BLって人をブルーにする恋愛の事
バイトの小野くんは、紬さんが見極めただけあり本当に良い子だった。切れ長の目でシャープな印象をうける青年で一見取っ付き難そうに見えるけど、話してみると素直で真面目。法学部で勉強しているだけあり、真面目で頭が良い。お勉強ができるというだけの意味でなく、回りがよく見えていて動ける。お陰で仕事がかなり楽になった。しかも紬さんお手製の制服が似合う事。制服効果で格好良さがさらにアップして男の俺が見ても、バーが素敵な感じになった気がした。 クールに見える顔がお客様と接する時に少し柔らか笑顔になるのを、OLさんなどがホワンと頬を赤らめているのをみて、夢を売る店という意味を改めて分かった気がした。そしてサラリーマンらは、マスターやママとの会話を楽しみ一時の癒しと解放感を楽しむ。黒猫で飲むというのはそう言う事なのだろう。
俺は小野くんのように格好良くなるわけではないものの、制服を身に着けることで気が引き締まる気がして、よりこのbarでの仕事というものに集中できる気がした。制服の効能というのも改めて実感する。制服導入と新たなメンバーが加わった事で黒猫はパワーアップしより活性化し面白いものになった。
た、商店街のほうの仕事も積極的に参加するようになった。若手中心で管理するキーボくんブログも開設し、商店街の方もより盛り上がっていっているように思う。
本気出して何かに打ち込むというのがこれほど面白いのかと実感しながら充実した毎日を過ごしていた。しかしそんな俺のやる気に塩をかけるような事態が発生する。
それは、キーボくんのファンという形で商店街事業部に届けられた数冊の本。厚みは五ミリもないもので、表紙には『青い兄弟商店街で燃えて……』『限りなくピュアでブルーな愛』『深く青く……』とある。
「最近の若い子は、大好きな漫画やアニメのキャラクターを使って、自分たちでも漫画とか小説を書くのが流行しているんだ。キーボくんも、そんな人気キャラクターの仲間入りだね」
『Book‘s大矢』の浅野さんがそんな事言ってくれたので、俺は照れつつくも、喜びを感じる。そして黒猫に戻り中を見て仰天する。
何故かキーボくん一号と二号がキスをしたり抱き合ったりしている。それもフレンチキスとかハグとか優しいレベルではない感じで。この作者はキーボくんが両方男の子ってわかっていないのだろうか? それにあの顔で女の子だったら可哀想である。
『に、二号さん、俺達兄弟ですよ! それに男同士』
『細けえこと気にすんだなよ! 俺は溜まらなくお前が好きなんだよ!! お前だって同じなんだろ? だから良いだろ?』
分かっていて書いているようだ……良くないです! 気にして下さい! キーボくんの中の人の俺としては良くないです。
しかも何気に、二号さんの言葉使いと、うっかりつられてしゃべってしまっている俺の会話が再現されている所が恐怖と衝撃をさらに深めている。俺は震える手で携帯を取り出し、安住さん『大変です! キーボくんが一大事です!』を呼び出した。
しかし何故か安住さんにはこの恐ろしい状況が伝わらず、本を読みながら大爆笑する。
「んなもん、気にする事ないだろ! 作っている奴らもすぐ飽きるだろうし、ほっとけば?」
なんて言い出す始末。そして危機感を共有と恐怖を共有することも出来ず去っていく安住さんの背中を見送ることにしかできなかった。
「あのユキさん、キーボくんニ体が恋人関係だって見ている人なんて、世界で本当に一握りの人だけですよ。
ほとんどの人が、カワイイ恍けたマスコットと思って愛してくれていますから」
会話を聞いていた小野くんの慰めの言葉を聞きながら、俺は頷くしかなかった。そして安住さんは本業の為に商店街を離れることになったので、少しは沈静化するかなと思っていた。週刊誌か? というペースで送られてくるソレは本当にファンの手によるものなのかも怪しく思えてくる。もはや嫌がらせに近いが、とんでもない内容にしてもこんなにも熱く漫画を描き続けるというのは、愛ではあるのだろう。そして内容はさらにエスカレートしていく。
小野くんは、台車でキーボくん一号の送り迎えをしていた関係もあり、送られてくる本において、明らかに小野くんがモデルと思われるイケメンバーデンダーが登場し一号を二号と取り合うような展開を迎えてきた。
うっかりソレを見てしまった小野くんが震えながら読んでいるのを見て、俺は恐る恐る声をかける。こんな事で優秀なバイトを失いたくない。
「小野くん、大丈夫? ……あの、ごめんね、俺達の問題に巻き込んで」
そう言うと、小野君は非常に困った顔で笑う。それもそうだろう、俺とか安住さんはまだキーボくんとしての登場だけど、小野君はほぼ本人である。衝撃の大きさもくらべものにならないのかもしれない。彼のショックな気持ちは分かるし、同時にこういう反応を示すのが普通なんだろうなと思った。安住さんは、やはり様々な訓練をしている事もあり、肉体的に精神的なタフさが違うのかもしれない、
「いえ、ユキさんは何も悪くないですから……しかし、まさか……」
そして、自分もショックを受けていると思うのに『ユキさんこそ、大丈夫ですか?』と気をかけてくれるとことを見て、本当に良い奴だなと思った。
その日の小野くんの笑みはどこか虚ろで影があった。しかしそれはそれで、お店にくる女の子には魅力的なようで、いつも以上に構われている所をみると、小野くんってすごいなと思った。イケメンってどういう状態でも絵になるものらしい。
不思議な事で、この出来事が小野くんと俺の絆を深めたようだ。バイト初めて二か月弱だというのにお店での事はアイコンタクトで大概のことは通じるようになった。
所用があり出かけていた事もあり、夕方お店に行くと小野くんがグラスを磨いている。一見いつものようにクールな感じだが、なんか小野くんが嬉しそうなのが分かった。
「あれ? 何か良い事あった?」
挨拶の後にそう聞いてみると、小野くんは驚いた顔をするが、何故か人の悪い顔でニヤリと笑う。
「ええ、まあ。 煩わしい問題がちょっとだけ解決したという状態ですかね」
「もしかして、何か悩んでいたの?」
小野くんはハッとした顔をして、慌てて首を横にふる。
「いえいえいえ、大したことないですので。でも、なんかスッキリしたというか」
小野くんは、そう言って笑う顔が本当に嬉しそうだった。
「だったら祝杯でもあげる? バイト終わったあとに何か飲ませてあげる」
俺の言葉に小野くんの顔がさらに明るくなる。
「うれしいです! 今日は得にユキさんと祝いたいなとも思っていたので」
すごい可愛い事を言ってくれる。顔に似合わず、こういう所があるので小野くんってすごく可愛がりたくなる。俺ってこういう感じで慕ってくれる後輩とか弟がいないから余計にそう感じるのかもしれない。
「なら何か用意しておくよ」
そう言って俺は小野くんから離れ事務所兼倉庫に向かい違和感を覚える。そして倉庫の隅に積まれていたあの本がない事に気が付く。首を傾げていると部屋に入ってきた杜さんが、『安住くんが読みたいだろうって、さっき小野くんが昌胤寺さんに持って行ったよ』と教えてくれた。確かに安住さん楽しそうに読んでいたので、彼なら面白く受け入れられるのだろうな、と納得した。




