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決壊

※字数調整のため、1話分前にずらしました。

「悪神……?」


「M.Cだと……!?」


「いやいや、正確にはその息子なんだけどさ。M.Cであることには変わりないよ。名前もほら、マチス・クレールだし。悪神の力も備わってるしね」


 唖然とする貴大たちの前で、男、いや、マチスは朗々と語っていた。


 人を驚かせること、それが彼の喜びなのだろうか? どろりと濁って見えた目は、今はほんのわずかな光と輝きを見せていた。


「あの女、あちこちで悪だくみをしてただろう? 俺もその一環で生まれたんだけど、なんかあいつとは別の悪神になったらしくて」


「別の悪神……?」


「あいつは【バグ】の神だと言ってた。【バグ】を自在に操れるし、生き物を【バグ】らせることだってできる。俺にはなんでバグなのかは分からなかったけど、不具合だとか、欠陥だとか、そういう意味だってことは何となく分かっていたよ」


 貴大はかつて、この世界を「ゲームのようだ」と言った。自分の知っているゲームにそっくりだ、ゲームの世界が現実化したようだと。ならばバグがあるのも当然ではないか。その化身のごとき存在が、目の前の悪神、マチス・クレールだった。


「面白がってあれこれされたし、させられたけどさ。はは。結局は自分の強化とか分体作りが大事だったんだろうな。M.CだけどM.Cじゃない俺は、なんか自然と疎遠になったよ」


「それは……」


「いや、だけど結果的に良かったと思うよ? M.CだけどM.Cじゃなかったおかげで、あの女の消滅に巻き込まれずに済んだんだからさ。分体はみんな消えて、眷属なんかも力を失ってたけど……俺は俺のままだった。マチス・クレールのままだった」


 ふうーっと長く息をつき、悪神マチスは天井を見上げる。


 採光窓から見える景色、彼はそこに何を描いているのだろうか。その顔はどこか穏やかなものに見えたが――。


「だからあんたには感謝してるよ。あの女をぶっ殺してくれてさ」


「なに?」


「正直鬱陶しかったんだよね。疎遠になったと言ってもさ。たまに顔を出しちゃあ無茶を言うし。好き勝手しようとすると、なんかどっかでストップをかけるし」


「お前……」


「改めて礼を言うよ。ありがとうな、佐山貴大くん。おかげで俺は自由の身だ。もうこれからは我慢せず、好きに人を殺したり、街をバグらせたりして遊ぶよ!」


「お前っ!」


 悪神マチスは人に見えて、その性根は「悪なる神」のものだった。


 どろんと濁った瞳、そこに淀んだ光を湛え、彼は笑いながら小瓶の粉を振り撒いた。途端に歪む空間、周囲の景色。ぐにゃりと曲がって見えるそこを、マチスがゆらゆら近づいてくる。


「くそっ!」


 アイテム欄からナイフを取り出し、五本、十本と立て続けに投げる貴大。しかしそれは軌道を逸らし、壁へ、床へ、天井へと、あらぬ方向へと飛んで行ってしまう。


「はは。ははは! 駄目じゃないか! 俺の体はここ、ここだよ。ここに中てなきゃ?Ӗ????Ȃ???」


 その声までもが歪んで聞こえる。ノイズがかかったような、距離感や音源が波打つような、そんな声が、


(間近に聞こえる!!)


【緊急回避】の発動と、自分の意思での動きを組み合わせる。揺らめく景色、揺らめく魔の手、そこに輝く鈍色の光を、貴大は曲芸めいた動きでかわしてのけた。


「おお、全部・・避けた。凄いなあ」


 そう言ったマチスの腕は、五本、六本に分かれていた。いや、三本、四本だろうか。バグってしまった空間では、その全てが正しくあって、その全てが間違いだった。


「いやあ、はは。ほんと凄いよな。人間じゃないみたいだ」


 嗤うマチス、歪む悪神。【バグ】った世界で異形と化して、なおも笑って迫り来る男。彼からドロテアを守りつつ、貴大は何とか反撃に転じようとするが、


「はは。無駄無駄」


「ここでは俺がルールだ。間違いこそが正解だ」


「お互い一撃必殺なところがあるけどさ」


「当たらなければ、意味がないんじゃないかなあ?」


 遂には分身し、マチスはぐるりとふたりの周りを取り囲んだ。


「さあ、本物はどれだ?」


「全部本物、全部偽物」


「死んでも死なない。斬っても斬れない」


「これがこの世界の【バグ】。その集大成だ!」


「くっ……!」


 カクつき、乱れ、まるでコマ飛びした映像のような悪神。


【バグ】を司る神、その実体を捉えきれず、貴大の頬を冷たい汗が流れていく。


 そしてマチスはそれを見て、さも嬉しそうに、にんまりと口元を歪め――。


「【アイスバーン】!」


「……なに?」


 水を差すとはこのことだろうか。この超常の戦いにおいて、「何の役に立たないお荷物」が、両手をかざして何かしらのスキルを発動していた。


 細かな氷が舞っている。冷気をぶつけようというのだろうか? それで神の動きを封じようと? 抵抗とも言えない抵抗に、マチスはふっと笑ってドロテアを見た。


「いやあ、はは。なんなの? お姫様の出る幕じゃないんだけどな」


「…………」


「まただんまりかい? どうしてこんなことをしたのか、ちょっと聞いてみたいんだけどな」


「…………」


「はあ。はは。もういいよ。分かった。降参だ」


 マチスは両手を挙げると――。


 殺気をみなぎらせ、その手のナイフをドロテアへ向けた!


「目障りなお前から殺す……!」


 そして駆け出す悪神マチス。四方八方から迫り来る、黒い炎のような揺らめきに、ドロテアは思わず目をつむりそうになるが――。


(……かかった!)


 自分の策の成功、それを見逃すわけにはいかなかった。


「うおっ!?」


 驚く声に振り返ると、マチスが滑って、手をついているのが見えた。


 同時に空間の歪みが和らいでいく。マチスの分身もいつの間にやら消えていた。


「これは……!?」


 マチスは這いつくばり、どうにか立とうとしていたが――。


 つるつると滑るばかりで、かけた力が横へ後ろへと逸れていく。


「凍っている……! いや、濡れている!?」


 そのどちらも正解だった。路面凍結を引き起こす【アイスバーン】。俗に地形変化と呼ばれるスキルを、ドロテアは建物の床へと使用していた。


「思った通り、これは貴方にも通じるみたいね」


「お前……!?」


「いくら貴方が歪めようと、床は床、空気は空気だもの。貴方を直接凍らせることはできないけれど……凍った床で滑らせることくらいはできるわ」


「ちぃぃ!」


 舌打ちし、距離を取ろうとするマチス。しかしそれも上手くいかない。凍って濡れた建物の床、それもまた、どこにもつかみどころがないものだった。


「私はこの状態で動ける。文字通り滑るように動くことができるの。この男もできるでしょうね。憎たらしいほど小器用ですもの」


「…………!」


「その顔、どうやら演技ではなさそうね。好機よ、先生」


「ああ! ナイスだ、姫さん!」


 ドロテアの見立て通り、貴大は凍った床をも物ともしなかった。


 いや、それ以上だ。【アイスバーン】などあってないもののように、素早く駆け寄り、マチスの胸に鋭いナイフを突き立てようとした。


「これで終わりだ、悪神!」


【ピリオド・エッジ】。絶対的な終わりの力が、マチスの胸へと吸い込まれていき――。


「待ちなよ」


「っ!?」


「いいのか? 俺を殺して。あいつらがどうなってもいいって言うのか?」


 不意に浮かび上がる映像。これはどこか大きな講堂のものだ。そこには多くの生徒が集められており、中には年端もいかない、初等部に入学したての子どもたちもいた。


「俺が死んだらあいつらを殺す。そんな風に決めてあるんだ。金銭とか関係ない、貴族に恨みを持った奴も連れてきてるからさ。俺と連絡がつかないとなると、そいつは喜んでガキどもを殺すと思うよ」


「…………!」


「あんたは先生なんだろう? 生徒たちがかわいいよなあ? はは。だったらそのナイフなんか離してさ。大人しく後ろに下がりなよ」


 再びの形勢逆転、途端にマチスは饒舌になった。


 懐にある映像水晶、それを細かく操作しながら、悪神は嗜虐的な笑みをその顔に浮かべる。


「おっ、いつぞやの子がいるね。フランソワちゃんだっけ? 気丈に振る舞って、いかにもみんなの精神的支柱って感じだ。どうせガキを殺すなら、こういう子の前で殺すのがいいんだろうな。『殺すなら私を殺しなさい!』とか言うわけだ。それを無視して、五人か、六人か、首とか足をもいだらさ。きっといい感じにバグってくれると思うよ?」


 手の上の映像水晶、そしてそれが映し出すものは、悪神マチスにとっての大事な大事な宝物だ。


 交渉に使えるだけではない。こんな風に「命の盾」にもなってくれる。愛おしくてたまらなくて、彼は今にも水晶に頬ずりしそうな勢いだった。


「ま、そういうことだからさ。諦めてよ」


 ふうっと息を吐き、あぐらをかいてナイフをしまうマチス。


 彼の言う通り、諦めなければならない。ここで引かなければ生徒は殺害、全ては状況次第ではあるが、きっと何十人という被害者が出ることだろう。


 容易に想像できる未来、それを実現させないために、ここは引かねばならない場面だったが――。


「やれよ」


「……なに?」


「やりたきゃやれよ。好きにしろ」


「はは。投げやりになったわけ?」


「…………」


「いや、正直困るんだ。犠牲も覚悟のうえとか言われたらさ。俺たちの優位性がなくなっちゃうんだよね」


「…………」


「『ひとりも犠牲者を出さない』って感じで、いい子にしてくれてたら良かったんだけど」


 マチスは困ったように笑うと、少しの間、頬をかき、


「まあいいや。殺せ」


 特に躊躇もなくそう言った。


『きゃあああああっ!?』


 響く悲鳴、聞こえる破砕音。


 宙に映った景色の中で、悪漢たちが大きな鉈を振り上げていた。まだ未熟な子どもたち、その頭がざくろのように割れ、赤い中身をぶちまけるはずだったが――。


「今だ、やれーっ!!」


「なっ……!?」


 不意に張り上げられた声、それに応じて学園全体が鳴動を始める。


 床がせり上がる。壁が組み変わる。時計塔は形を変えて、今や人型、巨大なゴーレムと化していた。


「な、な……!?」


 伝わる映像の中でもそうだ。人質が消え、賊だけが残され、そこに無数の魔物が雪崩れ込んでいく。パミス・ゴーレム、スマイル・ピエロ、学園迷宮でボスを務める大物までもが、その群れの中へと加わっていた。


「お前らは上手くやったつもりだろうがな!」


「…………!」


「貴族ってやつぁ、奥の手ってやつを用意しておくものなんだよ!」


 学園全体の迷宮化。それが王立学園に隠された秘密だった。


 要人の全てをただちに転送、賊には魔物をけしかけて、校舎も組み換え戦わせる。とっておきの切り札であり、これが学園の地下に迷宮がある理由――。いや、「迷宮の上に学園がある」理由だった。


 しかしこれは非常用の措置であり、周りの区画も迷宮化すること、それは管理者にとっても大きな負担となる。ドロテアの転送完了までを見届けると、密かに復調していた初代学園長は、再び床の下へと、染み込むように消えていった。


『な、なんだこいつらっ!?』


かしらっ! 今どこに!?』


『戻って……!』


 魔物が入り乱れる大混戦、《アンダー・ザ・ローズ》の面々は、それでもよく戦ってはいたが――。


 それも時間の問題だった。すぐにも無力化され、捕らえられるであろう部下たちを、マチスは食い入るような目で見続けている。


「チェックメイトだな。お前も、あいつらも、もう終わりだ」


「…………」


「お仲間は騎士団に捕まるだろうな。これで《アンダー・ザ・ローズ》もおしまいだ。だけどお前だけは、俺がどうにかしなくちゃいけないみたいだな」


 貴大はナイフを構え直した。その切っ先がマチスの胸にめり込んでいく。


「【ピリオド・エッジ】。これで終われ、バグ野郎」


 終止符の一撃を受け、マチスの体がびくりと震える。


 そしてその体は魔物のように、細かな魔素となって散っていき――。


「いや、まだだよ」


「……っ!?」


「まだ終わっていない。まだ終われない。俺にも奥の手は残っている!」


 勝ち誇ったような顔、それは先ほど消えた悪神マチスのものだった。


 いや、それだけではない。彼に抱き寄せられ、苦し気な顔をしている者がいる。あれはドロテア。安全地帯に転送された少女のはずだった。


 それがなぜここにいるのか。なぜマチスに捕まっているのか。焦る貴大など意にも介さず、マチスは高らかに勝利の声を張り上げる。


「これが【バグ】さ! 俺は狙って位置をずらせる。転送にだって不具合を起こせる。まあ、局所的なものだから、この子の邪魔くらいしかできなかったけどさ」


「うう……!」


「はは。でも、これで十分じゃないか。どうせ逃げられやしないんだ。この子でたっぷり楽しんでから、地獄への道連れにさせてもらうよ」


 そう言って、ドロテアの体にナイフの刃を滑らせていくマチス。


 白いショーツがはらりと落ちた。服の裾に切れ目が入った。そしてその肌、柔らかな腹部を、マチスはなぞるようにナイフでくすぐる。


「この子はいいよ。すごくいい。戦争の火種になってくれる。あんたの日常を乱してくれる」


「お前は……っ!」


「ああ、それだよ。結局、俺はあんたのそういう顔が見たかったのかもな」


 マチスは満足したように息をはき――。


「それじゃあ、いよいよフィナーレだ!!」


 手にあるナイフを、勢いよく振り上げた!


「…………っ!」


 迫るナイフ。荒い息遣い。ドロテアは極限の恐怖の中で、全てが緩慢に動くのを感じていた。


(来る。来る。来る。ナイフが刺さる。私が死ぬ)


 貴大は間に合わない。いくら彼でも追いつかない。


 緩やかに見える景色の中で、ただナイフだけが動いているように感じられ――。


(……ナイフ?)


 そう、ナイフだ。


 ナイフだけが視界の中で、ただ鮮やかに動いていた。


「なっ!?」


 初めに聞こえたのは金属音。次いでマチスの短い声が上がる。


「がっ!!」


 大きな揺れ。マチスの体は吹き飛ばされていた。貴大が飛びかかり、悪神のみを後ろに蹴り飛ばしたのだ。


「な、んで……?」


 驚愕に見開かれる目。マチスの手にはあのナイフが握られていなかった。弾かれていたのだ。自在に舞うナイフによって、彼の得物は部屋の隅へと飛ばされていた。


「【サイ・エッジ】だ。俺は軽く念じただけで、自分の武器を自由に飛ばせる」


「まだ隠し玉が……あったのか……!」


「おかげさまでな。最近、ますます小器用になったよ」


「う、う……っ!」


 音もなく宙を舞い、マチスの胸へと突き刺さるナイフ。


 そこに【ピリオド・エッジ】の効果を載せて、貴大はこの事件の終止符を打った。


「消える、のか? これで? 俺が?」


「ああ。綺麗さっぱりなくなるよ」


「悪神なんだ。俺は【バグ】で、斬っても突いても、死なない」


「死ぬんじゃなくて消えるんだよ。不死身だったはずの母親と同じようにな」


「そう、か……」


 すでにマチスの末端部は、魔素の粒子に変わっていた。


 さらさらと解けては消えていく、「自分の手だったもの」を見つめ、悪神マチスは悔しそうな、しかし穏やかそうな表情を浮かべていた。


「まあ、ここが……潮時、だったのかもな。あいつが死んだ。分体も消えた。俺の力を高める粉も、もうあれが最後だったしな……」


「…………」


「でも、ああ、なんでかな。あいつが死んだから、やっと俺は自由だって、好きなように生きられるんだって、そう、思っていたのに……」


「そこで悪さをするから駄目なんだろうが。自由になったからテロをしようだとか、結局お前は根っからの悪神だったんだよ」


「はは。まあ、そりゃ、そうだ……」


 腕も解け、脚も消え、今や胴体までもが消滅しようとしていた。


 その姿、寂しげな顔に、貴大はどこか哀愁を感じたが――。


(こうしなければ、こいつはもっと多くの人を殺していた)


 すでに《アンダー・ザ・ローズ》の頭目として、数え切れないほどの悪事を犯してきたのだ。特異な出自だからといって、見逃してやる道義はどこにもなかった。


「けほっ、はあ、は……」


「…………」


「なあ、貴大くん……」


「なんだ?」


「最後にひとつ、いいことを教えてやるよ……」


「いいこと?」


「ああ。いいこと。多分、いいことだ……」


 マチスはそこで言葉を区切ると、言った。


「俺みたいなのはたくさんいるよ……」


「なっ……!?」


「あいつが消えても、さ。あいつが作ったものは……はは。残るんだろうな」


「…………!」


「はは。驚いてる。はははは……」


 もはや生首、頭部だけを残した状態で、マチスは楽しそうに笑うと、


「ふうっ……」


 大きく息をつき、


「繧�▲縺ィ豁サ縺ュ繧�……」


 人間には理解できない言葉、ノイズがかかったものを残し、霧のように消えていった。


「…………」


「…………」


 残されたふたりは無言だった。


 悪神との遭遇。学園を巻き込んだ戦い。そして明かされた真実に、頭と体が追いついてはいなかった。


 それでも終わりは終わり、見事に終止符が打たれたのだ。たとえそれが区切りだとしても、今はそのことを喜びたかった。


「あ~、終わった終わった!」


「…………」


「探り探りの戦いになったから、やたら疲れましたね? 手札が何枚あるかも分からないから、も~、肩が凝っちゃって」


「…………」


「ああ、今ごろ【バグ】ってきた。置き土産か、ったく」


 ごろりと転がって明るい声を出す貴大。彼は体の痺れを感じながらも、確かにやり遂げたという満足感を覚えていたのだが――。


「失礼ながら、ちょっと横になりますね」


「…………」


「姫さんも【バグ】ったなら、少し休んで……」


「…………」


「姫さん?」


 呼びかけるが反応がない。ドロテアは微動だにせずに固まっている。


 ――いや! ぷるぷると細かく震えている! 一体何が起きたというのか……? 彼女は何かを我慢しているようだ!


「下がって……」


「え、いや、だから【バグ】で」


「下がりなさい!!」


「ええっ!?」


 理不尽な命令、それは必死のお願いでもあった。


 思えばあれを済ませてなかったのだ。朝に一度したきりで、これまでずっと、始業式やらテロ騒ぎやらで忙しかった。おまけに自分が放った【アイスバーン】、あれのおかげですっかりこの部屋は冷え込んでしまった。そこに麻痺性のある悪神の【バグ】だ。ほっとしたのも相まって、今や彼女は限界の限界、ひとつの破局を迎えようとしていた。


「今すぐに出ていきなさい! 這ってでも、この部屋の外に!」


「いや、だから、動けなくて」


「これは王女の命令なのよ!?」


「俺、帝国民じゃないんで……」


 切羽詰まっている。しかしなぜ? きょとんとする貴大へ向け、ドロテアは苛立たしげに舌打ちをする。


「いいから早く……!」


 まだ間に合うと、ドロテアは貴大を急かそうとしたが――。


 それが彼女の間違いだった。まだわずかに残った【アイスバーン】、そして【バグ】の効力により、彼女はよろけて床へと倒れた。いや、正確には「貴大の上に」だ。彼を押し倒すような形となって、ドロテアは男の体に馬乗りになった。


「あ、あ……!?」


 淑女にあるまじき破廉恥な姿勢。しかしそれを直す暇なく、ドロテアは顔面蒼白となって戦慄わなないていた。


 最悪の事態を迎えてしまった。それが分かっていたからこそ、彼女はせめてもの抵抗を見せようとした。


「どいて! ここから消えて!」


「え、ええ?」


「早く! 自慢のスキルでパッと消えなさい!」


「動けなくて……」


「いいから! いいから早く! あっ、あっ、あっ!?」


「え?」


「あっ、あっ……!」


「えええ……!?」


「ああああああ~~~~……!」


 ほとばしる黄金水。ドロテアダムの決壊だ!!


 学園指定のスカートの奥から隙間へ向けて、何やら黄色くて温かな液体が放出されていく……!


「うっ、うっ、ううう~!」


 ドロテアは泣いていた。自分の情けなさに泣いていた。


 17歳になったというのに「おもらし」。いや、それ以上の醜態を、よりにもよってサヤマタカヒロの前でしてしまったのだ……!


 いや、それ以上だ。自分の小水、排せつ物を、この黒髪の男に浴びせてしまった。見られるよりももっと酷い、地獄のような有様だった。


「ころ、殺して、やるっ!」


「…………」


「よくも私のこんな姿を……! それを狙っていたんでしょう!!」


「…………」


「変態! 色魔! 犯罪者! いつか貴方は、私が絶対に……!」


「…………」


「あああああ~~~……!」


 遂に泣き出してしまったドロテア、その尿をじょんじょろじょんじょろと浴びながら――。


「とりあえずどいてくれませんかねぇ?」


 貴大は虚ろな顔で、ぽつりとそうつぶやくのだった。

※文字数が増えたことと作者の性癖には関連性はありません。

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