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フリーライフ、崩壊

 温泉に浸かり、山海の珍味に舌鼓を打ち、あん摩で体を解した貴大たちは、一月七日の朝、ようやくグランフェリアへと帰ってきた。


「さーて、そろそろ働かなきゃユミィに怒られるな?」


 冗談めかして笑う貴大に、釣られて少女たちが笑顔になる。ルートゥーの背に乗って一緒に帰ってきたロックヤード一家も朗らかに笑い、一同は足取りも軽く王都近くの丘を越えていった。


 そして、彼らは目にした。


 所々が崩れた城壁を。王都に残された戦いの傷跡を。それと――ピンポイントに破壊された、何でも屋〈フリーライフ〉の姿を。


「……は?」


 アイテム欄に入りきらなかったお土産を、手からどさりと落として呆ける貴大。


「……はい?」


 彼の隣で彫像のように固まるユミエル。


「な、な、な……!」


 少し前まで温泉で磨いた肌をつやつやとさせていたルートゥーは、おこりにかかったようにわなわなと震え、


「何が起こったのだーっ!?」


 大きくのけぞって、半壊したフリーライフへ向かって叫び声を上げた。


「えっほ、えっほ」


「よいしょ、こらしょ」


 穴の開いた大通り、激戦区となった王貴区へ向かい、大工が石材を運んでいく。


「炊き出しだよー! 炊き出しだー!」


「お腹が空いた人はみんなおいでー!」


 近所の公園からはいくつもの湯気が立ち昇っている。


 グランフェリアに何かが起きた。戦争とまではいかないまでも、それに類する何かが。


 ドラゴンが来襲したか、はたまた大規模なテロでも起きたのか。十日近くも王都を留守にしていた貴大には想像することしかできなかったが――。


「や、や、野郎! ぶち殺してやる!!」


「ガオオオオオーーー!!」


「……恨みはらさでおくべきか」


 いくつもの思い出が刻まれた自宅を壊されて、佐山一家はとりあえず殺気立っていた。







 衝撃的な帰宅から小一時間後。


 貴大が帰ってきたことを知った人々は、まずは彼らの無事を喜んだ。


「わんわんっ!」


 千切れんばかりにしっぽを振って、後ろから貴大にのしかかるのはクルミアだ。


 貴大やカオルたちが旅行に出かけていたことは知っていたが、それでも不安だった犬獣人の少女は、無事の再会に体全体を使って喜んでいた。


「それで、そのヴォールスとかいうのが暴れたわけか」


「ええ、そうです。生前に王都に潜ませていた使い魔を一斉に活性化させ、王貴区、上級区を中心に暴れ回ったのです」


「手強い魔物が空き家や倉庫からぞろぞろ出てきてさ。場所が下級区だったらすごい数の犠牲者が出てたな」


「『王の命を狙っている』ということを信じさせるため、戦力を王城へ集中させたんだね。おかげでヴォールス本人への対処は後手後手だったよ」


「結構ヤバい状況だったんだな」


 背中のクルミアをあやしながら、貴大はフランソワ、アルティ、エルゥから話を聞いていた。


 幸い、破壊されたのは上の階だけであり、一階は損傷もほとんどなく残っていた。天井に大穴が開いているのは痛かったが――腰を落ち着けて話をするには問題のないリビングで、貴大は当日のことについて更に質問をぶつけた。


「しかし、あの古代迷宮を狙ってたわけか。まあ、あそこで鍛えればレベル250も夢じゃないけど……そうなる前に百回ぐらい死ぬぞ」


「ですわね……あら? 先生は古代迷宮についてご存じでしたの?」


「オレもヴォールスの件で知ったぐらいなのに。オレの親父みたいに、対策委員会に入ってたのか?」


「あ、ああ、いや。帰る途中に近所の人から聞いたんだ」


「ふうん……?」


 たじろぐ貴大を怪訝そうに見つめる少女たち。彼女らの追及を何とか誤魔化しながら、貴大は内心冷や汗をかいていた。


(『実はとっくの昔に見つけて、中に入っていました』なんてことが知られたら、報告責任だとかで面倒臭いことになりそうだな。後でもう一回、初代学園長の口を封じに行くか)


 ぎこちなく笑いながら、貴大はお茶を口に運んだ。


 彼の不安を知ってか知らずか、お茶のおかわりを運んできたユミエルは涼しい顔をしていた。


「しかし、何だ。俺の家をぶっ壊したやつはもう死んでるのか。憂さ晴らしに殴ろうにも相手がいないとか、なーんかもやもやするなー」


「だよなあ。オレもあいつの使い魔としか戦わなかったし」


「私なんて、勝利を確信したヴォールスが『この王都は! 地下の古代迷宮は私のものだ! ふははははー!』と笑う巨大な立体映像を目にしただけだからね。復活した仕組みを解析するヒマもなかった」


「俺がいる時に暴れてくれれば、家が壊される前に片づけたのにな」


「まったくだな!」


 余裕綽々の貴大の態度に、少女たちはわははと声を上げて笑った。


 しかし、フランソワだけは青い顔をして、珍しくも挙動不審な態度を見せて――。


「い、いやですわ、先生ったら! ヴォールスは国家を相手取る強敵。今回も初代学園長の尽力がなければ危ないところでした。先生が一人でどうにかできるほど、容易い相手ではありませんわよ?」


 震える声でおほほと笑うフランソワに、一同は不思議そうな目を向けて、


(ああ、そういえばこの子は知らなかったな)


 と納得していた。


 貴大であれば単身でヴォールスに勝てること。貴大が実は龍殺しの黒騎士であること。


 この場で知らないのはフランソワとクルミアだけだと気がついたアルティとエルゥは、お嬢様の話を特に否定することなくお茶を飲んでいた。


「先生。気をつけなくては、どこで人に知られるか分かりませんわよ?」


「お、おう」


 何とか場を誤魔化せたと思ったフランソワは、貴大を連れて台所へと移動していた。


 貴大に耳打ちをして、こっそり台所をのぞくクルミアに愛想笑いを向け、『自分だけが先生の正体を知っている』と勘違いしているお嬢様は貴大にもう一度念押しをした。


「腹心の報告で、先生がハロルドゆかりの屋敷を『掃除』して回ったことは知っています。おかげで王城包囲網が不完全になったことも分かりました。ですが、そのご活躍をあえて隠されるというのでしたら……迂闊な発言はひかえてくださいましね?」


 赤いドレスのすそをひるがえし、訳知り顔でリビングへと戻っていくフランソワ。


 台所へ戻ってきたユミエルといっしょに、貴大は何とも言えない微妙な顔で勘違いお嬢様を見送っていた。






 現状確認が済み、訪問客も帰っていって、貴大はいよいよ自宅の修繕に取りかかることにした。


 ご近所さんの話によれば、北から流れ弾が飛んできて、見事に直撃したとされる何でも屋〈フリーライフ〉の住居部分。折れた木柱の断面も生々しい二階の私室――だった場所に立ち、貴大はえぐれたような我が家を見上げた。


「これは、修繕ってよりも立て直した方が早いっぽいな」


 魔力弾がいくつも貫通し、風通しがよくなった二階、三階。内部から魔力弾が爆ぜ、跡形もなくなった屋根裏部屋。華美に装飾されたルートゥーの寝室は家具ごと崩壊し、部屋の主は怒りのあまりいずこかへと飛び立っていった。


 元は大店だったこの建物を買い取って、重点的に改築した浴室は見る影もない。煤けてしまったこだわりの空間を見つめ、貴大は力なくため息を吐いた。


「一階は無事だから、とりあえず下に私物を集めて……上は一度、解体するか」


 机の引き出しから思い出の品をいくつか取り出しながら、貴大は建て替えのプランについて考える。


 前と同じように直すか、それとも心機一転、がらりと間取りを変えてみるか――。


 被害の少ない近所の家々を見つめながら、貴大はまた、大きくため息を吐いた。


「……ご主人さま。これからどうなさいますか?」


「とりあえず荷物を倉庫に移してくれ。俺はちょっと大工んとこ行ってくる」


「……了解しました」


 屋上から運んできたハーブの鉢植えを胸に、ユミエルがぺこりと頭を下げた。


 表情は変わらないが、彼女もいくらか落ち込んでいるのだろう。短くはない付き合いから、貴大はユミエルの落胆を読み取ることができた。


「まあ、古い建物だったからな。リフォームはそのうちしようと思ってたんだ。だから、まあ、いい機会だったと思おうぜ?」


「……はい」


 頭を撫でてくる貴大を見上げながら、ユミエルはそっと体の力を抜いた。


 そこで初めて自分の体が強張っていたことに気がついて、小さなメイドはほんの少しだけ驚いた。


(……ご主人さまの……いえ、私たちの家ですから)


 数年前までは執着というものを持たなかった少女は、我が家の半壊に悲しさを覚えるほどになっていた。


 その変化を自分でも意外に思いながら、ユミエルはその原因である青年をじっと見つめた。


 よく笑い、よく泣き、よく騒ぎ、よくトラブルに巻き込まれるユミエルの主。ぐーたらで面倒臭がりな、でもお人よしの青年のことを見ながら、ユミエルは彼とともに暮らした日々を思い返していた。


(……あれは)


 貴大が手に持っている小物を目にして、ユミエルはこの家に来た日のことを思い出した。


 愛玩奴隷をメイドとして扱う奇妙な主。どこか自分に似た空虚さを持ったおかしな青年。よかれと思って彼の部屋を掃除して、思い出の品をゴミとして捨ててしまったことが二人の始まりだった。


 当時は貴大がなぜ怒ったのか、貴金属でもない品にどうして執着していたのか分からなかったユミエルも、今なら彼の気持ちが理解できた。思い出というものの大切さが、誰に教わらずとも分かっていた。


(……家が壊れてしまったのは悲しいけれど、私はこうして覚えている。それが大事なこと)


 あの時、自分を抱きしめてくれた貴大も、同じように考えていたのだろうか。ユミエルは優しく笑う主人を見上げながら、しばしの間、物思いにふけっていた――。


『ははははははは……!』


「むっ!?」


 貴大とユミエル、二人が織り成す温かな空間に、突如として不気味な笑い声が振ってきた!


『ふはははは……!』


「な、何だ……!?」


 これは一体――何だ――?


 まるでカオス・ドラゴンの笑い声のような――魔の山に住まう混沌龍が調子に乗った時に漏らす音のような――不吉な予感を覚えさせる声が、フリーライフを中心に響き渡った!


『わーはははははは!!』


「あ、あれは!!」


 恐怖! 平穏が訪れたグランフェリアに、再び忍び寄る黒い影!


 甘い空気を吹き散らし、空から舞い降りた怪人の正体とは――!


「はーははははは! 家が壊れたのはむしろ好機である! 今こそ我が力を見せる時! この都に我らが愛の巣を作ろうぞ、タカヒロ!!」


「や、止めてぇーーーっ!?」


 お供の竜人たちを引きつれて、威風堂々、翼を広げるルートゥーだった――!


 平和と穏やかな日々を何より貴ぶ佐山貴大さん。彼の閑やかな生活は、どうやら十日と続かないようだった。





クルミア「あ、あれは!?」


ゴルディ「龍の巣だよ……!!」


巨大積乱雲もびっくりなドラゴンネスト化計画は、果たしてうまくいくのでしょうか?


ルートゥーさんには今こそシンプルイズベストの言葉を贈りたいものですね。


次回もお楽しみに!

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