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熱い愛情をもった世間

 あの後も一時間にわたって杜さんの熱い言葉は続いた。その事もあってか商店街に戻る二人は照れ臭さをもあり無言だった。かといって気不味いのではなく、気恥ずかしいだけである。

「……駅の反対側にいくのも新鮮でしたよね」

「そ、そうだな。き、気が付けば商店街で全てを澄ましていた所もあるからな」

 二人で妙にモジモジしながら、商店街を歩く二人はなんとも変だったと思う。でも商店街の人とすれ違い挨拶を交わすにつれ二人は落ち着いてきてだんだんいつもの感じになっていく。何故か商店街中の人が俺の内定を知っていて、「どうするの? 悩んでいるなら相談のるから」といったことを皆言ってくる。そんな状況を見守りながら杜さんがフフフと笑いだす。

「こういう所、この街は変わらないなと思って。

 俺が就職先を探している時も、その就職先をアッサリ辞めたときも、こんな感じで皆自分の事のように気にかけてくれた。

 俺の父が亡くなった時も、厄介な親戚から全力で守ってくれた。俺が今もこうしていられるのも、皆のお陰だ」

 杜さんは目を細め商店街を見つめそんな事を言ってくる。

「他の土地だったら、俺みたいな奴はきっとダメになっていたんだろうな」

 そう言ってニヤリと人の悪い顔をする。

「そうですか? 杜さんならば何処でもシッカリやっていけるんじゃないですか?」

 首を横にふる。

「独りで生きていたら、俺は確実にダメになっていた。自分に溺れ、甘えて。

 こうして見守ってくれる、時には真剣叱ってくれる人達がいるから、道を踏み外さず歩んでこれた」

 道を踏み外すなんて大袈裟な事言う杜さんに笑ってしまう。

「冗談じゃなく、もし彼らがいなかったら、俺は自分の狭い世界に澄を閉じ込めて、その閉ざされた世界でのみ生きようとしていたと思う」

 愛妻家の杜さんらしい言葉だと思った。全てを敵に回しても一緒にいたいとまで想いあっている二人をこの街は温かく見守ってきたのだろう。

「でもこの商店街で生きていく限り世界から孤立するのが難しい。熱い愛情をもった世間の方が勝手にドア開けて訪ねてくる。考えてみたらスゴくて、素敵な事だよな」

 杜さんはコチラをチラリとみて『だろ?』と言うので俺は素直に頷く。俺に対してもこの街はそうだった、全ての事が面白くなくてくさっていた俺をにやたら構い、一見どうでも良い事を話しているようで様々な事を教えてくれた。確かにこれ以上ないくらい素敵な所。

「さてと、二人であんまりサボっているわけもいかないから帰ろうか」

 二人でそそくさと黒猫に戻り、業務に戻る事にした。


 今日は学生バンドの演奏の日だった事もあり俺はカウンターに腰掛け店内を見渡しノンビリしていた。バンドの身内集う店内の空気もくだけた感じ。常連でもある彼らは自分で伝票に書き入れ飲み物を自由に取っていくし、料理もカウンターにまで来て美味しそうだと感じたものを自分で注文してテーブルに戻っていく。ウェイターとしての仕事がかなり楽な状況で、俺はカウンターの所で澄さんと杜さんの三人でワインを楽しんでいた。


 カラララララァァァァァア


 お店のドアの鐘がやたら元気な音で響く。その音の鳴り方で誰が来店したのかすぐ分かる。

「よっ!」

 やはり安住さんで、そう挨拶してカウンターに座る。

「恭一、演奏中なんだから、もう少し静かにドア開けろよ、あ、こんばんは」

 篠宮酒店の長男の醸さんも一緒だったようで、安住さんをそう叱ってから挨拶してくる。この二人、性格はまったく違うけれど、年齢も近く近所で一緒に育ってきただけに仲も良いようだ。

「いらっしゃいませ、醸さん、安住さん、何されますか?」

カウンター席の二人におしぼりとメニューを渡す。

「何だよ!  このキーボくん特性スムージーって!」

安住さんがメニューに挟まった一枚の紙をヒラヒラさせてそう声あげる。

「あっそれ、先日安住さんが飲まれたスムージーです。商品化したんですよ。そしたら何故か意外とサラリーマンとかから人気で」

 安住さんは、ジトっとコチラを睨んでくる。

「『意外と』って何だよ! お前まで、俺に毒見させて商品開発してんじゃねえよ!」

 何故怒っているのか分からない。しかも『お前まで』って? 安住さんが美味しいと言ったから商品化したのに。

「いえ、スムージーにしてはネットリしていて舌触りがイマイチなので……でも、このスムージー飲むと悪酔いしにくくなるとか評判で……

 あと毒見って、俺はただ安住さんに早く体を直してもらいたくて身体に良いモノを集めて作っただけですよ。それに最初に俺も味たしかめて、あと学生さんにも毒……いや、味見してもらってから」

 何故か語れば語る程言い訳じみた感じになっていき、安住さんの目が座っていく。

「へえ、面白いね。俺まずソレを飲んでみようかな」

 醸さんが穏やかにそう言う事で、結局安住さんもキーボくんスムージーを一緒に飲むことになった。

「じゃあ、透くんの内定に、乾杯!」

 醸さんのそういう乾杯の挨拶で飲み会がスタートする。二人にもシッカリ情報が伝わっているようだ

「ありがとうございます」

 俺が頭を下げると、醸さんはニコニコと笑う。

「すごいね! 大手三社からもらったんだって?」

「逆に、ずっと貰えてなかった事の方が不思議な気もすけどな!」

 二人の言葉に恥ずかしくなり『いやいや』と首を横にふるしか出来ない。

「で、どうするんだ! ドレいくんだ?」

 安住さんはきなりそう切り出してきて、俺は返事に困る。

「……いや、貰ったばかりで、まだ悩んでいる所なんだ。どうすれば良いかな~? と」

「そんなのお前次第だろ、お前が一番やりたいって事選べば良いだけじゃね?」

 俺が言い割らない内に、速攻そんな事言われてしまう。確かにそうなのだろうが、今俺の前に広がる四つの未来、正直どれが俺に合っていて、どれを一番俺が望んでいるのか? 今の俺によくわからない。

「あのさ、未来を悩むのってそんなに簡単な事じゃないと思うよ、恭一」

 醸さんがそう安住さんをたしなめる。安住さんが少し照れたようにポリポリと頭を掻く。

「実はですね、内定、三つじゃなくて、今四っつもらっている状態なんですよね」

 二人の顔が『えっ』という感じで俺に注目する。

「杜さんの会社、今日誘われて」

 俺の方を見ていた顔が、同時にカウンターで他の常連客と話をしている杜さんに向けられる。

「だから、余計に色々悩んじゃって」

 ため息をついて、グラスに入ったワインを飲む。

「まあ、このまま続けたいなら続ける、別の事したいならソッチいく、お前がやりたいようにすればいいんじゃね! お前が決める事だ」

 安住さんの言葉の通り、俺が決めるしかない問題。俺が『ん~』と悩んでいるのを、醸さんが気遣うような表情で見つめている。

「まあ、俺としてはこのまま商店街に透が残ってくれるたら嬉しい。でもユキが決めることだから、俺からどうこう言うつもりはないかな。

まあ例え黒猫にかかわらなくなったとしても、透には役目があるからな。キーボ君っていうさ~」

 のんびりとそう答える醸さんに、俺は笑ってしまったけど、安住さんはブルブルと顔を横にふる。

「あのさ! この商店街オカシイって! 俺の方もそうだけど、なんでその役割ってどこまでもついてくるものなの? 普通、代わりの人見つけなきゃな~とか言う所だろ! 一号もそこは拒絶しろよ!」

 なんだろう、別に悩みが解決した訳ではないけれど、二人にこうした話をする事で少し気が軽くなって笑っていた。

 そのまま、商店街での面白話や、安住さんの訓練中の苦労話など様々な話で盛り上がり閉店まで楽しい時間を過ごした。そしてまた安住さんが商店街に戻ってきた時に三人で飲もう(といっても安住さんは禁酒しているらしくノンアルコール飲料のみだが)という話になり会はお開きになる。

「あの今日は、ありがとうございました」

二人を道路まで見送った時そういうと、二人は同じように首を傾げてくる。

「いや、色々相談に乗って頂いて」

 二人が同時に吹き出し同じような顔で笑う。まったくタイプも性格も違う二人だというのに。 

「んなもん、弟としては、兄貴が悩んでいたら話くらいは聞く、そんなのあたりめえじゃん!」

 安住さんの言葉に、『そういうもんだよね』と醸さんが頷く。

「ま、醸さんも、いっつも頭抱えて悩んでいるとこあるから、そっちはお前が愚痴聞いてやってよ!」

「なんだよ、愚痴って!」

 安住さんの言葉に醸さんが、すぐにツッコむ。テンポの良いやり取りが気持ちよく俺はフフと笑ってしまう。

 二人が『じゃあね』『じゃあな』と言って去っていくのを、手をふって見送った。 なんか妙に楽しくて、ハァ~と大きく息を吐く。少し冷たい夜の香りが心地良い。俺はその空気を、瞳を閉じて少し今度は肌で味わう。そして後片づけをするために俺は黒猫に戻る事にした。


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