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蕎麦と歌とコイバナと

「では、いただきます」


「「「いただきま~す」」」


 夕飯の時間になる頃、いつもは静かな「何でも屋・フリーライフ」のダイニングは、多くの客人によって賑わっていた。


「まぁ……これが先生の故郷に伝わる蕎麦パスタ……つるつる……あら、おいしい! フォンは何ですの?」


「あぁ、鶏と青魚の焼干しで出汁をとってんだ。なかなかイケるだろ?」


「う~ん、この海老の揚げ物が嬉しいね。私はエルフだけど、肉や魚介類の方が好きなんだ」


「わうわう!」


「ああっ、クルちゃん、そんなにがっつくと火傷しちゃうよ? ほら、ふ~ふ~しなさい、ふ~ふ~!」


「うまいけどさ、ちょっとばかし量が少ねえな。犬とカオルがおかずを持ってきてくれて助かったぜ」


「……つるつる、はふはふ、つるつる、はふはふ」


 皆が皆、舌鼓を打っているのは、面倒くさがりやな貴大がわざわざ手打ちした年越し蕎麦だ。二八蕎麦を鶏と魚の出汁に入れ、やや大ぶりなエビ天を乗せている。風味づけに微塵に刻んだポロ葱を入れてはいるが、それだけだ。


 カオルが図らずも持ってきたスズキの香草焼きや、ルードスがクルミアに持たせたザンポーネ(豚足の肉詰め)が無ければ、大晦日の夜の食卓としてはあり得ないほどに貧相だっただろう。それでも、彼らは何の不満も抱くことなく食事を進めていた。


「う~ん、まぁまぁの出来かな、ずず~……」


 自分が打った蕎麦を品評しながら、音を立てて啜っていく貴大。それを見て、育ちの良い面々は僅かに顔をしかめる。


「タカヒロ君、行儀が悪いよ? パスタは、こう、音を立てずに食べるものだ」


 フォークで巻き取った蕎麦を、上品に口に運ぶエルゥ。腐っても上級区民というところか。


「先生? 私は別に気にしませんが、いずれ恥ずかしい思いをするかもしれませんよ?」


 そういって、「このようになさいませ」と、朱塗りの箸(持参。貴族のたしなみとのこと)で蕎麦を掬いあげ、つるつると音も無く吸い込んでいくフランソワ。


 それとは対照的に、マナーに対し、庶民の女性は大らかだった。


「別にいいんじゃねえの? オレらが飯食う時は、もっと汚え食い方すんぞ?」


 そう言うのは、粗野な者たちが多いことで知られる冒険者のアルティだ。丼に口をつけ、ずるずると汁ごと蕎麦をかきこんでいる。


「わう?」


 フォークをグーで握り、口の端から蕎麦を垂らしているのは、犬獣人のクルミアだ。「何か問題でもあるの?」と不思議そうな顔をしては、足元で蕎麦(薄めた出汁を少量かけた、冷ました蕎麦)をがっつく愛犬ゴルディを見て首を捻っている。


「私はどっちでもいいと思うな……」


 中級区の定食屋「まんぷく亭」で客への給仕を行っているカオルは、料理を散々に食い散らかす者たちも見てきた。それに比べれば、音を立てて麺を啜るなどかわいい方だ。


「……つるつる、はふはふ、つるつる、はふはふ」


 そして、ユミエルは良いも悪いも言わず、好物の蕎麦を夢中になって口に運んでいた。小さな口では一度に多くの量は入らないのか、ニ、三本ずつ箸でつまんではつるつると吸い込み、はふはふと口の中で冷ましていた。


 そんな彼女らにかまうことなく、ずるずると蕎麦を啜り続ける貴大。


「ずっずずー……ふふふ、無知とは罪だな……ずずー……これはな、ジパングにおいて由緒正しいパスタの食べ方なのだよ……ずずず……」


 これ見よがしに蕎麦を啜ってみせる貴大。苦言を呈したニ人は、「なんと、そのような文化が!」と驚いていたが、カオルは「それを別にしても、食べ物を口に入れてのおしゃべりはお行儀悪いよ……」と思っていた。






「さて、飯も食ったし、お前ら帰れよ」


 あらかた料理を食べつくし、食後の一服代わりの生姜を混ぜた蕎麦湯も飲み終えた頃、貴大は寛ぐ面々に向かってそう言った。しかし、それに対して返ってきたのは、疑問の声だけだった。


「あら? 先生、寒中稽古も始まっていないのに帰れとは、可笑しな事を申しますのね? それに、寒中稽古は夜通し行われると聞いたので、そのつもりで参ったのですが……」


「そうだぞ! 寒中稽古をやろうぜ!」


 すっかり、貴大が秘密の特訓を行うものだとばかり考えているニ人は、帰る気配を見せない。元より宿泊を許可されたエルゥなど、我関せずで揺り椅子に戻り「@wiki」を読んでいる。


「くぅ~ん、くぅ~ん」


「きゅ~ん、きゅ~ん」


 わんこたちは、貴大の袖を引っ張り、「もっと一緒にいたい」と視線で訴えてくる。


「わ、私ね? お父さんとお母さんに追い出されちゃって……今晩、泊まるところがないの……」


 顔を赤らめ、もじもじと言い難そうに申告してくるのはカオルだ。


 つまり……。


「お前ら全員、俺ん家で年越しするのか?」


 そういうことのようだ。誰も首を横に振る者などいない。


「そうか…………そうか……」


 ここまで来てしまえば、いくら貴大とはいえ無駄な抵抗はしない。宿泊を許可したエルゥを持ち出されると反論できなくなるうえに、この人数だ。口下手な自分では、一度に全員を追い出すことなど出来はしない。そう諦めた貴大は、どっかと椅子に座りこみ、


「もう……そういうことでいいです……」


 と投げやりな口調でお泊まりを認可したのであった。






「先生、寒中稽古はまだ始まりませんの?」


 各々が【コール】で家族へと事情を伝えた(と言っている)後、フランソワが待ちきれないとばかりに口を開いた。


「寒中稽古、ねぇ……」


 もちろん、寒中稽古など彼女の思い込みだ。貴大は、そんな七面倒くさいことをするつもりは毛頭なかった。しかし、「面倒だからやらない」とでも言おうものなら、向上心豊かなお貴族様は無理にでもやらせようとするだろう。誤魔化す必要が、あった。


「フランソワ、よく聞くんだ……」


「はい」


 遂にジパングの伝統行事、寒中稽古が行われるのかと、居住まいを正して言葉を待つフランソワ。そんな彼女に、貴大はこう言った。


「お前が言っていたのは、実に古典的な寒中稽古だ。現代のものとは大きく異なるな」


「そんなっ……!?」


 暗に、「お前は物を知らないな」と言われたフランソワ。ショックを受けている彼女をそのままに、貴大は最先端のトレンディを語る。


「今のジパングでは、肉体的な修業より、精神的な鍛錬に重きを置かれている。一年の始まりに向け、「心」を鍛えようというのだ。そのような意図を持って、ジパング国民の半数が年末は欠かさず行っているもの……それは、つまり……」


「つまり……?」


 そして、核心は明かされる。誰に言われるまでも無く、自ずから行われるという東洋の神秘。それは……




「紅白を観ることだ」




 そう言って、懐から映像水晶を取り出した。






「あぁ、これは良いな。とても新鮮な響きだ」


 意外にも、ジパング……いや、現代日本で最も有名な歌の祭典、紅白歌合戦への好感を初めに抱いたのはエルゥだった。今流れているのは、賑やかなJ-POPだ。それが、葉擦れとせせらぎの音色と共に生きると言われるエルフのイメージとそぐわず、意外に思う貴大。


 案外、この時代の人の感性と合致しているのかと思ったが、クラシックに慣れているフランソワなどは先ほどから良い顔はしていない。


「なんて騒々しい音楽……「エンカ」はまだ理解できるのですが、やはり苦行ということですか。聞くに堪えません」


 それでも、庶民組には概ね人気である。カオルは膝の上に抱いたクルミアと一緒に「ほ~にょほ~にょほにょ♪」と口ずさんでいるし、アルティも先ほどはロックに合わせてリズムをとっていた。


 八人がけの炬燵(程よく暖かい【ウォーム】効果のマジックアイテム内臓。大勢でも寝転がれるようにと作った)で寛ぎながらの紅白観賞。フランソワのお望み通り、東洋に伝わる伝統的な年越しの夜の過ごし方であった。


「まぁ、音楽の好みは人それぞれだからなぁ……で、どんなスキルが使われているか分かったか?」


「いえ、それがまだ、五つほどしか見つけられず……【ライト】や【スピーカー】などは分かるのですが、やはり東方独自のスキルもあるのか、説明がつかないことばかりで……」


「へっ、オレは六つは見つけたね! だらしがねえの!」


「ふふん、私は十だ。やはり、こういう時こそ知識の蓄積が物を言うね」


「そうかー」


 そのまま、ぐんにゃりと炬燵の天板へと突っ伏す貴大。最新の寒中稽古と偽って教えたのが、「この映像水晶で【スキル】はどれだけ使われているかを探す」ことだった。


 現代日本の歌番組と同じようなことは、照明としての【ライト】や、拡声のための【スピーカー】で出来るが、それだけでは説明がつかないものもあり、熱心に映像に見入るトラブルメーカーたち。


 おかげで、天下泰平ことも無し。咄嗟に思いついたにしては、上出来な部類と言えた。


「……おや、薪が」


 そんな折、お茶を淹れて回っていたユミエルが、暖炉にくべる薪が切れかけていると呟いた。


「んあ? じゃあ、俺が行ってくるわ。トイレにも行きたかったしな」


 ここで珍しく貴大が申し出る。訪れた平和に気を良くしたのだろう。すでに立ち上がり、居間を出ようとする。しかし、尽くす女、ユミエルはそれを止めにかかる。


「……ご主人さまに行かせるわけには」


「いーって、いーって、いっつもお前に行ってもらってるだろ? たまには自分でやらんとな」


 そして、メイドの頭をぐいぐいと撫でてから、軽い足取りで出ていった。おそらく、ついでに自室のアイテムボックスに常備している上等な干し肉でも取ってくるつもりなのだろう。こんな時だけ、彼のフットワークは鮮やかなものだった。




 彼が出ていった後、しばらくは紅白を観るのに熱中する少女たち。しかし、そこに波紋を起こす一石が投じられる。


「あの……ずっと気になっていたんですけど、貴女方はタカヒロとどのような関係なんですか……?」


 未だに、なぜこのような面子が集まったのかうまく飲み込めていないカオルだ。面識があるアルティやクルミアがいる理由は何とはなしに分かるのだが、親しい者たちで穏やかに過ごそうという年の瀬に、なぜ上流階級のニ人がここにいるのかが理解できない。


 庶民なカオルのイメージは、上級区以上の御方は家で豚や鶏の丸焼きを囲みながら、ワイン片手に談笑する、というものだ。そうだというのに、炬燵で寛ぎながら決して上等とはいえない紅茶を飲んでいるフランソワとエルゥは、実はお偉いさんではないのだろうか。どうにも気になってしまい、思い切って聞いてみたのだ。


「あら、まだ話していませんでしたわね。私は、王立グランフェリア学園で先生に師事している者ですわ」


「王立、グランフェリア学園!!?」


 これにはカオルも堪らず、大声をあげて驚いてしまった。いつも「学園の仕事がさ……」という愚痴は聞いていたのだが、まさか高貴なる者たちも通う王立学園とは思わなかったのだ。


 学園とだけ言うものだから、てっきり中級区のミルポワ学園か、カトル・セゾン学園の方だとばかり考えていたカオルにとって、この発言はまさに青天の霹靂だった。その混乱を助長するかのように、黒髪のエルフも貴大との関係を語る。


「私は王立図書館で研究員をしているのだが、その伝手でタカヒロ君と出会ってね。以来、懇意にしてもらっているよ」


 そう言って、波打つ黒髪をかき上げ、エルフ特有の艶やかな目を細めて笑うエルゥ。その色っぽい仕草にカオルは良からぬことを考えてしまう。


「懇意にしているって……エ、エルゥさんは、タカヒロの彼女、なんですか……!?」


 貴大のことが秘かに気になっているカオルにとって、それこそが最も気になることであった。もしもニ人のどちらかが思い人と付き合っているのであれば、片方だけではあるがここにいる理由にはなってしまうと、妙な緊張で固唾を飲みこむ。


 しかし、それを笑い飛ばして否定したのは、問題のニ人ではなくアルティだった。


「ははは! なに言ってんだ。タカヒロの奴に恋人とかできるわけねえだろ。アイツは誰とも付き合ってねえぜ。独身のまんまだ」


 根拠は何だと聞く前に、自身に満ちたアルティの断言によって安心してしまうカオル。「違う! 違うよ!? 安心したのは、その、タカヒロが……」と自分に言い訳を始めたところで、またあっさりと貴大恋人いない論が打ち破られる。




「何を言っているんだい。タカヒロ君は私のことが好きなんだよ?」




「「「ええええええええ!?!?」」」


 これには、その場にいた全員が驚いてしまった。


「ふふふ、なに、簡単なことだよ。彼は、頼まれもしないのに、図書館に来る時はいつもおいしい食べ物を持ってきてくれる。他にも、洗濯や掃除など、あれこれ世話を焼いてくれるんだ。好きでも無い者を甲斐甲斐しく世話する者などいないだろう? これこそ、彼が私のことが好きだという明白な証拠だ。まさか私がこのように熱烈なアプローチを受けるとは……いやはや、参ってしまったね」


 エルゥ以外の全員がずっこけた。「それは好意ではなく憐れみだ!」と、大晦日にもやや薄汚れた白衣を羽織った、見るからに生活能力皆無な女性に心の中でツッコミを入れる。そして、早くも立ち直った負けず嫌いなアルティが張り合いだす。


「そりゃあ犬猫の餌付けと同じだよ! それならオレの方がずっと上だね! なにせ、命をかけて助けてもらったんだぜ!?」


 どうよ! と胸を反らすアルティ。だが、それを笑って流す者がいる。


「まぁ、おほほ……先生はお優しいので、人の食事の世話や人命救助も厭わないでしょう。ですが、先生と切っても切れない絆を結んでいるのはこの私。目に入れても痛くない愛弟子、フランソワ・ド・フェルディナンですわ!」


 貴大にとってみれば、むしろ学園以外ではできるだけ目に入れたくないお貴族様が、鼻高々に主張する。


「わ、私だって朝起こしてあげたり、ご飯食べさせたりしてあげてるもん!」


 お次は庶民代表ロックヤードさんだ。便乗して、わんこも名乗りを上げる。


「わんわん! わうん!!」


 が、悲しいかな、興奮すると人語が話せなくなるのがクルミアだ。誰にも相手にされないと分かると、しゅんと項垂れてユミエルの元へと慰めてもらいに行った。


 やいのやいのと姦しく騒ぎ出す乙女たち。自分が、自分がと「貴大の好きな人」だと主張をヒートアップさせていく。カオルなど、勢いに任せて「もう、通い妻みたいなものだもん!」とまで口にし始めた。


 そのような嵐の中、件の貴大が薪を抱えて戻ってきた。


「おい、お前ら~、夜中に騒いだら近所迷惑だろ? まぁ、防音はしっかりしてるけどさ……」


 その声に、ピタリと動きを止める女性陣。貴大を見つめた後に、お互いの顔を見合わせる。その目は揃って、「本人に聞けばいい」と主張していた。くい、と顎をしゃくって言いだしっぺに口火を切らせようとするアルティ。他のニ人も、大きくゆっくりと頷いている。


 言い出したのは確かに自分だと思い出したカオルは、もう後には引けない。それに、自分も気になる人の想いは知りたい。自らと周囲の気持ちに後押しされ、顔を真っ赤にしたカオルが一歩進み出て、恐る恐る問いかけた。


「ね、ねぇ! タカヒロ……タカヒロって、この中だったら誰が一番好き……?」


 自分が選ばれて当然だと自信満々な者。もしかしたら自分かもしれないとそわそわする者。そんな乙女らに向けて、彼は何の躊躇いもなく、言い放った。




「え? この中で一番好きな子? んなもん、クルミアに決まってっだろ」




「「「は?」」」


 その言葉に、固まる一同。クルミアだけが大喜びで彼にじゃれついていた。


「いや、だって、クルミアは俺の大事な癒しだよ? 毎回トラブルを持ち込むお前らとは比較にならんわ」


 そう言って、クルミアや、「わたしも!」とばかりにすり寄るゴルディを撫でまわし始める貴大。そしてそのまま、ニ人と一匹は他の女性陣を置いてけぼりにして、いちゃいちゃするばかり。放置された彼女らは、虚ろな目でそれを見つめている。


 十にも満たない子犬に負けた……その事実は、彼女らの自尊心を酷く傷つけた。


 そして始まる阿鼻叫喚の地獄。


 カオルとアルティが「このロリコンっ!!」と貴大を引っ叩き、エルゥが「え? いや、私が好きなんだろう?」と混乱してうろうろする。フランソワが「まぁ、貴族では珍しくもない趣味ですわ、おほほ」と言いながらも、屈辱と戸惑いでぶるぶるとカップを揺らす。


 件のクルミアは、その豊満な胸に貴大を抱き寄せて庇い始め、それがますます少女たちの嫉妬心を煽る。そして、暴動が起きんばかりの一触即発の場に、ユミエルが「……やはり犬耳が」とわんわん衣装でご登場。


 「何でも屋・フリーライフ」の混迷は、今まさに頂点に達しようとしていた。






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