【商店街夏祭り企画】その感情の名前
【商店街夏祭り企画】参加作品です。
商店街の花火大会と夏祭り、夏にはアクシデントがよく似合う?
咄嗟のことで、ギュウと強く抱きあった状態のまま固まってしまった二人。
「……」「……」
腕の中にある、柔らかくて良い香りのする存在。密着してしまっている胸。互いの心臓の鼓動が伝わる。璃青さんのドキドキが伝わってくるのも恥ずかしいし、俺のドクドクした心臓のリズムが伝わるはもっと恥ずかしい。これはさすがヤバい。俺は抱きしめた形になっていた腕をそっと広げる。おずおずと離れてき、真っ赤な顔で俺を見上げてくる。
「あ、あの……ごめんなさい」
「い、いえ……璃青さんが怪我しなくて良かったです」
二人そのまま言葉を続けることができずに、ただ見つめあってしまう。さて、このあとどうすれば良いのだろうか?
手を伸ばしその滑らかそうな頬を撫でる? 再び抱き寄せキスをする? って俺は何を考えているのだろうか? 今日の俺は少しオカシイ。この気分を払わないといけない。
「手当も終わったので、珈琲でも飲んで落ち着きませんか?」
一番落ち着く必要のあるのは俺なのだが、そんな俺の内面が璃青さんにバレたら、絶対ひかれるし、嫌われてしまう。俺は璃青さんが小さく頷いたのを確認してから彼女から離れアイランド式になっているキッチンに向かう。ケトルに水を入れコンロにかける。ドリッパーにフィルターと珈琲の粉をセットする。そっと璃青さんを伺うと、コチラに背を向け座っているために表情はみえないけれど、浴衣姿で髪をアップにしているために、その姿が何ていうか美しいというか艶めかしい。いつもは見えない白いうなじが色っぽい。俺は深呼吸して邪念を振り払う事にする。そして湧いたお湯を粉に落としていく。珈琲の深いアロマが広がる事で、俺の気持ちも少し落ち着いてくる。
「どうぞ!」
二つのマグカップに入れる、二人ともいつも何もいれないで飲んでいるのでそのまま持っていき、璃青さんの前一つ置く。そのマグカップを両手で持って、その香りをかぎ璃青さんはフワリと笑う。その様子が可愛いと思ったがすぐに申し訳ないという気持ちになる。年下の男にそんな事思われていると思うと気を悪くするだろう。けっして子供っぽいという訳ではない。璃青さんは女性らしい柔らかさと可愛らしさを持っている人。身近では澄さんとか、櫻花庵の花子おばあちゃんとか、大人になっても女性らしい可愛らしさを持ち続けている人がいる。最近そういう女性っていいなと思えてしまう自分がいた。身内である母や姉があまりにもそういうタイプからほど遠い事もあったのかもしれない。そして少し離れたスツールに俺は腰かけた。なんか恥ずかしくて近づけない。
「………ユキくん、珈琲淹れるのも上手なんだね。すごく美味しい!」
その言葉が異様にうれしくて照れる。璃青さんの笑顔が嬉しくて、こういう言葉が俺の心を温かくしてくれる。そう考えていると、さっきとは別の意味でムズムズした気持ちになってくる。
「お店でも出しているからね。バーに珈琲楽しみくる人も結構いて。
……珈琲というのも勉強してみると面白くて」
「そういうの、突き詰めてみると結構奥が深いものね」
そう静かに言葉を受けてくれる。
自分の中のこの妙な気持ちを誤魔化す為に、俺は必死で珈琲についての話を熱く璃青さんに語ってしまう。璃青さんはこんな話なんて面白くもないと思うのに、なぜか大真面目な様子で聞いて、元気な相槌までくれて受けてくれた。よく分からない盛り上がりを見せた二人の会話も、珈琲を飲み終わる事で終わる事になる。手当をする、珈琲を飲む。そしてもう十時をはるかに超えてしまった時間。これ以上璃青さんがこの部屋にいる理由はないし、引き留める事もできない。同時に壁にかかった時計に目をやり終わりの時間がくるのを二人で察する。
「え………と、そろそろ帰る、ね。母もまだ起きて待ってるかもしれないし」
「家まで送ります。それに草履つらいですよね。つっかけお貸しますからそれで今日は帰って」
隣なのだから送る必要もないのだろうが、心配だからという理由で俺は一緒に玄関を出る。当たり前だが、すぐに彼女のお店の前につく。
「お」「今日はありがとう!」
同時に声を出してしまったので俺はすぐに言葉を続けるのをやめる。
「いえいえ、もっと俺が気遣っていたら、璃青さんそんなに足ひどく痛める事もなかったのに」
「ユキくんは何も悪くないよ。草履、おろしたてだったし、普段履き慣れないものを履いたから、不可抗力なのよ。わたしの足がヤワなのもいけないの。………だから、もう気にしちゃダメよ?」
璃青さんは優しく笑って、少し背伸びして俺の頭をなでる。そうされる事にちょっとした嬉しさと、物足りなさを覚える。
「もう、無理しないでくださいよ」
「わかりました、もう無理しません。………じゃあ、お休みなさい」
ニッコリ笑うってそう答えるけど、瑠青さんは絶対これからもそうやって、大丈夫といって無理してくんだろうなと思う。
「お休みなさい。良い夢を見てくださいね」
フフ璃青さんは何故かそう笑い俺に手を振ってお店の中に入っていった。俺はしばらく店の前で璃青さんの消えたドアをボゥ眺めつつけてしまう。そして一旦多く深呼吸してからから空を見上げる。その視線の先で流れ星が流れていった。その時にふと一つの願いが頭をよぎる。そしてそう思った自分が恥ずかしくなり首を横に振った。
コチラの作品も たかはし葵さまと二人で話し合いあって作った物語です。『Blue Mallowへようこそ〜希望が丘駅前商店街』にて同時に同じエピソードを描いていますので、そちらで璃青さん視点だと違っていて切ない色となっています。キュンとしたい方はどうぞ葵さんの方を読まれてください。




