巣作りカオス・ドラゴン
「はい、お冷やです」
「「「ありがとうございます」」」
「クッキーもど~ぞ」
「「「ありがたくいただきます」」」
十の竜人が口を揃え、一斉にカオルやケイトに頭を下げた。
顔も髪型も似通った黒いドレス姿の竜人たちは、まずは上座のルートゥーにクッキーを献上し、彼女が口をつけてから同じようにクッキーを口へと運んだ。
美味しくて喜んでいるのか、黒い翼やしっぽをパタパタと動かす竜人たちは、その動作さえ鏡に映したもののようで、ルートゥーの隣でそれを見ていた貴大は頭がくらくらするようだった。
「ルートゥー配下の『シャドウ・ドラゴン』ねえ」
ルートゥーに率いられ魔の山から飛来したのは、レベル250の上級ドラゴンたちだった。
今は竜人の姿に化けてはいるが、シャドウ・ドラゴンといえば恐るべき魔物であり、雑魚に分類される魔物の中では上位に位置する怪物だ。
一体でも憤怒の悪鬼やアビス・アント、名もなき悪魔をまとめて相手取ることができる影の竜。貴大でさえも苦戦するであろうドラゴンたちは、しかし、意外にも友好的な態度を示していた。
「タカヒロ殿、お噂はかねがね。日ごろから挨拶に伺おうとは思っていました」
「は、はあ」
ポニーテールの個体が、丁寧に梱包された菓子折りを貴大に渡す。
「始めまして。いつも姫様がお世話になっております」
「ど、どうも」
ツインテールの個体は、小ぶりの宝石箱を貴大の前へ置いた。
「つまらないものですが……」
「あ、いえいえ。とんでもない!」
三つ編みを体の前に垂らした個体は、上等なワインを惜しげもなく差し出した。
墨を垂らしたような黒髪、黒目のシャドウ・ドラゴンたちは、一様に微笑んでいて、誰もが貴大に友好を示している。
(ルートゥーに好かれているからか?)
おそらくそうなのだろうと当たりをつけて、貴大はゆっくりとうなずいた。
「でも、何でこのタイミングなんだ? 紹介するにしても、もう少し落ち着いてからの方がよくないか?」
昼間は壁代わりの木戸を開け放っているまんぷく亭からは、通りがよく見通せる。
同じ通りのパン屋や道具屋、鍛冶屋が見えるし――半壊状態のフリーライフもよく見えた。
何度見てもため息が出そうな我が家を指差しながら、貴大は隣でふんぞり返っていたルートゥーのわきをつついた。
「せめて家を直してからさ」
「いや、違うぞタカヒロ。我はまさにそのためにこやつらを連れて来たのだ!」
「ええ?」
戸惑う貴大に、ルートゥーは自慢げに腕を組み、胸を張ってこう答えた。
「我は常々こう思っていたのだ。我らの愛の巣というには、あの家はちと狭いとな」
「はあ? いや、三人だと広いぐらいだろ。何か不満でも……」
「宝物庫がないではないか! 酒蔵もない。地下迷宮もない! ドラゴンとしては我慢がならぬ!」
「ああ、お前ドラゴンだったな」
風呂上りはシャツ一枚でおへそを見せてごろごろし、寒い日はちゃんちゃんこ姿で炬燵に籠ってとろけていた。
そんなルートゥーがドラゴンだなどと、いったい誰が信じよう。つい先日も背中に乗っていた貴大ですら、彼女の種族については失念していた。
「そうだ、ドラゴンなのだ。それも上位のカオス・ドラゴンなのだ。そんな我がうさぎ小屋で愛を営むなど、笑い話にすらなるまい?」
「うさぎ小屋……」
若い独身者の自分には分不相応かな? と思っていた一戸建てを小屋呼ばわりされ、貴大は何だかアンニュイな気分になってしまった。
しかし、それもこれもルートゥーの――あの巨大なカオス・ドラゴンの言うことだと考えれば、それほど腹も立ちはしなかった。
「まあ、お前には手狭だよな」
「そうなのだ」
うむ! と大きくうなずくルートゥーを見つめていると、貴大は彼女の言い分を聞いてもいいかなという気持ちになってきた。
彼女については騒動ばかりが思い出されるが、決してそれだけではなく、ジパングへの旅行など頼りにしている部分も多い。
足代わりに使ったり戦力を頼りにしたりと、使うだけ使ってほったらかしというのは人としてよろしくない。貴大はこれもいい機会だと考えて、ルートゥーの意見も取り入れることにした。
「じゃあさ、三階はワンフロア丸々お前にやるか。どーせ部屋も余ってたし、二階は俺とユミィが使ってもまだ余裕があるし」
「は?」
「何なら屋根裏部屋も使っていいぞ。あ、ただ、ユミィの菜園用品は置かせてやって……」
「むー!」
貴大の大胆な改築案に、しかしルートゥーは頬を膨らませて不満を露わにした。
ポカポカと肩を叩いてくるルートゥーをいなしながら、貴大は不思議そうな声を上げる。
「何だよ、まだ足りないのか? でも、さすがに二階も使うとなると、家主としては……」
「違う! 違うのだ!」
ピシャンと貴大の言葉を遮ったルートゥーは、翼を広げてこう言った。
「どうせ立て直すなら、徹底的にやるのだ! カオス・ドラゴンの巣に相応しい城を……この王都に築くのだ!!」
「「「やりましょう、姫様!」」」
「うむ!」
シャドウ・ドラゴンたちの喝采を浴びたルートゥーは、満足そうに腕を組んでうなずいていた。
対して、フリーライフの家主である貴大は、
「……は?」
突拍子もない提案に、目を丸くして呆けていた。
トンテンカン、トンテントン。トンテンカン、トンテントン。
リズミカルに響く槌の音に、通りかかった者はみな顔をほころばせ――直後、驚きの声を上げることになる。
「柱持ってきてー」
「はーい」
「ここ掘ってー」
「はーい」
あっという間に更地にしたフリーライフの周辺を、シャドウ・ドラゴンたちが元気に駆け回る。地面を掘り、柱を立て、フリーライフを一回りも二回りも拡張していく。
骨組みの時点で貴族の屋敷か小国の城かと見まごうような巨大な建築物を目にして、凍りついていた貴大はようやく小さく痙攣を始めた。
「か、かかか……!?」
ぷるぷると震える手を上げ、大きくなっていく我が家を指差す貴大。彼の隣に並んだルートゥーは、どうだとばかりに自慢げに応えた。
「ふふん。我の部下の働きぶりに舌を巻いておるな? まあ、それも仕方がないこと。我が薫陶を受けたシャドウ・ドラゴンたちは、あらゆる分野において一流の……」
「ち、違うわーっ!!」
ルートゥーの後ろ頭を勢いよく叩いて、貴大は冷や汗をかきながら悶絶した。
「あわわわ……ど、どうするんだよ、お前ぇぇぇ……!? ご近所さんに! ご近所さんに殺されるぅ!」
顔を青白く染めた貴大は、通りに集まってきた人々の中から壊された家の住人たちを探していた。
弁償すれば――いや、事後承諾など許されるわけがない。自分が同じことをされれば、怒る程度では許さないだろう。
積み木を崩すように分解された家の跡を戦々恐々と見つめながら、貴大はルートゥーの肩をつかんで何度も揺さぶった。
「何をするのだ、タカヒロ。少し乱暴だぞ?」
「嬉しそうな顔をするな、このクソドラゴン……!」
わずかに頬を染めるルートゥーに頭突きをかまして、貴大は彼女に説明を求めた。
なぜ、このような暴挙に出たのか。このような横暴が許されると思っているのか。答えてみせろと彼女に迫ったのだが――。
「ああ、根回しならできているぞ」
「なぬ?」
「前々から近隣住民と交渉しておったのだ」
あっけらかんと笑顔を見せたルートゥーに、貴大はまたまたフリーズしてしまった。
「こう見えて我は1000歳は生きている。人間が何をすればどう思うのかは知っているし、人間のルールも尊重しているぞ」
「は? いや、お前、その割にはドラゴンの姿で襲来したじゃん……」
「あの時は昂ぶる恋心を抑えることができなかったのだ」
「やかましい」
頬に手を当てていやんいやんと身をよじるドラゴンにチョップを入れて、貴大は少しだけ安堵の息を吐いた。
根回しができている。ということは、少なくとも同意の上で土地や建物を買い取っているのだ。ルートゥーはドラゴンらしく宝物をいくつも持っており、金は唸るほど持っている。その財力をもってすれば、中級区の一角を丸ごと買うことさえ可能なはずだ。
それをしなかったということは、ルートゥーもある程度はわきまえているということだ。唯我独尊ドラゴンだ、恐怖の龍帝だと馬鹿にしていた貴大も、今回の手際にはすっかり感心してしまった。
「はあ、まあ、それで? いくら使ったんだ?」
「うん?」
「ちゃんと先方が納得するだけの額は出したんだろうな?」
軽い調子で笑いながら、貴大がルートゥーに問いかける。
これに対し、きょとんとした顔のルートゥーは――。
「いくら? 人間の通貨など知らぬな。金の延べ棒を何本か放り投げたら、野良犬のように飛びついて承諾してくれたぞ」
「は?」
「『私はあなた様の僕であります! 何なりとお申し付けくださいませ! 靴を舐めろとおっしゃってくださいぃ!!』などと言っておったな。快く取り引きに応じてもらえて何よりだった」
「ちょっと待て自称知識人」
「ぬわーっ!?」
貴大のアイアンハングを受け、片手で持ち上げられるルートゥー。
小さな頭を万力のように締め付けられた混沌龍は、さすがに悲鳴を上げて手足やしっぽをじたばたと暴れさせた。
「あんまり目立つことはするなって言ってただろうが……ああ?」
「純度の高い金塊にみんなひざまずいて、尻を振って喜んでいたのだ! な、何が問題なのだ!?」
「それが問題なんだよ……!!」
「ああーっ!!」
ギリギリと音を立てて軋む頭に、ルートゥーはとうとう悲鳴を上げた。
体をピーンと突っ張らせて硬直する主の姿に、シャドウ・ドラゴンたちがやにわにざわめきだす。野次馬たちからも非難めいた目を向けられて、貴大は舌打ちをして右手の力をゆるめた。
「ふん。まあいいのだ。タカヒロも完成した我が城を見れば、どうぞ自分の家もつなげてくださいと言うに決まっているのだ」
「あっ、おい! ちょっと待て!」
「待たない! まずは城を完成させる!」
貴大の手から逃れたルートゥーは、翼を広げてぴゅーと飛び立ってしまった。その後ろ姿をシャドウ・ドラゴンたちが見送っていたのだが、彼女たちは何事もなかったかのように作業を再開した。忠実な部下というものは、主からの命令がない限りは動きを止めないものである。
「あー、あー……おいおい、ちょっと待ってくれよ……」
黒い竜人少女たちは貴大の言葉には耳を貸さず、せっせせっせと建材を運び続ける。大工顔負けの手際のよさで、見る見るうちに龍の巣が出来上がっていく。
「はあ……まあ、ここまで来たらしょうがないけどさ……」
騒動の予感に頭を痛ませながら、貴大はため息を吐いた。
そして、
「どうせ建てるなら、まずは俺の家から直してくれよ……」
まだ半壊状態の我が家を見上げ、また大きく息を吐いた。
王様「ヴォールスの件も一件落着だな!」
側近「いやはや、まったく!」
二人「「わはははははは!」」
彼らはまだ気づいていない。ヴォールスが失禁しながら逃げ出すような戦力がグランフェリアに入り込んだことを……!
いよいよドラゴンズネストが出来上がるルートゥー編。三話もお楽しみに!




