この街に…
若干二日酔いと寝不足気味の身体に朝食と濃い目の珈琲を流し込んでビルディング清掃作業に出ることにする。やはり Barなんて経営しているだけあって、杜さんと澄さんは何気にザルで、俺よりも体力があるのではないかというくらい朝から元気だった。澄さんは、お店で出す料理のレシピの整理と新メニューの開発を鼻歌交じりで行っており、杜さんは契約書を作り、俺の名詞も作るんだと張り切っていた。杜さんそんな事をしている余裕はない筈なのに……。
俺もまだまだ若いし、これから本格的に働くというからには今日から頑張らねばと気合を入れてから業務に集中することにする。
いつもより念入りにやった為か、これからの事を色々考えてしまった為か、いつもより若干遅めのお昼をとる事にする。昨晩のお酒の事もあり、サッパリしたものを身体が欲していたので『とうてつ』でとることにする。
お店にはいると、籐子女将と華やか過ぎる笑顔で迎えられた。
「透くん、いらっしゃい!」
空いている席に案内してなおもニコニコと俺を見ている籐子女将に俺は報告せねばならない事があった事を思い出す。
「籐子さん、あの色々ご相談に乗って頂きありがとうございました。
それで俺、このまま此処で働く事に決めました。だからこれからも引き続きお世話になることになりましたが宜しくお願いします」
そう頭を下げる。
「そうなんですってね、これからは、もっと可愛く甘えてね。
そうそう澄ママ、朝電話で大喜びしていたわ」
そういえば、この街は情報の伝達は異様に早かった事を忘れていた。
「今後は甘やかすだけではなくて、厳しく色々指導してください」
籐子女将はクスクスと笑う。
「相変わらず真面目なんだから。そこが透くんの良い所ね」
「同じ商店街で商売する仲間だ! これからも色々頑張っていこうな」
会話している籐子さんの後ろから徹也さんもそう声かけてきてくれたので俺は頭を下げる。
「そうそう、澄ママともお話していたんだけど、今夜『とうてつ』と『黒猫』合同でお祝いしようって。で裏庭でバーベキューする事になったの! だから貴方は絶対参加なので心に留めといてね」
俺は恐縮して頭を下げる。そして席に座わり、冷たいお茶を一口飲んでから、お昼を注文するのを忘れていた事を思い出す。メニューを改めて見て、料理の乗ったお盆をもって厨房の方から歩いてくる籐子さんに焼き魚定食を頼もうとしたら、ガタンとその料理が俺の前に置かれる。
鉢に入った煮魚とお刺身が両方のってそれにサラダ小鉢が二品と豚汁に、なんと温泉玉子まで乗った豪華な定食。
「あの、まだ俺頼んでいないのですが……」
籐子女将はニッコリ笑う。
「コレ、就職祝い!」
「そんなの、申し訳ないですよ!」
籐子女将は目を細めて俺を見つめてくる。しかし一品サービスというならともかく、ここまで一セット丸々だと申し訳なさすぎる。『うわ~美味しそう! ありがとう~♪』と貰えない。
「コレ無料って訳ではないから」
その言葉に少しホッとする。
「今後、商店街の仕事をいっぱいしてもらうつもりだから!! 身体でシッカリ返してもらいますからね。だから遠慮する必要はないわよ」
身体で返す……。まあそのつもりでいるので俺は頷く
「……はい。頑張ります。
コレ有り難くいただかせて頂きます」
籐子さんにニッコリと笑う。
「そういう『有り難い』って気持ちは大切ね! じゃ」
そう言って離れてった。
※ ※ ※
その日、閉店処理後、料理とワインを何本か持って『とうてつ』へ向かう。二人とも慣れているのか閉店している店から入る店の奥からというより、裏庭の方から何やら人の気配がする。
「そうだ! 戸締りしないと」
澄さんが持っていた荷物を俺が両手で抱えていた箱の上に載せ、入口に戻ったので。荷物が増えたので杜さんが俺を先に裏へいくように促すのでそのまま裏庭へ先に行くことにする。
パチパチパチ
裏庭に行った途端に、弾けるような音で迎えられビックリする。すると籐子さん徹也さんだけでなく酒屋の篠宮一家、トムトムさんとこの富田一家、肉屋の繁盛一家ら、商店街の皆がそろっていて、拍手で俺を迎えてくれた。
「就職おめでと~!」
「オメエは最良の選択できるヤツだと分かっていたせ!」
口ぐちにお祝の言葉を言われ、俺は恐縮しながらお礼を返す。
「主役は中央に」
太郎くんと次郎くんが俺の手から荷物をとりテーブルへと運んでいき。紬さんが俺の背中を押して裏庭の中央へと連れてかれる。皆の視線が集まり緊張する。グラスを持たされ乾杯の挨拶を求められ俺は背筋を伸ばす。
「あ、あの。ここで、皆さんと一緒に商店街でやっていく事にいたしました! 今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
これからも宜しくお願いします」
そう挨拶すると、拍手が起こる。
「宜しくもなんも、オメエがここに来たときからそのつもりよ! 俺達は家族なんだ。皆でオメエと立派な男にしてやるから!」
燗さんの言葉に皆がウンウンと頷いている。
「そうよ、だから今後はこの商店街で変な遠慮とかしたら、許さないからね」
籐子さんがそう言葉を続ける。俺は皆の言葉が嬉しくて、『はい、そのように努力します』と頭を下げるが、皆に『堅い! もっとフランクに!』と怒られた。
「そうそう盛り上がる為にシャンパンも持ってきたんだ」
杜さんがそう言い、スペードのついた箱を取り出す。これは十万近くするシャンパンである。
「チョット、杜さんアルマン・ド・ブリニャック・ブラン・ド・ブランじゃないですか! そういうのは誰かの結婚記念日とか相応しいお祝いに使って下さいよ!」
俺がそういうと。
「だからこうして目出度い時に飲むんだ! 旨い酒だから、それが美味しく感じる人と飲む! お酒ってそういうものだよユキくん」
「杜は、酒がなんたるかは分かってんな~」
燗さんが嬉しそうに、杜さんの言葉を受ける。
「それで、経営能力があれば良かったのに」
杜さんフフと笑う。
「それを俺に求めるなよ! でも燗、これからは透くんがいるからお前が色々教えてやってよ! そういう事を俺はわかんないからそういうの教えてあげれない」
その様子をみてなるほどと思う。何故呑気な根小山夫妻が無事生きてこられたのか? こうして商店街の人達に見守られてきたからだ。
「あたぼうよ! ユキ坊の教育お前だけに任せられねえ! 俺が商売ってなんたるかを、教えてやるよ! お前と違って良い弟子になりそうだしな」
そしてこの商店街で過ごすようになってから、俺もそうして見守られてきたんだと今更のように気が付く。
それだけ様々な事を学ばせてくれたこの場所とこの人達。今度は俺が一緒に頑張る事でその恩を返していかないといけない。俺はこの宴会でそういう意志を固める。
いていい場所ではなくて、俺の場所というのを見つけた心地よさに気持ちよく酔い、この場を楽しんだ。そしてそれぞれ皆と話ながら思いっきり笑っている自分に気が付く、俺ってこんな風に笑える人物だったようだ。思いっきりはしゃぎ、皆と騒ぎ宴会は食べ物と飲み物が尽きるまで続き散会となり、商店街にいつもの夜が戻った。違うのは正真正銘俺がここの住人となった事だろう。
俺は次の日に父に電話して、将来を決めた旨を伝え、住民票をこの街にと移動させた。
これにて一章は終わりです。
二章からは、この街にどんどん染まっていく透くんを見守っていただけると嬉しいです。
その後の風景は、コチラの作品のスピンオフ『黒猫のスキャット』の方で黒猫のバイトくんの視点から楽しむ事もできます。
また、篠宮 楓 さまの『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』にてこの後の燗さんと雪さんが素敵な会話を交わす物語が描かれています。是非そちらを読まれてホロリしていて下さい。




