃねえ。軽い熱中症だって』
『そうよ、ほら幸せそうに笑いながら寝ているし。こんな穏やかな笑み浮かべる重症患者はいないわよ』
『たしかに、柔らかく笑っている。可愛いわね~』
『ゆ、雪、可愛いって!』
『や~ね。アナタが世界で一番可愛いに決まっているでしょ♪』
……………。
良く分からない夢である。直前に会話した打ち上げの参加者がそのまま夢にまで流れ込んできただけなのかもしれない。
朝起きると何故か枕と頭の間にアイスノンがあり、おでこに冷えピタが張り付いていた。首を傾げ冷えピタを剥がし起き上がるとベッドの足部分に青い何かを見つける。俺が昨日脱ぎ捨てたキーボ君で、しどけないポーズでコチラを見つめるという姿でベッドに寝そべっている。
「……」
俺はソレを持ち上げて、頭の取っ手を壁のフックにかける。背中を手前にしたのは、できる事なら視線を感じたくない事と、手入れをするため。開いているチャックの内部に手を入れてポケットの中の小物を出して空のペットボトルを取り出し、ファブリーズを振りかけておく。
枕の上のアイスノンは冷凍庫に戻しておいた方が良いだろうと掴んでキッチンに行くことにする。
キッチンに行くと澄さんは俺を見て慌てて近づいてくる。
「透くん大丈夫? どこか辛い所ない?」
そして俺のおでこに手をあて聞いてくる。
「え? 大丈夫ですけど。どうしてですか?」
そう澄さんに話しかけていると、杜さんが気だるげに入ってくる。
「おはよう、透くん。君は昨晩熱中症で熱出していたんだよ。
大丈夫か身体とかどこか辛くくないか?」
代わりに杜さんが説明してくれる。なる程、昨日はなんか身体がホッポッとしていたのは酔っ払っただけではなく、熱も出していたらしい。俺は首を横に振って『大丈夫です』と伝える。
昨日は熱をだしていたのかと妙に納得している俺の目の前で、杜さんは澄さんに近づき『おはよう』のキスをする。最初はこの二人のこういった行動を見て照れてしまっていたけど、最近ではそういう二人の仲が良い所を見ているとホッコリと幸せな気分になる。いわゆる俺達世代が彼女としているようなイチャイチャという軽いモノではない。もっと強く深く、やらしい意味でなく成熟した大人の関係を感じる。
東明一族からの猛反対に遭いながらも、愛を貫き通した二人。かつて杜さんは澄さんのお見合の席に突入して、そのまま手をとりあって愛の逃避行という映画のような行動をしでかした。こんなに穏やかで優しい二人を見ているとそんな激しい事が過去にあったとは思えない。澄さんはその為、勘当されてしまい、東明一族との溝が埋まらない。澄さんは家族を失ったのではない、こうして素敵な家族を手にいれたのだと俺はそう思う。
言葉を多く交わすのではないが、視線を交じらせふわりと笑い合うそんな穏やかな愛をいつも交わしている。元から二人はセットであったように、素敵な夫婦という家族関係を築いている。
三人でこうしてテーブルを囲み朝食を食べる時間がなんか好きで、この時間だけは俺もその家族の一員になっているかのように感じた。
「そういえば、みんなも心配していたから、元気な姿見せてあげなよ」
杜さんの言う『みんな』という言葉を聞き逃し俺は頷く。それよりも杜さんの目の下にクマが深くできている方が気になったから。
「昨晩も遅くまで仕事していたんですか?」
杜さんは恥ずかしそうに顎の髭を撫でる。
「あまり、昼夜反転させたくはないんだけどね、締め切り迫っているしな」
「俺、ビルの掃除とかするし、買い出しも行くし、杜さんは少し寝たら。そして午後頑張れば良いよ。開店準備は澄さんと二人でも出来るから」
俺の言葉に、澄さんも頷く。
「でも君の身体大丈夫なの?」
別に一晩寝たらスッキリしてかえっていつもよりも元気なくらいである。
「昨日はしゃぎすぎた事による単なる知恵熱ですから! 一晩寝たらすっかり良くなったから大丈夫です! 若いし」
俺の言葉に杜さんは目を細め、頭をガシガシ撫でてくる。
「じゃあ頼むよ!」
杜さんと澄さんから見たら俺はまだまだ小さい『ユキくん』のままなのだろう。ハグしてきたり、頭を撫でてきたりといった行為を俺にしてくる。いや二人だけでなくこの商店街の人は皆、俺や俺くらいの年齢の子をまるで我が子であるかのように頭を撫でたり背中を叩いたりとしてくる。
個人主義で自立を早く求められ、クールな距離感の家庭で育った俺には戸惑う事も多いけれど、その触れてくる人の肌の暖かさが妙に心地よいと知った。
なんか照れくささもあり、俺は俯き立ち上がる。
「じゃ、俺ソロソロ出ます。ご馳走様でした」
食器を手に取り流しに置き、二人の元から離れた。