交流編プロローグ
今回はプロローグ+八姉妹個別ストーリー(全8話)+エピローグの特別構成。
娘に合わせて親も登場するのでお楽しみに!
最近、男だけで飲む機会が増えたように思う。
仕事先の相手、冒険者ギルドの連中、ご町内のみなさん、嫁の実家の関係者等々。今日も学園の教師陣に誘われてお洒落でハイソなクラブにやってきている。まあ、大人になるとこんな付き合いも増えるのかと、俺は特に何も考えずに参加していたが――。
どうもそうではないみたいだ。ただ飲むのではなく、家族のこと、子どものこと、嫁のことを話したい連中が自発的に集まってきているみたいだ。
聞こえは悪いが、これは俗に言う親父会というやつだろう。そんな加齢を感じさせる飲み会の中、俺は仕事仲間にこのようなことを言われていた。
「最近、子どもと遊んでいますか?」
ランプの淡い光が照らす店内、隣に座った学者風の男が問いかけてきた。
彼の名はエリック。俺を学園に誘った張本人であり、今もなお継続して教壇に立っているベテランの教師だ。自身も子を持つ身である彼は、お節介なのかどうか分からないが、ちょくちょくこうして俺の家の近況についてたずねてくる。
「まあ、人並みにはな」
俺の返事はいつもこんな感じだ。娘にウザがられるほど絡んじゃいないが、別に全然絡んでいないわけでもない。普通だ、普通。他所の家庭は知らないが、俺は娘と自然体で付き合えていると思っていた。
ところが――。
「甘い。甘いですぞ、サヤマ教諭」
「うわっ!?」
「自分は普通にできている。そう思う瞬間が落とし穴なのですよ」
「なんかいっぱい寄ってきた……!?」
クラブと言っても上流階級の紳士たちが集まるような店だ。ここにいるのは誰もが子持ちのおっさんであり、そこに女子や女性の姿は混ざっていなかった。
店員までもが純度100%のおっさん空間の中、学園の教師たちは口々に俺の油断についてを戒めにかかった。
「私もねえ、家族のために一生懸命やってきたんですよ」
「私もです。これが愛だと思い、仕事や研究に打ち込んできたんですよ」
「もちろん、家族サービスは欠かしませんでした」
「娘の誕生日にはパーティーを開き、学園の行事にも欠かさず参加してきたのに……」
「どうもそれだけでは足りないみたいなんですね、はい」
「常日頃のコミュニケーションが大事と言いますか……」
「家族のためにしっかり時間を割くべきと言いますか……」
「わたくし、一時期は娘に親だと認識されていませんでしたよ」
「おや、先生もですか? 実はわたしもそんな時期がありましてね」
「男は仕事が大事なんですよ! それを理解してくれないと、どうしようも……」
「ははっ、最近、夕食がパンとチーズだけなんですよ」
「それはおつらい! ですが、わたくしなどは豆の浮かんだスープのみで……」
俺への忠告のはずだったのに、いつしか話は「おじさんの苦労譚」に変わりつつあった。教師たちは俺の席を囲んだまま、何やらどんよりとした顔で妻や娘、息子や義父母のことについて話し続けている。その濁った空気にうんざりしながら、俺は頬杖をつき、大きな大きなため息をついた。
「まったく……なんでいつもこういう話になるんだか」
「仕方ありませんよ。みなさん、それぞれ苦労をされていますからね」
「苦労なあ。うーん……」
分かるような、分からないような、といったところだ。
うちの家庭が特殊すぎるからか、はたまた俺の経験値が足りていないからか、俺はまだ親父会の一員にはなり切れていない感覚だ。それでも理解しようと首をひねる俺に対し、エリックはふっと笑ってこのようなことを提案してくる。
「いずれにせよ、子どものために時間を取るのはいいことだと思いますよ」
「そうか?」
「ええ。こうなってからでは遅いと思いますので」
少し茶目っ気を見せてウインクをしてみせるエリック。俺の近くにはまだどんよりとした親父たちがいて、彼らは一様に瘴気にも似た暗黒のオーラを放っていた。
(まあ、こうなるとは思えないけど……)
確かに、最近、まとまった時間が取れていなかったように思う。大事な仕事が続いたとはいえ、少し家庭をないがしろにしていたんじゃないだろうか?
ただでさえ多い子ども、ひとりひとりにあまり時間を割けないという問題もある。それを不服に思う者もいるだろうし、内心、不満を溜め込んでいる者もいるかもしれない。
(あまり他人事だと思っていられないな)
考えれば考えるほどに問題のありそうな俺の家庭。幸いにして大きな案件は片づいたし、ここらで一度、長い休みを取るべきだろうか?
(向こうがどう思うかは分からないけど……)
まあ、まずはやってみようの精神だ。
とりあえず、休暇がてら、俺は娘たちと向き合ってみることにした。




