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突然の発覚

「妊娠……!?」


 ルートゥー経由で老龍を呼び、ユミエルを自室に送ったあとの出来事だった。カオルやメリッサ等、真剣な顔をした少女たちがリビングで俺を囲んだかと思うと――。


 これは妊娠だ、あれはつわりだ、なんてことを言い始めたんだ。


「いや、妊娠って」


 そんなまさかと一笑する俺。対する少女たちは険しい態度を崩そうとしない。


「診察しなくても分かるの!」


「さっきのは絶対つわり。ユミィちゃんは妊娠してるんだよ!」


「ちょっと調子が悪いだけなんじゃ……」


「いやいや、そんなことないって!」


「お前、身に覚えはあるんだろうが」


「そりゃまあ、その……はい」


 口ごもる俺を少女たちは厳しい目で見つめていた。「これだから男は」なんて声も聞こえてきそうな流れだった。


(いや、だけど)


 いくら何でも唐突すぎないか? いきなり妊娠発覚だなんて、まるでドラマか映画の話みたいで現実感が全然ない。


(妊娠って、ほら、もっとこう)


 検査とかをして、そこで自然と分かるものなんじゃ……。


(……ダメだな)


 否定しておいて何だが、自分の中に妊娠のイメージがまったくないことに気がついた。そもそも俺たちが親になるなんて思ってもいなかった。よしんば子どもを授かるとしても、それはもっと先のことというか、もう少し落ち着いてからというか――。


(うーーーーーーーーーん……)


 こんな調子で大丈夫なんだろうか? 今から心配になってきそうな有様だったが、すぐには親の自覚は持てそうにもなかった。


(いや、その前に結果待ちだろ)


 先へ先へと話が飛躍してしまっていたが、まずは本当に妊娠なのか、それを第一に知らなくちゃいけない。ひょっとすると何か重篤な病気かもしれないし、俺としてはそうなる方が余程心配だろうと感じられた。


 ただ、周りの奴らは「もう妊娠決定!」みたいな態度で話していて――。


 戸惑ったり落ち込んだり、それぞれ違った姿を見せるのだった。


「はあああ~~~……妊娠かあ……」


「覚悟はしていましたが、いざそうなると動揺を隠せません」


「分かってはいたけど、やっぱりユミィちゃんが正妻だったね」


「ぐぬぬぬぬ……! メ、メ、メイドめ~!」


「まあまあ、落ち着きなよ。喜ばしいことじゃないか」


「ユミィちゃん、赤ちゃん、できたの?」


「まあ……そうなるな」


「■■と●●が結合して▲▲▲になったんだよ」


「「「言い方ぁ!!」」」


 毎度毎度にぎやかなことだ。クルミアだけはよく分かってなさそうだが、他の連中は何がどうなったのかを正しく理解しているようだ。


「いや、でも……」


「もしかして、勘違いってことも……」


「よ、よせ! よさないか、君たち!」


「そっちは闇堕ち暗黒ルートだよーっ!?」


 若干名、ややドタバタとしているが――。


 まあいい。俺も覚悟が決まった。今回のことは妊娠発覚なのだと認識し、老龍の診察が終わるのを待つことにした。


 幸いにして時間がかかるような検査ではなかったのか、助手代わりのシャドウドラゴンたちを従えて、老龍はすぐにもリビングへと戻ってきていた。鷹揚な動きで姿を見せ、彼は短く、しかしよく通る声で帰還を知らせた。


「待たせたの」


「おお、老龍!」


 大きな声を上げてルートゥーがサッと老龍に近づいていく。少し遅れてそのあとに続く俺たちに、仙人のような男はにこやかに微笑み、こう告げた。


「ユミエル嬢の診察は終了じゃ。いまは患者の様態も落ち着いておるよ」


「患者? 患者って……!?」


「ユミィちゃん、妊娠じゃなくて病気だったんですか!?」


「いやいや、便宜上、そう言ったまででの」


 詰め寄る俺たちに老龍は余裕の態度を崩さなかった。興奮を鎮めるように両手を上げると、すぐにほっほと笑ってこう告げる。


「あまりやきもきさせても良くないしの。結果から言おうか」


「「「…………っ!」」」


「わしが見たところ、ユミエル嬢の体は……」


「「「体は……!?」」」


「妊娠二ヶ月と言ったところか」


「「「~~~~~~~~~っ!?」」」


「おめでとう、店主殿。ふたりの間に子どもができておるよ」


「「「わーーーーーーーーーっ!?」」」


 その「わー」はなんの「わー」なのか。歓声とも悲鳴とも取れるような声を上げ、周りの奴らがまたドタバタと騒ぎ出す。あのフランソワでさえ口をあんぐり開けて驚いているくらいだ。その衝撃は計り知れないものがあって、俺は俺でカカシのようにボケーッと棒立ちになるのだった。


「あ、え、えと、その」


「うむ」


「あの……パンケーキ、吐いたんですけど」


「そりゃつわりというやつだ。別段、おかしなことでもあるまい」


「いや、でも……そんな様子は、これまでなかった、っていうか……」


「はっきりした症状は、今日、初めて出たんじゃろう」


「本人も『風邪かな?』くらいに思っていたそうですよ」


「あ、ああ、うん。そっか……」


 メイド姿のシャドウドラゴンに生返事をして、俺はまた元のカカシに戻ってしまった。どこか遠くに感じる喧騒の中、どうもふわふわと不確かな心地がして――。


「サヤマ様。サヤマ様?」


 二度声をかけられて正気に戻る。慌てて視線をそちらに向けると、先ほどとは別のメイドが俺に何かを言おうとしていた。


「サヤマ様。この度はユミエル様のご懐妊、おめでとうございます」


「うん……あ、ありがとう」


「幸いにして母体は安定しております。特に問題も見受けられませんでした」


「そ、そっか。そりゃ良かった……いや、ほんとに良かったよ」


「ええ。子どもを身籠るという一大事、まずは一安心と言ってもいいでしょう」


「この時期、大きく体調を崩される方もいますからね」


「その点で言えばユミエル様は落ち着いていると思われますよ」


 ふたりのメイドが言葉を繋げる。それはどれも朗報と言ってもいいもので、聞く限りではユミエルは好調……妊婦にしては好調なのだと知ることができた。


「もちろん、今後どうなるかは私どもでも分かりません」


「お望みであれば我ら一同、ご家庭のサポートに回りますが……」


「ですが、その前にひとつ」


「えっ?」


「ひとつだけ、サヤマ様にしていただくことがあります」


「それって……?」


 急に真剣な態度を取られて身が引き締まる。いつの間にか周囲のおしゃべり、ざわめきも消え、リビングは張り詰めた空気に満たされていた。


「サヤマ様にしていただくこと。それは……」


「それは?」


 ごくりとつばを飲んで続きを待つ。そんな俺の緊張感を和らげるように――。


 メイドたちはにこりと笑ってこう言った。


「まず、ユミエル様に顔を見せてあげてください」


「……え?」


「まずはおふたりでゆっくり話をしてください」


「これから色々な苦労があるとは思いますが」


「いまこの場は、ふたりきりでお話を」


 知ってしまえばどうということのない内容だった。ふたりきりで話をする。それは常日頃からいつもしていることではあった。


(だけど……)


 それとは違うことは俺にも分かる。何というか、これはもっと大事なことで……とても大切なことだと分かるんだ。


 妊娠が発覚したいま、俺はユミエルとふたりで話さなくちゃいけない。何を話すのか、その具体案は浮かばないまま、しかし、会いたいという気持ちはどんどん大きく膨らんでいった。


「うむ、うむ」


 老龍は機嫌良さそうに微笑んでいる。シャドウドラゴンたちは優しげな顔で俺のことを見守っていた。振り返れば少女たちの後押しするようなうなずきがある。ルートゥーだけは不満げにそっぽを向いていたが、それでも俺を引き留めるようなことはしなかった。


 人生に転換点があるとすれば、これはそのひとつなのだろう。そう強く実感した俺は、リビングを出て階段を上り、ユミエルがいるであろう、彼女の自室へと向かっていく。


 緊張は強く感じられた。焦りや不安、混乱もまた俺の心の中にあった。それでも俺は足を止めるようなことはせず――。


 少しだけ息を止めると、意を決して部屋の中へと入っていった。


「……ご主人さま」


 待っていたのは寝間着姿のユミエルだった。ベッドの上で身を起こし、いつもの無表情で俺のことを見つめている。


 吐いたにしては随分と顔色がいいようだ。特に問題ないというドラゴンたちの診断、それは正しかったというわけだ。


 椅子を持ってベッドサイドに近づいていく。それを使ってユミエルのそばにストンと座る。そして何かを言おうとして……それきり、口をつぐんでしまった。


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


 沈黙が部屋を支配していた。俺とユミエルは無言のまま、ただお互いの顔を黙って見つめている。言いたいことはあるはずなんだ。伝えたいことだってあるはずだ。だけどそれが言葉にならず、俺はもごもごと口を動かすばかりだ。


 そんな俺を見てどう思ったのか、普段は寡黙なユミエルの方から口を開くと――。


 じっと俺の目を見つめ、このようなことを言ってきた。


「……ご主人さま」


「な……なんだ?」


「……この度のことですが」


「は、はい」


「……申し訳ありませんでした」


「はい……って、ええっ!?」


 頭を下げるユミエルに驚愕の声を上げる俺。思いもよらなかった展開に、しかし、ユミエルは深く謝罪を続けようとする。


「……少し体調が優れないな、とは思っていたのですが、まさか自分が身籠っていたことに気がつかないなんて……」


「あ、ああ! そういうことか……!」


「……今回、このような形で明らかとなり、また、みなさんを心配させる事態になったこと、大変申し訳ないと考えております」


「いや、それはいいって! みんな気にしてないって!」


「……ですが」


「いいからいいから! 無理に起きなくてもいいから!」


 ベッドから出ようとするユミエルを制止して、俺はずれ落ちていたストールを再び肩へとかけてやった。それでも落ち着かない様子の少女に苦笑しつつ、俺は明らかになったこと、ユミエルの身に起きたことについて話を始めた。


「しかし……まあ、驚きはしたよな」


「……え?」


「妊娠のことだよ。正直、『まさか!』って思った」


「……ご主人さまもですか?」


「なんだ、ユミィもそうなのか?」


「……はい。老龍さんに告げられて、しばし、唖然としてしまいました」


「だよなあ。いや、やることやっておいて言うことじゃないけど」


「……それはわたしも同じです。やはり『まさか』という気持ちでしたね」


 真面目な顔で言うユミエルにまた苦笑を浮かべる。妙なところで似た者同士だと思いながら、俺はふーっと大きく息をついた。


「……ですが、その……良かったのですか?」


「ん? なにが?」


「……妊娠のことです。わたしは構わないのですが」


「うん」


「……ご主人さまは、その……望まれていたのかと」


 わずかに暗い顔をしたかと思うと、ユミエルは突然このようなことを切り出してきた。


 いまになって不安が湧いてきたんだろう。珍しくも目を逸らし、うつむきがちな姿勢で俺の返事を待っている。


(子どもを望んでいたか、か)


 思い返してみればそんな話はしたことなかった。ずっと昔に「子どもを作ろう」と迫られたことはあったが、あれはまだユミエルが人の機微にうとかった頃の話だ。温泉郷で子作りの聖地に誘ったのだって、あれは事故というか、情報不足ゆえの出来事というか――。


(なるほど)


 考えれば考えるほどに色々と足りていないように感じるな。子どもができるまでの過程をいくつかまるっと飛び越えていて、なのに懐妊発覚という事実だけが突きつけられている。


 これじゃユミエルが不安に思うのも仕方のない話だ。いまからでも自分の気持ちを伝えるべきだと思い、俺は彼女の手を握ってからこう告げた。


「ユミエル」


「……はい」


「正直に話すと、俺には子どもが欲しいって気持ちはなかった」


「……っ!」


「いずれそうなるとしても、それはずっと先の話だと思っていたし……自分が人の親になるだなんて、想像すらしていなかったと思う」


「……では……」


 不安そうなユミエル、その小さな手に優しく力を込める。ハッと顔を上げた少女にうなずきながら、俺は自分の気持ちの話を続けた。


「子どもが欲しいとは思っていなかった。それは本当のことなんだけどさ」


「……はい」


「おかしな話、いま、じわじわと幸せを感じている。子どもができて嬉しいって気持ちが湧いてきてるんだ」


「……それは」


「うん。いまは子どもが欲しいって思ってる。ユミィとの子を望んでいるよ」


「……わたしも……わたしも、同じ気持ちです」


「ああ」


「……ご主人さまとの子どもができて、わたし、いま、嬉しいです……!」


 目の端に涙を浮かべてそう告げるユミエル。俺もきっと、同じような目で彼女のことを見つめている。


 数奇な運命をたどり、どん底とも呼べるような状況で出会い、それでも俺たちはこうして絆を深めることができた。子どもというのはその結晶みたいなもので、だからこそ俺たちは温かな感情、深い幸せを感じることができていた。


 ユミエルと出会い、そして共に過ごしたからこそ感じられる喜びだ。それを強く噛み締めながら、俺は少女に向かってこう言った。


「順番が逆になったけど……」


「はい……」


「俺との子どもを、産んでくれないか?」


「はい……!」


 感極まったのか、ぽろぽろと涙をこぼしていく。


 そんなユミエルの笑顔は、俺にはこの世の何より尊いもののように感じられた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何もしてないとかいうオチかも思ったらやることやっておいたんかワレェ! [一言] 末永く爆発しろ
[良い点] 次回、諍いのんびり脳筋化 妊娠熱により絞り取られるよ 尊重せよ!
[良い点] ふはああああああああ!!! 末永く幸せになってけろ!!!! 久しぶりの更新ともあって、ユミエル激推しの心臓にはキツイ一発でした。。 [一言] ご馳走さまです。
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