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ブルー・マロウ

 俺がこの街に来て少しだけ行動的に変わったように、この商店街も少しずつ変化していっている。シャッターが閉まっていた本屋さんの所に 浅野さん一家が越してきてBooks大矢 が再オープン。

黒猫近所ではオーナーが亡くなった事で閉店となっていた『美容室まめはる』さんが先代オーナーのお孫さんにより近々復活するという話を澄さんが嬉しそうに話しているのを聞いた。

 そして最近黒猫の隣のビルの一階でも何やら人が出入りしている様子だった。何かお店が出来るようだ、『Blue mallow』という看板だけではどういうお店か察する事が出来ない。ただ昔澄さんに飲ませてもらったブルーマロウのハーブティーの事を思い出しただけだった。藍色の水色のティーがレモンを加えると鮮やかなピンクに変わるのを感動したものである。


 この新しいお店三つがさらに商店街を華やかにしていく事を嬉しいと思うのと同時に、自分も早く仕事を決めて変わって行かないという焦りも少し感じる。そしてそうやって華やいでいく商店街から去らなければいけない事にも寂しさを覚えていた。就職浪人二年目になり、少しであるものの手応えも感じてきている。俺がここを去るという事は、俺にとって大きい出来事でも、この商店街の大きな流れからしてみたら些細な事。分かっているけれど、これだけお世話になった商店街で何も残せない自分も情けなく思う。



 今日は面接もなかったので、俺はいつものように二つのビルの清掃作業に、『黒猫』開店準備をしていた。店内掃除の為に真っ先にする事は邪魔な電飾看板を出す事。するとビルの入り口に見慣れぬ女性が困ったように立っている。女性の年齢って分かり難い。小柄だけど多分年齢は俺と同じくらい? 濃いブルーの柔らかいフォルムのコットンのワンピースがその女性の肌の色の白さを際立たせている。三月だとはいえ今日暖かい。その上着のない軽やかな恰好がますます新しい春の訪れを感じさせた。

 その女性は一階は眼鏡屋さんがあるが、そちらではなく階段とエレベーターホールの方をジッと見つめている。

と言うことは2階の整骨院の患者さん?

「……あの。どうかされましたか……? うちに何かご用でも?」

そう声をかけると、その女性はビクンと身体を強ばらせコチラを見てくる。かなり驚かせてしまったようだ。

「あっ、と、隣で雑貨屋をさせて頂きます、澤山(さわやま) 璃青(りお)と申します! えっと、こちらの黒猫さんの方ですか?!あの、ご挨拶に……」

 どうやら、隣でオープンするお店の方のようだ。俺が言うのも変だけど、こんな若い人がお店を始めるという事に純粋に驚きを感じる。

「……ああ、お引越しされて来た方なんですね。こちらこそよろしくお願いしますね。といっても僕はマスターではないので、ちょっと下まで一緒に来て頂けますか? 今ならママがいますから」 

 俺は彼女を黒猫に案内する。

「あら、お隣に入る方? まぁ、お一人で雑貨屋さんを? 頑張ってね! ちなみに私は根小山(ねこやま) (すみ)。夫はちょっと手が離せなくて、ごめんなさい。で、この子が甥っ子の東明(とうめい) (ゆき)。よろしくね」

 澄さんがニコニコとその女性を迎える。優しい人なのだけど見た目が少し怖い杜さんじゃなくて、澄さんが対応してくれて良かったのかもしれない。緊張していた女性の顔が少し解れる。澤山さんは今商店街の一員となろうと踏み出している。そのことにチョット羨ましさを感じる。

「早速だけど、よかったら今夜飲みにいらっしゃいな」

 澄さんはすっかり気に入った様子で、そうやって誘っている。澄さんに限らず、この商店街の人は社交的でフレンドリーだ。この先こんな感じで迎えられ、すぐに澤山さんも商店街に溶け込んでいくんだろう。

「あ、あの、お酒、すっごく弱いんですけど。それでもお邪魔しちゃっていいですか?」

「平日は大学生でJazzサークルの子たちが演奏しているの。だから気楽に、ね。商店街の人も結構集まるし、親睦が深められるかもしれないわよ?強いお酒を無理に勧めたりなんてしないから、是非どうぞ!」

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて、また夜に来ますね」

 女性二人の会話に入れるわけもなく、ただそのやりとりを眺めるしかなかった。そして澤山さんは去っていった後、いつもの黒猫に戻る。俺は清掃作業を再開することにした。


 午後、キーボ君の活動予定について篠宮さんの所での打ち合わせから帰ってきて、根小山ビルヂングに入ろうとしたら目の端に碧の色が入ってくる。澤山さんがポスト隣のビルのポストの前に立っている。まあ本当にお隣さんなのだから、こうして見かけるのは当たり前なのだが、俺はアレ? と思う。

「澤山さん?」

 思わず声かけてしまったのは、彼女が真っ青な顔色で顔を強ばらせていたから。

「……あ、東明、さん」

 ハッとコチラを見てきた事で、虚ろだった瞳に少し表情が戻る。

「どうしました? 何だか顔色が悪いですよ」

「え、そうですか……?」

 俺の言葉に、ぎこちない笑みを浮かべそう応える。迷子の子供を前にしているような気分になる。

「ーーおいで」

 このままここでそんな表情で立っているのも可哀想に思えて、手をひき黒猫まで連れてきてしまった。澤山さんを連れてきた事で驚いた顔をした澄さんに簡単に説明をする。澄さんも澤山さんの表情を見て理解したのだろう、柔らかい笑みを浮かべ、彼女の心を抱きしめるような優しさでカウンターへと案内する。こういうものは、やはり澄さんのように同じ女性に見てもらったほうが良いのかなと、俺は少し離れて座って状況を見守る事にする。彼女はずっと掴んでいた手紙を見てハッとした顔をして、それをカウンターに置き小さく溜息をつく。洋一号サイズでエンボスの模様の入ったその封筒。白いそのサイズの封筒がこの年代の人に届く。それが何であるかは簡単に予測できた。結婚式の招待状である。

 澄さんに出されたホットチョコレートドリンクを両手で持ち一口つける澤村さん。その途端に彼女の瞳から涙がポロリとこぼれ俺は慌てる。澄さんは落ち着いたもので『あらあら』といって彼女におしぼりを渡す。

 別れて間もないの元彼から届けられたらしい結婚式の招待状。しかも相手は彼女の後輩。話を聞いていても相手の男性の気持ちが分からない。付き合っていたという事はそれなりに深い交流をしてきた筈の相手。そんな相手に結婚式祝ってもらいたいと思うものだろうか? 澤山さんの様子みても別れたとはいえ、まだ少しその想いが残っているような感じ。そんな相手に態々招待状送る意味って何なのだろうか?

「そうなの……。でも、璃青ちゃん、ずっと硬い表情(かお)をしてたから、ちょっと緊張の糸が切れちゃったんじゃないかしら。悲しいっていうより、そういうのもあるかもしれないわよ?」

 澄さんは、彼女が泣いたのは、その相手の男性の所為ではなく、開店準備で張っていた気が途切れただけだから、オカシイことでもなんでもないと告げる。そういう事をすっと言える澄さんは流石だと思う。

「そうなんでしょうか……」

 そんなやりとりを見つめながら、俺はどう考えても納得のいかないモノを感じていた。相手の男性の行動がまったく理解できない。

「そんな男性、別れて良かったですよ」

 心の中で言ったつもりの言葉、口に出していたようだ。

「……え」

 当然澤山さんはビックリしたように俺を見てくる。俺は恥ずかしくて、顔を逸らしてしまう。

「ごめんなさい。生意気な事、言いました。

 ……ただ、相手の男性デリカシーなさすぎですよ。最近まで付き合っていた人、結婚式に呼ぶのってどういう神経かと……仮にそれでも招いて祝ってもらいたいならば、招待状送り付けるだけとかでなくて、電話なりでその気持ちを伝えて、澤山さんの意志を確認してからすべきかと……申し訳ありません。余計なこと言いました」

 ダメだ、どう言葉を重ねようが余計なお世話で、彼女の何の慰めにもならない。俺は素直に失言を謝る事にした。澤山さんはフフと笑う

「いえ、いいんですよ。謝って頂くことないです。ホント、デリカシーないですよねー。何考えてるんだか。意外とデキ婚かもしれないですよ。いくら何でも早過ぎですもん」

 そうして笑う顔は、まだ哀の色を帯びていて少し痛々しかった。

「電話もね、あったかもしれないけど、アドレスから削除した上に着信拒否してるから。そんな報告、聞きたくもないですけど。招待状は多分、新婦のせい。その後輩、一応わたしに懐いてたので。それすら怪しいんですけどね。それにしたって“出す前に止めろよ、元彼!”って感じですよね」

 着信拒否して、その後の付き合いも出来てない相手に何故そういう事してきたと、俺は見知らぬ相手の男を呆れるやらムカツクやらで溜息をついて気持ちを入れ替えることにする。

「ごめんなさい!こんな重い話しちゃって。しかも開店前なのに、わたし………」

「ここでスッキリしてくれたなら、それでいいのよ。そんな事より今日商店街回ってどうだった? 瑠青ちゃんにもここでの生活を楽しんで貰いたい、って心から思ってるのよ」

「……はい。皆さん暖かく接して下さって嬉しかったです。それに、まだやる事が盛りだくさんなんでした。しっかりしなくちゃ。これ、美味しかったです。ご馳走さまでした。東明さんも、連れてきて下さって、どうもありがとうございました」

 そう言ってくる澤山さんに「いえいえ」と首を振り答えているとと、何故か突然澄さんがプッと吹き出した。

「ユキちゃんの方が年下なんだから、そんな『さん』なんてつけなくても。皆のように『ユキちゃん』でいいのでは? その方がいい感じじゃない?打ち解けた感じで」

 この商店街では、名前で呼び合うのが普通になっているけれど、俺はその事に未だに慣れずムズムズしている。澤山さんも途惑っているようだ、俺の方を上目遣いでチラリと見上げてくる。

「えっと、………ユキ、さん?」

 なんでだろう、女性にこうして呼ばれるのって凄く気恥ずかしい。大矢さんところの友理(ゆうり)ちゃんとか、トムトムさんところの孝子さんらは妹という感じだからそこまで照れくさくなかったのだが、紬さんや籐子さんらのように思いっきり大人の女性でなく、このくらいの年上女性から言われるとなんていうかスゴく照れる。

今まで付き合ってきた彼女は皆呼び捨てだったし、母も姉も同じ。こんな風に柔らかく呼ばれる事なんて、なかったから余計に違和感を覚える。

「うーん。それもなんか堅いわねぇ。じゃあ、“ユキくん”でいってみる?」

 澄さん、どういう指導なのですか。謎のダメ出しを入れてくる。俺はが下手に止めると、仲良くする気はまったくないと勘違いされそうな事もあり視線で訴えるが澄さんには通じない。むしろ、『いいでしょ! コレ、いいでしょ!』という視線が返ってくる。

「うん。………だね」

 視線のパワーに負けそう答えるしかなかった。

「……はい。それでは“ユキくん”で」

「それなら俺も、“璃青さん”で」

 この商店街にいるからには、ここのルールに従うしかない。こっちの気恥ずかしさが伝わったのか、璃青さんも少し顔を赤くしていた。澄さんだけが嬉しそうにニコニコとしていて、俺達はただ顔を赤くしながら見つめ合うとよく分からない状況を作り出していた

。とはいえその時間で彼女の顔から暗さは消えた。

 そんな不思議な時間の後、瑠青さんは仕事に戻るようで何度もお礼を言いながら去っていった。


ここにきた当時は俺だけが悩んでいて、皆はすべて上手くいっていて楽しそうに過ごしている。そのように感じていた。みんなそれぞれ悩みを抱えていて、でも前に歩く為に頑張っている。そういうのが見えてくるようになった。俺がこの商店街で色々助けてもらったように俺もここにいる間はそうして人に接していかないとと思う。特に璃青さんはこの商店街に一人で飛び込みこれから頑張って行ことしている。お隣さんという事もあるから俺が色々助けてあげないととそんな事を思った。しかしまずは目の前の『黒猫』の仕事。開店までもう時間もそんなにな。俺は深呼吸して仕事を再開することにした。


ブルー・マロウは花言葉は『柔和な心、魅力的、穏やか、熱烈な恋、勇気』となるようです。どのような意味を持つ事になるのでしぃうね?


コチラの話『たかはし 葵』様の書かれたものに触発されて書かせて頂きました。瑠青ちゃんからみた様子あ『Blue Mallowへようこそ〜希望が丘駅前商店街』にて描かれていますので、あちらの可愛らしい世界も併せて楽しまれると楽しいかもしれません。

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