花と魔法の世界で
20XX年! 世界は闇と絶望に包まれた!
突如現れた黒い影! 混沌より出でし破壊と殺戮の使者!
邪悪の化身ヒドインダーは、その名の通り、各地でとてもヒドイことを繰り返した!
「きゃあ~!」
「たすけてえ~!」
「ころがされるう~!」
平和な楽園、メィプルランド東部。
花が咲き誇り、人々は歌う、そんなのどかな小村は、今や嘆きと悲鳴に支配されていた。
「ああ~!」「だ、誰か~!」
「ゲハハハハハハハハ!」
泣き叫ぶ人々の中、ひとり笑い声を上げているのがヒドインダーだ。黒く染まった体、ずんぐりむっくりとした輪郭は、まるでおはぎやぼたもちのように見えた!
「逃げろ逃げろ! 逃げ惑えぃ! 逃げねば捕らえてヒドイことをするぞ!」
「ひい~!」
「子どもは泣かす! 男は転がす! 女はまとめてレイポンだ!!」
「や、やだ~!」
家々から子どもや老人がまろび出た!
たちまち上がる悲鳴を浴びて、しかし、ヒドインダーはにたにたと笑うばかりで――!
「止めなさいって」
メキャ!
「ゲヘッ!?」
ズン! ほわほわ~。
邪悪の化身ヒドインダーは、後ろから鈍器で殴られて昇天した。
あんなに黒くても散り際だけはやたら綺麗だった。前向きに倒れ伏したと思ったら、キラキラとした光の欠片になって消えていった。それは果たして、ヒドインダーの善性を意味するものだろうか? 邪悪の化身の内側にも、実はわずかな光があって――。
「って、なんなのよ、このナレーション」
天の声にツッコミを入れ、わたしは疲れたようにため息をついた。
ヒドインダー討伐もこれで三度目だ。こんなのが三度も続けば、誰だっていい加減疲れてくる。
「いまいち緊張感もないし」
何が破壊と殺戮の使者だ。やっているのは子どものいたずらみたいなものだ。
ぬいぐるみのような生き物を小突いたり、ころころと転がして困らせたり、尻尾や耳をギュッとつかんでみたり――。
こんなのに滅ぼされようとしているの? この世界は? あまりの脆弱性に、わたしはもう一度、大きな大きなため息をついた。
(まあ、これもあと十回くらいか)
メィプルランドの女王、わたしを召喚した人の話によると、この世界に現れたヒドインダーは、総勢で三十体ほどしかいなかったらしい。うち十数体は先代勇者が倒したため、わたしが担当する分はおよそ半分程度、それと首魁みたいな大ボスだけだ。
(さっさと終わらせて元の世界に帰ろう)
この世界に合っているのかいないのか、幸いにしてヒドインダーはわたしでも倒せる相手だった。
ミラクルミルキィロッドとやらの効果もあるんだろうか? とにかく、ヒドインダーとやらの脳天に一撃、それだけで相手は光の塵となって消えた。
(ちょっとばかし緊張してはいたんだけど)
実情を知ったら、あとは流れ作業みたいなものだ。
ぼやぼやしてると春休みも終わってしまうし、わたしはあと一週間でこの戦いを終わらせるつもりでいた。
「そうと決まれば」
次は南の方だったっけ? それとも北の方?
ミラクルミルキィロッドが指し示す方、邪悪の化身(笑)がいる方へ、わたしは休む間もなく歩き出そうとして、
「おい、どういうつもりだ!」
「うわ」
「うわってなんだ、うわって!」
わたしが何歩も歩かないうちに、目の前にリスみたいなのが現れた。
目元が凛々しく、髪型も男の子っぽく、でも見た目が可愛らしいリス。ウサギみたいな姿でもあるそれは、イケメンっぽい声でわたしにガミガミとお説教を始めた。
「さっきの戦い、あれはなんだ! ロッドの力を使うんじゃなかったのか!?」
おそらくイケメンであろう彼は、この国の騎士団長のジェイド君だ。
わたしの護衛、そしてお目付け役として派遣された彼だけど――。
わたしにとっては口うるさい、でも可愛らしいぬいぐるみにしか思えなかった。
「使ったでしょ? ロッドで敵を倒したじゃない」
「あれはただ相手を殴っただけだ! 本来の力の一割も使っていない!」
「そんなこと言われたってさ」
わたし、魔法も奇跡も使えないし。
渡された杖だって、「使い方は自然に分かる」とか言われたけど、
(鈍器としてしか使ってないからなあ)
それがジェイド君にはどうにも不満らしく、わたしはもうこれで三度、戦いの度にガミガミとお説教されてしまっていた。
「いいか? ミラクルミルキィロッドはまさしく奇跡の杖なんだ。邪悪を退け暗闇を払う、由緒正しい聖なる神器なんだぞ?」
「ふ~ん」
「決して剣やこん棒なんかじゃないんだ。それをお前、あんな風に使ってはだな」
「へえ~」
「真面目に聞けぇ!!」
怒られてしまった。
さすがに話半分に聞きすぎたか。だけど、やっぱり緊張感がなあ。
「ったく、お前のような勇者は初めて見たぜ! 先代様とは何もかも大違いだ!」
「ん? 先代様? そう言えば前任者ってどんな人だったの?」
「女王様の妹君だよ。見た目は愛らしく、それなのに戦う時には凛々しくて、オレたち騎士団のアイドルだったんだ」
「ジェイド君もファンだったの?」
「う、ま、まあ、そうだ。あれほどの人は滅多にいないからな」
「照れてる~」
「ほっぺたをつつくな!!」
顔を真っ赤にしたジェイド君は怒るけど――。
うーん、やっぱり可愛らしすぎる。わたしはつい、彼をギュッと抱きしめようとして、
「そこまでです」
「お、っと?」
「うら若き乙女が、みだりに男の体に触ってはいけませんよ」
横手から滑るように、眼鏡をかけたぬいぐるみっぽいのがやってきた。
彼の名はルースワルド。この国の賢者にして、ジェイド君と同じくわたしのお目付け役だ。
この子はいかにも委員長気質で、とても真面目で堅物なんだけど、むしろそこがいいというか、見た目とのギャップがたまらないというか――。
「いけませんよ」
「ご、ごめんね?」
ふらふらと吸い寄せられていたわたしは、ハッと我に返ってルー君と距離を取った。
こう見えてこの子らは成人男性(?)なんだ。ぬいぐるみでもなんでもない。そこを気をつけて接しなければ。
(だけど、なあ)
やっぱり可愛いものは可愛い。ぬいぐるみ好きな妹がここにいたら、きっと狂喜乱舞して失神していただろう。
それを考えると、選ばれたのがわたしでよかったなあとも思うんだけど、
(う~ん)
やっぱり緊張感がない。騎士団長と賢者がこれぇ? という気持ちになる。
そこをなんとか押し込めて、改めてふたりと向き直ったわたしは、努めて真面目っぽい顔をした。
「さて、先ほどの戦いぶりですが」
「うん」
「私もあれは感心しませんでしたね。力任せの戦いでした」
「ルースもそう思うよなあ!? 魔法のまの字もないっていうか」
「そう言われても、わたしにはピンとこないよ。どういう状態なの? ロッドを十全に使いこなしている姿っていうのは」
「そうですね。それを語るには三日三晩必要ですが」
「手短に」
「変身するのですよ、貴女が」
「変身?」
嫌な予感がした。ろくでもない姿が頭に浮かんだ。
魔法の杖。ミラクルミルキィロッド。変身。まさか――。
「神秘の光に包まれて、貴女は戦装束を身にまとうのです。それがどのようなデザインなのかは、人によって異なると言われていますが……」
「先代様は、それはもう凄かったんだぞ! ドレスのような美々しさで、だけど戦闘服としての機能性もあって!」
(うわああ~あ~……!)
やはりあれか? あれなのか?
嫌な予感を必死に否定し、わたしは手の内、静かに収まるロッドを握った。
(大丈夫。大丈夫。力を使わなくても、わたしは勝てる!)
そういった事態にならないように、さっさとヒドインダーを倒してしまおう。
無言でつかつかと歩き出し、わたしはロッドが指す方、敵が待ち受ける方角へと向かった。
「おい、話はまだ終わってないぞ!」
「ミラクルミルキィロッドの何たるかも、まだ説明できていません」
「これから先、もっと敵は強くなるんだ!」
「変身しなければ、きっと貴女は苦戦するでしょう」
「だから、ほら、ここで練習していこうぜ!」
「大丈夫。私たちがついていますよ」
後ろからふわふわと飛んできて、変身しろ、変身しろと迫るぬいぐるみたち。
彼らの言葉に耳を塞いで、わたしはやたらファンシーな森の中を突き進むのだった。
蓮華「ところでレイポンってなに?」
ジェイド「バッ、お、お前、レイポンも知らないのかよ!?」
ルース「どこの箱入りお嬢様ですか……!?」
レイポン、それは悪魔のごとき所業……!
たわわに実った女人のしっぽを……! そう、しっぽを……!
ヒドインダーは、ギュッとつかんでしまうのだ……!




