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異世界への転移

章タイトルの通り、蓮華ちゃんのお話です。

 小さい頃からあいつなんて大嫌いだった。


 面倒臭がり屋で皮肉屋で、飄々としていて掴みどころがなくて――。


 そのくせ兄とは気が合うようで、ちょくちょくふたりで遊ぶところも気に食わなかった。お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんなんだから取らないで! そんな言葉をぶつけたことも過去にはあった。


 とにかくあいつ、佐山貴大という男は、わたしの天敵みたいな相手なんだ。幼馴染ではあるけれど、中学校、高校に上がっても、顔を見るなり喧嘩腰になっていた覚えがある。


 きっと大人になっても、この関係は変わらないんだろう。これから先もあいつとは犬猿の仲のままなんだ。


 そう考えていただけに、あいつが入院した時、胸にぽっかり穴が開いたように感じたのは――。


 わたしにとっては、とても意外なことだった。






(異世界。それに悪神か)


 病院からの帰り道、わたしは兄から聞いた言葉を思い返していた。


(異世界。《アース》。剣と魔法の世界)


 どれも馴染みがあって、しかしリアリティのない言葉だ。


 だけど兄は、倉本蓮次は、ずっとその世界にいたのだという。


 そしてあいつもその世界にいて、そこで働き、家を持って、大事な人や居場所も見つけて――。


(なにそれ?)


 悪い冗談のように思えた。 


 兄は脳にダメージを受けていて、悪夢に近いものをずっと見てきて、それをまるで現実のように語っているんだ。そう言われた方がずっと納得できる話だった。


 だけどそれは本当のことのようで、友人の優介さんも同じことを言っていて、その話の通りにあいつは病室から消えていて――。


(で、悪い神様と戦ったってわけ?)


 やっぱり悪い冗談みたいだ。


 そうでなければ夢物語ファンタジーか、さもなきゃ突拍子もない創作フィクションか。


 とにかくふたりの話をすんなり受け入れることはできなくて、わたしは話もそこそこに、ふらりと病室から出てきてしまった。


 携帯端末にはお母さん、それにお姉ちゃんや妹からひっきりなしに連絡が入っていたけれど――。


 どうにも戻る気にならなくて、わたしは公園のベンチに座り込んでしまった。


「…………はぁ」


 三月にしては寒い夜だった。


 ため息が微かに白くなり、その変化にちょっと驚く。


(あいつも今頃、同じことを考えているのかなあ)


 それで寒い寒いと大げさに騒いで、こたつに潜り込んで丸まっているんだ。


 放っておくといつまでもそうしていて、中学の時なんて、丸一日眠っていたことも――。


(って、そんなわけないか)


 異世界にこたつがあるとは思えない。


 仮にあったとしても、日本にあるものとそっくり同じなわけがないだろう。


(いや、あいつなら自分で作ってしまうかも?)


 ぐーたらすることに命を賭けているバカヒロのことだ。


 きっと自分でこたつを作って、そこでぬくぬくとしていることに違いない。


 あいつはそういうやつだ。たとえ違う世界でも、ずっとあいつのままに違いない。


「…………はぁ」


 またため息が出た。


 放っておくとバカヒロのことばかり浮かんできて困る。


(あいつのせいだ。あのバカが、ふらっとどこかに行っちゃうから)


 いなくなるならなるで、せめて一言残していけばよかったんだ。


 おじさんとおばさんは飄々したものだけど、あいつのことを心配したのは他にもたくさん、いっぱいいるんだ。


(わたしだってお兄ちゃんのついでに、あいつのところにお見舞いに行ったし)


 それなのに言づても頼まないなんて、やっぱりバカヒロはバカヒロでしかない。


 そんなバカは一発殴ってやりたかったけど――。


 異世界とやらがどこにあるのか、わたしにはさっぱり分からなかった。


「あ~あ」


 夜空を見上げて異世界を想う。


《アース》という場所は、あの星よりも、どの星よりも、ずっとずっと遠い場所にあるのだろう。


 そんなところにバカヒロのやつはいるんだ。ちょっとやそっとの努力じゃ会いに行けないことくらい、わたしにだって分かっている。


「あれからもう四年かぁ」


 高校生だったわたしも、今では大学に通う二十歳の女だ。


 もう女の子じゃない。現実に生きる大人の女性。子どもっぽい感傷はいい加減に捨てて、そろそろ前を向いて生きなければならない。


「新学期も忙しそうだしなぁ」


 就職という単語も生々しく思えてきた。


 AIによる職業適性検査によって、わたしは教育関係の大学に進んだけれど――。


 合った仕事とやりたい仕事、そのすり合わせはわたし自身が行わなければならない。その齟齬が大きければ大きいほど、人間は「できるけれどしたくない」状態に陥るのだという。


 お兄ちゃんの夢は変わらず、今からでも政治の道に進むという。うちの姉妹も同じように、自分に合ったものからやりたいことを探すみたいだ。


 その中でわたしだけ足踏みをしてはいられない。バカヒロのことなんて忘れて、明日からはちゃんと前を向いて――。


『…………助けて』


「えっ?」


『……助けて……ください……』


 不意にどこかから声が聞こえた。


 かわいらしい女の子の声だ。それはわたしに助けを求めて、だけど姿かたちはどこにも見えない。


(なに……?)


 幽霊というものだろうか。


 腰を浮かしかけた姿勢のまま、わたしはじっと辺りの様子をうかがってみる。


 夜の自然公園には、人の気配がなく、頼りない街灯がいくつかぽつんと灯っているだけ。


『……聞こえますか……』


『わたくしの……声が……』


『届いていますか……』


(また……!)


 先ほどよりもはっきりと聞こえた。


 間違いない。幻聴や幽霊の声とは、ちょっと様子が違うみたいだ。


 じゃあ何なのかと言われると、それは答えに困ってしまうのだけど――。


「あー、もう! 何の用なの?」


 思い切って話しかけてみた。


 おっかなびっくり怖がっているのは、どうも性に合っていない。


 だからとにかく返事をして、相手の出方次第でその先のことを考える!


『よかった。聞こえていたのですね』


「っ! ああ、うん。聞こえていたけど」


『本当によかった。ほっとしました』


(悪い人では……ないのかな?)


 声の感じからすると、おっとりした女の子のようだ。


 いや、もうちょっと歳があるのかな? 威厳や落ち着きといったものも感じられる。


「それで、なんなの? わたしに何の用?」


『はい。大事な用があるのです。勇者様』


「勇者さまぁ? いや、人違いじゃないの?」


『いえ、間違いありません。あなたには勇者としての力があります』


「えぇ……?」


 AI診断風にいうと、勇者適性Aってことだろうか。


 いやいやいや、どんな才能なの、それは。わたし、魔法とか使えないよ?


「やっぱり人違いだって」


『いえ、わたしには分かるのです。清く正しい力が、あなたの奥底に眠っていることが』


 そうは言うものの、やっぱりわたしには分からないことだ。


 だけどその声は説明を続け、いくつかのことをわたしに対して教えてくれた。


(えっと……異世界が危機に瀕していて? 自分たちだけじゃどうにもならなくて? 救世主となる人を探していて?)


 それでわたしを見つけたらしい。


 いや、本当に人違いだと思うんだけど――。


「そもそも前の人はどうしたのよ? いたんでしょ、前任者が」


 バカヒロのことだ。あいつが世界を救ったはずじゃなかったの?


『いえ、力及ばず破れました。一命は取り留めましたが、すでに戦う力はなく』


(…………!)


 負けてしまったけど――。


 よかった。生きてはいるんだ。そこだけはほっとして、


(いやいやいや!)


 不甲斐ない! そうだ、不甲斐ない!


 こっちの世界に見切りをつけて、その結果が敗北してSOS?


 やっぱりバカヒロはバカヒロだ。どこか頼りないところがあって、結局、わたしの手を借りるんだよなあ。


「分かった。じゃあ、わたしがやる」


『えっ?』


「わたしがやるって言ってんの。それが望みなんでしょ?」


『えっと……よろしいのですか?』


「そんなに余裕がないんでしょ? わたしにだってないの。春休みが終わるまでにパッと片づけてあげるから」


『た、頼もしいです』


 声の主は性急さに驚いているみたいだけど――。


 はっきり言って、バカヒロにできてわたしにできないことはない。あいつが一度世界を救えたのなら、二度目はわたしがきっちりばっちり救ってみせる。


 そんでもってあいつをこの世界に連れ帰ってやるんだ。せめておじさん、おばさんに頭を下げさせて、他の人にも心配かけさせたって謝らせてやる。


(あ、でも、まずは一発殴らないと)


 そうそう、わたし自身の鬱憤晴らしのこともあった。


 とにかく諸々含めて、まずはあいつに会わなくちゃいけない。そのついでに世界を救えっていうのなら、いくらでも救ってみようじゃない!


「ほら、早くして」


『えっ? えっ?』


「なんか魔法的なもので転移するんでしょ? やるならさっさとしてよ」


『えっと、その……ご家族とのお話などは』


「もう送った」


『ええ~……?』


 思念操作の携帯端末はこういう時には本当に便利だ。


 家族みんなにはすでにメッセージを送っている。代わりに返信がとんでもないことになったけど、まあ、無視だ無視。早く帰るためにも、早め早めに動いていこう。


「ほら、早く!」


『わ、分かりました。では、始めます』


「わっ!?」


 向こうの声に合わせてわたしの体が光り始めた。


 なるほど、いかにもファンタジーな展開だ。これが最高潮に達する時、わたしは世界間の壁を飛び越えてしまうんだろう。


(そして向こうでバカヒロに会えるんだ)


 そのことを考えると、無性に胸が高鳴ってきた。


 興奮しているんだろうか? そう、きっとそのはずだ。


 この四年間、言えなかったことを全部言ってやる。愚痴だって延々と聞かせてやる。それで頭をぽかんと叩いて、あのバカヒロに思い知らせてやるんだ!


(待ってなさいよ、バカ)


 そっと目を閉じて《アース》を想う。


 今度は異世界がずっと身近に感じられた。手を伸ばせば触れられそうに思えた。


 いや、もう触れられるんだ。この光の向こうには、こことは違う世界が待っていて――。






「いらっしゃいませ~♪」


「世界を救う勇者様~♪」


「花と魔法の国、メィプルランドへようこそ~♪」






「…………………………は?」


 目を開いたわたしが見たものは、一面の花畑と空に浮かぶ風船の数々だった。


 やたら花びらが舞い散っている。遠くにはメルヘンチックなお城が見える。それに何より、そこらで笑顔を振りまいている小動物たち。あれはなんだ? ぬいぐるみにも似た格好だけど――。


「勇者様、突然の召喚に応じてくださり、ありがとうございます」


「…………え?」


「つきましてはこの聖杖、ミラクルミルキーロッドを用い、邪悪の化身ヒドインダーと戦っていただきたく存じます」


「ヒドインダー……?」


「お願いします、勇者様! この花と魔法の国をお救いください!」


「「「お願いします、勇者様~!」」」


「えっ、剣と魔法の世界……えっ?」


 お兄ちゃんに聞いた話と似ているようで全然違う。もちろんそこにはバカヒロの姿はなく、目の前にいるのはぬいぐるみっぽい小動物だけ。


 どうやらわたしは異世界アースではなく――。


 間違えて、メィプルランドとやらに来てしまったようだ――。

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