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ダンジョン実習

「え~、今日はいよいよ、学園迷宮での実戦訓練を行います」


 学園迷宮。それは、グランフェリア王立学園の地下に広がる広大な人造迷宮だ。


 人造迷宮とは、力ある魔物や魔神、人ならざる者たちが作り上げた迷宮とは異なり、人が人のために作った、人間の安全が最優先されたものを指す。


 力尽きそうになれば帰還魔法&回復魔法が即座に発動し、オートマッピングまで備えている、至れり尽くせりの仕様。各階には帰還用のポータルが設置され、ランダムダンジョンのように構造の組み換わりもない。もはや、「迷」宮と呼ぶべきかどうかも怪しい。


 それでも、ダンジョン・コア(地脈から魔力を吸い上げ、迷宮に宝箱やモンスターを沸かせる結晶)は本物だ。現に、迷宮の入り口に立った貴大の耳には魔物たちの遠吠えの響きがかすかに聞こえてくる。


 魔物が与える痛みも本物だ。血だって出るし、深手を負えば耐えがたいほどの痛みがはしる。だというのに、1・Sの学生たちは微塵も恐れを抱いていないように見える。


(スキル覚えまくったから、自信にあふれてるのかな……?)


 首を捻る貴大。


(おかしいな、練習用ダンジョンとはいえ、最下層のBOSSのレベルは140はあるんだぞ……?)


 平均レベル110のSクラスでは、束になってもかなわない。いったい、いかなる勝算があるというのか。


「ま、いっか。じゃあ、行ける所まで行くぞ~」


「「「はい、先生!!!」」」


 こうして貴大は、この一カ月ですっかり従順となった学生たちを引き連れ、学園迷宮へと足を踏み入れていった。






(さ~て、御手並み拝見っと)


 スキルを覚える一環として手合わせはしたが、学生が本格的に戦闘する姿を見るのは初めてだ。Sクラスは総勢三十名。中規模のパーティーってところだな。リーダーはフランソワとして、どいつが前衛か後衛か、気になるところだ。あまりに酷い組み合わせなら、直してやるのもセンセイの仕事ってやつかね。


「魔物発見!数は二十五!」


 初心者迷宮らしいだだっ広いだけの広間へと足を踏み入れたオレたちを待ちかまえていたのは、スライムやコボルトなどの群れ。フランソワ一人でも容易くあしらえるだろう。


「全員整列!!! 突撃ぃぃぃっ~!!!」


 お~お~、雑魚相手に力んじゃってまあ……ほら、片づけるのに一分もかからんじゃん。これじゃあ前衛後衛なんて関係ないな。さっさと敵が強いところまで降りよう。




 その後も、


「全員整列!!! 突撃ぃぃぃっ~!!!」が何回か続き、上層部のBOSS「パミス(軽石)ゴーレム」(レベル120)を全員でスボコにしたところで一息ついた。


「先生、いかがです? 先生には及ばないながらも、私たちも中々のものでしょう?」


「あ~、うん、ソウネ」


 正直、通常攻撃、もしくは魔法&飛び道具斉射だけでゴリ押しできちゃうモンスターを倒したところで、コメントなんかできない。さっさと中層に行って、戦い方の工夫でも見せてくれよ……。


「先生が教えてくださったスキルのおかげで、以前とは比べようもないほどに順調に迷宮を攻略できましたわ。まさかこれほどとは……ありがとうございます」


「「「ありがとうございます!!!」」」


「はいはい、どういたしまして……じゃあ、中層部に降りるぞ~」


「えっ?」


「えっ?」


 なんだ? その不思議そうな顔は? えっ? 今日は最下層まで行くんだよな?


「いやですわ、先生ったら。中層部はすでに過ぎていましてよ?ここが最下層です」


「はあっ?」


「くすくす……ああ、おかしい。先生、勘違いされてましてよ?」


 慌てて、MAPを視界に投影する……なんだ、やっぱりここは上層部じゃないか。


【迷宮探索】に【オートマッピング】が組み合わさった効果として、最下層のBOSSのレベルより50高い場合のみ、ダンジョンの見取り図をMAPに映すことができる。250のオレには、当然こんな迷宮など丸裸だ。


 ……やはり、MAPには「グランフェリア王立学園迷宮・10F・上層部BOSSの間」と表示されている。最下層は30Fだ。ここじゃあない。


「やっぱりここは上層部だ。最下層じゃない」


「そうは申されましても……困りましたわ、私はここ以外にこの迷宮の最下層を知りません」


 フランソワの物言いに、周囲の学生もクスクスと笑いだす。これだから貴族ってやつぁ……! ほんとに、人の話を聞かんなあ……。


「あ~……お前ら、この部屋、【サーチ】した?」


「「「?????」」」


 教えたよね? 【サーチ】、教えたよねぇ!? これで、「覚えたけど忘れましたぁ」とか言われたら泣くぞ? 何かありそうな部屋に入ったら【サーチ】(隠し扉や罠の発見)する。鉄則だろうが……。


「いいからお前ら、この部屋を【サーチ】してみろ」


「「「はい……」」」


 何やら釈然としないご様子。それでも素直に従うのだけは評価できる。


「「「!!!!」」」


 あ~、やっと見つけたな、中層部への隠し扉……なんか、もうすでにドッと疲れた……帰っていいかな……?




………………

…………

……




(こ、これは……!?)


 何もない、殺風景な部屋。そう思っていた最下層の壁に、重厚な扉がついているのが、【サーチ】を発動させた今の私の目には見える。


「さっ、とっとと中層部に降りるぞ~」


 その扉を気楽な様子で開け、奥にある階段を下っていくタカヒロ先生。慌てて、私たちも着いていく。


「さ~て、こっからが中層部だ。お前らのレベルじゃあ力押しはできんから、工夫して敵と戦えよ~」


 私たちが最下層だと思っていた階の下に、更に迷宮が広がっていたとは……先ほど、「ここは最下層ではない」とおっしゃっていた先生の言葉はウソではなかったのだ。


 流石各国を股にかける冒険者……やはり、学園の教諭とは一味違うといったところか。


「せ、先生、戻りましょう! 未知の階層など、何があるか分かりません! 学園の調査を優先するべきです!!」


 悲鳴のような男子生徒の声が上がる。アベルか。Sクラスで最もレベルが低い彼は、肝心なところで及び腰になることがある。


 ……しかし、彼の言うことにも一理ある。学園の調査を入れてからでも……。


「お前らは、どんな地形があって、どんなモンスターが出てくるか分らなけりゃ、実戦もできないのか? ……とんだチキンだな」


(!!!!!)


「いいよ、帰りたい奴は帰っても。ほら、階段を登れば脇にポータルゲートがあるよな? それを潜って帰ればいい。そしたら、俺も帰るから」


 学園を出たエリートは、想定外の出来事に弱い。こういった貶し言葉があることは知っていた。私たちはそう言われないよう、より一層の鍛錬に励んでいたはずが、まさか身を持って証明することになろうとは。恥ずかしさと情けなさで身体が震える。


「どうした? お前ら? 帰らないのか? じゃあ、オレからエリック先生に言ってやろうか? 学生がビビってるので、調査が終了するまで実戦指導はしなくていいですか? ってな」


「先生!! それは私たちをあまりに見くびり過ぎです!!!」


 咄嗟に声が出た。


 私たちが怯えている、と? 既定の訓練しかできない、と?


 先生の嘲りに、今度は身体が怒りで震える。


「先生、私たちは栄えあるSクラスです。その私たちが怯えているなどと、冗談は大概にしていただきましょう」


 キッとアベルを睨みつける。「ヒッ!」と声を上げ、背筋を伸ばす彼。憎々しい。彼の意見に日和った私自身もだ。


「なんだ、続けるのか? 迷宮攻略」


 ため息をついて壁に寄り掛かる先生。挑発的な態度で、私たちの意志を試しているのだ……!


「当然です。自動帰還や自動回復が備え付けられたおままごとのような迷宮を進むことに、誰が躊躇をしますか」


「そうだ! やります、先生!!」


「我々にできないことなどありません!!」


 私に続いて、勇ましく声を上げるクラスメイトたち。そうだ、Sクラスはこうでなくてはならない。


「そうか……じゃあ、進もうか」


「「「はい!!!」」」


 「想定外の出来事に弱い」ということを図らずも証明した私たちは、その汚名を返上すべく、未知なる迷宮中層部の奥へと歩を進めた……。




………………

…………

……




「え~、まずお前らにはフォーメーションと役割分担を覚えてもらいます……」


 ここは、1・Sの教室。机には、迷宮探索に赴いていたはずの学生たちが座っている。あれから一時間も経っていない。


(まさか、中層部になっても「全員整列!!!突撃ぃぃぃっ~!!!」でゴリ押ししようとするなんて……)


 櫛の歯が抜けるようにあっという間に強制帰還させられていき、残ったフランソワもモンスターからの集中砲火を浴びて壮絶な最期を遂げた……いや、死んではないけどさ。


「まず、全員が攻撃する横一列の突撃陣形などお話にならない。レベル差があるならそれでもいいが、普通は弱いところに集中砲火を喰らって各個撃破される。それに、魔法や飛び道具のみに頼るのも問題だ。モンスターもレベルが上がってくるにつれ、色んな耐性持ちの奴が増えてくるからな。軽減・無効化されたり、火力が足りない場合がある」


「で、でも先生! これは王国の伝統的な……」


「現に負けたじゃねえか、お前ら。ボコボコにされたじゃん」


「ぐっ……」


 フランソワが悔しそうに唇をかんで下を向く。マジで王国の教育方針に疑問を抱く。他国との争いも、魔物との戦いも、基本は地上戦だからおざなりにしているんだろうか?まぁ、いいや。


「いいか、大軍相手ならみんな一斉に攻撃もありだけど、迷宮においての戦闘は、前衛、後衛に分かれ、かつ、状況に合わせた役割分担を基本とする」


 黒板に、「前衛」、「後衛」と書き、大きな丸で囲む。


「前衛は、基本は戦士職だな。アタッカー、ディフェンダーなどの役割を担う」


 赤いチョークで、「前衛」の丸の横にアタッカー、ディフェンダーと追記する。


「後衛は、サポートだ。回復や支援、援護射撃や魔法による攻撃などを行う」


 今度は黄色いチョークで、「後衛」の丸の横にサポートと追記する。


「特に回復職は重要だ。これがいるかいないかで、生存できる確率と時間は大きく変わる」


 更に、「回復職は必須!!」と、ギザギザマークとともに書き記す。


「じゃあ、今から出席番号の上から四人ずつ班になって、前衛ニ人、後衛ニ人を決めろー……ああ、あまったニ人は一人ずつレベルが低い奴の班に入って前衛を受け持て」


 ぞろぞろと学生たちが動き出し、七つの班を作る。


「じゃあ、次にオレが来るまでに、その組み合わせで上層部の攻略をしろ~。他の班と協力するなよ~」


 「ええ!?」とわずかに上がる声。当然じゃないか。徒党を組んだら、フォーメーションの意味ないじゃん。前と同じだろ。


「迷宮に入る許可はオレが出しておくから、どんどん迷宮に入ってフォーメーションと連携、役割分担に慣れろ~。パミスゴーレムを班で倒せたら、中層にも入っていいぞ」


 中層の名を出した途端にビクリと震える生徒たち。まあ、回復すると言っても痛いもんは痛いもんな。


「じゃあ、午後はそんな感じで各々頑張ってくれ。オレは帰る」


「そんな! 先生、迷宮での陣形についてもっとご教授くださいませ!」


 ちっ、自然な流れで午後はサボろうと思ったのに……このくるくるお嬢は……!


「ふん……未熟な奴に教えることなどない。パミスゴーレムを倒してからそういう口をきくんだな」


「!!!」


 オレの言葉に打ちひしがれるフランソワ……帰るためとはいえ、ちょっと言い過ぎたか? まあ、いい、今のうちに退却だ!!


 そそくさと学園を後にするオレ。自由万歳!!!




 帰り際にエリックから聞いた話だけど、この国の軍隊は、強力なスキルを足並み合わせて一斉にぶっ放すのが基本的な戦い方なんだとか。


 あ~……要するに、貴族のご子弟様たちはそれに合わせた教育を受けたのね。それこそ、陣形とか役割分担とかを「小細工」とか思っちゃうぐらいに。


 そういえば、この国の合言葉は「強い奴が偉い」だ。パワー・イズ・ジャスティス……それを体現した知り合いの冒険者ギルド長と、フランソワたちの言動の共通点を見出してしまい、妙に納得してしまった自分がいた。




「う~い、ご機嫌だな、っと」


 前回と同じ轍は踏まねえ……図書館や商店街で時間をつぶし、夜になれば「まんぷく亭」で飯と酒をたらふく胃に収めてから帰宅だ。時刻は21時……学園に行く日の、いつもの帰る時間に合わせてある。


「と、いうか、学園でどれだけ働いてんだよ、オレ……」


 恐ろしいほどに教師という仕事はブラックだな……臨時講師で本当に良かった……。


「まあ、この時間ならユミィも怪しむまい」


 くっくっく……冴えわたるオレの頭脳が怖いぜ! 堂々と自宅の扉をあけあばばあばあばばばあばっばばああああああ~~~~!!!??!?


「……ずいぶんとご機嫌なようですね。ご主人さま」


「ユミィ、でめえ、なにじやがる……!?」


 ま、また【スパーク・ボルト】……! な、なぜだ……!?


「……エリックさんから聞きました。なんでも、「中層を見つけたお礼をしたいのに、いつの間にか帰ってしまっていた」そうですね? 仕事を放棄してお酒とは、恐れ入ります」


「あのぐぞめがねぇぇぇ~~~~!!!」


 まさかの裏切り! 復讐に走ろうにも身体は動こうともしない。


「……今日は家に入れません。そこで反省していてください」


 バタン! 無情にも閉じられるドア。妙なこだわりで家屋を強化し、防犯装置付けまくったから、オレでも無理に入ることは難しい。


「うおおおお…………おおお!?」


 いつの間にか野良犬が傍にいた。


 そいつが俺に向かって片足を上げる。


 ま、まさか……!?


 や、止めろ!! やめ、アーッ!!!!




 翌朝、見るも無残な姿のオレは、通りかかったカオルに保護された……人の優しさがやたら目に染みる朝だった。



………………

…………

……




「【オールガード】!! ぐううっ!!」


「いけない、【ヒール】!!」


「もう少し……今だ、【バインド】!!!」


「よくやったわ、オルソー!! では、喰らいなさい!! 【デルタエッジ】!!!」


 【バインド】で硬直したパミスゴーレムは、私の最大攻撃手段、【デルタエッジ】の三連撃をまともに浴び、遂にはその巨体を崩壊させた。


「や、やった……!」


「やりましたね、フランソワ様……! 私たちの班が初めてですわよ、パミスゴーレム撃破は!!」


 班のメンバーが歓声を上げる。


(これほどとは、ね……)


 誰もがみな、あらゆる役割をこなす。聞こえはいいが、その方針の元に私たちが行っていたのはただの考え無しの突撃だった。防御も回復もろくに必要のない上層部ではそれでも何とかなっていたため、誰もそれに疑問を抱かなかった。私も、だ。


 しかし、どうだ。タカヒロ先生に言われた通りに役割分担をし、かつ、一つの生き物の如く動けるように動きと役割を連動させれば、BOSS級モンスターであるパミスゴーレムすら今までの半数足らずの人数で倒せてしまった(恥ずかしいことに、今までは10人は必要だった)。


 迷宮内での戦い方を極めていけば、今のレベルでも、中層もBOSSフロア以外は踏破可能に思える。


(迷宮についても熟知しておられるとは……やはり、先生はこの国に必要な人材! 何としても手に入れなくては)


 そのためなら、自分の身を代償としてもかまわない。公爵家長女である私は、その立場に相応しい決意を秘め、中層部への扉を見据えた。






第二章、終了~。

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[一言] 誤字報告が無効なので、こちらへ……。 二人の「二」がカタカナの「ニ」になっています。
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