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孤児院にさようなら

「ミギー!」


「はいよ」


「ヒダリー!」


「はいはいっと」


「トウチャクー!」


「そうね」


 ブライト孤児院最年少のリラードを肩車して、洗面所へと顔を洗いに行く。このトカゲっ娘ちゃんときたら、すーぐに人の肩に乗りたがるんだから……。今日は俺が犠牲者ってことか。まぁ、すんごいチビすけだから軽いもんだけどさ。


「ダッコ! ダッコ!」


「ちょい待ち」


 海に近いこの街は井戸を掘っても塩水しか出ないため、遠くから真水を運ぶ上水道が整っている。だが、流石に各家庭の蛇口を捻れば出てくるほどには技術は進歩していない。


 そのため、一定の間隔で設置された広場の水汲み場から、毎朝、水を汲んできては大きな瓶に溜めておくのだが……うん、洗面台の脇の水瓶は満タンだ。年長組のベアールを中心とした男手は、こういう時はやっぱ頼りになるよな。


「ほら、顔洗えー」


「バシャバシャー!」


 大瓶からたらいで水を汲み、それを洗面台に置いてやる。その前にリラードを持ちあげてやると、こいつは勢いよく顔を洗いだすのだ。


 床に置いてもいいと思うのだが、みんなと同じことができないことが不満なのか、こいつは洗面台でやりたがる。そのため、持ち上げてやる係が一々必要となるのだ。


 早くおっきくなれよ、リラード。せめて、もうニ十cmもあれば届くはずだ。今日の朝飯で、牛乳多めに飲ませてやるか……腹壊すかな?


「モーイーヨ!」


「はいはい」


 お尻のちっちゃな尻尾でペチペチと叩いてくる。顔を洗うのはもう十分なようだ。脇に通していた手を降ろして、床に足を着かせてやる。


 そして、ぐいぐいと濡れた顔をタオルで拭いてやると、とててててーと走ってどっかへ行ってしまった。まったく、子どもは元気だね……。


 ここまで来たなら、俺もついでに顔を洗おう。たらいに残る水を両手ですくって、ばしゃばしゃと適当に顔を洗う。タオルは……まぁ、リラードの使い回しでいいや。そんなに濡れてないし。


「あ、おはよー」


「ん? カールか、おはようさん」


 年長組のカールが、年少組の七歳トリオ(セロ、バルド、テオ)を引き連れて食堂へと向かっている。どうやら、もうすぐ朝飯のようだ。はよ行かな、ユミィにどやされるな。さっさと行こ。


 俺は、そのままカールに合流し、じゃれついてくる七歳トリオどもを腕にぶら下げながら食堂へと向かった。




「今日もポリッジか~……」


「……なにか?」


「うんにゃ、なんにも」


 今日も孤児院の朝食は雑穀のポリッジ(粥)だ。まぁ、確かに健康的で、お財布にも優しいだろうけどさ……う~ん、久しぶりに米が食いたくなってきた。こんなんじゃ、いくら食っても力が出ねえよ。


「今晩はまんぷく亭にでも寄るか、ユミィ」


「……私はかまいません」


 よし、決まりだ! 今日の晩は白米だ! 炊き立てご飯を丼で、おかずは冬だから焼き魚だな。それに、豚汁に、葉物の浅漬けも付けよう。


 いや、待て、鯵の南蛮漬けという手も……南蛮なら、チキン南蛮もいいな。まんぷく亭のは、甘酢ダレもタルタルも、両方かかっているからすげえ俺好みなんだよ。むむむ、悩ましい……。


「ねえ、まんぷくていってなあに?」


「ん? 飯屋のことだよ」


 俺の膝の上に座るテオが、首を傾げて聞いてくる。


「めしやってなあに?」


「む、そうきたか。飯屋ってのはな……あれだ、屋台と違って、中で食いもんが食える店だ」


 これぐらいの歳の子は、「なんで? なあに?」と聞きまくってくる。ガキでも分かるように説明できなければ、また「なんで? なあに?」の繰り返しだ。屋台ならこの近くの大通りにもあるから分かるだろ。


「きょうのごはんは、そこでたべるの?」


「あぁ、そうだ」


「ぼくも?」


「ぼくも~?」


 テオといつもつるんでいるセロとバルドも興味を示したのか、俺の膝に寄り掛かって尋ねてくる。


「いや、違うよ。俺とユミィだけだ」


「「「なんでー!?」」」


「「「ずるーい!!」」」


 うわっ!? いつの間に集まったのか、他のチビたちも来ている。いや、ずるいて……だってさぁ……。


「俺とユミィがいるのは、今日の昼過ぎまでだぞ?」


「「「ええええ~~~~~っ!?」」」


 いや、分かっていたことだろう? 現に、チビたち以外は誰も驚いちゃあいない。年長組の奴らは、「もうそんなに経ったんだ。早いねー」とかのほほんと笑っている。


「くぅん、くぅん」


「いや、別にお別れってわけじゃねえし……そんなイヤそうな顔すんなよ」


「ヤダー!」


「ずっと一緒に住もうよ! ねぇねぇ!」


「そういうわけにもいかんだろ……」


「なんでぇ? ねえ、なんで!」


 なんでなんでと繰り返すチビどもを適当にあしらいながら、俺は何度目かになるか分からないことを思っていた。すなわち、


(ルードスさん、早く帰ってきてぇー!)


 と。






「みんな! ただいま!」


「おかあさん!」


「おかえり!」


「うえぇぇぇん……おかあさぁぁん……」


「ごめんね、ごめんね。こんなに留守にしちゃって……ごめんね、みんな」


 お昼も過ぎ、予定された時刻通りに、孤児院の前庭にユニコーン引きの豪華な馬車がやってくる。


 馬車から飛び降りて、涙を拭おうともせずに子どもたちとの感動の対面を果たすルードスさん。泣きじゃくりながら母親同然のシスターに抱きつく子どもたち。先ほどまで、俺に「行かないでー!」と言ってた奴らとは思えんほどの転身っぷりだ。


 まぁ、俺なんかよりルードスさんの方が重要度高いわな。なんたって、孤児院で一緒に暮らす家族だ。その帰還は、さぞ嬉しかろうさ。


 これなら、俺が出ていっても問題ないだろう。少しばかり名残惜しい気もしたが、まぁ、こんなもんだ。やっぱりお母さんが一番ってことだな。


「タカヒロさん、一週間もありがとうございました」


 子どもたちを一通り抱擁し終えたのか、真新しい白い司祭服に身を包んだルードスさんがぺこりと頭を下げてくる。


「あぁ、いえ、楽なもんでしたよ」


 本当はメチャクチャ大変だったけどな! やれ、おねしょしただの、お腹すいただの、遊んで~だの、遊んで~だの、遊んで~だの! 自分の時間? ハハッ、何それ? って感じの一週間だった。


 それでも、「大変でしたよ! いや、こいつら手のかかるガキばっかで……」と言わないのが社交辞令というものだ。それを察してか、ルードスさんはくすりと笑って労をねぎらってくれた。


「楽だなんて……ふふ、大変でしたでしょう? 家の子はみんな、元気いっぱいですから」


「ははは……」


 まだガキどもが周りでチョロチョロしているのだ。無用な騒動を起こさないために明言は避ける。代わりに笑って誤魔化すのがジャパン・クオリティ!


「さて、じゃあ俺たちはそろそろお暇させてもらいます」


「あぁ、はい、ご苦労様でした」


 ペコペコと頭を下げあって、実にさり気無くここから去ろうとする……が、やはり、見逃してはくれない者たちが……。


「どこ行くの!?」


「帰っちゃやだー!!」


「わぅぅ……!」


 チビとわんこたちが腕や足にしがみ付き、俺を行かすまいとする。ユミィも同じく、直立不動のまま、体の各部に張り付かれていた。


「こ、こら、あなた達! 止めなさい!」


「「「やだーっ!!」」」


「ぐえっ……」


 ルードスさんが止めに入ると、回した腕の力を強めて……! し、締まってる! 頸動脈がっ……!


「おい、お前ら、離せって……!」


 長兄のジャンを先頭に、年長組の奴らもチビたちを引きはがそうとする。だが、一人を外せば他のチビが纏わりつき、そいつを外せば他のチビが……とキリがない。


 それでも、数と力の差には勝てないもんだ。やっとの思いで、涙でぐちゃぐちゃなチビどもを、ルードスさんや年長組の奴らが引きはがしてくれた。


「行っちゃヤダーーー!! うぁぁぁぁ~~~~~!!」


「タカ、早く行って! 後は何とかしとくから!」


「お、おう、すまんなニーナ!」


 そして俺は、何だか少し名残惜しそうなユミィを担ぎあげて、逃げ出すようにブライト孤児院を後にした。背中に投げかけられるは、チビどもの泣き声……これが、俺の一週間に渡る孤児院生活の終わりの光景だ。


 後になって知ったことだが、ユミィを連れて急いで逃げ出すところを見ていた下級区のおばさん連中の間に、「ヘマして叩き出された」という噂がしばらく流れていたとか。まったく、失敬な……。






「……寂しい、ですか?」


「んん?」


 まんぷく亭での食事も済ませ、久方ぶりの自宅で紅茶などを飲んでくつろいでいる時のことだ。珍しく、ユミィが自分から話しかけてきたのは。


「寂しいって、なにが?」


「……この一週間、このように静かな時間はありませんでしたから」


「あぁ、そういうことな」


 確かに、この一週間は、常に誰かが纏わりついてきていた。家の中には喚声が響き渡り、どたばたとチビたちがそこらじゅうを走り回っていた。それに比べて、この家は静かだ。防音がしっかりしている分、誰も喋らなければ暖炉で薪のはぜる音しかしない。


「まぁ、あれに比べりゃあ寂しいかもな」


 ガキどもの面倒を見ている時はうっとおしくてしょうがなかったのだが、終わってみると案外寂しくなるものだ。手持ちぶさたというか何というか……誰かの重みが体に感じられないのは、少しばかり物足りない気もする。


 まぁ、じきに慣れるさ。いつもこいつとニ人だけで、のんびりと暮らしてたんだ。なに、どんな生活も一長一短だ。俺は、こっちの穏やかな生活の方が……。


「……そうですか。では、子どもをつくりましょう」


「ぶふぅぅぅぅ~~~~~っ!?!? お、おま、何言ってんゴホッ!」


 な、何を言い出すんだこいつはーっ!? ちょうど口に含んでいた紅茶を霧のように噴き出し、気管にも逆流させてむせてしまった。ゲホンゲホンと咳込む俺をそのままに、頭のネジがどっかに飛んで行ってそうなメイドは続ける。


「……ブライト孤児院の子どもたちは、神の洗礼を受けているために養子として引き取ることはできません。ならば、自分たちでつくるしかないでしょう。これで寂しくなくなりますよ」


「だから、なんでそうなる!?」


 無表情にずいと迫るユミィの肩に手を当て、ぐぐぐと押し戻そうとする。だが、このイカレメイドは引こうとしない。子ども? お前みたいな奴で手一杯なのに、それが増えるだと? い、イヤだ!


「……子どもをつくりましょう。それがご主人さまのためです」


「断る!」


 なおも接近しようとするユミィとの、決死の攻防……それは長期化すると思われたが、「ガキはいらん! お前だけで十分だ!」って言ったら案外素直に引いてくれた。まったく、こいつの考えることはよーわからんわ……。






孤児院編、いかがでしたでしょうか?


主人公が感じた少しばかりの寂しさは、子どものお世話には付き物ですね。


その寂しさを埋めてあげようとするユミエルさんマジメインヒロイン!


方法は置いといて……。


さ~て、次章は一転して戦闘主体です!


戦闘と言えばあのヒロイン!そう、男勝りなあの娘の出番です!


お楽しみに!

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