良い子だけでなく、悪い子にも言っておきたい事
……最近の子供は、『知らない人についていってはいけません』という言葉を知らないのだろうか?
「お前、何だよ~」
「ねえ、お手て繋いで~」
「あなた、なんていう名前な? 私ミナ」
「何かしゃべろ~」
「ねえねえ、お名前な~に?」
こんなよく分からない不思議なマスコット、絶対ウケないと思っていたが、子供は細かい事あまり気にしないらしい。歩き出した途端に子供に見つかり、大声で声かけられ、あれよあれよと集まって囲まれてしまった。子供に囲まれながら俺はボテボテと歩く。
この子達は、知らない人どころか、よく分からない生物に自ら積極的について行っている。俺が悪い生き物だったらどうするつもりなのだろうか? と心配になる。もしアマゾンとかアフリカで、よく分からない生物についていったら大変な事になるだろう。ここが日本で良かったとも思う。
相手が子供だけに、余計に中の人を感じさせたらダメだと、俺は無言で身体を揺すったり手を振ったりと愛想を振る舞い、面倒を見ながら篠宮酒店の倉庫を目指す。正直キーボ君という行動をかなり制限された格好でこの十数人の子供を相手にするのに限界を感じていた。角を曲がり狭い視界の先に目的地が見えてきた事でホッとする。俺はもう集まりお祭り準備をしているメンバーに手をふり助けを求める。しかしこの姿で手を振っても、あまり危機感が伝わらないらしく、皆は笑顔で手を振り返してくるだけでだった。
子供に躓かないように、ゆっくり近づいてやっと集合場所に到着する。
「おっ! キイ坊! 早速モテモテだなぁ~
やっぱ、お前は何かもっていると思っていんだよ~俺は!
今日のお前、最高にイケてるぜ!」
篠宮酒店の店長燗さんが俺に向かって親指をたててニヤリと笑う。
モテているというのだろうか? この状況は。俺はとりあえずペコリとお辞儀する。
「何? オジさん、この子と知り合い? 何ていうの?」
ついてきた子供が、目をキラキラさせて燗さんに話しかける。
「コイツはな~キー太郎っていってな、この商店街のマスカットなんでぃ」
名前が間違えているし、しかもさっきと名前も変わっているし、マスカットでも、マスカットのマスコットでもありません、燗さん。
首を横に振っても身体全体揺らす事だけになるので、俺は違いますと両手もブンブン横にふり、間違いを指摘する。
「燗さん違うでしょう、この子はね~キーボ君と言うマスコットでね、この商店街に夢と希望を届ける為にやってきた子なの。仲良くしてね」
奥さんの雪さんが、優しく訂正するが、なんかキーボ君の業務内容がより難易度の高いモノとなっている。しかし子供は素直なもので、『そうなんだ~宜しくね~』とキーボ君と仲良くすべく、話しかけてきて抱き付いてくる。重心の低い所に力を与えられコケそうになるが耐えた。
節分祭りは、皆で豆もって鬼役の人を商店街から追い出すと言うもの。燗さん筆頭に鬼演じる人の迫真の演技もあり、子供達は張り切り、大人達は笑い、なんとも暖かく祭りは盛り上がる。俺ことキーボ君は、豆で攻撃する子供達の後ろをついて歩き、腕をブンブン振り回し応援する役割。
お祭りなんて大学時代友人や彼女と行った花火大会くらいで、こういう町内会のような所でローカルに開催されるお祭りは初めてで新鮮で楽しかった。
キーボ君効果もあるのだろう。子供設定のキーボ君を演じる事で、子供と一緒にいつになくハシャいでいる俺がいた。燗さん演じる鬼に逆に追われ逃げる事になったキーボ君の俺。重い身体で逃げる為にコケてしまうと、子供が盾になってかばってくれ、豆を鬼に一生懸命投げつける。子供は仲間と認めてくれたようだ。しかし分別のついた中学生以上の子供や大人しい小さい子にはイマイチウケが悪いようで珍獣を見るような恐怖の視線で遠巻きされているのは、あえて気にしない事にする。
お祭りも盛況で、町内会各店舗で用意した恵方巻らしきものも飛ぶように売れた。らしきというのは本当の恵方巻を作っていたのは、お弁当屋さんと寿司屋と居酒屋の『とうてつ』さんだけで、喫茶トムトムは恵方巻ロールケーキ、神神飯店は恵方春巻きと恵方キムパプ(韓国のり巻き)、練り物屋さんは恵方揚げ(もう巻いてすらない)といったものをチャッカリと用意して売っていたからだ。商店街の皆さんは商魂も逞しいなと思う。
祭りが終わり居酒屋『とうてつ』の打ち上げが行われた。俺はキーボ君を脱いだ状態で、明るく盛り上がる宴会風景を酔いでフワフワとした気持ちで眺めていた。ずっと帰宅部で、バイトも本屋だった為に集団で何かをするという事をしない人生を送ってきただけに、参加して『キーボ君良かったよ~』と誉められ、自分の行動が認められるというのも嬉しかった。
「あら、透くん静かだけど、楽しんでいる?」
籐子女将がニコリと笑いながら声かけてくる。
「何かチョット酔っ払ったみたいです~。この空気と酔いを楽んでます♪」
「顔真っ赤よ、烏龍茶持ってきてあげるわね」
そう言って離れて行く。そして氷で冷えて水滴を纏った烏龍茶のグラスと、俺の好きな温泉玉子を持って来てくれた。ここの温泉玉子は黄身のとろけ具合が絶妙で旨い。思わず頬が緩んでしまうのを感じた。
「ありがとうございます~!
この店の温泉玉子大好きなんだ~嬉しい♪」
籐子女将は笑いながら俺の頭を小さい子供にするかのように撫でてくる。
「今日、透くん頑張ったからご褒美!」
俺がニコニコと早速温泉玉子の器に手を伸ばすのを見て籐子女将は何故かフフと笑い、離れて行った。
火照った身体に冷たくチュルンとした温泉玉子は最高に旨かった。
宴会は盛り上がっていくが、流石に疲れもあったのだろういつも以上に、酔いが強く出たらしい俺は、一足早めに帰らさせて貰う事にした。
俺としては、最高に良い気分で帰宅してそのままベッドに倒れ込み夢の世界に突入しただけだった。しかしこの事が商店街での俺の扱いに大きな変化をもたらす事になるとは思いもしていなかった。