神々の重役会議
この世界を維持しなければならない。
この世界を正しく管理しなければならない。
それが我々に与えられた唯一の使命。守るべきルールにして、何よりも優先すべき重要案件。
さあ、今宵もまた話し合おう。
脆くて儚い《アース》のことを。そこで暮らす生き物たちのことを――。
「というわけで今月も始まりました。第100762回、定例会議の時間です」
「イエー!」
「フゥー!」
「どんどんぱふぱふ~☆」
黄金に輝く空間、そこに浮いた雲の上に、およそ百柱の神々が集まっていた。
彼らはいずれも管理者と呼ばれる存在だ。主神である私を始めとして、スキル神、ドラゴン神、妖精王に天帝など、主だった神々はすべてこの場に集結している。
「ねーねー。お菓子のお替りないの~?」
「おっ、君ぃ。なかなか絞ってきたじゃないか」
「ばふっ!」
(………………)
中には「子どもの神」、「筋肉の神」、「わんこの神」といった変わり種も存在するが――。
まあ、彼らも大事な管理者の一員だ。同じ円卓を囲むことに、私としては何の抵抗感もなかった。
「さて、今回の議題ですが」
「やはり十字軍の件ですか?」
「はい。一歩間違えれば、人類の勢力図が塗り替えられていました。これについて、教会担当アガペディア。どのような意図があったのか、答えなさい」
「法王くんが~、あんまり熱心だったからね? 加護を与えちゃえ~☆ って」
「アガペディア?」
「アースさまぁー! そんなに怖い顔しないでー! わたし、良かれと思って力を貸してあげたの!」
「以前も同じことを言っていましたが」
「でもでも~!」
「もういい! 殺してしまえー!」
「いや、権限に制限をかけるだけでいいでしょう」
「いっそ担当者を代えてみるというのは」
「彼女ほど力のある神は、なかなか」
喧々諤々、議会はやにわに騒がしくなってくる。
そのすべてを同時に聞き分け、処理しながら、私はしばし目を閉じて――。
「分かりました。では、アガペディアの力は一部凍結。同時に三ヶ月間は三割の減給処分とします」
「そんなぁ~!」
小槌を叩き、議長としての判決を下す。
彼女は望まれれば望まれただけ力を与えるように「できている」が、それを理由に野放しにしていてはいけないだろう。もう少し制限を強くして、
(ああ、でも、締め上げすぎてもいけない)
地上から回復魔法が消えてしまっては元も子もない。
この辺りの調整は本当に難しいところだが――折をみて進めていきたい。
「さて、次は勇者の件ですが」
「お任せください!」
「勇者担当ブレイヴァル。自信がありそうですね」
「はい! 私は過去から学ぶ神ですからね! 勇者が現体制に不満を持っているのであれば、そこに手を加えてあげればいいのです」
「ほう」
「私は人間界の一流企業とやらを参考にしました。福利厚生についても学習済みです」
「その割には穴があるようですが」
「穴?」
「次代の勇者は、読み書きができないようですよ?」
そこまで指摘したところで、ブレイヴァルの顔がサーっと青く染まった。
理知的な風貌をしていて、実際賢い子なのだけれど、彼女はこういうところが抜けているというか――。
まあ、大した問題ではない。今回は注意するくらいでいいだろう。
「せめて名前ぐらいは書けるようにしてあげなさい」
「は、はい」
反っていた胸を抱え込むように着席するブレイヴァル。
大局を見るのは得意だけれど、大雑把すぎるのも問題だろうか。
「気を取り直して、次にいきます。悪神についてですが」
「あれは我が配下に任せてある……!」
「報告は怠らないように。次は魔物の調整についてですが」
「妖精の庭で処理しています。今のところ順調かと」
「強すぎる者には注意するように。次は聖杯についてですが」
「アイテム排出率は操作しておりません。本当ですよ?」
定期的な議題は素早く処理して次へと進む。
今回は「本題」が控えているのだ。私としては、何よりこれを優先したい。
「さて」
いよいよ話すことがなくなってきた。
気は進まないが――あのことについて触れようか。
「彼についてのことですが」
途端に場が静まり返る。
みな真剣な面持ちで、私の次の言葉を待っている。
(それもそうだ)
彼自身には自覚はないだろうが、この案件は《アース》が始まって以来の大事件だった。そのような重要案件は他に扱ったことがなく、私としてもどうすればいいのか答えが見いだせずにいた。
「あの佐山貴大という個体。神の域に踏み込んでしまった人間を、私たちはどうするべきでしょうか?」
「殺してしまえー!!」
破壊と殺戮の神が吠えた。まあ、彼はいつもこんな感じだ。
「赦しましょう!」
許容と赦しの神が笑った。まあ、彼女もいつもこんな感じだ。
「危険なのでは?」
「いや、興味深いことではあるが」
「わたしは止めたのですよ? ですが制止を振り切って」
「分かっとる分かっとる。お前さんには責はないよ」
「しかし異世界人とは、また珍妙な」
またも喧々諤々、百柱の神々は互いに持論をぶつけ合う。
先月と同じような光景だ。だとするならば、きっと至る結論さえも――。
「分かりました」
小槌を叩いて場を静かにさせる。
そして少しだけ時間を置いて、私はその言葉を口にした。
「彼に関しては基本的に放置。時折試練を与えて様子を見ましょう」
先月と変わりない結論。
それが佐山貴大に対する、私たちの答えだった。
(気が重い……)
重役会議のあとはいつもそうだ。
気が重く、体も重く、まるで鉛を飲んだようになってしまう。
(会議そのものは良しとして)
問題はこのあとのことだ。
長い石組みの廊下、地下迷宮にも似たこの道の先に――。
(あのお方が待っている)
それを思うと、歩みは遅々として進まなかった。
「私です。アースです。定例報告に参りました」
やがてたどり着いた廊下の先、備えつけられた扉を軽くノックする。
いつ見ても質素な扉だ。そのようなことを思いながら、二度、三度とノックを続ける。
「アースです。入ってもよろしいでしょうか?」
答えがないことは初めから分かっている。
しかし、自分からこの扉を開けてはならない。許可なく立ち入ればどうなるのか――いや、どこに繋がってしまうのか、私は考えたくもなかった。
「いいよ。入って」
「……失礼します」
扉の先から声がかかる。
緊張に体が震えるのを自覚しながら、私はドアノブに手をかけた。
そしてそっと扉を開いた先、そこで私が見たものは――。
「資料はそこに置いておいて。あとで目を通しておくから」
「…………はい」
壁や床を覆いつくすケーブル。無数の世界を映し出す複数のモニター。飾り気のない机にはマウスとキーボードが置かれていて、それを黒髪の少年が絶え間なく操作し続けている。
彼だ。彼こそが真の神にして、この世界を造り上げた「クリエイター」と呼ばれる者のひとり。それがいま、私の目の前で、私には理解のできないことをしている。
「緊張しているね」
「い、いえ。そのようなことは」
「イレギュラーについてのことかな?」
「………………」
依然としてキーボードを叩きながら、彼はあのことについて尋ねてきた。
イレギュラー。神々さえ予知できなかった、まったく異質な存在のこと。
この方から世界の管理を任されている以上、我々には「予想もできなかった」という言い訳は許されない。しかし現にイレギュラーは現れ、そのうえ、新たなイレギュラーまで増やしてしまった。
前者はあの悪神、後者は佐山貴大のことだ。例外をふたつも生んでしまい、主神である私は針のむしろに立てられたような気持ちだった。
「そう心配することはない」
「で、ですが」
「むしろ僕は君を褒めてあげたい。よくやったね、アース」
「え……え?」
褒める? 何を? どうして?
思わぬ言葉に、創造主の前で呆けた顔を見せてしまう。
しかし彼は嬉しそうな顔で、椅子をくるくると回して、笑い声さえ上げて――。
「あの悪神はともかく、彼は興味深いね。君には分かるかな? 彼が宿した力、あれは少し特別なものなんだよ?」
「え、えっ、と。あれは【排除】なのでは?」
「違うなあ。君の世界の力とは似て非なるものだ。むしろ僕たちがよく知るものに近い」
くすくすと笑いながら、創造主はようやく私の方を向いた。
濃く浮かんだくま、不健康にこけた頬、そして――。
(爛々と輝く瞳……)
渦巻く星のような輝きは、見入ってしまうと魂が抜かれそうな引力があった。
私はサッと視線を下げて、うかがうように創造主へと話しかける。
「あ、あの、私、私どもに」
「ん?」
「不手際がありましたでしょうか……イ、イレギュラーなど発生させてしまい、そのことはもちろん、責任を感じておりますが」
「だから違うって」
「っ!」
何気ない一言にすくみ上る。
しかし、やはり創造主は気にした風でもなく、再び机に向き直って、あのキーボードとやらをカタカタと鳴らし始めた。
「いいなあ、やはりいい。相乗効果があるとは知っていたけれど、まさか上手くいくとは思わなかったよ。この調子なら、もっと他の世界を繋げてみても」
「あ、あの?」
「ああ、もういいよ。帰ってもいい」
「はい……」
我が主は移り気なお方だ。
一度こうなってしまうと、もうふり返ることもないだろう。
だから私は最後に一礼だけして、部屋の扉をそっと閉めて――。
「…………はあっ」
廊下をずっと進んだところで、ようやく息継ぎのように息を吐いた。
「つ、疲れた……」
本当に気疲れのする時間だった。
数えてみれば二分、三分程度の出来事だが、私にとっては何より長く感じてしまう。
(きっと不興を買うと、私なんて簡単に消されるんだろうな)
あのキーボードで「カタカタッ、ターンッ‼」。それだけで私は消滅してしまうのだろう。
いや、絶対にそうなる。というかずっと昔に見たことがあった。調子に乗った先代が、「創造主越え」をしようとして、あっけなく消え去ってしまう姿を――。
(辛いなあ。主神なんて辛いだけだよ)
神殿を出て、神の国を歩きながら、ぼんやりとそのようなことを思う。
神々のまとめ役は大変だ。創造主は怖くて仕方がない。あのイレギュラーは何なのだろう。他の世界とはどんな場所なのだろう。
「あ、お肉の特売があるんだった」
思考の果てにセール情報を思い出し、私はふいっと行き先を買えた。
今日くらいは高い肉を買ってもいいだろう。おうちで焼いて、のんびり食べよう。
「ワインも買おうかな……」
そう独り言ちながら、天使たちが行き交う街を進んでいく。
私の名前は主神アース。
この世界における取りまとめ役――。
みたいなものである。




