家族の想い
「日本酒というのも一緒くたで語れない程様々な顔もってんだ。淡麗辛口が日本酒の特長というかそれが旨さのようにも勘違いされがちだけどよ、それだけが旨い日本酒ではねえ。甘くて濃厚さを楽しむモノも結構ある。そういったのは、濃い味の洋食とも相性がいいんだ」
俺は篠宮酒店にて、燗さんの言葉を聞きながらメモをとっていた。
「日本酒が旨いのは東北だけじゃねえ、九州とか南にも旨い銘柄があるんだな! でも南だと日本酒は甘口になる――」
黒猫には当たり前だけどお酒が沢山ある。その中で俺が知っているたのはメジャーなビールとウィスキーの銘柄位だった。実践で飲んで学べというか杜さんの姿勢。しかしそれでは追い付かない程の種類があり日々のお客様の質問に対応しきれない場面が多く四苦八苦していた。そこで頼ったのが、黒猫のお酒の仕入れを請け負っている篠宮酒店のオーナーであり、お酒のエキスパートの燗さんだった。
黒猫は基本洋酒中心だけど、知る人ぞ知るといった面白い銘柄の日本酒もいくつか用意してあり、そういうのを目当てにくるお客様が密かにいるようだ。そういうお客様の相手も出来るように本日も教えを乞うていた。
「ところでユキ坊、最近の黒猫いい感じだな! 高い良い酒が回転よく売れていっている」
日本酒講座が終わり雑談になった時に燗さんがそんな事を口にする。
「燗さんのお陰なんですよ」
俺は笑い頷く。
「燗さんから教えて頂いた事をメニューに情報として加えてみたんです。お酒って分かる人はいいですが、普通の人は銘柄ズラリと並べても良く分からない。だから無難なものを選んで終わってしまう。折角良い酒取り揃えているのに、それが伝わらないの勿体無いと思って」
燗さんのギョロっとした目がジッと俺を見つめてくる。いつになく真面目な顔に首を傾げてしまう。
「そこなんだよ! ユキ坊」
いきなり肩を掴まれ大声でそう言わる。
「今までの黒猫さんに足りなかった所!」
「……はあ」
熱い視線と強い口調でそう言われると、答えるしかできなかった。
「あの二人は揃って育ち良いというかノンビリ屋さんだからよぉ、慈善事業じゃねえんだから商売っ気出せって言っても通じねえの 。まあ不動産や株持ってるから資産はそれなりに有るんだろうけどよ。アイツら外車乗ってるし、ブランド品とか上品なモン着ているし、しょっちゅう海外旅行行ってるようだし」
確かに世間bら見たら根小山夫妻は気儘過ぎる感じに生きているように見えているのかもしれない。杜さんにとって黒猫と不動産管理が副業だとは知らないから心配しているのも仕方がないかもしれない。
「二人ともソコは、しっかりしている……」
「だからこそ、ユキ坊みたいなシッカリしたヤツが二人と一緒にいてくれる嬉しいんだが、このままこの商店街に残る気はないか?」
思いもしていない事言われてしまう。
「勿論、商店街のもんは皆仲間で家族みてえなもんだ。だから俺達も見守っていくつもりだ! でもホンモノの家族にしか出来ねえ事ってのもある。俺達に出来ねえけどユキ坊にだから出来る事って多いと思わねえか」
家族……俺は改めてそれを考える。俺の両親は喧嘩している所を見たことないが、杜さんや澄さんのように仲良くしている所も見たことない。朝互いの一日のスケジュールを確認しあい、姉と俺に近況と今日の予定を聞きそれに合わせ言葉をかけ解散。後はそれぞれ自分の一日を過ごす。今でも時々であるがメールは届く。俺はそれに報告のメールを反すだけ。非常に淡々とした関係ではあるとは思う。
冷たい訳でも残酷な訳でもない。言っている事は正論だし、両親が俺に求める堅実に生き方というのも俺を思っての事。
「アイツらの抜けてるとこをお前さんがカバーして、お前さんの繊細でアレコレすぐ悩んでしまうとこをあの二人の能天気さが包み込む良い親子じゃねえか」
親子ではなくて、親戚なのだが燗さんはそう力説する。
この商店街の家族のような一家団欒からは程遠いが、俺の家庭に愛がないわけではない。俺を思っての事だろうが、冷静に俺の欠点だけをハッキリと指摘してくる家族の言葉が痛すぎて、耐え切れず俺が逃げ出しただけである。
「それにな、ユキ坊にはあの二人にはない商売人の才能有る。そういう人を自然に気遣い喜ばすってのはなかなか出来そうでできねえもんなんだ! そう言う意味でも黒猫で最高の切り札になるから! どうだ残ってくれんか? またキーボ君一号のあの味出せるのはあんたしかいねえ! どうだ?」
こんなふうに認めたような口調で言われる事に慣れていなくてどう返すべきか悩む。だって俺に商才なんてモノあるも思えないし、俺のキーボ君に安住さんの二号のような個性はない。
「あなた、東明くんが困ってるでしょ」
奥さんの雪さんが近づいてくる。燗さんは途端に照れたように大人しくなる。雪さんはニコニコ俺を見上てくる
「東明くん、杜さんも澄ママも貴方が夢持って生き生きと人生を楽しんでいく事を望んでいると思う。
だからそんな顔ばかりしないで、今を楽しんで! ほら可愛い顔しているんだから笑って♪」
その雪さんのあまりにも優しく温かい笑みにつられるように俺もつい笑ってしまった。
この商店街の人ってなんか敵わないと思った。何気ないようでいて俺や根小山夫妻の事を気にかけこうして見守ってくれている。最初は戸惑う事の方が、多かったけれど最近のじゃそういう所がこそばゆいけれど嬉しい。
「ありがとうございます」
突然お礼を言う俺の二人は不思議そうな顔をするけどすぐ雪さんはニッコリと笑い、燗さんは照れる。
「なんでぃ、いきなり」
ポリポリ頭を燗さんはかく。
「なんか、色々と皆さんにお世話になっているというか、暖かくして頂いているというか」
「あ、あたり前だろ! 黒猫さんも俺の家族みてえなもんだし、お前も息子みてえなもんだから」
またその言葉が俺をムズムズさせて、心を暖かくする。




