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ジパニア村出稼ぎの会

「ジパニア村出稼ぎの会?」


「そうなの。ほら、ジパニア村ってお米以外にな~んにもないから……」


 下級区にて屋台を開いていたカオルが語ったのは、以下のような内容だ。


 カオルたちロックヤード一家が元々住んでいたジパニア村。そこは、グランフェリアから馬車に乗り、十日ほど南に下った場所に位置する水量豊かな川沿いの村だ。元々、村を通過する幅広の川、テヌ川沿いの地域は古くから米栽培が盛んであり、近隣諸国からも米の買い付けのためにわざわざ商人たちが訪れるほどだった。


 カオルの祖父、ヤヒコ・ロックヤードが住まうジパニア村も、そんなテヌ川周辺地域の例に漏れず、米作を行う村の一つだ。ヤヒコがもたらしたジパングの米を村人総出で栽培し、それを売りとして細々と暮らしている。


 ヤヒコを中心とした当時の村人たちが水田を拓き、ジパング米の苗を植えて、四十余年の月日が流れた。


 だが、水分が多く、独特の粘り気があるジパング米はパエリヤなどには適さないために、伝統を重んじる料理人や上流階級には受けが悪く、今でも、村が裕福になるほど高値では売ることができずにいる。既存の米に切り替えようにも、質、量ともに評価が高い大生産地には敵うはずもない。


 そこで村人がとった行動が、休耕期の大都市グランフェリアへの出稼ぎであり、商人を通さずに米を卸すことによって利益を出すまんぷく亭の開店であった。


 念願かなってまんぷく亭を建てることができた今でも、利益を村で分配すればわずかなものだ。多少、生活は楽になったと言えるものの、まだまだ出稼ぎは欠かすことができずにいた。


 だからこそ、出稼ぎを行う男衆が結成した「ジパニア村出稼ぎの会」の発言力は大きかった。彼らの願いはただ一つ。豊かな生活が送れる程度の金を一刻も早く稼いで、郷里で待つ妻子の元へと帰ることだ。


 そんな彼らが、まんぷく亭の成功を見逃すはずがない。料理が案外利益が出るものだと気付いた彼らは、第二の店舗は無理でも屋台でなら、との結論を出したのだ。


「で、試験的にお前が屋台出してるってことか」


「うん……ジパニア村出稼ぎの会にはまんぷく亭建設の時にもお世話になったし、断るに断れなくて……あはは」


 苦笑いをしながら、事情の全てを口にしたカオル。出稼ぎに屋台を出す、というのは良いアイディアだと貴大は思う。人気店ともなると、力仕事などとは比較にならないほどの利益が望めるからだ。


 だというのに、カオルの言の歯切れの悪さ。それは……。


「でも、カオルも、村の人も、屋台なんて出したことあんのか?」


 貴大が聞く限りでは、ジパニア村は家畜も少なく、名産となるものが米しかないような土地だ。そのような村の出の者が、調味料や香辛料、山の幸に海の幸と豊富に揃う大都会で通用するような料理を作ることは難しいのではないか。


 それに、屋台の出店にしても、一見簡単そうに思えるが、ある程度のノウハウは存在するのだ。飾り気のない陳列台に商品を並べて見せるだけでは、人を惹きつける力に欠けるように思える。


 そのことを指摘した途端に、黒髪の少女はわっと泣き伏せる。


 案の定、図星だったのだ。


「そ~なのよぉ~~~!! 私も含めて、村出身の人たちは屋台なんて引いたこともないのに、「定食屋やってんなら余裕だべ」って出稼ぎの会の人たちが、商品から出店の手続きまでぜ~んぶ放り投げてきたの!」


 恐らく、見よう見まねや、まんぷく亭の客から聞きかじった程度の知識で屋台を開いたのだろう。


 カオルの屋台は、横長のテーブルに清潔な布を敷いたお盆を乗せ、その上に握り飯を並べているだけだ。その脇には木を削って墨で字を書いただけの、いかにもな手作り感溢れる看板が一つ。


 これでは商品を売るどころか、人の目に留まることすら難しそうだった。


「さ、災難だったな……おにぎりは売れてんのか?」


 これ以上踏み込んでは、延々と愚痴を聞かされる。そう判断した貴大は、屋台そのものから、屋台で売っている物へとさり気無く話題を変えようとした。


 しかし、それはどうやら過ちだったようで、カオルは先ほどよりも沈んだ顔となって俯いてしまい、二本だけ指を立てた手を突き出してきた。


「え? な、何だ? ピースか?」


 口も開かずに、片手は膝の上で握りしめた状態で、まさかピースサインなどするはずもない。それが分かっていながら「ピースか?」と尋ねたのは、先ほどの問いの直後に気付いてしまった事実を認めたくないからだ。


 立てられた二本の指。二個分だけスペースが空いている握り飯の陳列。そこから導き出される答えは、すなわち……。


「二つだけ……」


 その答えは、貴大の予想通りだった。これがニ十ならば、彼も妙な罪悪感や憐れみなど覚えずに済んだだろう。しかし、屋台を開いてから売れた数がニでは、どのような言葉をかければよいのかすら分からなかった。


「え、えっと……そのだな……」


 言い淀む貴大に目もくれず、差し出した手すら力なく引き戻し、ぐすぐすと鼻をすすりながら椅子の上で丸まるカオル。


「やっぱり屋台なんて無理よ……私、街に出てきて一年も経ってないんだよ? 屋台街なんか、まともに来たのだって初めてだもん……」


 暗い瞳に涙を浮かべ、誰に話しかけるでもなく愚痴を口にする彼女の精神が相当に参っていることは、誰の目にも明らかだった。恐らく、慣れない屋台仕事に加え、売れない商品とこの寒空が、彼女の心を酷く疲弊させたのだ。


 なおも見るに忍びない姿を晒すカオル。その姿にいたたまれなくなった貴大は、後ろ頭をかきながら、ある事を提案した。


「あ~、手伝っちゃろうか?」


「えっ……?」


「だから、屋台。手伝っちゃるわ」


 二月中旬の、まだ寒さも緩まぬある日のこと。何でも屋の店主は、珍しくも次の仕事を自ら決めていた。その姿に、言葉も無く脇に控えていたユミエルは、「……成長なさったのですね」とハンカチを目に当てていたとか。




………………

…………

……




(わっ、わ、ど、どうしよう……!?)


 気がつけば日が沈みそうだったので、慌てて屋台を畳んで家へと帰ってきた私。手に持つバスケットには、売れ残りのおにぎりがたくさん詰まっていて重かったけれど、私を思い悩ませていたのはそのことではなかった。


「あら、おかえり~。屋台はどうだった?」


 お母さんが声をかけてきたのは分かったけれど、それも耳から耳へと通り抜けていく。バスケットをテーブルにドスンと置いて、何だか覚束ない足取りで自分の部屋へと戻っていく。


「えぇ!? こんなに残ってる! おかしいなぁ、美少女が握ったおにぎり、だなんて、男たちが放っておかないと思ったんだけどなぁ……」


「まさか、オレも握っているのがバレたとか……?」


「っ!? ス、スパイはどこ……!?」


 部屋のドアを閉めた後も、お父さんたちの騒ぎ声が聞こえる。それも、何だか意味を成した言葉として聞こえない。それでも、考え事の邪魔になりそうだから、ベッドにボスンと倒れ込み、布団を被ってシャットアウトする。


 そうすると、耳に甦ってくるのは先ほどのタカヒロの言葉だ。


(「手伝ってやる」……「市場を偵察しよう」……か)


 屋台に不慣れな私を見ていられなくなったのか、彼は手伝いを申し出てくれた。その手始めとして、明日の日曜日、屋台ではどのよう物が売られているのか、どうやって物を売っているのかを、身をもって知ろうと私を誘った。


(でも、それって……)


 年若い男女が、休日の屋台街を歩く……それって、もしかすると……噂に聞くデートなんじゃないだろうか……?


「あ~~~~!! なんか恥ずかし~~~!!」


 先ほどは、「そうしよう」と勧める彼に圧され、ついつい頷いてしまったけれど、よくよく考えてみれば、明日私たちがすることを傍から見れば、どこからどう見てもデートだ。そう意識すると、なんだか頭に血が上ってくる。たまらず、布団を被ったままジタバタと暴れる私。


「うん! そうだよ! デートと考えるからおかしくなっちゃうんだ! タカヒロだって、そんなつもりじゃなかったはず! 平常心、平常心……」


 散々広くもないベッドの上を器用に転げまわった末に、私はそう結論を出した。そう、そうだ、あれは親切心からの申し出……男と女の駆け引き、だなんて、関係ないはず。


 あんまり意識したら、タカヒロにも迷惑をかけてしまうだろう。明日は、いつも通りの気持ちで屋台街に行こう。


「……でも」


 今度は、なんだか自分の着ている服が気になりだす。茶色一色の厚手の服に、これまた茶色のマフラー……下着なんて毛糸でできた、だぼっとしたパンツだ。愛用しているそれらが、今はなんだか妙に気にかかる。


「お母さ~ん」


 結局、私はお母さんに、もっと服はないのかと相談することになった。


 なんでそんな気持ちになったのか、その時は自分でもよく分からなかったんだ。






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