表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
293/375

セピア色の街

「げっ」


「んだよ」


 朝っぱらから嫌なやつに会ってしまった。


 蓮華れんげ。倉本蓮華。一つ年下の女子高生にして、あのれんちゃんの妹だ。


 ということはつまり、こいつも俺のお隣さんってことになり、れんちゃんと同じく幼馴染ってやつになるんだが――。


「あ~、やだやだ。最悪。朝からテンション下がるわ」


「はあ? こっちの台詞だ。なんでこんな時間までいるんだよ」


「今日は朝練、お休みなの。帰宅部のあんたとは違うの」


「はいはい」


「ふんっ」


 まあ、こんなやつだ。


 見た目も性格もいいれんちゃんとは違って、こいつは外見だけのクソ女だ。何が気に入らないのか、昔から俺につっかかってきては、ギャーギャーギャーギャー、うるさいことこの上ない。


 それなのに外面はよく、俺以外にはいい顔しか見せないんだからたまらない。喧嘩をしたところでたしなめられるのは俺の方で、悪者扱いにもすっかり慣れた俺は、もうこいつをスルーするようになっていた。


 なのに蓮華ときたら、それさえ気に食わないみたいだ。


「ちょっと。待ちなさいよ。あんたに話があるの」


「ああ?」


「あのVRゲーム、おにぃを誘うの止めてよね」


「なんでだよ」


「勉強する時間が減るでしょ! 家族との時間も減るじゃない。あんなのに熱中するなんて、絶対おかしいわよ」


「そんなの人の勝手だろ」


「違うわよ。いい? ネットで見たけど、VRゲームに割く時間に比例して……」


「あ~、はいはい。はいはい」


 耳を塞いで倉本家の前を通り過ぎる。


 しかし蓮華はそれを許さず、俺の首根っこをつかまえて、説教を続けようとする。


「だいたいあんたは昔から~!」


「も~、なんなんだよ、お前は~!」


 朝っぱらからギャースカギャースカ、もう勘弁して欲しい。


 なんでいっつもこうなるんだ。俺はただ、登校しようとしてただけなのに――。


 ガチャッ。


「あ」


「ん?」


「おにぃ?」


 倉本家の玄関が開いて、れんちゃんが姿を見せた。


 よし、いいぞ。兄として責任を持って、こいつをどうにか鎮めてくれ!


「ん~……」


 れんちゃんはすたすたとこちらに歩いてくると、


「相変わらず、仲いいね?」


「「違うっ!!!!」」


 ちょっと天然ボケ気味な、のほほんとしたれんちゃんの声。


 それを思いっきり否定して、俺と蓮華はまたにらみ合った。






 最近、受験だ、大学だ、将来だとよく聞くようになった。


 先生はもちろん口にする。授業のとき、しょっちゅう話題にしては、俺たちに進路を意識させようとする。


 クラスのやつらも話し合ってる。やれ推薦だ、やれ受験だと、耳にする機会が増えた。


 朝にあった蓮華だってそうだ。れんちゃんの受験に響くから、ゲームは止めろだの何だのと、結局一歩も引かなかった。


 うちの親もなあ……段々と口うるさくなってきてるし、そろそろ本気になれとか言い出したし……。


 なんだかなあ。


「それで、貴大はどうするんだ?」


「あん?」


「進路だよ、進路! 進路希望の紙、書いたんだろ?」


「ああ、これなあ」


「って、まだかよ!」


 机に手を突っ込んで、ぺらりと紙をつまみ出す。


 今、俺がひらひらさせてるこれ。こいつがいわゆる「進路希望調査」ってやつで、生徒はこれを提出しなくちゃいけないらしい。


 でもなあ、正直、ピンと来ない。就職か? 進学か? 進学するとしたらどの大学で、学科はどんなものにするのか? 就職の場合の職種は? どんな職業になりたくて、具体的にどんな会社を受けるのか?


 なんて、今考えてもしょうがない気がする。だって俺は――。


「優介はいいよな。もう決まってて。工業系なんだろ?」


「んん? ああ、そうだよ。言ってるだろ~? 俺は将来、VRの研究をしたいって!」


「だよなあ」


 いわゆるVRオタクな優介は、趣味が高じて工業系の大学に進むらしい。


 まあ、そうなるだろうと思ってた。wikiの編集、VRでの数値調査、VRゲームの自作、VR機器の改造とか――色々やってるもんな。その全部を楽しんでやってるってんだから恐れ入る。好きこそ物の上手なれ、なんて言葉があるけど、優介の場合はまさにそんな感じだった。


「れんちゃんは政治家だって?」


「そうだよ。適性値が高いからね」


「すごいよなあ」


 れんちゃんはなんと政治家になるそうだ。


 そのためにいい大学に行って、海外にも留学して、名実共にある大人になるらしい。昔からただ者ではないと思ってたけど、やっぱり大物になるんだなあ。蓮華が鼻を高くするのも分かるし、俺をお邪魔虫扱いするのも分かる。


 やっぱいいよなあ。決まってるやつって。それに比べて俺なんて――。


「はあ、面倒臭ぇ。やっぱダメだ、考えたくね~」


「おいおい」


 進路希望調査の空欄をじっと見て、べたっと机に突っ伏した。


 何でも自由に書いていいって、選択肢多すぎだろ。勘弁してくれ、逆にそっちの方が困るんだよ。


「俺も適性値が高いのがあればよかったのに」


 分かりきったことをぐだぐだと、いつまでもぶちぶちと文句を垂れる。


 だって、しょうがないだろ? 【職業適性値オールC】。こんな数値で、何をどう頑張ればいいってんだよ。


「貴大って適性値オールCなんだろ? 偏りがなくていいじゃないか」


「何でも出来るってことだよね。俺はそっちの方がうらやましいかなあ」


「ポジティブすぎるわ!」


 物は考えようとは言うけどさ。Cじゃなあ~……。


 A、天職。B、向いてる。C、ぼちぼち。D、向いてない。E、止めとけ。


 AIによる職業適性調査、その五段階評価は極めて正確だ。その評価通りにやれば上手くいくし、職探しに困ることもない。


 それを信じずにEの職とか選んで、破産するやつもいるからな。AとかBとか、なるべくいい数値の職業から、進路を決めるのが鉄則だとみんな知っている。


 でも、俺はオールC。AIから直々に、「何をやってもほどほどにやれるよ」と太鼓判を押された身だ。AもBもなく、DもEもない。逆にすごいと周りは驚くけれど、こんなのすごくも何ともない。


 何でも出来る? オールC適性? なんだ、俺に何でも屋にでもなれって言うのか?


 何でも屋になって、街の連中の困り事を解決して……いって……。


『……何でも屋』


『……ユミ……エ……』


『……フリー………………ライフ』


「貴大?」


「っ!?」


 肩に手を置かれ、ハッと我に返る。


 なんだ? なんか今、何かを思い出しそうに……。


「どうしたんだ?」


「ボーっとしてたけど」


「い、いや」


 心配そうな顔。問いかけるような視線。


 それに何でもない、大丈夫だと、首を横に振ってはみたが――。


(なんか……忘れてる気が……)


 そんな気持ちが、いつまで経っても消えなかった。




「げっ」


 学校からの帰り道。


 珍しいことに、こんな時間に蓮華と遭遇した。


「あん? 部活はどうしたんだ? サボりか」


「違うわよ!! プールの整備で午後もお休みなの!」


「ふ~ん」


 まあ、どうでもいい話だ。


 相変わらずうるさいし、ここもスルーの一手だな。そう決めた俺は、いっしょにいたれんちゃん、優介の背中を押して、その場からそそくさと――。


「レンゲちゃ~ん! 久しぶり~!」


 優介がするりと俺の手から逃れ、喜色満面、蓮華に挨拶をした。


 チッ……そうか、こいつ、蓮華にはデレデレだったな。


「元気してた?」


「はい! 上島先輩は勉強の方、順調ですか?」


「そりゃもうバッチリさ! この前なんて、大学にまで行って、AI工学の教授とさ~」


「すごい!」


 鼻高々といった調子で、後輩らしい態度の蓮華に自慢をはじめる優介。


 こうなると長いぞ。ひょっとすると、蓮華を同行させようとするかもしれない。


 せっかく男三人、気がねなくポテトでもつまもうと思ってたのに。そこに蓮華なんて連れていってみろ、台無しどころか、俺だけ不当な扱いを受けかねない。


 具体的には、あいつ、俺のポテトだけつまみ食いする。させるか蓮華! てめーは家で焼き芋でも食ってろ!


「しっ! しっ! ほら、さっさと帰れよ。俺たちゃ、これから駅前まで行くんだよ」


「残念でした~! わたしも駅前まで行くの」


「はあ? なんでだよ」


「参考書買いに行くの! バカヒロとは違って、わたし、真面目なんだから」


「真面目~? うんこのキーホルダー集めてるやつが何言ってんだよ」


「あれは趣味なんだからいいでしょ!!」


 くそっ、失敗した!


 下手におちょくってしまったせいか、蓮華はギャンギャンと俺に噛み付き始めた。こうなると面倒なんだよなあ、こいつ。さて、どうしたものか――。


「やっぱり仲いいよねえ、ふたり」


「「違うっ!!」」


 またハモってしまった……憎々しげな蓮華と舌打ちし合い、俺たちはふいっとそっぽを向いた。


「ふたりとも飽きずによくやるなあ」


「仲いいよなあ。うらやましい」


「ちげーよ。馬鹿なこと言うな」


「そうですよぅ! なんでわたしがバカヒロなんかと!」


 ビシビシ! ゲシゲシ!


 突っついたり、軽く蹴ったり、ゆるい応酬を交わしつつ、俺と蓮華は駅に向かって進んでいった。


 なんか結局、いっしょに行動するらしい。四人に増えた俺たちは、国道沿いの大きな歩道を揃って歩く。


「しかし、レンゲちゃんももうすぐ二年生か~! 早いもんだねえ」


「そういう先輩はもうすぐ三年生ですよ?」


「実感ないなあ。なんか年々、時間の進みが早く感じる」


「ぼやぼやしてると、あっという間に大人になってそうだね」


 歩きながら、蓮華たちは取り留めのないことを話している。


 ああ、やだやだ。適性検査、進路希望調査、三年になって、次は大人か。


 考えたくもないな。出来ればずっと、学生でいたい。今の状態がずっと続けばいいのに――。


『……いけませんよ、ご主人さま』


『……誰も子どものままではいられません』


『……大人になって、世のため人のため、働くものです』


 はいはい。分かってるって。耳が腐るほど聞いたわ。


 働きゃいいんだろ、働きゃ。俺だって成長したんだ。それぐらい分かってるし、最近は言われなくても働いてるだろ?


『……その通りです』


『……ご立派ですよ』


『……ですが』


 大丈夫。分かってる。


 何をすればいいのか、何をしちゃくちゃいけないのか、本当はもう分かってる。


 だって俺はもう  じゃなくて


 この  風景も      もう   過去の


(………………えっ?)


 ……………………。


 ……………………。


 ……………………。


「おい、どうしたんだ?」


「具合でも悪いのか?」


 優介とれんちゃんが問いかけてくる。


 やはり問いかけるような顔で、どうしたのかと聞いてくる。


 それに俺は「何でもないよ」と返し、今度こそ、俺たちは駅前の繁華街へと向かった。


 その途中、夕焼けに染まる街を振り返り見る。都会とも田舎とも言えない、中途半端なベッドタウン。俺が生まれ、育った街。たった一つの俺の故郷。


「……うん」


 やっぱり俺、この街が好きだ。この街と、こいつらと、この日常が何だかんだで好きだ。


 退屈で、面倒で、煩わしくて、いいことばかりじゃないけれど。


 こんな毎日が、いつまでも続けばいいなと――。


 心から。そう、心からそう思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ