第三のコミュニケーションツールに加え、また別の役割
小学校の時の俺のあだ名は『スケルトン』だった。コレは別に骸骨のように痩せているからではない。俺の名前が東明透という名前だからだ。そのため透明人間と誰か言い出し、日本で『透明』と誤認されている言葉『スケルトン』と変化してしまったのである。別に虐められてはいたわけでなく、俺の苗字がついそう言いたくなるような空気を醸し出しているから仕方がない。
そして大人になり、俺は本当の透明人間になってしまった。就職活動に失敗した事への失望から冷めた眼で俺を見るようになってきた両親から逃げるようにやってきたこの希望が丘駅前商店街で、俺は名前の通り透明な存在。学生でも社会人でもなくフリーターという中途半端な立場で、叔母夫婦が経営するJazzBar黒猫で働く俺はいてもいなくても世界は変わらない。
いま暮らしている所は希望が丘駅前商店街を中心とした町内会は活気があり、コレが東京かと思う程、近隣住民は異様に仲良い。どこかの家の猫が家出したのか帰って来ない事、地元の名士らしい重光ナンチャラ議員とかの所に入った新しい秘書が良い子で可愛いといった話まで皆に知れ渡ってしまうほど不思議な情報網が発達してる。その街で生まれ育った人達が暮らしている街だからだろう、そこでは皆が家族という感じである。そんな中に突如入った俺は完全なる部外者。叔母である根小山澄の甥っ子という事で、認知されているけれど、それだけ。
商店街歩いていても、商店街の人から声かけられるが『ユキくん、丁度良かった! 良いイカが入ったのよ、澄ママに渡してくれない?』『あ、澄ママに伝えておいてくれない? こないだ言っていたワイン入荷できそうなのよ、ウチの人が良いツテ持っていて、流石燗さんよね♪ 今月中には手にいれられると思うから!』『店に出すケーキの試作品なの。澄ママにお願い。後で感想聞かせてね』という感じで電話、メールに続く第三のコミュニケーションツールとなっている。こんな感じであらゆるコミュニーケーションツールを駆使して対話しているから情報も筒抜けなのだろう。
JazzBar黒猫においても、常連中心のお店だけにお客さんは叔母夫婦のやりとりを楽しみ、俺はその横でセッセと言われるままに料理やお酒を運ぶだけ。誰も俺なんか見ていないし、その存在を意識すらしていない。
いつものようにお店の買い出しプラス商店街の方から頂くお土産とかの叔母へのお届け物でズッシリと重くなった荷物を手にJazzBar黒猫に戻ると、中から賑やかな笑い声が聞こえてきた。『おかえり~! 透ちゃん』叔母の澄さんより先に居酒屋『とうてつ』の女将籐子さんが挨拶してくる。続いて喫茶店『トムトム』奥さんの紬さん、篠宮酒店の雪さん、神神飯店の玉爾さんらが次々と声かけてくる。年上の女性ここまで集うとそのパワーは凄く、若造である俺なんて太刀打ちできない。俺は頭を下げて小さい声で挨拶を返す。
商店街は特に女性陣が仲良くこうしてそれぞれのお店で集まって和気藹々と女子会ならぬ婦人会をしている事が多い。今日はウチで集まっていたようだ。
「透くん重かったでしょ、助かったわ~」
澄さんはニコニコと近づいてきて俺にそう声をかけてきてパンパンになったエコバックを受け取る。このお店は叔母夫婦、それと平日代わり代わり演奏にきてきてくれている学生バンドマンなどの手もあり俺なんていなくても回っていっていると思うのに、澄さんはいつもこのように『透ちゃんが来てくれて良かった』といった言葉をかけてくれる。その言葉にすこし申し訳なさとくすぐったさを感じる俺がいて、そんな言葉に『いえ、そんなことないです』とモゴモゴと答える事しかない。
「あ、これは桜木さんから、田舎から送ってきたからとか」
俺が持って帰ってきた贈り物は即その場で開けられて、女子会のおやつとなる。
「そうそう、今日は貴方を皆で待っていたのよ! 東明くん」
篠宮酒店の雪さんは名前が一緒の為、呼びにくいのか俺を名字で呼ぶ。皆の視線が俺に集まるのを見て、俺は緊張する。いつもなら軽く挨拶をして開店準備するのだが、今日は何故かその輪に招き入れられて椅子に座らせる。
「実はね、貴方を見込んで、やって貰いたいことがあるの。お願い♪」
俺が今もってきた蜜柑を俺に渡しながら元気に籐子女将がそう切り出してくる。いつになく期待に満ちた皆さんの視線が怖い。俺は蜜柑を胸に抱いてしまう。
「な、なんですか?」
すると皆の視線が奥のテーブル席に向けられる。そこには不思議な青い物体があった。何故そんな目立つものがいきなり店にあって気がつかなかったのかと今更のように思う。微妙に歪な形の長いドーム状のものが伏せた感じでテーブルにのせられ、ドームの上部には派手な取っ手のついた赤いベレー帽のような何かが乗っている下部分は柔らかいようでテーブルの下に向けてダランと垂れ下がっている。そしてソファー部分にぼっこりとしたブーツのようなモノが置いてある。
ドーム部分には大きな目があり、下では口らしきものがあってにやりと笑っている。ついソレと目が合ってしまい意味もなく見つめ合う。いわゆるキグルミというヤツなようだ。
「……コレは?」
何故か得意げな顔の皆を振り返って聞いてみる。
「希望ヶ丘駅前商店街、ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘のイメージマスコット『キーボ君』じゃない!」
紬さんはそうキッパリと言うが、俺はキーボ君という言葉自体初めて聞いたし、初対面である。
「コレに透くんが入るの! ピッタリでしょ! きっと格好いいと思うわ!」
澄さんは、そうとんでもない事を言ってくる。こんな不思議な生物のキグルミの何処がピッタリで、どうしたら格好よくなると言うのだろうか? 最初は『お願い』だった筈が、なんだか『決定事項』に変化している。しかもこの商店気でこのメンバーに逆らえる者などいない。俺は弱々しく笑い頷くことしか出来なかった。
『中に人などおりません』の別冊的な内容となっています。
こちらに登場するキーボ君、そのうち他の方の作品の中にも進出活躍していく予定です!