謎の老人との出会い
見れば見るほど怪しい男性だった。
老人のようでそうじゃなく、若者のようでそうじゃない。全身にアンチエイジングを施した人とも何かが違うおじさんは――。
妙に軽い態度で俺に言葉を投げかけてきた。
「きみ、ここの子? ここに住んでる学生さん?」
「そう……です、けど」
「ふーん。ちなみにだけどさ。ここって新町の2‐3で合ってるよね?」
「合ってますけど……?」
答えはしたが相手の意図が理解できずにいた。まさか借金取りというわけでもあるまいに、このおじさんはうちに何の用事があるんだろうか?
「あのう」
「うん?」
「両親はいま家にいないんですけど」
「あ、あー、違う! そうじゃないんだ! 俺は別にセールスマンとかそういう怪しげな輩じゃなくてだな!」
「じゃあ誰なんです?」
「ずっと前に住んでたこの家の住人だよ! 久しぶりに帰ってきたから、懐かしくなって昔の家を見にきたの!」
「ふうん?」
一応、筋の通った話ではありそうだ。ここは百年以上の歴史を誇るベッドタウン、探せば履いて捨てるくらいには元住人というものが存在しそうだ。
故郷を想ってかつての住居を訪ねてくる。これも十分あり得る話で、そこだけ抜き出せば俺も不審には思わなかったのだが――。
実際に見かけると胡散臭さが凄まじい。俺はいつでも通報できる用意をしつつ、まずは相手の話だけでも聞くことにした。
「ずっと前ってどれくらい前なんですか?」
「五十年くらい前かな。まだ学校に通ってた頃の話だ」
「ってことは……もうお爺さん? なんですか?」
「そうなるな。七十手前のジジイだよ」
そう言って苦笑いを浮かべる灰色髪の男。その仕草や口調、声の張りなんかはまだまだ若々しい男のようにも思えるが、
(でも、年寄りのようにも見えるよなあ)
若者にはない年季のようなものが感じられる。それがどうにも奇妙に思え、俺は自然と問いを重ねていた。
「久しぶりの故郷はどうです? やっぱり懐かしく思うんですか?」
「いや、それが全然そうは感じないんだよ。どこもかしこも建て替えてるし、下手すると街の形自体が変わっているしで……」
「もしかしてこの家もかなり違ってます?」
「面影すらないな。ぶっちゃけ住所を間違えたのかと思った」
ふっと虚しく笑うおじいさん。気分はまさに浦島太郎といったところだろうか。
(まあ、五十年もあったらなあ)
うちの父さんですら生まれていないくらいの年代だ。それほど以前に街を離れ、そして帰ってきたのが目の前にいる老人なんだ。それこそありとあらゆるものが変わっているのだろう。それは容易に想像することができたのだが――。
「あ、でも、たまに帰ってきたりとかはしなかったんですか? こっちにも友だちとかがいるでしょうし」
「帰りたいのは山々だったけどな。外国みたいなところにいて、これまで一度も帰れなかったんだよ」
「え? い、いや、じゃあ、ネットでストリートビューを見るとか」
「ネットが通じてなかったんだよ、その国」
「えええええ……?」
いまどきそんな国が存在するんだろうか? 自然保護区でもスマホが使える現代、ネットがない国というのはにわかには信じがたいものがある。
「余程の僻地だったとか?」
「いや、どっちかと言えば大都会だったな。大陸でも有数の都市だって言われてた」
「?????」
都会なのにネットが通じず、帰ろうと思っても帰れないような外国? ちょっと考えても思い浮かばず、俺はひたすら首をかしげていた。
「その、もしかして貧乏、だったとか」
「カネに困ったことはないけど……ああ、でも、とにかく子だくさんだったから、そこだけ少し苦労したかもな」
「子だくさん? え? ど、どれくらいの?」
「孫まで含めると百人以上いる」
「ええええええええええ……!?」
いよいよ理解が追いつかなくなってきた。初見で感じた「怪しい」という印象、それがいまや限界を突破して未知の領域に届こうとしている。
(もしかして妄想、とか?)
それにしては瞳に狂気が感じられないし、ボケとも違って頭はハッキリしているように思える。じゃあなんなのかと言われると、やはり俺には分からないし、そもそもこの人、年齢不詳の不審者だしで――。
(やっぱりパトロールドローンを呼び出すか!?)
いよいよ覚悟を決め、俺がポケットに手を伸ばした瞬間。通りの先の方、かなり遠くから何やらざわついた気配が伝わってくるのだった。
「あっ、いたーーーっ!!」
「お父さん! そこを動かないで!」
甲高い女の声が聞こえる。何やら奇妙な集団が近づいてくるのが見える。
(ドレスに白衣にシスター服?)
それに黒服のSPらしき姿もあった。まるでコスプレイヤーのような一行は、ただひたすらに俺の方へと向かってきていて――。
「って、あ、あれ?」
いつの間にやら男の姿が消えていた。見通しのいい住宅街、一体彼はどこに消えたというんだろうか? 辺りを見回す俺の視界には、先ほどの奇妙な集団だけが映っていて、
「ええっ!?」
なんとあの女たちも綺麗さっぱり消えてしまっていた。住宅街にはいつもの静けさが戻ってきたが、それがかえって異常と思えるほどの転換っぷりだった。
「あれ? え? ええ?」
慌てたところで男も集団も帰ってはこない。まるで白昼夢のような消失劇に、俺は自分の頭がおかしくなったのかと疑ってしまった。
(いや、せ、正常、だよな?)
幻覚を見るほど俺は病んではない、と思う。いまいち自信はなかったが、俺は「そんなこともあるさ」で無理矢理自分を納得させようとした。
「うーむ」
玄関先に立って改めて辺りを見回してみる。もはや周囲はいつも通りの光景で、そこにはあの集団の痕跡さえも見当たらなかった。
「一体、なんだったんだろうな?」
幽霊ではない、怪異でもない、少し不思議な男と現象。
平凡が続く人生の中、あの老人に会えたのはかえっていいことだったのかもしれない。俺はそう思いながら、静かに家の中へと入っていくのだった。
さて、普通ならここで話は終わりとなるのだが――。
俺は再び、あの不思議な男と出会うことになる。
そして俺は――。




