再会。そして……
腹をくくって魔法少女に変身してから――。
わたしは戦った。戦い続けた。襲来したヒドインダー本隊、その強大な敵たちと、魔法と奇跡の力で戦い続けた。
尖兵とは違う戦士ヒドインダー。それを一回り強くした凶暴ヒドインダー。そして四人の幹部、それぞれと激戦を繰り広げて――。
その結果、とうとう敵の親玉にも手が届いたんだ。邪悪の化身、その中核に位置するデラ・ヒドインダー。おはぎとタコが合体したような化け物を、わたしたちはいま、確実に追い詰めていた!
「もう観念しなさい! デラ・ヒドインダー!」
『ぬうう……! まだだ! まだ終われないのだ!』
「いいえ! あなたはもうここで終わりよ!」
『なにを抜かすか、この小娘がぁ! 我はもっと、もっとヒドイことを……!』
「そんなこと、わたしがさせないんだから!」
叫ぶと同時に天高く飛翔、わたしはミラクルミルキィロッドを掲げて光を放った!
「ミラクルミルキィハピネーーーーーーーーーース!!!!」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
ロッドから放たれた七色の奔流、それは暗黒の空間を切り裂いて、デラ・ヒドインダーの体を光の粒子へと変えていった。それは決定的な一撃となって、相手はもう、このまま消えていくことしかできないように見えた。
しかし――。
『グウウオオオオ、終わらん、我は、我々は、まだ終わらんのだ……!』
「………………」
『光に対して闇があるように……! 昼の終わりに夜が来るように……! 我々ヒドインダーは、何度でも、何度でも、何度でも蘇って……!!』
「そうだとしても」
『ヌウウウッ!?』
「そうだとしても、わたしがいるわ。平和を愛する人たちもいる。あなたが何度でも蘇るというのなら! 避けられない夜が来るというのなら!」
『ウオオオオオ!』
「わたしたちはその度に夜明けを迎えるわ! そして朝焼けの中で何度だって笑ってみせる! それがわたしたちの強さよ、デラ・ヒドインダー!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
その叫びを最後に、デラ・ヒドインダーは光となって消えていった。
同時に、世界を覆っていた暗雲が晴れていく。空から黄金色の光が降り注ぎ、枯れていた花が瑞々しさを取り戻していく。
「わたしたちの……勝利よ!」
疑いようもない真実。わたしたちがつかみ取った結末。楽園を襲った暗闇を、わたしは、わたしたちは、完璧に吹き払うことができたんだ!
「「「「「やったあああああああああ~~~~~!」」」」
次の瞬間、歓喜の声が爆発した!
元通りになった平和の丘で、花が咲き誇る大地の上で、ぬいぐるみのような生き物たちがぴょんぴょん、ぽんぽんと飛び跳ねている。
(みんな、元気になったんだ……!)
最後の力をわたしに託し、次々と倒れていったメィプルランドの住人たち。彼らはすっかり元気を取り戻し、その顔に満面の笑みを花のように咲かせていた。
わたしもそうだ。強い達成感と勝利の余韻に、自然と笑みを浮かべ、立ち尽くしたままで平和な光景をぼんやりと眺めている。すると、そこにふたつの影が近づいてきて――。
「おいっ! やったな!」
「うわっ!?」
「やってくれたな、レンゲ!」
「ありがとうございます……! 本当に、本当に……!」
「ジェイド君……ルー君……!」
顔に飛びつくようにジェイド君が、足元に縋りつくようにルー君が、それぞれ涙を浮かべて祝いの言葉を届けにきてくれた。ふたりとも辛く険しい道をいっしょに歩いた仲間だ。彼らの喜ぶ顔を見ていると、じーんと心が震えてくるのを感じた。
「全部、みんなのおかげだよ。みんなが力を貸してくれたから、わたしは『ミラクルミルキィフォーム』になれたんだよ……!」
「いや、お前の努力の成果だよ。事前に『ホワイトプリンセスフォーム』を会得していたからだな」
「いえいえ、『ハピネスフラワーウェーブ』の存在も忘れてはいけないでしょう。決着の一撃は、あの必殺技の影響を感じるものでした」
フォームだのウェーブだの、以前のわたしなら信じられないようなことが自然に話せるようになっていた。それもこの旅のおかげ、短いけれど密度の詰まった経験のおかげだった。
春休みはすっかり終わっていたけれど、そんなことも気にならないような三週間だった。三人で刻んだ大冒険の思い出に、わたしはぽろりと涙を零してさえもいた。
そして――。
「勇者様、本当にありがとうございました」
「女王様」
話がひと段落ついた頃、平和の丘に女王様がやってきた。
お付きを連れて現れて、しずしずと浮かんで近づいてくる女王。ドレスを着たぬいぐるみの女王様は、そっとわたしの手を取って、深く、深く、その頭を下げた。
「おかげ様でヒドインダーはこの世界から去りました。もう暗闇の気配さえ感じません。この世界は救われたのです。他ならない、貴女様の力によって」
「いっ、いえっ! みんなのおかげですから! みんなが力を貸してくれたから!」
「その中心になったのは、レンゲ様、あなたなのでしょう? そう謙遜せず、大いに胸を張ってください」
「女王様……」
肯定的な顔。わたしたちを見守る視線。
優しげな笑みに囲まれて、わたしはまた、ぽろりと涙を零してしまった。
誤解から始まった冒険だけど、この世界に関われてよかった。この人たちに出会え、また、この人たちを救えて本当によかった。わたしは心の底からそう感じ、同じ分だけ感謝や喜びのようなものも感じていた。
「さあ! このあとはパーティーです! みなさん、勇者様を称えるパーティーを開きますよ!」
「「「わーーーーーー!」」」
「うふふ、楽しみにしていてくださいね? メィプルランドの宴は、きっと素敵な思い出になりますよ?」
「は、はいっ!」
涙を拭って大きくうなずき、わたしはそのパーティーについて想った。こんなに素敵な世界なんだ。パーティーもきっと、一生忘れられないものとなって――。
「それとは別に、もっとお礼をしたいですね」
「えっ?」
「何かわたしにできることはないでしょうか? 望むことなら何でもして差し上げたいのですが」
女王様が思いつきのようなことを言い出した。
きっと彼女も浮かれてしまっているんだろう。予定にはなかったはずの安請け合いに、しかし、お付きの人たちは何も言うことはない。
(何でも。何でもかあ)
せっかくだから聞いてもらいたいところだけど――。
はて、何をしてもらおうか? お金なんていらないし、宝石なんかも趣味じゃないし、パーティーはこれから開いてくれるし、温泉なんかは街に大きいものがあるし――。
無欲ってわけじゃないけど、ちょっと簡単には思いつかないなあ。この世界ならではのことと言えば、それこそ魔法関連の何かだと思うんだけど、
(…………あれ?)
もしかして。もしかすると、あれができるんじゃないだろうか?
本来の目的というか、それを狙って召喚に応じたというか。不意に思い出された事柄に、わたしの胸は緊張でドキドキと高鳴っていく。
「あ、あのう」
「はい」
「できたらでいいんですけど……」
「はあ」
「他の世界にいる人と、会うことってできますかね?」
「ええっ?」
(ダメか……!?)
芳しくない反応。驚きの表情。わたしがギュッと目をつぶろうとすると――。
「そんなことでよいのですか?」
思った以上に軽いノリが返ってきた。
「で、できるんですか?」
「できるもなにも、わたしはその道のプロですから。すぐにも取りかかりましょうか?」
「えっ、えっ、えと、その……はい」
思いがけない展開に、軽く頭が真っ白になった。
だけど、これはずっと願っていたことでもあった。別の異世界にいるバカヒロに会う。そして文句のひとつも言ってやって、とぼけた頭をぽかりと叩いてやる。それはお兄ちゃんから話を聞いて、ずっとそうしたいと思っていたことだった。
「では、その人のことを思い浮かべてください。わたしがその人のいる世界へとゲートを開きます」
「はっ、はい!」
女王様に手を取られ、バカヒロのことを考えるようにと促される。
まだ意識はふわついていたけれど、頑張って集中、あいつのことを頭に思い描いた。
(バカヒロ。佐山貴大。隣の家に住む、わたしの幼馴染)
ひとつ上の男の子。お兄ちゃんの親友にして、お兄ちゃんとは似ても似つかない面倒臭がり屋。
いつも飄々としていて、世間に対して斜に構えていて、そのくせお人好しで、困っている人を放っておけないような奴で――。
そんなあいつのことがわたしは嫌いだった。掴みどころのない性格を、気持ち悪いものだと考えていた時期だってある。
気まぐれな態度が嫌いだった。やたら大人ぶるあいつが嫌いだった。中途半端に善人で、だけど意地悪なあいつのことが大嫌いだった。
でも、あいつの前では素直な自分が出せた気がする。気が置けないとは違うけれど、あいつといるときは、不思議と自分を偽らずに済んだ。愛想笑いはいらない。いい子でいる必要もない。顔を会わせると喧嘩ばかりだったけど、そのやり取りが、本当は嫌いじゃなかったのかもしれない。
(だから……)
会いたい。あいつに居場所ができたのだとしても、最後に一度、会っておきたい。
そして思いっきり文句を言って、いつも通りのやり取りをして、それで――それで、別れるんだ。幼馴染は幼馴染のまま、最後に笑ってあいつにお別れをする。
それはわたしが大人になるための儀式だった。恋でもない、愛でもない、扱いあぐねた感情を、すっきり整頓するために必要なプロセスなんだ。
(タカヒロ)
大人になったあいつは、今、どんな顔をしているのだろう? それを確かめるためにも、わたしは絶対に、あいつに会っておきたかった。
そしてそれはもう間もなくのことなんだろう。女王様が放つ魔法の光、それはわたしたちの目の前で渦を巻いて、どこか遠い景色へと繋がろうとしていた。
「さあ、もうすぐですよ」
「………………!」
見える。あいつの顔が、その黒髪が、渦の中に浮かび上がってくる!
会える。会える。会えるんだ! とうとうわたしはあいつに会って、ようやく文句のひとつもぶつけてやることができる!
(見てなさいよ、バカヒロ!)
その時のびっくりした顔を頭に思い浮かべながら、わたしは喜色満面、ゲートが開き切る瞬間を待ち構えて――!
「次は我の番だろう! いよいよ我と子作りをするのだ!」
「え~、ダメだよ、順番順番! わたしもタカヒロ君の子どもが欲しいよ!」
「先生? 私は順番は問いませんわよ?」
「私もだ。なに、ここに試験管があるだろう? 種だけ入れてくれればだね」
「わうん! わうわう!」
「あ~、も~、めちゃくちゃだ~!」
「う、う、で、でも負けない……!」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
果たして――。
果たして、彼女が見たものは、愛を一身に受ける男の姿だった。
いずれも見目麗しい女たち。美しい彼女らにまとわりつかれながら、しかし、迷惑そうな顔をしている男。彼こそが蓮華の幼馴染、佐山貴大だ。ここが彼の住居なのだろうか? ゆったりとしたリビングには、なんとメイドさんさえ控えている。少し離れた場所には男装の麗人の姿もあって、彼女もまた、熱の籠った目を黒髪の青年へと向けていた。
「あ~、参ったな。あの日以来、散々だよ」
おしくらまんじゅうから抜け出して、パタパタと服をはたく貴大。
愚痴をこぼしながら、それでもフッと笑っている彼は、まだそばに立つ蓮華のことに気がついていない。気がつかぬまま、キスマークやらひっかき傷やらを彼女にさらし、そして蓮華は屍人のような目でそれを見ていて――。
「あっ、あれっ!?」
「…………………………」
「お前……蓮華!?」
気づいた瞬間、ゲートが閉じた。
最後に驚愕の顔を残したまま、貴大は再び蓮華の前から姿を消した。
「はあっ、はあっ、ふう~、疲れました!」
世界と世界を繋げるのは、魔法の世界の住人でも難しいことなのだろう。女王は何やら達成感さえ覚えているようだったが――。
「…………へえ~」
それを望んだ女はいま、暗く淀んだものを瞳の内にたたえていた。
「ふ~ん、なるほどね~。はいはい、そういうことね? 腑に落ちたわ~。ふんふん、そっかあ~」
「あ、あれ? 勇者様?」
女王は気づく。不穏な気配に。女が放つ殺気と悪意に。
貴大は気づかない。気づきたくても気づけない。なぜなら、遠く世界が離れているから!
「みんな可愛かったなあ~。あれ、ハーレムってやつ? すごいな、タカヒロ。あんなことになったら、そりゃあ帰りたくなくなるよね~」
「お、おい。レンゲ? どうしたんだ?」
「一体、何を見たのですか……?」
問いかける声にも答えない。倉本蓮華はいま、暗い感情に支配されていた。
それは奇しくも彼女が倒した、邪悪の化身、ヒドインダーのものと似ていて――!
「ねえ」
「は、はひっ!」
「開いて。ゲート。もう一回、あいつのところに繋げて」
「そ、そんなこと、できません!」
「なんで?」
「世界を繋ぐのは膨大な魔力が必要になるのです! それをいま、使い切ってしまって……!」
「ふ~~~~~~ん……」
「再び貯めるには、半年くらいはっ」
「分かった。じゃあ、もういいよ」
「えっ?」
「自分でやるから、もういい」
その瞬間、ミラクルミルキィロッドがおぞましい光を放った!
それは黒色の光。暗黒をもたらす邪悪なる光。世界を闇へと塗り替える、その禁忌の力が、よりにもよって奇跡の杖から溢れ出してくる!
同時に蓮華の服装も恐ろしいものへと変わっていった。魔法少女の可憐さから、魔女と呼ぶべき殺伐とした衣装へと――!
「きゃあ~!」
「ひい~!」
「た、助けてえ~!」
今や暗黒の太陽と化した蓮華は、節くれ、ねじ曲がったミラクルミルキィロッドを構え、空間に無理矢理穴を開けようとしていた。それは佐山貴大へと通じる道。しかし、そこに本来道はなく、彼女は力づくで、いばらのただ中を分け入るような真似をしている!
「あ、悪魔……!」
誰かが思わずつぶやいた言葉、それが彼女の本質なのだろう。
マジカルロータス改め、ブラックロータス。のちに【次元間の魔女】と恐れられる存在は、この平和な世界で生まれ、しかし、邪悪の化身のごとき黒色に染まっていた――!




