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ドラゴンといっしょ

 疲れた。本当に疲れた。


 勇者のときもそうだったが、超人の尻拭いというのはとにかく大変なのだ。


 もちろん、それがちょっとしたミスなら別だ。荷物の送り先を間違えたとか、依頼人の名前を聞くのを忘れていたとか、そういったものならいくらでも挽回可能だ。


 しかし、それが「馴染みの食堂をホストクラブにされた」とか、「冒険者ギルドを博愛主義者の巣窟にされた」といったものになると――。


 さすがに原状復帰が大変なわけで、週も半ばだというのに、貴大はすっかりグロッキーになってしまっていた。


「……どうぞ。コーヒーです」


「お~……」


「……濃くしておきました」


「助かる~……」


 午前九時のフリーライフ、事務所の机に突っ伏して、声だけでユミエルに応える貴大。


 彼はゆるゆると体を起こすと、しかし中途半端に背中を丸め、ゆっくりと力なくブラックコーヒーをすすり始める。


「……昨日は何があったのですか?」


「愛と平和に目覚めた冒険者たちが非営利反戦団体を作り、しかし愛と平和の解釈に違いが生じたことから血で血を洗う内ゲバへと発展し、そこにメリッサが再び現れて不思議な踊りでラブ&ピース」


「……大変だったのですね」


 多くを聞かずとも、阿吽の呼吸で察するユミエル。


 その優しさが身に染みて、貴大ははらはらと涙をこぼしていた。


「軽い気持ちで引き受けた俺が馬鹿だった」


「…………」


「勝負だか何だか知らねえけど、こんなこと、止めさせるべきだったんだ」


「……ですが、ご主人さま」


「ああ、分かっている」


 この三つ巴の戦い、参加者はあとひとり残っている。


 それも、最も強大で、最も無茶苦茶で、最もわがままなドラゴンが――。


『……わはははは……』


「っ!?」


『……わ~ははははは……』


「く、来るぞ!」


『……わはははははははは!』


「くそったれーっ!」


 バーン!


 事務所の扉を大きく開け放ち、腕を組んで現れたのは!


「ルートゥー!」


「うむ!」


 黒い翼! 艶やかな髪! かわいいヒップ! 自信たっぷりな笑顔!


 混沌龍カオスドラゴンルートゥー、その人だった!


「真打登場だ! さあ、タカヒロよ! 我がこの店を繁盛させてくれようぞ!」


 三つ巴の戦い、最終日。


 フリーライフには混沌の風が吹き荒れていた。






「さあ、仕事を始めようぞ!」


「ああ、うん」


「我に何でも言うがよい。たちどころに片づけてみせよう」


「はい」


「運搬、交渉、何でもござれだ!」


「それじゃ、あのさあ」


「なんだ!?」


 期待と興奮で輝く瞳。


 ワクワクしながら言葉を待つルートゥーに向かい、貴大は――。


「帰ってくんない?」


「なぜだーーーーっ!?」


 グワッと翼を広げ、貴大に迫るルートゥー。


 信じられないとばかりに目を見開く彼女に、貴大はため息をつきながら告げる。


「ぶっちゃけ疲れてんだよ。勇者やら聖女やらに振り回されて、たった二日でぐったりだ」


「そ、そうなのか?」


「見りゃ分かんだろ。このうえお前にまで好き勝手されたら、身が持たないっつーの」


「むう」


 言われてようやく気がついたのか、それとも興奮が冷めてきたのか。


 元気のない貴大の様子に、ルートゥーはしばし思案げに黙り込んだ。


「いや、しかし、ここで引いては混沌龍の名折れ。不戦敗などあってはならんのだ」


「じゃあお前の勝ちでいいよ。はい、優勝~」


「そういうことではないのだ!」


 カッとなって牙をむき、ぐったりとした貴大の姿にハッとなる。


 しかし、勇者や聖女を相手に退散するなど、まるで物語に出てくるドラゴンのようではないか。


 そんな一山いくらの雑魚扱いは、最強と名高い混沌龍として認めることはできない。しかし貴大の体調が思わしくないのも確かなことで、それを無視して我を通すのもいけないことで――。


「う~……!」


 唯我独尊な彼女としては珍しく、葛藤を抱えて事務所内をぐるぐると回るルートゥー。


 戦うべきか、引くべきか。誇りと愛とを天秤にかけて、どちらが重いか比べてみれば、どうやら愛が誇りに勝るようで――。


「いや! ではこうしよう!」


「うん?」


「我に名案がある」


「嫌な予感がしてきたぞ」


「そう言うな。タカヒロに無理はさせん。貴様は休んでおればよいのだ」


「どういうことだ?」


 貴大は貴大で困ったもので、「休」の字に釣られて体を起こす。


 そんな青年ににやりと笑い、ルートゥーはドンと胸を叩いた。


「我に一日だけ経営権を預けるのだ。そうすれば我が店主となり、タカヒロ以上に働いてみせよう!」


「一日店長ってことか? いや、でも、それはなあ」


「まさか貴様、我の手腕を疑っているのか?」


「どちらかというと常識の方を疑っているんだがな」


「安心しろ! 我はこう見えて長生きだからな。人間の街で暮らした期間も、百年、二百年ではきかないぞ!」


(そういえば……)


 思ったよりも問題を起こしていない気がする。


 相変わらずわがままなドラゴンだが、人間を丸焼きにしたりだとか、貴族の屋敷を襲撃したりだとか、そういった非常識な行いはしていない。


 どちらかといえば、大人しくしているような――?


「安心しろ。タカヒロは寝ているだけでよいのだ。貴様の仕事も我が受け持とう」


「むうっ!?」


「ゆっくり体を休めるのだ。そのための手伝いとも言える」


「むむむ……!」


 思い返してみれば、これは貴大の手伝いのための勝負だ。


 誰が一番、彼の助けになれるか。それを競う勝負だったはず。


 ならばルートゥーの提案こそ本道で、本当ならば貴大は楽ができていたはずなのだ。


 それを今からさせてくれるという。三人の中では比較的常識人であるルートゥーが、仕事を代わってくれるのだという。


 のみならず、お前は寝ていろと勧められたのだ。これに抗える貴大ではなく、二日分の疲れも手伝って、彼はたちまち経営権を放り投げた。


「よし! じゃあやってみろ!」


「うむ!」


 こうしてルートゥーを店主に据えた、新しいフリーライフの営業が始まった――!


(まあ、今日は内職の仕事しかないし、おかしなことにはならんだろ)


 貴大がそう考え、あくびをしながら住居に戻ろうとしたところで――。


「よし、では入ってこい! お前たち!」


「「「かしこまりました」」」


 ずらずらずらと総勢十名。


 揃いのメイド服を着た女たち、ルートゥー配下のシャドウドラゴンズが事務所内へとやってきた。


「……は?」 


 ぽかんと口を開く貴大をよそに、ルートゥーは早速ドラゴンたちに指示を与え始める。


「シャド子Aよ! 貴様は冒険者ギルドから仕事をもぎ取ってこい!」


「はい」


「シャド子Bよ! 貴様は下級区へ行って仕事を探せ!」


「はい~」


「シャド子Cよ! 貴様は縁のある貴族を訪ね、困り事はないか聞いてくるのだ!」


「心得てございます」


 十名の万能メイドに指示を出し、テキパキと役割分担をしていくルートゥー。


 彼女は配下を街中に散らせ、仕事をかき集めてくるつもりでいるらしい。


「いや、待て待てー!? そ、そんなことしたら他の何でも屋が……!」


「潰れるというのか? いいや、潰さぬ! 我は小の虫さえ生かす懐の持ち主よ! 当然、身内に引き込んで、馬車馬のように働かせてくれるわ!」


「えええ……!?」


「シャド子Iよ! 財宝を持ってついてこい!」


「は、はいっ」


 などと訪ねていった先は、中級区最大手の何でも屋さん。


 十数名もの職員を抱える事務所にて、ルートゥーはおもむろに金塊を取り出すと、


「欲しいか?」


「……っ!?」


「これが欲しいかと聞いている」


 ギラギラと光り輝く延べ棒で、何でも屋の店主の頬をぺちぺちと叩く。


 しかし相手はベテランの何でも屋だ。苦節三十年、最大手と呼ばれるまでに、酸いも甘いも嚙み分けてきた苦労人である。


 当然、店に対する愛着もある。そのような相手の横面を、下品な黄金で叩いたところで――。


「欲しければ店を売り渡せ。我が犬になるのだ!」


「くぅん! くぅん!」


 駄目みたいでした。


 初老のおじさんは犬になり、恥も外聞もかなぐり捨てて尻を振っている。


 何でも屋の誇りとか、店への愛着とか、そんなことはどうだっていい。黄金の光は魔法の光。それが目の前にあり、しかも山となって積まれていくと、人間はたまらず犬になってしまうのだ。


「ふはははは! いまこのときより、この店は我が《フリーライフ》の配下よ! 元店主よ! 奉公人よ! 我に忠誠を誓い、我の手となって労働に励むのだーっ!!」


「「「アオォン! アオォン!」」」


 最大手と言われた何でも屋、そこは数分もたたずに《フリーライフ》の系列店となり、所属していた者たちは資本主義の犬と化した。


 ヘッドハンティングなどと生ぬるい話ではない。支配だ。圧倒的支配。ルートゥーは有り余る財力によって、この国の何でも屋を支配していこうとしている。


「わーははは! わーははは! 目指せ、全国展開! 《フリーライフ》の名をこの世界に轟かせるのだーっ!」


「や、やめろーっ!」


 遅れて追いついてきた貴大が、それに待ったをかけるも――。


「邪魔しないでもらえないかな?」


「こういうときだけ正気に戻るなよ!」


 お尻を振りたくっていたおじさんたちに、逆に待ったをかけられるのだった。






「え~……はい。この三日間、お疲れ様でした」


 明けて木曜日、四日目の朝。


 フリーライフの事務所に集った少女たちの前で、貴大はますます元気のない顔を見せていた。


「それぞれ創意工夫があったことと思います。俺の力になろう、俺の助けになろう。そういった心は純粋に嬉しかったです」


 ぼそぼそとつぶやくように告げる貴大。


 その言葉にパアッと華やいだ顔になる少女たち。


 それを見てげんなりした貴大は、肩を落として話を続けた。


「気持ちを並べれば優劣はないのでしょうが、これは勝負、勝者を決めたいと思います」


「「「…………っ!」」」


 来た。いよいよ待ちに待ったときが来た。


 アストレア、メリッサ、ルートゥー。この中で誰が一番優れているのか。誰が一番、貴大の助けになれたのか。


 それを決めるときが、遂にやってきたのだ。


「はい。では、今回の戦いの勝者は……」


「「「…………!」」」


 緊張の一瞬。少女たちが固唾を飲んで見守る中、告げられた名前とは――!


「ユミエルさんでぇぇぇぇぇぇぇすっ!!」


「「「ええええええええええええええええっ!?」」」


 今日も視界のすみにちょこんと控えていた、メイド服姿の女の子。


 勝負には参加していなかったはずのユミエルが優勝し、やにわに場が騒がしくなる。


「納得できん! メイドは何をしてなかったではないか!」


「この三人の中から選ぶんじゃなかったの!?」


「これはぜひとも説明していただきたいね」


 憤慨する者、悲鳴のような声を上げる者、静かに詰め寄る者。


 三者三様の違いを見せる少女たちを、貴大は疲労が濃く残る顔でにらみつけると――。


「そもそもお前ら、助けになってないじゃん」


「「「…………っ!?」」」


「意外そうな顔をすんなよ! そうだよ、手伝いになってねえんだよ!」


 むしろ尻拭いをさせられるばかりで、しなくていい仕事ばかりが増える結果となった。


 それを自覚していたのか、していなかったのか。納得のいかない顔をして、少女たちは貴大に詰め寄っていった。


「で、でも、タカヒロ君!」


「わたしたち、良かれと思って……!」


「結果的に見ればマイナスで、それをゼロに戻すのにどれだけ苦労したか……」


「うっ……!」


 じっとりとした目で見られ、言葉に詰まる少女たち。


 まずい。あれは本気の目だ。これ以上怒らせてはならないと、彼女らはそろって口をつぐむ。


「いいか? さっきも言ったけど気持ちは嬉しい。でも、空回りばっかりされたら迷惑になるんだ」


「うう……」


「頑張りすぎる必要なんてねえんだよ。ユミィみたいに静かに控えて、そっと支えてくれる方がよっぽど嬉しい」


「ユミィちゃんみたいに……」


「そうだ。だから今回は、いつも通りに仕事して、お前らの尻拭いも手伝ってくれたユミィが優勝だ」


「むう……」


「はしゃぐなとは言わないけどよ。本当に俺を手伝いたいなら、まずはユミィを見習ってくれ。俺が言いたいのはそれだけだ」


 そう言って、話を終えた貴大。


 少女たちはしばらくの間、バツが悪そうな顔をしていたが――。


 本当に反省したのだろう。一言も言い返すようなことはせず、黙って事務所を出ていった。


「は~、やれやれ。終わったな」


「……はい」


「お前にも迷惑かけたな。今度、ケーキでも奢るよ」


「……ありがとうございます」


「それじゃ、本業に戻るかね」


 コキコキと首を鳴らし、机の上の帳簿をめくる貴大。


 こうしてフリーライフは、いつもの日常に戻っていったように思えたが――。






「……で、今度はなんだ?」


 金曜日の朝、貴大が事務所に行くと、そこにはメイドが三人いた。


 勇者っぽいメイド、聖女っぽいメイド、混沌龍っぽいメイド、どれも見覚えのある者ばかりだ。


 違いがあるとすれば、やはりメイド服を着ていることだが――。


 これはいったい、どうしたことだろう。貴大は聞かずにはいられなかった。


「いや、なに。先日、タカヒロ君に叱られただろう?」


「あれでわたしたちも反省したの。もっと勉強しないとって」


「だから、まずはメイドを見習うことにしたのだ。勝者であるユミエルをな!」


「……で、メイド服を着てきたって?」


「ああ。ちょっと恥ずかしかったけどね」


「どうかな、似合うかな?」


「メイドっぽいだろう? 我はこんな服も着こなせるのだ」


「さて、メイドさんになりきるよ」


「何でも言ってね? ご奉仕するよ?」


「さあ、何でも我らに申しつけるがいい!」


「………………」


 貴大は自分の席に移動し、ゆっくりと目を閉じると、


(旅に出ようかな……)


 なんてことを考えるのだった。

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