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大魔王の処世術

【ルナリエッタよ……近況を報告せよ……!】


「はい、魔神オグドルム様」


【悪神どもの動きはどうか……!】


「かねてからの懸念であった個体は完全消滅が確認されました。【猛毒】を司るノグ・ソールは、勇者の手により討ち果たされた模様です」


【二柱だけか……! 他の悪神は……!】


「【憤怒】の神カーリー。そして【狂乱】の神パライアは、魔領を荒らしたために私が処分いたしました。念入りに片づけたので、当分は復活もできないかと」


【ゴウルルルルル……!】


 赤銅色の肌を持つ巨人は、のどを鳴らして喜んだ。


 まるで猛獣の唸り声のようだが、これで笑っているらしい。


(魔族の神、オグドルム)


 はるか昔、天地開闢の折、闇と泥から魔族と魔物を造ったと言われているが――。


 そのまま管理も続けているらしい。でかい図体の割に小まめというか、鬼のような顔をしていながら神経質というか。自分の目の行き届かないところで好き勝手にやられるのは嫌いなようで、そのくせ、実際の業務は魔王軍《下請け》に丸投げときたものだ。


 父から魔王職を継いだ時、いざ魔神と対面した時は緊張で震えもしたが、数年経った今では呆れと虚脱感の方が大きい。父も、祖父も、そして歴代のご先祖様たちも、こんなのの相手をしていたんだなあ――と思うと、頭が下がる思いがした。


【我は、悪神の増長を許さぬ……! 貴様ら魔族に関してもそうだ……!】


「と、言いますと?」


【大魔王とはなんだ、ルナリエッタよ……! 我はそのような役職を用意した覚えはないぞ……!】


「ああ、そのことですか」


【貴様が決めたそうだな、小娘……! 何を考えているのだ……!】


「いや、ぶっちゃけ、ノリで決めちゃいまして」


【ノリ……!!】


「いえいえ、そのようなことはなく」


 親から魔王を継いだとはいえ、そのまま魔王になるのは面白くない。


 ならば夫に魔王は任せ、私は裏ボス、真の魔王として君臨する――!


 なんてノリで大魔王を名乗ってはみたものの、案外不評だったようだ。オグドルムは血走った目で私を見つめ、食いしばった歯の隙間からは黒くてくっさい炎が漏れ出していた。


【ルナリエッタ、魔族の王よ……! 貴様は我に対し、二心を抱いておるのか……!】


「とんでもございません。事実無根でございます」


【ならばそれを証明せよ……! 生贄を用意するのだ……!】


「生贄、ですか?」


【そうだ……! 我に血と肉を与えよ……! 血と肉だ……!】


「ふむ。かしこまりました」


【ゆめゆめ忘れるでないぞ……! 我は魔の神……! 魔神オグドルムである……!】


 それだけ言い残すと、オグドルムは「ずもももも」と鈍い音を立て、祭祀場の魔法陣の中へと消えていった。


 地獄の底に帰っていったのだろう。後に残されたのは演出のために出された煙と、世知辛い立場の私だけ。ドーム状の石の部屋、魔王城の一角で上司にわがままを言われた私は、あごに手を当ててしばし考え込む。


「生贄。血と肉ですか」


 素直に解釈すれば、人や家畜をそのまま捧げろという意味なのだろうが――。


 最近はパシントン条約も厳しい。動物愛護団体の手前もある。何か別の案を出す必要があった。






「というわけでアイデアをください」


「藪から棒になんだ」


 魔王城の玉座の間、休憩中だった夫に声をかける。


 愛しい妻からのヘルプコールだというのに、彼は私に冷たい目を向けてくる。


「最近、夫婦間の愛情が薄れてきているようで……先日も、プリンを勝手に食べられたんです!」


「そのネタを引っ張るな」


 ビシッと一発、頭にチョップ。


 心地よい刺激を受けて、ようやく調子が戻ってくる。


「マゾかな?」


「知るかよ」


 ため息をひとつつき、マイハズバンドは玉座で頬杖をついた。


 どうやら思った以上にお疲れみたいだ。朝から大物との謁見が続いていたし、それも仕方のないことなのだろう。


「だけど、愛する妻の顔を見たら疲れが吹っ飛んで」


「いかねえよ。むしろ疲れが増したよ」


 ぐんにゃりと弛緩して、またため息をつく夫。


 これは重症かもしれない。仕方ない、まずはお茶でも淹れて差し上げて――。


「ユート様、お茶が入りましたよ~」


「お菓子もあるよ~」


「おや」


 この大魔王が先手を取られたみたいだ。


 そんなことができるのは、彼女らを置いて他にはいなかった。


「ルナちゃん、ここにいたんだ?」


「お仕事、もういいの?」


 おっぱいばいんばいんな巫女さんと、小柄で愛くるしい犬獣人の女の子。


 彼女らに私と旦那様を合わせて四人が、『神様ライフ』の初期メンバーである。


「イカれたメンバーを紹介するぜぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


「わっ!?」


「今度はなんだ」


「まずは私、ルナリエッタ=イクリプス! 黒髪メイドの大魔王だぁぁぁっ!」


「まあ、そうだな」


「次にこの人、上月悠斗様ぁぁぁ! 異世界からやってきたストレンジャーだぁぁぁっ!」


「そうだな」


「そして圧巻、『狂気の山脈』、アルマ=アニータ=コルテーゼだぁぁぁっ!」


「そうな」


「最後を飾るは、プリティわんわん、クーティア=フレーニだぁぁぁっ!」


「そのノリ、疲れないか?」


「正直どうかと思いました」


 ぜえぜえと荒く息をはき、額の汗を拭う私。


 そんな私を冷ややかに見つめ、旦那様はまた呆れ顔をしていた。


「だいたいなんだよ、『狂気の山脈』って」


「ほら、アルマさんって狂信者ですよね? そして胸には立派な連山が」


「もういい分かった。これ以上しゃべるな」


 お口にチャックさせられて、続きを言えなくなってしまう。


(だけど、私と旦那様は心で通じ合っている……)


「脳内に直接語りかけるな!」


 先ほどより強くチョップされ、私はとうとう黙り込むのだった。


「それで、ルナちゃん、どうだったの?」


「どう、とは?」


「偉い人との謁見だったんだよね? 滞りなく終わったの?」


「ああ、そのことですか」


 頭から消えていた感があるが――。


 無視できない問題ではある。ここはひとつ、彼女らの知恵も借りるとしよう。


「要約するとですね」


「うんうん」


「てめー、調子にのってっと、そのうちすっぞこらー! 的なことを言われて、生贄を捧げるように要求されたわけです」


「なるほど~」


 分かっているのかいないのか、亜麻色の髪の巫女さんは、おっぱいをぶるんぶるんさせながらうんうんとうなずいていた。


「やっぱり、神様は生贄が好きなんですね?」


「違うぞ」


 チラッと横目で旦那様を見るアルマ。


 彼女は隙あらば鶏の首を鉈ではね、それを神と崇めるユート様に捧げたがる「ゆるふわ系頭おかしいガール」だ。言質を取ったが最後、食卓に首のない鶏が並べられるため、旦那様は端的な言葉で否定の意を示していた。


「しかし、生贄か。まずいんじゃないか、それは?」


「ええ。今どき生贄って、私でもどうかと思います」


「作法なら知っているけれど……」


「参考までに留めておきます」


 おっぱい巫女さんが残念そうな顔をしているが、これはデリケートな問題なのだ。


 生きた人間から心臓を取り出して、それを祭壇に捧げて――なんて、そんなことしようものなら人権保護団体とやらが黙ってはいない。融和政策も無駄になり、最悪の場合、魔王と勇者の全面戦争にもなりかねないだろう。


 それを魔神は分かっているのだろうか? 分かっていないんだろうなあ。私も大概だけど、あれもなかなかノリと勢いで生きている。


(となれば、誤魔化すこともできそうだが)


 さて、どうしたものか――。


「お肉!」


「はい?」


「お肉がたくさんあれば、それでいいと思う!」


 クーティアが耳としっぽをピンと立て、手を挙げて言った。


「お肉。それは例えば、牛や豚のものですか?」


「うん! ステーキにすると、もっといいと思う!」


「いや、クーティアな。生贄ってのは、そういうことじゃなくて」


「……ふむ」


 いいかもしれない。なるほど、その手があったか。


「それでいきましょう」


「「えっ!?」」


 旦那様とアルマさんが驚き、振り返ってきたが――。


 まあ、やってやれないことはないでしょう。






 そしてその夜、私は再び祭祀場に立っていた。


 床に描かれた魔法陣へと魔力を通し、我らが神にお出まし願う。


【ルナリエッタ……!】


「はい」


【ルナリエッタよ……! 生贄は用意できたのか……!】


「もちろんです。きっとご満足いただけるかと」


 まずは祭祀場に、おどろおどろしい声が響いた。


 次いで例の「ずもももも」という音が聞こえ、魔法陣から魔神が這い上がるように現れる。


(ここで召喚を中断したらどうなるんだろう)


 という強すぎる好奇心を必死に抑え込み、魔神が完全に降臨するまで魔力を通し続ける。


 すると魔神はいつものように、上半身だけを魔法陣の上に見せ、そこで「ずもももも」を止めて私と対峙した。


【さあ差し出せ……! 血と肉だ……!】


「はい」


【我に生贄を捧げよ……!】


「かしこまりました」


 魔神が牙をむいたのを合図とし、私は用意しておいたものを取り出した。


 魔導焜炉と大きな鉄板。そして分厚い、各種ステーキ肉だ!


【待て……!】


「なんでしょう?」


【なんだそれは……!】


「見ての通り、ステーキですが」


【生贄はどこだ……! 血と肉……!】


「ええ、ですから」


 ステーキなのです。


 そう前置いて、私はおもむろにステーキを焼き始めた。


 弾ける脂、立ち昇る香り。ピンク色の霜降り肉は、みるみるうちに色を変えていき、それを魔神は食い入るように見つめていた。


【……!】


「焼き加減はいかがいたしましょう? レア? ミディアムレア?」


【レアだ……! ミディアムなど許さん……!】


「ウィ、ムッシュ」


 断面のピンクも生々しいステーキを、カットもせずに祭壇にのせる。


 すると魔神はそれを素手でつかみ、むしゃむしゃと一息に平らげてしまった。


 ゴウルルルル……。


 響いているのは愉悦の声か、はたまた腹の虫の鳴く音か。無言の圧で続きを促され、私はすぐにも牛や豚を焼いていく。


【焼け……! 血の滴るようなステーキを焼くのだ……!】


「かしこまりました」


【次はそこのサーロインを焼け……!】


「委細承知」


【サラダなどいらぬぞ……!】


「ウィ、ムッシュ」


 ジュウジュウ、パチパチと肉の焼ける音をBGMに、私はひたすらステーキを提供し続けた。


 なるほど、やはりステーキは偉大だ。これさえ出しておけば何とかなる感がある。


(しかし……)


【もっとだ……! もっと焼け……!】


 この巨人の腹を満たすのは、思った以上に大変そうだ。


(こんなことなら丸焼きでも用意すればよかった)


 そうは思うものの、ここにあるのはどれもステーキカットされたものばかり。


 ここから離れるわけにもいかず、詰めの甘さを苦々しく思いながら、私は生贄という名のステーキを焼き続けるのだった。

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