決意表明したのは良いけれど
お客様も捌け、残ってくれていた学生バンドの面々も送り出し、三人の時間に戻る。集計作業、衛生作業、在庫管理などを終わると、お店には独自なお祭り後のようなまったりとした空気が漂う。
売上の入った手持ちの金庫を手に『じゃあ、帰ろうか』杜さんが俺と澄さんに話しかける。いつもなら俺は頷いて鍵を手に杜さんの後に続き戸締りをして一緒にエレベーターに乗るのだが、俺はそんな二人を呼び止める。
「すいません。お二人にちょっとお話したい事がありまして」
改めてそう切り出すと、二人の表情がこわばり、杜さんが澄さんをそっと抱き寄せる。俺以上に緊張されてしまうと俺も言いづらくなる。
「上で話そうか。まずは落ち着いて」
三人で不自然に無言のままエレベーターに乗り、居住階に到着する。
「お茶いれてくるわ!」
ソファーで改めて話そうとしたら、澄さんはそういってオープンキッチンの方へと離れていってしまう。仕方がなく杜さんとソファーに向き合って座る。
「あの透くん、澄にとって、いや俺にとっても君は」
なんか凄く空気が重く気不味いので、俺は遮るように口を開く。
「俺にとっても、かけがえのない家族ですよ! ずっとお二人は俺の成長を見守ってくださいました。それこそ親以上に可愛がってくれて、抱きしめてくれて、どれだけ助けて頂いたか」
お茶ポットをもった澄さんが怖ず怖ずとソファーの所に戻ってくる。ポットからカップにお茶を注いでいるとまた不自然な沈黙が降りる。
「俺、ここに暮らすようになって色々気がついたんです。それまでの俺って、親の顔色を窺って、空気を読んで友達と程よい距離感を務め、周りが求める自分とは何かをまず考えて生きていた」
「それは透ちゃんが優しいから、でもシッカリとした自分をもった子で」
澄さんがそう口を挟んでくる。俺はそんな澄さんに『ありがとうございます』と答えてから言葉を続ける事にする。
「周りがそう強いてきた訳でもなく、俺が勝手にそう動き、周りに合わせる事で自分の場所を作って安心してきていた。俺の狡さで、色々理由をつけることで居場所を作り逃げてきていた」
意外と自分の気持ちを表現するのって難しい。流されてではなく進路を決定したことを表現したいだけなのに、二人の表情がどんどん暗くなっていく。キチンと自分の気持ちを伝えるのって思いの外難しい。先に結論を言う事にする。
「それで、今回自分でその居場所を決めなければならないという状況になって、考えたんです。自分が無難に生きていける場所ではなくて、いたい場所はどこなのかって? そしたらそれは此所で、この商店街なんだと分かったんです。杜さんに誘って頂いたときも、他の内定をもらった時とは比べものにならない程ドキドキとして嬉しかった」
二人が驚いたように目を見開き俺の顔を真っ直ぐ見つめてくる。
「それって……」
同時に同じ言葉を言ってくる所は流石夫婦たと思う。俺は頷く。
「ここで、お二人と一緒に頑張らせて頂きたくて……その事……」
とまで告げた時に、澄さんの瞳から涙が流れ慌てる。サイドテーブルにあったティッシュボックスをもち近付くといきなり抱き付かれそのまま抱き締められてしまった。ティッシュボックスが手から離れ床に落ちる。
「良かった、透ちゃんが離れていってしまうのが怖かったの」
そんな澄さんの声が聞こえる。俺はそっと澄さんの背中に手をまわし優しく抱き締め返す。
「そんな俺は、何処にもいかないですよ。大丈夫です。
たとえ別の会社選んでいたとしても、澄さんと杜さんは俺のもう一組の両親。ここに変わらず顔出しに来てますよ」
そうして二人で抱き合っていると、背後からガシッと激しく暖かいものに包まれる。杜さんが俺と澄さんをさらに抱き締めてきたようだ。
「嬉しいよ、俺達を選んでくれて」
その言葉に若干の違和感を覚える。取り敢えずこの体勢もどうかと二人の顔を見るため、思うので澄さんを離し、杜さんから離れる。
「あの、杜さん! 俺は身内だからと甘える為に、杜さんの元で働く事にしたのではなくて、一緒にここで頑張りたいから選んだんです。ここや商店街が好きだから!」
俺の言葉にククと杜さんは笑う。
「分かっているって。俺も身内だからあんな事いったんじゃない。透くんだからだ。透くんが欲しかったんだ」
「そうよ! それにユキくんがいれば百人力! 私達も今まで以上に頑張れるから、これ以上ないくらい心強いわ」
……家族としての付き合いは付き合い、ビジネスとしての付き合い付き合いとして分けて考えていたのだが、この二人にはソコの境目がないようだ。俺がシッカリせねば心を引き締める。二人は俺にとてつもなく甘いし、しかも脳天気だ。俺まで暢気に仕事するわけにはいかない。
「あの、俺やるといったからには本気で全力でやるつもりなので、仕事に関しては甘やかさないで下さいね」
俺の決意表明の言葉を二人はニコニコと緊迫感のない顔で聞き頷いた。
「透くんの何でもやりたいようにやればいい。君にはその資格がある。全て任せるから」
ソウソウと澄さんはその言葉に頷く。俺の決定をここまで喜んでくれることは嬉しいけれど、なんか全てを丸投げされたような感じもあり俺は唖然としていしまう。後悔はしていないものの、一番面倒な道を選択してしまったのかな? っとも思った。
「ねえ、飲まない? お祝いに、そう透ちゃんの就職祝いに!」
澄さんがはしゃぎながらそんな事いってくる。
「いいね、じゃあ俺、ワインもってくるよ」そう言いワインセラー方へイソイソ杜さんはいってしまい、『おつまみ、おつまみ♪』と言いながら澄さんはキッチンの方へと走っていく。
呆気にとられている俺をよそに、飲み会の準備が進んでいく。そのままよく分からない祝いの宴が始まり、やたらテンションの高い二人に囲まれ注がれるままにお酒を飲みつづけ、そのまま酔っ払い潰れ、気がつけば朝になっていた。
「お寝坊さん♪ 朝よ~」
明るい声と澄さんのキスで目が覚める。新しい一日がよく分からないうちに始まったようだ。窓の外を見ると、そこには雲一つない青い空が広がっていた。




