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聖都に降る雨

 時間との勝負だった。


 事件発生から数えて三日目。大きな争いこそ起きてはいないが、散発的な戦いは各地で見られ、それは燎原の火のごとく広がりを見せている。


【教化】を受けた信者もまた、その戦いの数だけ増えている。ご丁寧にも負傷者を治療し、【教化】を施したうえで戦列に加えているのだ。これ以上の勢力拡大を防ぐために、いっそ諸共焼き尽くしてしまえと叫ぶ諸侯も増えてきている。


 じわり、じわりとにじむように、大陸を侵食し続ける十字軍。それを止めるためには、枝葉末節たる軍勢を相手にしていては駄目だ。やはり中核、今回の事件の首謀者である現法王、アロウドマティスを止めることが肝要だと、誰もがそう考えていた。


 そう、誰もがだ。アロウドマティス自身さえ、十字軍の泣き所を重々承知していた。十字軍は無敵だが、同時に脆く儚いものでもある。神官たちを操る〈祝福の鐘〉も、軍勢に加護を与える〈軍神の旗〉も、それらを扱う法王さえも、全てが聖都に存在するのだ。


 それに、他の秘密・・もここにある。それが分かっているからこそ法王は聖都を守り、それを勘づいているからこそ、諸国の王やギルドマスターは聖都を標的にした。


 そしてまた、最強戦力である四人も――。


「愚か者め」


 鐘の音が鳴り響く聖都サーバリオ。


 その中心地近く、神殿を臨む広場に、彼らの姿はあった。


「神に仇なす罪人どもめ。この聖なる地に、一体何をしに参ったのだ」


 勇者、人工聖女、混沌龍に超越者。空から舞い降りてきた四人に対し、待ち構えていたアロウドマティスは辛らつな言葉をぶつける。


「よもや私を害そうと企んでいるのではあるまいな? 偉大なる教会に弓を引き、そればかりか盾突こうとさえ考えている。そうであろう?」


 言葉とは裏腹に、法王の口調と顔は愉悦を含んでいた。


 まるで子どものような無邪気ささえ感じられる。虫唾が走るようなおぞましさに、メリッサは顔をしかめて荒々しい声を出した。


「観念しなさい、アロウドマティス! あなたの野望もここまでだよ!」


 教会が生んだ化け物、人工聖女メリッサ。彼女が法王さえ上回る力の持ち主であることを、アロウドマティスが知らないはずがない。


 いや、彼女だけではない。言わずと知れた勇者アストレアに、先ほどまで龍の姿であったルートゥーも、単体で聖都を落とすことが出来る強者つわものだ。


 彼女らを前にして、法王が震え上がらないはずがない。それなのにアロウドマティスは、ただにやにやと笑うばかりで、メリッサの言葉にも答えようとはしない。


「気が触れたか」


 舌打ちと共に出されたルートゥーの侮蔑。


 それにも反応らしい反応を見せず、法王は白い歯を見せるばかりで――。


「考えていないとでも思ったか?」


「……なに?」


「この私が、千年続く教会が、この事態を想定していなかったとでも思ったのか!?」


 ぶるぶるとたるんだ頬を震わせて、アロウドマティスは叫んだ。


 これは予想の内なのだと。勇者や聖女が攻めてくることなど、とうの昔に想定済みなのだと。そう言外に匂わせながら、老いた法王は再び吠えた。


「私は、私たちは、この時のために耐え忍んでいたのだ! 神のしもべとして正しく世界を統治するよう、着々と準備を進めてきた! それを片手間に、勢いだけで覆せるなど、夢にも思うでないぞ虫けらァ!」


 神殿の前で仁王立ちになった法王が、鋭く手を突き出した。


 すると神殿の中から、甲冑姿の戦士たちが続々と姿を現したではないか。まるで気配を感じさせない佇まいに、さしもの勇者も警戒心を露わにする。


「これは……アンデッドか」


「無知蒙昧な輩め! 聖人を不死者呼ばわりするでないぞ!」


「聖人だって?」


「そうとも! 彼らこそは偉大なる《クルセイダー》。いずれ来たる聖戦のため、自ら身を捧げた百戦錬磨の《テンプルナイト》たちよ!」


 数十人――いや、百人はいるであろう《クルセイダー》たち。


 純白の鎧を着こんだ亡者たちは、アロウドマティスに言わせれば、誰よりも尊い聖者なのだろう。


 強く、たくましく、文句を言わず、死さえ厭わない便利な手駒。なるほど、あのアロウドマティスが褒めちぎるわけだ。いざとなった身を挺して自分を守る。そんな戦士は、法王にとって何より尊い存在に違いない。


「まさか……霊廟を暴いたの!?」


「そういえば聖都の地下にはカタコンベがあったね。材料には困らなかったわけだ」


 死者を眠りから呼び起こし、野望の手先として自在に操る。


 きっとアロウドマティスは法王ではなく、《ネクロマンサー》に違いない。勇者アストレアは苦々しい顔の裏でそう思っていた。


「《クルセイダー》だの《テンプルナイト》だの法王だの、しゃらくさいわ! そのようなもの、我がまとめて焼き尽くしてくれる! それでしまいだ!!」


 法王の切り札の「お披露目」に、初めに応えたのはルートゥーだった。


 彼女は金色の瞳を爛々と輝かせ、人の姿のままで口から猛烈な炎を吐いた。【ドラゴンブレス】。人が受ければ骨さえ残らない、龍族必殺の炎の吐息。それに呑み込まれた法王たちは、周りの建物ごと消滅するはずだったのだが――。


「なにっ!?」


【ドラゴンブレス】を受けた場所には、法王たちの変わらぬ姿があった。


 にやついたアロウドマティス。整然と構える《クルセイダー》たち。灼熱の吐息を散らした彼らは、別段、何かした様子もない。


「ならこれでどうだ!」


 翼を広げたルートゥーは、羽ばたきによって猛烈な風を起こした。


 その強風の凄まじいこと、神殿ごときは根こそぎ吹き飛ばされそうなほどだったが――。


 やはり、これも法王たちには通じなかった。


「どういうことだ……!?」


 竜巻をそよ風に変え、しかし、そのような素振りを見せない法王たち。


 その現象に心当たりはある。あるが、しかし、混沌龍たるルートゥーにはにわかに信じがたいもので――。


「【龍殺しの加護】だ」


 法王の言葉に合わせ、複数人の《クルセイダー》が盾を掲げた。


「龍殺しの聖人、彼が遺した聖遺物を用意してある。龍族の攻撃は、我らには通じんよ」


「なんだと……!?」


 珍しくも愕然とした表情を見せるルートゥー。


 それに気をよくしたのは、アロウドマティスはますます笑みを深くした。


「【封神の加護】もある。【死神の加護】もある。勇者や聖女の聖なる力、そこの男の暗殺技、いずれも無効化してくれよう」


「そんなものが……!?」


「これぞ教会の力である! 俗人、化生の類など、しょせんは神の前にひれ伏すしかないのだ!」


 本当の切り札、隠していた種を明かし、今度こそ法王は高らかな笑い声を上げた。


 おかしくて仕方がない、声を上げずにはいられない、傲慢で余裕のある優越者の笑い。その不快な笑みを前にしても、ルートゥーたちは《クルセイダー》を攻めあぐね、歯噛みするしかなかった。


 しかし、唯一、あの男だけは――。


「【ピリオド・エッジ】」


 これまでずっと口を閉じていた貴大が、手近な《クルセイダー》に刃を突き立てた。


 それだけで無敵の兵士は消滅し、聖遺物諸共この世からいなくなる。


「ほう!」


 アロウドマティスは笑みを止め、目を見開いた。


「それが報告にあった『終止符の力』か!」


 貴大は答えない。


 代わりに二人、三人と《クルセイダー》を消して、その分、法王に近づいていく。


「予想以上だ。あの悪神《女狐》といい、超越者というのはまさに人知を超えておるな」


 感心したように貴大を見つめるアロウドマティス。このままでは数分もしないうちに、彼の額にその刃が突き立てられることになるのだが――。


 しかし、法王の顔には再び笑みが戻ってきていた。


「なるほど、まったく素晴らしい! 素晴らしいが、欠点がないこともない!」


「なにぃ……?」


「暗殺技は一対一の技! いくら素早く動けようが、軍勢を相手にするにはまったく不向きであるということ!」


「っ! タカヒロ君、引くんだ!」


「ふはははは! もう遅い! 現れよ、神の下僕よ!!」


 瞬間、法王の背後から数多の《クルセイダー》が飛び出してきた。


 数えるのも馬鹿馬鹿しい、まさに軍勢と呼ぶに相応しい規模の集団。それのみならず、十字軍の右翼、左翼には、石畳を突き破って地下から巨大な何かが現れたではないか。


「リボーン・ゼルゼノンだっ!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 かつて人工聖女計画を主導した老人。


 悪神の手によって樹木の魔物と化し、貴大に倒されたはずの大司祭が、法王の手先となって再びこの世に現れたのだ。


 その醜悪な姿、虚ろな瞳に、メリッサはたまらず悲鳴を上げた。アストレアとルートゥーは新たな《クルセイダー》に道を塞がれ、貴大は軍勢の中で孤立してしまっていた。


 要するに、詰みの状況だ。解決を焦り、少数で敵地に飛び込み、彼らは完全に包囲されてしまった。ここから巻き返すことは勇者でも難しく、飛んで逃げようにも《クルセイダー》たちには弓矢を構えた者までいた。


「これぞ我が十字軍である!!」


 神殿の前から一歩も動かず、法王は両手を広げて高らかに告げた。


「さあ、神の威光の前にひれ伏せェェェェェェ!!」


 それは慈悲などではなく、冷徹無慈悲な降伏勧告。


 絶対的な勝利を確信した者だけが出せる、敗者への命令だった。


「ぐううっ……!」


 あまりの恥辱に、ルートゥーは砕けんばかりに歯を食いしばった。メリッサはゼルゼノンの姿に震えて動けず、アストレアも打開策を見出せずにいたが――。


「っ!?」


「や、止めるんだ、タカヒロ君!」


 唯一、この場で貴大だけが自由だった。


 十字軍などどこ吹く風とばかりにふらりと動き、彼はまた、手近な《クルセイダー》に刃を突き立てる。やけになったような表情、動きに、法王はたまらず吹き出し、ゲラゲラと笑った。


「無駄だ無駄だ! 貴様の力は神には届かん!」


「【ピリオド・エッジ……」


「愚かな! ワァーッハッハッハッハッ!」


「……レイン】」


「ファァッ!?」


 次の瞬間、王都にナイフの雨が降り注いだ。


 それは十字軍にのみ命中し、仲間や石畳を傷つけることはなかった。しかしナイフを受けた《クルセイダー》たちは、ゼルゼノンも含めて、跡形もなく消滅して――。


「……………………え?」


 唯一残された法王は、呆けた顔で凍りついていた。


 そんな老人に、貴大はつかつかと早足に近づいていき、その肩をぐいと両手で鷲掴みする。


「ひっ!?」


 今までうつむきがちでよく見えなかったが――。


 何やら、鬼気迫る表情をしていらっしゃる。終止符の雨を降らせた青年は、怨霊にも似た顔を法王に近づけ、食いしばった歯から絞り出すようにして何事かをつぶやいた。


「なんでお前らはいつもいつも……」


「あ、あの……?」


「終わったんだろうが! 終わったんだよ! こちとら山場を越えたんだ! いい加減に休ませろ、ボケェ!!」


「ひいいっ!?」


 その理屈、アロウドマティスにはまるで理解出来なかった。


 出来なかったが、この男は手がつけられないほどに怒っている。それだけは唯一、彼にも理解が出来た。


「ゲームみてえな世界でよぉ! 俺はラスボスを倒したんだっつーの!! じゃあエンディングだろうが! エピローグだろうがよ! 裏ボスが自分からしゃしゃり出てくるじゃねえぞ!!」


「す、すみません」


「タ、タカヒロ君? 強くなったね……?」


「おかげ様でな!」


「ひっ! ごめんなさいっ!」


 おずおずと話しかけたアストレアにも怒りを向けて、貴大は感情に任せて荒ぶり続けた。


 その様子はまさに悪鬼、鬼神のごとくだ。この場に集った者たちは、いずれも世界有数の実力者だったが、その誰もが迫力に呑まれて黙り込むしかなかった。


「あ~! 疲れたなぁぁぁ~! 休暇を取ろうと思ってたのになぁぁぁ~! 治せよ、おい! 今すぐこの疲労感を抜いてみせろ!!」


「リ、【リフレッシュ】……」


「効くかボケエエエエエエッ!!!!」


 バチィィィン!!


 張り手一発、アロウドマティスはたちまち意識を失って、石畳の上へと転がった。


 しかし貴大は、それでも気分が収まらないのか、その場をぐるぐると回りながら唸り声を上げている。


「行くぞ……」


 やがて足を止めた貴大は、ぼそりとつぶやいたのち、大きく天を仰ぎ見た。


 そして全世界に宣言するように――これからの予定を高らかに叫ぶのだった。


「俺は温泉に行くぞォォォォォォォォォォォッ!!!!」


 こうして大陸を震撼させた「十字軍事件」は終わりを迎えた。


 なぜ三日で終わったのか? あの日、聖都で何があったのか?


 後日、アロウドマティスは取り調べを受けることになったが、彼は震えるばかりで決して口を割らなかった。

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