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聖女様といっしょ

 昨夜は大変だった。


 ホストと化した勇者のせいで、まるで収拾がつかなかった。


 売り上げ的には大成功で、ロックヤード夫妻も大満足の夜ではあったのだが――。


 世の中には道義的な問題というものがある。住宅街でドンペリドンペリと騒ぎ続けるのも問題で、そもそも風俗営業にはお上の許可が必要だ。


 結果、《まんぷく亭》の面々とアストレア、そして付き添いの貴大は、警邏隊の詰め所でこってり絞られてきたわけだ。帰ってきたのは夜中の三時、食事もそこそこにベッドに倒れ、目を覚ましたのは朝の八時だ。


 睡眠時間が取れたような、取れていないような――。


 貴大は熱いシャワーを浴びたというのに、朝から事務所で死人のようにぐったりとしていた。


「おはようございまー……わっ、ど、どうしたの?」


「おー……メリッサか……」


「タカヒロくんが溶けたチーズみたいになってる」


 お世話になっている教会で、朝の礼拝、炊事洗濯、掃除などを済ませてきたのだろう。


 フリーライフの開店より少し遅れ、私服姿のメリッサが顔を見せた。


「どうしたの? また夜更かししたの?」


「いや、そういうわけじゃねえけど……アストレアのやつがな」


「ゆ、勇者が!?」


 瞬間、懐から十字架を取り出して、右へ左へと向けるメリッサ。


 その腰が引けた様子に苦笑いをしながら、貴大はのっそりと机から体を起こした。


「別に直接どうこうされたわけじゃねえって。あいつも今はここにいないし」


「そ、そうなんだ」


「やっぱ苦手意識があるんだな」


「だって……」


 過去に「わるいこと」をしてきた身としては、どうしても勇者の意向が気になるのだろう。


 ただ、直接出会って何もなかったのだ。神様とやらも話が通じないわけではないらしく、そこまで心配する必要はないだろうと貴大は思った。


(まあ、慣れか、慣れ)


 何度か顔を合わせるうちに慣れていくだろう。


 貴大自身、異世界に迷い込み、ドラゴンやらエルフやら勇者やら聖女やらに出会ったが、彼女らに振り回されているうちにすっかりこの世界にも慣れてしまった。


 そもそも同居人なんて「元奴隷の妖精種の少女(15歳)」である。当たり前のように一緒に暮らしてはいるけれど、よくよく考えてみればおかしなことと思えなくもなかった。


 それに比べれば、まあ、すぐに馴染んでいくだろう。今度の冬には一緒にこたつに入っているかもしれない。アストレアのセクハラ癖が治っていれば、だが。


「んじゃ、ぼちぼち始めますかね」


「あっ、う、うん!」


「あれがお前の席な」


「分かった!」


 今度の勝負のために用意した、臨時の店員用の机と椅子。


 そこにちょこんと腰かけて、メリッサはかしこまった様子で背筋を伸ばした。


「何でも言ってね? 何でも手伝うから!」


「そう気張る必要もないけどな」


 また小さく苦笑して、貴大は机の上に積んであった書類をめくり始めた。


「さーて、何をしてもらおうかな」


 好景気の影響もあって、何でも屋〈フリーライフ〉には多くの依頼が舞い込んできている。


 昨日、貴大が受けたものに加え、ユミエルが外回りのついでに受けてきたもの、冒険者ギルドから回されてきたもの、定期的に行っているもの――とにかくたくさんだ。


 この中にメリッサに向いた仕事はあるだろうか? 簡単なものなら誰でもできそうだが、手応えがなさすぎても仕事というものはつまらないものだ。同傾向のものはあとで一気に片づけるとして、さて、どれを手伝ってもらうべきか――。


「……ん?」


 バサバサと依頼書をめくっていると、横から温かい視線を感じた。


 もちろんメリッサのものだが、なぜか彼女はやけに嬉しそうに微笑んでいる。


「どうしたんだ、そんなニヤニヤして?」


「え、あ、うん。なんかこういうの、いいなって」


「こういうの?」


「うん。こんなお店で、普通にお仕事してて、隣には誰かがいて……」


「………………」


「いいなあ……って」


 しみじみと、実感のこもった言葉だった。


 教会の暗部で育てられ、その手先として働いてきたメリッサ。闇で生まれて闇に消えていく、そう覚悟していただけに、彼女の「普通」に対する思い入れは強い。


 悪神を倒したことで肩の荷が下りた貴大だが、それはメリッサにとっても同じことのようだった。すべての黒幕が倒されたことで、彼女は以前よりもずっと、柔らかい表情をするようになった。


「わたし、こういうのに憧れてたんだ。誰かと普通のお店をするの」


「そうか」


「うん。憧れだったんだ」


 大事なものを見守るように、自分の机と、店の壁と、そして貴大を見つめるメリッサ。


 早春にしては温かな朝、ふたりの間には柔らかな空気が流れる。


「ねえ、タカヒロくん……」


「なんだ?」


「ふたりっきり、だね」


 はにかむような、甘い声。


 くすぐったくて、でもそれが満更でもなくて、メリッサは貴大をうかがうように見る。


 そんな彼女に、貴大は――。


「メリッサ……」


「タカヒロくん……」


「ユミエルさんもいるんですがね?」


「うわああっ!?」


 スッと体を横にずらし、奥の席にいたユミエルを指し示す貴大。


 途端にメリッサはぴょんと飛び跳ね、真っ赤な顔をしてぺこぺこと頭を下げ始めた。


「ごめんねごめんね! め、目に入ってなかったっていうか、見えてなかったっていうか! あ、あ、違うの! 悪い意味じゃなくて、無視とか、そんなつもりじゃ全然なくて!」


 トマトのように赤い顔。目はぐるぐると渦を巻き、少女メリッサは今にも気絶してしまいそうだ。


 そんな彼女とは対照的に、落ち着いた様子のユミエルは淡々と語る。


「……お邪魔なようでしたら、少し席を外しますが」


「違っ、違うのーっ!」


 常識は少しずれているが、良識は持ち合わせているメリッサだ。


 いくら知り合いとはいえ、人様の前でとろけた顔を見せたこと、彼女は大いに恥じている。


 なんという破廉恥、なんという不道徳。こんなことでは神様はおろか、教会の人たちにも顔を合わすことができなくて――。


「はいはい、落ち着け落ち着け。それくらいにしとけよ」


「ひゃんっ」


 バタバタと慌てふためくメリッサをひょいとつまみ、貴大は彼女を扉の前に連れていった。


 そして自分はジャケットを羽織り、ボディバッグに筆記具や依頼書をひょいひょいと放り込んでいく。


「決めた。今日は外回りだ」


「え? え?」


「……よろしいのですか?」


「昨日はお前が行ってくれたからな。今日は俺が行くよ」


「……かしこまりました」


 何でも屋にも内勤、外勤というものがあり、時には街に出ていく必要もある。


 昨日の午後、貴大も少しだけ外出したが、ユミエルは朝から晩まで街を巡っていた。それを今日は貴大と、そしてメリッサがやろうというわけだ。未だ混乱している少女の手を取って、貴大は通りへ通じる扉を開いた。


「それじゃ、行ってくる」


「……行ってらっしゃいませ」


「えええ~~~……?」


 ユミエルの見送りを受けて、ひょいひょいと街へ繰り出していく貴大。


 そんな彼に引きずられ、聖女様は何でも屋の外回りへと連れていかれるのだった。






 グランフェリアは十万都市である。


 大河の河口、そして湾を中心に広がる街には、いつも多くの人が集まってくる。


 一時期は不吉な噂、不可解な出来事によって旅人の足も遠のいていたが――勇者の安全宣言により、これまでの反動のようにドッと人が押し寄せてきていた。


 陸から海から、あるいは空から、花の都へと集まってくる人々。その人の群れをかき分けるように、貴大とメリッサは上級区へと向かっていた。


「はぐれるなよ」


「うわわ……」


 すいすいと進む貴大とは対照的に、あちらにぶつかり、こちらで止まり、思うように前に進めないメリッサ。その都度、彼女の手を引きながら、貴大はなるべく進みやすい道を選んでいる。


「すごい人出だね。お祭りみたい」


「お祭りっちゃあお祭りかもな」


 これまで滞っていたものが一気に流れ始めたのだ。


 あれが足りない、これが足りない、人がいない、馬がいない、荷馬車が足りない、箱もない。


 それを補うために、国内各地から人や物が押し寄せてきている。いくつかの騒動で逃げ出した商人も戻ってきて、おかしな話、今のイースィンドは復興特需のような状態にあった。


 そんな中、何でも屋に任される仕事はというと――。


「お届け物ですよ」


「あら、ありがとう」


「お手紙ですよ」


「おっ、すまねえな」


「頼まれたもの、作ってきましたよ」


「はいはい、今、確認しますね」


 大通りから路地へ、路地から大通りへ。


 そして路地から路地へと渡り歩き、荷物や手紙を届けていく貴大。


 こんなときにアイテム欄というものは便利なもので、彼は軽い足取りで移動をしては、次から次へと頼まれた品を渡していく。その慣れた動き、効率的な仕事運びに、感心したメリッサはほうと息を吐き出した。


「すごいね、タカヒロくん。何でも屋マイスターって感じがする」


「なんだそりゃ」


「すごく手際がいいし……道を歩いているときも、ぶつかったりしなかったし」


「ありゃ日本人の性質っていうか……まあ、慣れだよ、慣れ」


「慣れかあ」


「そうそう」


 肩を並べて路地を歩きながら、貴大とメリッサはおしゃべりをする。


 話の内容は貴大についてのことだ。先ほどからメリッサは、彼のあれがすごい、これがすごいとしきりに感心している。


「うーん、わたしもあんな風にできるかなあ」


「ま、物は試しだ。やってみな」


「え? いいの?」


「いいのって……手伝いに来たんだろ、お前?」


「あ、そうだった」


 またもや顔を赤くして、貴大から小包を受け取るメリッサ。


 照れ隠しに小さく笑い、彼女はすぐ近くにある民家へと近づいていく。


「えっと、荷物の確認をしてもらって、よかったら依頼書にサインをもらって……で、いいんだよね?」


「ああ」


「分かった。やってみる」


 依頼書と小包を何度も何度も見比べて、うんと大きくうなずき、ドアベルに手をかけるメリッサ。


 そのままカラン、カランと小さく鳴らし――主婦が出てくると、わずかに身を硬くした。


「あら、どちらさま?」


「あ、あのっ。何でも屋ですっ」


「何でも屋さん? お仕事を探しているのかしら」


「違うんです。その、これっ、お届けに来ました!」


「まあ」


 差し出された小包を見て、ほっそりとした主婦は頬に手を当てた。


「わざわざありがとうね。中身を見てもいいかしら?」


「どうぞっ」


 小包の包装を解き、品物に間違いがないこと、目立った傷などがないことを確認し、主婦は朗らかに微笑んでみせた。


「はい、確かに受け取りましたよ。サインはここでいいのかしら?」


「はい!」


 慣れた手つきでさらさらと依頼書にサインをして――。


 最後に貴大へも笑顔を送り、主婦は品物を胸に家の中へと入っていった。


「…………ふ~」


 内容的にはなんてことのない、ごく一般的なやり取りだ。


 しかしメリッサにとっては初めての仕事、何もかもが未体験の緊張の一瞬だった。


「こ、これでよかったの?」


「ああ、上出来だ」


 終わったというのに未だに硬い表情のメリッサ、そんな彼女の頭に手を置いて、ぽんぽんと軽く叩く貴大。


 それを受けて、ようやくメリッサは緊張を解き、大きく、大きく息をついた。


「ああ~、ドキドキした~」


「お疲れさん」


 メリッサの労をねぎらう貴大。


 彼は依頼書のサインを確認し、それをボディバッグの中へとしまう。


「な? 難しくはなかっただろ?」


「うーん、確かに。これならわたしにもできるかもしれない」


「そうか? じゃあ、本格的に手伝ってもらうか」


「うん、任せて! お手伝いするよ!」


 一度の成功で自信をつけたのか、大きく胸を張って笑うメリッサ。


 そんな彼女に小さく笑い、貴大は次の目的地へと歩き出した。






 中級区、そして上級区を回り、いくつかの依頼をこなした貴大とメリッサ。


 出先で食事を済ませたふたりは、また中級区へと戻ってきて、今度は冒険者ギルドへと向かっていた。


「ギルド経由で入ってきた依頼は、終わったら報告に行かなきゃいけねえんだ」


「ふむふむ」


「めんどくせえけど、これも決まりってやつだな」


 広々とした通りを歩きながら、何でも屋の仕組みについて話す貴大。


 何でも屋も冒険者ギルドの管轄下にあること。ギルドからは定期的に仕事が回されてくること。そしてそれをこなした場合、本部か支部に報告する必要があることなどを――。


 つらつらと説明していると、辺りには段々と冒険者の姿が目立つようになった。


「わっ、なんか雰囲気変わったね?」


「そりゃギルド本部のお膝元だからな」


 イースィンド国内の冒険者ギルド、その総本山とも呼べるのが、王都グランフェリアにあるギルド本部だ。


 コロッセオを思わせる円形の建物、威容を誇るロマリオ建築には、剣士や闘士、あるいは魔法使いなどが出入りしているのが見て取れる。


 門前市をなすという言葉があるが、ここではギルド本部がその中心だ。多くの冒険者たちが集い、彼らを相手に屋台や店が建ち、そして更に多くの人が集まって――と、雪だるま式に大きくなっていったこの区画。


 当然、冒険者の中には荒くれもいて、なかなかお上品に、お静かにとはいかない場所だが、この喧噪が貴大はそう嫌いではなくて――。


「って、いくら何でもやかましいな」


「そうなの?」


「ああ。なんかあったのかな……」


 喧嘩上等、血気盛んな冒険者たちだが、彼らは決して無秩序なわけではない。


 無駄な騒ぎは起こさない、堅気の人には迷惑をかけない。そこはきちんと守っているはずなのだが、今日に限って何やらギルド本部が騒がしい。


「よお、何の騒ぎなんだ?」


「おお、タカヒロか。いや、ちょっとな」


 道行く顔見知りに声をかけるも、言葉を濁して逃げていくばかり。


 かと思えば本部に走っていく集団も見えて、貴大はますます訳が分からなくなる。


「なんだってんだ」


 これでは埒があかないと、意を決した貴大は、人込みをかき分けてギルド本部に入っていった。


 すると、入ってすぐのギルドホールでは――。


「剣! 剣んんん! 立派な剣を作るのです!」


「斧だああああっ! 斧しかない! 斧以外、考えられない!」


「盾盾盾盾! 防御こそ最大の攻撃ーっ!」


「よっろっいっ! それっ! よっろっいっっっ!!」


「…………は?」


 混迷としていた。


 いや、そうとしか言えないほどに乱れていた。


 冒険者がチーム、あるいは派閥ごとに分かれ、何やら装備品の名を叫んでいる。剣だの斧だの、あるいは盾だの、好き勝手に叫び声をあげては、その声の大きさで相手の声を塗り潰そうとしている。そしてその中心には、苦虫を噛み潰したようなキリングと、テーブルの上に載せられた金属塊があって――。


「よお、タカヒロ」


「おお、アルティか。何があったんだ、これ?」


「あ、ああ……う~ん、これなあ」


 横手からひょいと現れた赤毛の少女、ギルドマスターの娘アルティは、この場の経緯を知らないわけがない。なのに彼女も口を濁すと、何やら言いにくそうに貴大を伺い見た。


「いや、ほんと恥ずかしい話なんだけどさ。でも大事な話で、あ~、つまりだな、その」


「うん」


「つまり、あれだよ、あれ。あれをどうするかって揉めてるんだよ」


「あれ?」


 頭を抱えたアルティが、ちょいちょいと指し示す先。


 そこには先ほどの金属塊が見えて、よくよく見てみると、それは貴大にも見覚えがあるもので――。


「あー、あれってあれか? マイン・ゴーレムの」


「そう、素材。勇者が持ってきたゴーレムの体の一部」


 ここでアルティは、はあと大きくため息をついた。


 そしてさも嫌そうな顔で、なおも大声を出している冒険者たちを横目で見た。


「討伐した証拠にって持ってきてくれたんだけどさ。これで装備を作ろうって話になったら、業突くな連中がギャーギャー騒ぎだして、剣にしろだの槍にしろだの……」


「はあ? なんでだよ? 作ったところで、それがもらえるわけじゃねえだろ? 飾りになるか、ギルドマスター専用装備になるかだろうし……」


「そうだよ。だけどな、タカヒロ。あいつらの紋章をよく見てみろよ。剣とか槍とか描いてあるだろ?」


「あー……」


 ここで貴大もようやく事態を呑み込めた。


 つまり、彼らは自分たちに所縁のある装備を作ってもらいたいのだ。伝説級の魔物から取れた素材、それを使って作られた装備は、きっと冒険者ギルドの宝となる。


 その宝物と自分たちが掲げる紋章に、いくらかの共通点があれば――それは他のグループとの明確な差となる。


「冒険者ギルドの宝は剣です。そして自分たちの紋章もまた剣。お分かりですね? この国の冒険者ギルドは、剣を象徴としているのです」


 なんて、権威付けにも使われるはずだ。


 もちろん何の根拠もない主張なのだが、とかく民衆は分かりやすい方向へと流れていく。


 それを避けるために、あるいは主導権を握るために、冒険者たちはああして大きな声で騒いでいるのだが――アルティはそれがどうにも情けなく思えるようだった。


「みっともねえ……冒険者が人のおこぼれで目の色変えてよ。どうせ言うなら、こんなもん勇者に突っ返すくらい言って欲しいぜ」


 とはいえ、今さらそのようなことは出来はしない。


 王家、魔法大隊、そして騎士団に配られた金属塊は、それぞれすでに高性能な武具へと鍛えられている最中だ。「これを使って、これまで以上に国を守ってください」と渡されたのだからそれも当然だ。むしろ返す方がどうかしているし、しかし、こうして揉めているのもまた問題で――。


「あー、もー! これだから貴族連中にやいやい言われるんだよ!」


 呆れた顔のアルティがそう言うも、それを気に留める者などここにはいなかった。


 普段は大鉈を振るっているキリングも、極めてデリケートな問題ゆえに判断をしかねている。


 最終的には鶴の一声で決めるのだろうが――それまでこの騒ぎが続くと思うと、少し問題ではなかろうかと貴大は思った。


「参ったな。これじゃ報告どころか……」


「タカヒロくん、困ってるの?」


「うわっ!? って、ああ、メリッサか」


 人込みに紛れ、いつの間にかはぐれてしまっていたメリッサが、柱の陰からひょいと顔を出した。


 何とはなしに事態を把握してはいるのだろう。件の金属塊をちらりと見て、メリッサはまた貴大へと顔を向けた。


「なんだか、みんな大騒ぎだね」


「そうだなあ。いつ終わるんだ、これ?」


「オレに聞くなよ」


「終わった方がいいの?」


「まあ、そうだな」


 混乱が収まらなければ報告も何もできたものではない。


 かと言って、素直に待っていたら日を跨ぎそうだし――たとえそうしたところで、事態が解決しているとはとても思えなかった。


(こりゃ、日を改めて出直すかな)


 その方がよほど建設的だと、貴大は思ったのだが――。


「わたし、説得してみる!」


「ええっ!?」


 なんと、メリッサがホールの中心へと駆け出していった。


 慌てて貴大が止めようとするも、彼女は笑ってそれを遮った。


「大丈夫。わたしだって何でも屋なんだから!」


 何度か手伝いをしているうちに、すっかり自信をつけたようだ。


 やる気満々のメリッサは、ひるむことなく冒険者たちの中へと入っていく。


「おいおい、冗談じゃねえって」


 言葉だけでどうこうできれば、世の中喧嘩や諍いというものはない。


 ましてや相手は気性の荒い冒険者たちだ。少女の細腕で対抗できる相手ではなく、たとえメリッサが聖女でも放っておける事態ではなかった。


 だから貴大は、慌てて彼女のあとを追おうとしたのだが――。


「まあ、任せてみろよ」


「アルティ?」


 意外なところから擁護の声があがった。


 アルティだ。冒険者の中の冒険者、誰よりも冒険者としての誇りを持っている彼女が、今回ばかりは不思議と部外者を庇っている。


「いいのか? いつもならよそ者が口を挟むなとか言うだろ?」


「構わねえよ。カッカしてるやつらにはいい冷や水になる」


「冷や水か……」


 喧嘩は止めてと、あえて可憐な少女を間に入れる。


 すると冒険者たちもいくらか正気を取り戻し、前向きな話し合いができるはずだ。


「それぐらいの理性はあるだろうさ」


 そう言って笑うアルティ。


 彼女の視線を追ってみると、なるほど、メリッサが向かった先では、ドタバタ騒ぎもいくらか収まってきているようだ。


「いかつくて喧嘩っ早い連中ほど、ああいった純真な子には弱いんだ」


「なるほどなあ」


 単純な冒険者たちをケラケラと笑い、一安心とばかりに柱にもたれかかるアルティ。


 釣られて貴大も足を止め、赤毛の少女の隣に並んだ。


(純真な子、か)


 確かにそれがいいのかもしれない。


 ああいった場に損得勘定のない子を入れると、過剰な毒気が抜かれるというものだ。


(あいつも大概、世間知らずだけど)


 人のためになろう、誰かのために役立とうという気持ちは本物だ。


 尋常ならざる力を持ってはいるが、メリッサが心優しい少女であることに変わりはない。


 そういった点はあの勇者と同じで、ふたりは似た者同士とも言える。そうすると、アストレアとメリッサは、案外仲良くなれるのではないかと貴大は考えて――。


「って、あ、あれ?」


 物思いから我に返ると、おかしな光景が目に入った。


 説得するメリッサ。大人しくなった冒険者たち。そこまではいいのだが、なんだか、全員の目から、ハイライト的な光が消えているような――?


「喧嘩しちゃダメだよ。みんな仲良くしようよ」


「うぉぉぉぉ……」


「そうだ」 「そうだ」  「そうだ」


「人類はみんな兄弟なんだよ? 喧嘩しちゃダメ」


「あぉぉぉぉ……」


「そうだ」 「そうだ」  「そうだ」


「戦いを止めよう? 武器を捨てよう? こんなものも捨てちゃおう?」


「ウォオオオオオオオ!!」


「そうだ!」 「そうだ!」 「そうだ!!」


「おいいいいいっ!?」


 いつの間にやら白い光をまとい、メリッサは両手を広げて愛の尊さを説いている。


 それに洗脳――いやいや、同調した冒険者たちは、喧嘩していた相手と抱き合って、得物や兜を放り捨てていた。


「みんな仲良く?」


「ワンフォーオール!」


「力を合わせて?」


「オールフォーワン!」


「よーし、平和と友情のダンスを踊ろう~」


「「「「ワオオオオオオオオオッ!!」」」」


 なんということでしょう。あれほどいがみ合っていた冒険者たちが、喜色満面、仲良く輪になって踊り始めました。


 その乱痴気騒ぎを止めることなく、次々と加わっていく人の群れ。笑顔が絶えないギルドホールの中心で、笑うメリッサは誇らしげにこう言うのです。


「見て、タカヒロくん。解決したよ~」


「ぜってー違う!!!!」


 ひとり叫ぶ佐山氏は、まず、一般常識を教えるべきだったかと、今さらながらに後悔するのでした。

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