杜さんの特別裏メニュー
待ち合わせ場所にいくとキーボくん二号さんが篠宮酒店の倉庫から飛び出してきて、ピョンピョン飛び跳ねながら両手をブンブン手振るという感じでテンション高く出迎えてくれた。
「おーい兄貴~早くしろよ~」
こっちの心配と不安の気持ちを全く気にしてないであろう能天気な様子に少しムカつく。
「兄貴いわないで下さい」
二号さんは顔をよせ首を傾げる感じでカワイイポーズをする。
「でも兄貴なんだろ?」
「そんなに違わないでしょう、俺と二号さんは」
一つしか変わらないので、社会でてしまえば変わらないと思う。キーボくんとして考えると同じ年である。
「学年が違えば十分に兄貴だよ。年功序列」
安住さんは、かなりこの弟設定を気に入っているようだ。リアルに兄がいるというのに。
「あ、それで思い出しました。足の具合はどうなんですか? もう痛まないんですか?」
「ああ。もう大丈夫だぞ、この通り」
一番気になる事を聞いてみたら、目の前でピョンピョンと反復横飛びな動きを披露する。こんだけ動けるならば元気なのだろう。
「それでパトロールって何するんですか?」
単なるパトロールであることを願いつつ確認してみる。二号さんはウーンと何やら考えるような様子を見せた後、サッと動き道の角から上半身だけ乗り出して通りの様子をそっと伺う。動きだけみると、映画に出てくる優秀な刑事とかスパイのようだが、キーボくんの恰好でされると、恰好良さも半減である。そして手をクイクイと動かし、俺を手招きして一緒に通りを見るように促す。
「単なるパトルールだと面白くないからさ、あのカメラにどっちがたくさん映ることが出来るか競争しながら、交番までの道のりを行かないか?」
商店街の表通りのあちらこちでTVクルーがカメラを向け、誰コレ構わずインタビューしている様子か見える。
「……それパトロールですか?」
妨害工作なだけである。
「パトロールだぞ? ちゃんと商店街に怪しい連中がいないか回るんだからな。もちろん怪しい奴は即通報する前にのしてやれば問題ない」
『のしてやれ』? やはりアブナイ事しようとしている。
「……むちゃくちゃだ」
「あいつらの方がよっぽどむちゃくちゃだろ。勝った方がトムトムのミックスジュースをおごってもらえるってことで。じゃあスタート!」
そう言うと俺の制止も聞かず走り出す。
「ちょっと!」
キーボォォォオオオオオ~
二号さんは、奇声上げながら取材中の記者の所に突進していく。なんでこの動きにくく、視界の悪い格好で上手く人と人の間をすり抜けられるのか分からない。同じコースで追い掛けても追い付かない。商店街の方やお客様は二号の疾走に慣れているのか、避けて道を作ってくれるから良いが、二号さんを必死で避けた記者やレポーターは逆に俺のコースを塞ぐように動くためにことごとくぶつかる。結果、奇声をあげて通りすぎる二号の青い風のあとに『ダメですよ! 皆さんの迷惑ですよ!』と叫びながらレポーターを画面から追い出しアップで画面を青く染め上げる一号というパターンが出来上がる。夕方のニュースで生中継していた所もあり、最悪のお騒がせマスコットとしての姿を世間に晒してしまったようだ。
俺が疲労でバッタリ動けなくなることでその事態は収束する。喫茶店トムトムに曳づるように連れていかれ、俺は専用の椅子でグッタリしていた。そして二号さんは何をもって勝利としたのか不明のまま、『ミックスジュース二人分よろしく! 一号のおごりでね』と勝手にジュースを注文する。二号さんの身体からズズズズズゥゥゥーと大きな音がして『クワァァ~♪』と満足げな声が漏れる。俺はまだ飲まずにミックスジュースの入った水筒の冷たさを楽しむ。
「お前、体力無いよな~……これぐらいのことでバテるなよ」
ジュースを飲んで一息ついたのか、チラッと二号さんがこちらを見てそんな事言ってくる。着ぐるみ着て三十分以上全力疾走したのだからバテて当然だと思う。
「そっちが元気すぎるんですよ、そっちと一緒にしないで下さい」
自衛隊で毎日鍛えている人基準で考える事からして間違えている。
「そうか? 俺はまだまだ元気だ。まあ暑くて汗はかいたが、気持ちいいぞ!」
二号さんは後ろのチャックから空の水筒を次郎さんに手渡してから、こちらに近づいてくる。
「俺は身体中べとべとで気持ち悪いです。俺にはもう無理ですよ、二号さんの体力の限界に付き合っていたら壊れます」
二号さんが俺の隣に椅子に座り、俺をツンツンとつつく。
「情けないなあ。そんなんじゃ俺と一緒に楽しいこと出来ないぞ」
顔を近づけてそんな事を言ってくるけれど、俺からしてみたら暑苦しい。
「出来なくていいです、激しすぎるのは勘弁してください。俺は穏やかに楽しみたいんです」
「手加減してたら意味ないだろー。なんなら、もう一発いってみるか?」
そんな俺たちの会話を、後ろの女性たちが爛々とした表情で聞いているなんて知らなかった。そして彼女達が『コレはコレであり?』『ありよ! 寧ろおおあり! 俺様強引弟攻め! イイ!』と謎の会話をしていたなんて気が付くはずもない。
「仕事があるので、そろそろ行きますね」
俺はミックスジュースを一気に飲み干して、ご馳走様のポーズをして器を後ろのチャックから返却する。その時紬さんから何故か良い子メダルをもらったので俺はお辞儀してからトムトムをあとにした。
黒猫に戻ると、杜さんが久しぶりにお店でマスターの仕事をしていて、俺を上機嫌で迎える。
「ユキくん、ニュース見たよ最高だった!! 録画しておいたらから君をあの勇姿、是非みるとよいよ。これでユキくんのステキな動画が増えた」
杜さんは、あんな形でも俺がTVで出ていると大喜びしているようだ。俺はハハハと元気のない笑みを返す事しかできなかった。
肉体的にも精神的にも疲れを感じながらも仕事を頑張っていると、重光幸太郎先生の公設秘書の杉下さんと倉島さんが疲れた表情でやってくる。カウンターに座り杜さんに挨拶する。いつもは颯爽とした出来る人という感じの二人だが、この騒動で疲弊しているのだろう、いつも覇気がない。杜さんは通しとおしぼりを渡す。
「疲れてるね、そんな二人にソレも吹っ飛ぶようないいモンあるよ」
杜さん手書きのメニューが二人に手渡される。超常連のみが手に出来るという黒猫の裏メニュー。杜さんお薦めの酒リスト、ウィスキーバージョンのようだ。それを見て二人の顔が輝く。二人はその中から一つ注文する。そして乾杯して一口飲みハァと満足そうにため息をつく。流石杜さん厳選のお酒。二人が一気に元気になった。こうして、ちゃんと味が分かってくれる相手だからこそ杜さんもお薦めし甲斐があるのだろう。そんな二人を見て優しく嬉しそうに目を細める。
「そう言えば彼らを訴えたと聞きましたが?
根小山さんのことですから負けることはないと思いますが、裁判を起こしてもそちらが損するだけでは?
勝ったとしてもそれほど慰謝料を取れるというわけでもありませんし」
そういう杉下さんの言葉に杜さんはニッコリと笑う。
「まあ、奴らに単に嫌がらせしたいだけですから、俺の個人的趣味というか楽しみ?」
杜さんの言葉に二人が苦笑する。
「そして、この騒ぎも今週限りですよ。来週か彼らそれどころではなくなりますから」
俺はこの時の杜さんの言葉は、無断駐車しているマスコミ関係者が訴えられた事で撤退する事だと考えていた。
しかし次の週、情報番組を放送しているメジャーの三つのTV局において、重大なスキャンダルが色々発覚して大騒ぎとなる。その為マスコミが一気に商店街から消える。それぞれの会社はその対応に追われ、この商店街で呑気に取材なんてしている場合ではなくなったからだ。
謝罪を繰り返すTVの番組を見て、杜さんが嬉しそうに笑いながら眺め、ワインで弁護士の矢草さん、探偵の極堂さんと乾杯しているのをみて、まさかねと思う。
そして商店街には、まだ若干の雑誌記者が残るものの平和な空気が戻ってくる。残っているのは重光幸太郎事務所の近くで車を停め中でカメラを構えてスクープを狙っているような輩。商店街の人が交代で声をかけ移動を促すのだが、またそこに戻ってくるという感じで性質が悪い。しかも運転手がいて停車しているから駐車違反でも取り締まれない。そんな不毛な戦いをすること三日目、ガシャーンと不快な音が街に鳴り響いた。
駆けつけてみると、そのスクープ狙う記者の車が事故っていた。杜さんの車を相手に。相手の記者は杜さんの車がベンツである事に、オロオロと車から出てくる。
「いきなり飛び出してきて、何なんですか!」
降りてきた強面の杜さんの風貌にも相手はビビる。
駆けつけてきた交番の真田さんに、目撃者を名乗る男が、『記者の男がいきなり車を急発進させそのまま杜さんの車にぶつかった』と証言する。その男に俺は見覚えがあった。数日前に黒猫のカウンターに座り杜さんと会話していたからだ。集まってきた集団も商店街の人である事で完全アウェイの中、男は連行されていった。盗撮といった犯罪に抵触した行為をしてきただけに余罪もこのあと色々問われる事だろう。
後日、鼻歌歌いながら決して安くないベンツの修理代を請求する書類を作っている杜さんを見つめ聞いてみる。どこまでが杜さんが企んだ事なのかと。
杜さんは心配そうな俺を見て優しく笑う。
「いいか、ユキくん、男は愛する者、大切な者の為には、とことん戦うものなんだよ!」
まったく否定しないんだ……。と呆れつつも納得している自分もいた。杜さんってこういう面もある人だったというのを改めて思い出す。
「とことんまでされるのはいいですが、もう危ない事はしないでくださいよ。澄さんが悲しみますよ」
杜さんは俺の頭をガシガシと撫でる。
「心配しなくても大丈夫。今回も万全の準備をして臨んだし、何も問題はない。俺たちが危ない事は何もしていない」
……杜さんが、なんか幸せそうだし、結果平和が戻ってきたのでコレでよしとすることにした。




