青い春がくるらしい
都心でのソムリエの講習会を終えて希望が丘駅に到着し 俺はホッと息を吐く。
講義でずっと集中していたこともあるが、なんか駅に着いた途端に『帰ってきた』という安堵感に包まれた。気が付けば実家のある場所よりもホームという感じがする場所になっていた。
よく分からないヤル気を胸に、ホームの階段へと向かおうとすると、青い色が目の端に映る。視線を向けると駅のベンチのところにエスニックな青い花が散ったワンピースを着た女性が座っている。その目は虚ろ。愁いているというより途方に暮れているという感じ。
「璃青さん?」
声かけるというか、ついその女性の名が口から出てしまった。
璃青さんはハッとその顔を上げ、驚いたように目を丸くする。
「透さん、………じゃなくてユキくん?」
別に『さん』でも『くん』でも呼びやすい方で良いのに几帳面に呼び直した。そういう真面目な所が璃青さんらしくて自分の口が綻ぶのを感じる。
「どうかしたんですか?」
そう訊ねると、璃青さんは困ったように視線を動かす。何かあったを前提にした聞き方が悪かったのかもしれない。『こんにちは、こんな所で奇遇ですね』 という感じで会話をスタートすべきだったと反省する。最初に泣いている姿見てしまったからか、なんか璃青さんと話す時、こんな風に調子狂う事が多い。黒猫で泣いていた後に会った時も、笑顔で普通に挨拶してきた彼女にいきなり『やはり璃青さんは笑顔がステキです』と言ってしまって固まらせてしまった。かなり痛いか、軽いかと思われていそうである。
「問屋にアクセサリーの材料買い出しに行った帰りなんですけど、少し買いすぎてしまって……」
少しはにかんだような顔をして足下の重そうな荷物に視線を落とす。そこには中身のつまった大きめエコバックが二つあった。なんか重そうだ。
「ユキさ……くんは?」
璃青さんは顔を上げてそう聞いてくる。
今更挨拶からやり直すのも変なのでそのまま会話を続ける事にする。
「ソムリエの資格取るために講習会行ってたんですよ……良かったら荷物持ちましょうか?」
なんでだろうか、唐突にそんな申し出をしてしまった。璃青さんはビックリしたように背筋をピンと伸ばし、そのあとブルブルと頭を横に振る 。
「いえいえいえっ! とんでもないです。これ、ものすごーく重いんです ! それも半端なく!」
年上の女性には失礼だと思う存けど、一生懸命な様子が何か可愛い。しかし俺って重い荷物持てないくらいひ弱に思われているのだろうか?
「だったら、余計に璃青さんに持たせられませんよ。俺も頼りなく見えるかもしれないけど男なんですよ」
そう言って彼女の足下の大きい方野荷物を持ち上げる。本当に重い想定していたよりも。璃青さんが申し訳なさそうに俺を見上げる。よくこんな重い荷物をもってここまできたものである。細そうに見える腕を見てしまう。瑠璃さんは何故かオロオロして俺を見ている。もう一つの荷物も持とうとすると、璃青さんは慌ててその袋を手にとり抱え込む。
「ウチの商品なんですから、わたしにも持つ義務がありますよ!ユキさ……じゃなくてユキくんにそれ以上重たい思いなんてさせられません……っ」
そう言い張る。勝手に買い物に付き合わせ、荷物を全部俺に持たせる姉と大違いである 。俺は必死な彼女に頷き『分かりました』と返事をする。でないとこのまま無意味な平行線になりそうだ。そしてある事を思いだしたので、一旦持っていた荷物をベンチに置くそして璃青さんの膝の上の荷物も受け取りベンチに並べる。そしてリュックからキルティングで作られたチューブ状のものを二つ取りだし、マジックテープを外し荷物の取っ手に巻き付け、マジックテープをまた止めてチューブ状況に戻す。
「コレで少し楽になるはずだから」
璃青さんは、それを不思議そうに見つめている。
「澄さんお手製の、取っ手カバーなんだ。こうして取っ手を包むだけで指にかかる力が分散して痛みもかなり軽減されるんだ」
澄さんが、買い出し担当の俺の為に持たせてもらったを入れっぱなしにしていて良かった。重めの方を俺が持ち二人で帰ることにする。
「わぁ、すごいです。このカバー効果抜群ですね!本当にこれ、いいですよ。楽になります。手が全然痛くないです!あー、これは知らないともったいないなぁ。皆に広めたいなぁ………」
璃青さんが荷物を持ち上げて“ね?”と明るく笑うのを見て、俺も嬉しくなる。二人で並んでニコニコと夕暮れの商店街を歩く。
「でも澄さん、もう商店街の仲良しな人には配ってしまっているしね」
澄さんは趣味でこういうモノを作るのが好きで、また作ったものをすぐ人に配ってしまう。
「とはいえ、仲良しな方以外の商店街の皆さんや、よそから来るお客様は知らないですよね?これ、和柄とかあったりしたら絶対売れますよ。澄さんに作ってもらえないかしら?うちのお店で紹介したいなぁ……」
璃青さんは、商売を始めたばかりだとはいえ、こういう風に発想をもっていくところが早くも商売人となっているという事なのだろう。
「澄さんに聞いてみるよ。ただ澄さんって商売気がないからどうなるか分からないけど」
ん~と何やら考える顔をしていた璃青さんは、こっちを見てニッコリ笑う。
「私からお話ししてみます。澄さんもお仕事されているので無理させられませんし、作り方教えてもらって私が作るという手もありますし」
やはり、こうして単に突っ走るのではなく、ちゃんと色々考えている所に感心する。俺の視線を何か誤解したようにハッとした顔をして黙ってしまう。
「あぁっ!ごめんなさい、わたし今なんかすごく図々しい事言ってましたよね?」
俺は慌てて首を横にふる。
「いや、璃青さんすごいなと思って。俺はマニュアル人間だから勉強してそれを実践するのが精いっぱいで」
「そんな。ユキ……くんはすごくシッカリしてますよ!わたし、いつもすごいな、って思ってるんですよ。それにイッパイイッパイなのはわたしの方!本当に情けなくて。お店を始めたばかりとはいえ、もっとちゃんとしなきゃ、って……」
璃青さんは立ち止まり俺の方を見上げそんな事を言ってくる。
「いや、情けないのは俺の方で、商店街の方に助けていただいてやっと」
俺の言葉に、さらに一歩前に近づき、ブルブルと頭を横にふる。
「ユキくん、はシッカリしています。情けないのはわたしの方です!」
「いや、俺の……」
そう言いかけて、なんか笑ってしまった。何を俺たち競っているのだろうかと。璃青さんもフフフと笑いだす。
「でも、ユキくん、の方が商売人としては先輩なんですよ?」
そう言う璃青さんに俺は首を横にふる。
「俺が黒猫に就職したのは先月ですよ。だから同期になるのかな?」
璃青さんはキョトンとした顔をする。
「えっ、仕事ぶりを見てる限りではそんな風には全然見えないんですけど……」
「ありがとう。それより前はバイトで黒猫にいたからね。そして黒猫とこの商店街が好きになってしまって、ここで頑張る事にしたんです」
俺を見て璃青さんが優しく笑う。
「なんか分かります、この商店街って元気になりますよね。頑張ろうって気持ちになります」
「だね」
璃青さんの笑顔につられニッコリ笑ってしまう。そして二人で再び歩き出し盛繁ミートのメンチカツが美味しいとか、櫻花庵のわらび餅が絶品らしいとかいう話を楽しんだ。
Blue Mallowに無事到着し、カウンターに荷物を置くと、重かった事もあったのか軽い達成感を感じる。
「本当に今日はありがとうございました! とっても助かりました」
お礼を言う璃青さんに俺はいやいやと首を横にふる。
「あのさ、こういう重いモノ持つときとか男手が必要な時は無理しないで、近所を頼ってよ。うちなんて隣だから気軽に声かけてくれれば良いから。それにビルメンテの仕事もしているから、ちょっとした水道のトラブルとかも俺対応できるし」
考えてみたら、彼女はここで一人暮らしである、何かあった時でも連絡をとれるようにしておいた方が良いかもしれない。俺は名刺を出して渡す。
「あら? この名刺のムーンナイトエージェンシーって?」
俺は間違えた名刺を渡した事に気が付きギクリとしてその名刺を奪い返してしまう。
「え、あ、ソレ、杜さんの仕事やビル管理とか不動産や含めての企業名がソレなんだ。ごめんこっちの名刺で」
そういって黒猫の方の名刺を渡す。黒猫の絵がついて可愛い名刺を嬉しそうに璃青さんは見つめる。やはり澄さんデザインだけあり女性の受けが良い。
「ありがとうございます。そうだ!使うことがあるかどうかはわからないですけど、一応わたしの連絡先も教えておきますね」
璃青さんが携帯を出した事でアドレスを赤外線通信で交換する流れになる。そして俺は仕事があるので璃青さんと別れ、一旦部屋に戻って着替えてから黒猫に出勤する。
「すいません、少し遅くなりました」
そう挨拶すると、杜さんがニコニコと俺の方を見つめてくる。
「いいんだよ、いいんだよ!! 青春は楽しむべきだから!」
妙に上機嫌で俺の肩を叩いてくる。
「あの、澄さん、杜さんどうしたの?」
俺は杜さんが離れていったのを見送ってそっと澄さんに訊ねてみる。
「さっき燗さんから電話があってからあんな感じなの。『春がくるぞ!』って何なのかしらね?」
澄さんと俺は二人で首を傾げた。
たかはし 葵さまと一緒に作りました。
葵さん、色々ありがとうございました。
璃青ちゃんからの視点で楽しまれたい方は、【Blue Mallowへようこそ〜希望が丘駅前商店街】をご覧ください。




