月への約束
璃青さんのお見送りをして部屋に戻ろうとしたら、小野くんの姿に気が付いた。何でだろうか? 俺に挨拶してくる表情がなんか曇っている。
彼らしくなく惑った様子で、迷子の子供のような顔をしていた。
ついほっとけなくて部屋に呼んでしまう。ウィスキーを飲みながら小野くんが少しずつ離し始める友人との関係の悩み。どんな事も冷静に見つめこなしていくように見えた小野くんが、そんな年相応の悩みを抱えているのを知り、より親近感を覚えてしまう。
俺は大したアドバイスをできた訳でもないけど、人に心の支えを漏らした事で楽になったのだろう。それに頭の良い小野くんの事だから悩みの答えも彼の中にちゃんとあったのだろう話しているうちにいつもの小野君に戻っていくのを感じてホッとする。そのまま彼のサークルの話など聞きながら、飲み明かすことになる。末っ子ということもあり、こうやって頼ってくれる事がなんか嬉しい。
俺はふとずっと手を添えたままになっているウサギのぬいぐるみの存在に意識を移す。璃青さんの忘れ物である。欲しいと請われて手に入れたこのぬいぐるみ。嬉しそうに抱きしめている璃青さんの表情が蘇る。頼られたというのと少し違うけれど、お願いされてそれに応えるその状況が俺には嬉しかった。射的でこのぬいぐるみに見事命中させた事よりも、璃青さんの期待応えられた事が嬉しかった。
俺が少し物思いに耽っていると、小野くんがウツラウツラとしていた。眠気と酔いもあるのか少し目がトロンとしている。彼のようなイケメンならば、このように酔っぱらってもカッコいいようだ。むしろ色気が出て羨ましい。
「もう二時か、そろそろ寝る?」
思考が少し低下しているのだろう、そんなトロンとした顔で素直に頷く様子も可愛らしい。
俺はウサギのぬいぐるみを手にベッドルームに行き、ぬいぐるみをサイドテーブルに置きシーツとタオルケットを手にリビングに戻ると、小野くんは一人がけのソファーに座ったまま目を閉じて眠っている。
さっきまで俺が座っていたソファーの背を倒し、ベッド状態にしてシーツをかけクッションを枕のようにセットする。
「小野くん、そんな姿勢だと身体痛くなるよ、ベッド作ったからコッチで寝な!」
小野くんを起こして、ベッドで寝かせタオルケットをかけてあげてから電気を消して、リビングを後にした。
寝室に戻ったら、サイドボードのウサギのぬいぐるみがどうしても目にいた。濃い青の壁にブルー系のファブリックで纏められた寝室で真っ白のウサギは明らか浮いている。黒いクリッとした目が、ジーと俺を見ている気がした。コイツとしても、良い年した男の俺の所よりも、優しく可愛らしい女性である璃青さんの所にいる方が良いのだろう。悲しげに何か訴えるように俺を見上げているようにも見える。
「明日、ちゃんと璃青さんの所連れて行ってあげるから!」
そう声かけウサギの頭を撫で、なんか恥ずかしくなる。 少し酔っ払っているのかもしれない。
次の日小野くんに朝食を作りご馳走してから送り出した後、そっと下に降りてみる。四階では杜さんだけがキッチンに立っていて上機嫌にフライパン動かし朝食を作っている。
「やあ、おはよう、ユキくんも食べるか?」
俺は上で小野くんと食べた事を伝えると意外そうな顔をするが、視線リビングテーブルの上畳まれた帯に向けフフ笑う。
「小野くん何か言ってたか?」
悪びれもなくそう言う杜さんに溜め息をつく。
「小野くんは直で俺の部屋に来て貰ったからいいですけど」
「小野くんは?」
ニヤニヤと杜さんは笑う。そこで俺は四階の玄関前で気が付いて怪我した璃青さんを六階に連れて言った事を白状すると杜さんが笑いだす。こっちは笑う所もなかったというのに。
「まあまあ、ユキくんも男なんだから分かるだろ! 愛している女が、とてつもなく艶やかな最高に素敵な格好で目の前にいる。欲しくなるのは仕方がないだろ?」
杜さんらしい発言だと思い、笑ってしまうが、同時に脳裏に昨日の璃青さんの浴衣姿が浮かぶ。そして少しの間だけではあるが腕の中で感じた柔らかい感触。俺は怪訝そうにコチラを見つめているので誤魔化し笑いを返す。
「今日の祭りの後片づけ、澄さんはお休みにしますか?」
俺がそう言うと、杜さんは苦笑する。
「あのな、俺だって加減は分かっている。それにそこまでやったら、澄が怒ってしばらく口聞いてくれなくなる」
流石の杜さんも澄さんには敵わないようだ。
お盆にカリカリのベーコンと良い感じの半熟の目玉焼きの皿と、かごに焼いたクロワッサン、サラダとカットしたフルーツ、そしてジュースのグラスという感じの二人分の朝食を載せ、杜さんはイソイソと五階に上がっていった。町内会の仕事もあるし、まさかこのまま、また、って事はないだろう。
俺は先に下に降りて、ビルの周りを掃除することにした。お隣さんを見ると、ドアが閉まっていて、璃青さんの姿はまだ見えない。あの怪我をした足だと掃除も大変かもしれないと、Blue Mallowの前もついでに掃除しておいた。そんな事をしているうちに集合時間になり、中央広場に向かうことにする。籐子さんとお話しをしていると、杜さんと澄さんそして、璃青さんもやってくる。足が痛いのか少し庇って歩いているのか、歩き方が少し不自然である。
「杜さん、澄さん、おはようございます!お祭りの間、母がお世話になりました、って。とっても楽しかったみたいですよ。ありがとうございました」
杜さん達と話しているので近づくと、璃青さんはコッチを見てやけにニッコリ笑いかけてくる。
「ユキくん、おはよう。昨夜はどうもありがとう」
その笑顔に戸惑い、一瞬返しが遅れる。『お疲れさまでした』『足は大丈夫?』色々言いたい言葉は頭の中でグルグルする。
「璃青さ……………」
声かけようとしたら、璃青さんの注意は俺から後ろの籐子女将に移っていたようだ。
「あっ、籐子さんおはようございまーす!
……ん?ユキくん何か言った?」
「いえ、おはようございます」
そう返すと気合をいれた感じで歩き出し離れていく璃青さん。急に動いたせいか転びそうになったので、腕をつい掴んで支える。
「璃青さん、昨夜は無理させてしまってすみませんでした。身体は大丈夫ですか?片付け、張り切りすぎないで下さいね」
つい心配からそういうと。璃青さんは非常に困った顔になり顔少し逸らす。
「あ、うん、ちゃんと手当てしてもらったからもう大丈夫。それより、その言い方、ちょっと………」
ちょっと上から目線みたいで、生意気に聞こえたのだろうか?
「言い方?」
馬鹿みたいにオウム返ししてしまう俺。何故か気まずい。
「あ、璃青さんの忘れ物のウサギ、片付けが終わったら届けに行っていいですか?」
璃青さんは何故か俯く。
「はい……」
俯くとどういう表情しているのか見えなくて、つい覗きこもうとすると、いきなり璃青は顔を上げる。
「ねぇ、ユキくん。昨日までのお礼がしたいな。今度の十五夜、一緒にお月見しませんか?その時に、渡したいものがあるの」
お礼なんてされるような事、何もしていないのに?
「お月見ですか、いいですね。今年の十五夜というと……?」
とはいえ、二人で月見なんて楽しそうで、少しテンションが上がる。
「九月八日。まだ暑いかもしれないけど、真夏の夜よりは涼しいと思うんだ。あの花火の河原で、会いましょう」
何故河原で? 隣なのだから一緒にいってもよいと思う。
「ここで待ち合わせではないんですか?」
璃青さんが、また妙に気合のはいった笑顔でニッコリ笑う。
「うん。時間はまだ未定。わたしからメールするね」
何かその日、璃青さんは用事があるのだろうか?
「そうですか。はい、わかりました。メール、お待ちしてますね」
町内会でのお仕事中にそんなにおしゃべりしている訳もいかずに、そこでその話は終わらう。俺は力を使う屋台の解体の手伝いで、璃青さんらは女性陣で集まって商店街の通りのお掃除と別作業に勤しむ為に離れて作業することに。そして午前中いっぱい町内会の仕事をそれぞれで頑張った。
コチラの作品も たかはし葵さまと二人で話し合いあって作った物語です。『Blue Mallowへようこそ〜希望が丘駅前商店街』にて同時に同じエピソードを描かれています。璃青さん視点だと違っていて切ない色を楽しまれて下さい。




