停滞した世界
「サヤマ、まだ進路は決まらない感じか?」
「はあ」
「やりたいことはないのか? もしくは行きたい大学とか」
「ないですね。全然頭に浮かんでこないです」
「うーーーん……そういう場合は適性値で決めるんだが」
「無理ですよ。だって、ほら、俺って」
「オールCだもんなあ」
「はい」
担任と揃ってため息をつく。放課後の生徒指導室、そこではもう何度も似たような話が繰り返されていた。
「最新の調査でも結果は変わらないみたいだなあ」
「あれって微調整みたいなもんでしょ? いきなりランクが変わるとか、そんな話聞いたこともないんですけど」
「せめてBがあれば話は違ってくるんだが」
「正直Cじゃやる気も出ないです」
「そうだよなあ」
また渋い顔をして腕組みをする俺たち。結局、その日も有意義な話はできないまま、俺の進路指導はお開きになってしまうのだった。
「はあ~あ」
しょんぼりと肩を落としてとぼとぼと歩く。我ながら情けない姿ではあるが、どうにも力が入らないというか、いまいち元気が出ないというか。
最近の俺はもうずっとこんな感じだ。神の啓示とも言える適性調査、それがいよいよ確定し始めて気分がずんと落ち込んでいる。
(万能のAI。人類を導く管理者、か)
そいつが出した数値が個人の一生を決めるのだという。どうにも怪しげな話ではあるが、適正に逆らってやりたいことをやったやつ、その多くは微妙な最期を迎えていた。
人間、AIに従った方が幸せな人生を送れるのだ。それは個人の話にとどまらず、いまでは会社の経営から国家の運営まですべてがAIの管理下に置かれている。それを「機械による支配だ!」と叫ぶ者もいるにはいるが、
(昔の映画の見過ぎだよなあ)
AIが反旗をひるがえすなどあり得ない。人類に比べて「よくできた」機械は、無駄なことも馬鹿なこともせず、ただ粛々と世界の管理を続けていた。
「はあ……」
またため息をつきながら帰り道を歩く。頭にあるのはやはり自分の適性値のことで、それはもう、何年も俺も悩ませ続けてきたものだった。
「オールCかあ」
五段階評価における中心値、つまりは普通と評されるのがCという値である。特筆するほどの適性はないが、かと言って別段向いていないわけでもない。そんな評価がずらりと並び、だからこそ俺は自分の将来を決められずにいた。
(何でもできると言えば聞こえはいいけど)
全部「普通」ではどうしようもないと思うんだが。ギフトと呼ばれるAはまだしも、せめてひとつなりとも俺にもB《得意分野》が欲しかった。
「は~~~……」
自然と息が吐き出される。情けなく背中が丸まっていく。まだ十七年しか生きていないが、俺にはこの先何十年もの未来が見えるかのようだった。
(ずっとこんな調子が続くんだろうな)
この世界はすでに完成してしまっている。この世の不思議も物理の限界もすべてAIが解き明かしてしまっているんだ。
かつての人類が思い描いたような未来は訪れない。宇宙旅行も時間旅行もできないまま、俺たちはどこまでも現実的な世界の中で生きている。
革新という言葉が失われた時代、ある意味では安定し、ある意味では停滞している現代で――。
俺の未来は、やはり確定しているかのように思えて――。
「……あれ?」
繰り返される日々にわずかな変化が現れていた。住宅街の中にある俺の家、その前に少し風変わりな様子の男の姿があった。
(誰だ?)
灰色の髪にひょろりとした体。一見老人のようではあるが、力が満ちているというか、どこか若々しい雰囲気をまとっているようにも見える。
父か母の知り合いだろうか? それにしては接点が見えない相手は、じっと俺の家を見つめていたかと思うと、
「……おお」
俺の視線に気づき、にこっと微笑みを返してくるのだった。




