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決戦! グランフェリア!

話が話だけに大ボリュームとなりました。


最終幕へと続く戦いに、貴大は果たして!?


最後のサイドストーリーズ、お楽しみください(・ω・)b


 王都に激震が走る――!


 死んだと思われていた男。確かに討伐したはずの魔人。ヴォールス・V・ハロルドが再びこの都に現れたのだ。


 新年祭が終わり、賓客は軒並み帰国していたことが唯一の幸いだったが、諸手を上げて喜べないのがこの問題の難しさだ。


 王家に対して明らかな害意を持つ存在が、まだ残っているではないか――。


 対策会議の場で、王族の一人が激昂したのも無理からぬ話であった。何しろイースィンドの懐に、よりにもよって『あのヴォールス』が潜り込んだのだ。外道のヴォールス、ハロルド家の異端児、イースィンドの面汚し。彼を罵る言葉は無数にあって、そのどれもに恐れと怯えが含まれていた。


「悪神との契約。禁術の開発。購入した奴隷で人体実験、か。やりたい放題だな、こいつ」


「だね。エルゥ先生よりイカれているよ」


「上には上がいるものだな……」


 偶然なのか、それともヴォールスの魔力によるものなのか、空に黒雲渦巻く一月四日のグランフェリア。


 上級区のシンボルの一つである王立グランフェリア学園にて、アベルとヴァレリーが名鑑をのぞき込みながらのん気に世間話に興じていた。


「でもさー。ちょっと頭のネジが取れすぎてるよね。昔に比べて、騎士団やスキルの質も上がってるのに」


「ああ。ロートルが今さら復活したところで、脅威らしい脅威にはならないだろう」


「なのに、みんなビビっちゃって」


「情けない」


 制服姿の赤毛と栗毛の少年たちは、憤懣やる方ない、あるいは見損なったという顔を王城の方角へ向け、また名鑑を読み上げてはううむと唸った。


「レベルは210か。一昔前の人にしてはよく上げたと思うけど、勇者なんかと比べると明らかに見劣りするよね」


「老人たちがあそこまで慌てふためく理由が分からん。たかが悪人を過大評価しすぎだと思う」


「そうだね。僕もそう思うよ」


 若者ゆえの万能感と偏見から、二人は事態を甘く見ていた。


 ヴォールスだかハロルドだか知らないが、骨董品のような魔法使いに何ができるというのか。魔法の世界は日進月歩、昔は『悪い魔法使い』として恐れられたかもしれないが、今さら出てきたところで通用しないのは目に見えている。


 そもそも、今の時期に仕かけるというのが間抜けだ。各地から名だたる豪将が集まってくる年明けに姿を見せるなど――討伐してくださいと言わんばかりの愚行である。


 あのカオス・ドラゴン騒ぎがそうであったように、すぐに終沈するだろうさ。


 ヴォールス・V・ハロルドという人物を話や情報でしか知らない二人は、『災厄』とまで呼ばれた魔法使いのことを完全に侮っていた。


 ……彼らはもっとよく考えるべきだった。王侯貴族や名だたる戦士たちが、なぜ危機感を募らせているのか。戦時の際はシェルターにもなる王立学園へ、なぜ子どもたちを集めているのか。老人たちの、大人たちの忠告を、今こそ若者たちは聞くべきだった。


「新年早々、学園に籠っているというのも辛い話だな……ん?」


「どうしたの?」


「いや、あそこ……ほら、何だあれ? 学園迷宮に向かってるぞ」


「えっ? あっ、本当だ! ス、スライムか!?」


 戦時下と同じ状況にあるというのに、ヒマを持て余し、面白そうなものを探す少年たち。


 彼らはすぐにも窓の外に奇妙なものを見つけ、好奇心に瞳を輝かせた。


「ヴォールスとやらが召喚した魔物か? それとも使い魔か?」


「いいさ。すぐそこだ。行って確かめよう」


「ああ、そうだな」


 いたずらっ子のように笑う二人は、一階の空き教室の窓からぴょんと飛び出して、黄金色のスライムの後を追った。


 二人はついぞ、頭上に渦巻く暗雲の不吉さに気づくことはなかった。







 A・Pは焦っていた。


 このままでは手遅れになると、下へ、下へと急いでいた。


 粘液でできた体を動かせて、滑るように学園迷宮を進んでいくA・P。学園全体の防御に魔力が回されているのか、迷宮は簡素な構造となっており、魔物や罠は存在しない。


 A・Pは芽生えたばかりの知能で、これを幸いだと考えていた。これなら間に合う。間に合うのだと喜びすら感じ、A・Pはただひたすらに最深部を目指した。


『……ム』


 しかし、地下二十階。大部屋が連なる階の奥で、彼の行く手を阻む者がいた。


「お前は何だ? 王都に魔物が入り込むなど、尋常ではないな」


 自信に満ちた顔で不敵に笑う、全身鎧を着込んだ赤毛の騎士。


 身の丈ほどのランスを構える彼の名は、ヴァレリー・ダントリク。


 みなぎる闘志を炎と燃やす若き《パラディン》は、階下へ続く扉の前に立ち、奇妙な軟体生物をにらみつけた。


「理由なんてどうでもいいよ。まずは倒そう。分析も推理もそれからだ」


 ヴァレリーと同じように余裕に満ちた態度を見せる小柄な少年。


 指揮棒タクトのような杖を手遊びする栗毛の《ウィザード》は、アベル・クルトーニ。


 制服の上から羽織ったローブのすそを払って、アベルは杖に魔力を通した。


『……ム、ム』


 対するA・Pは、ほんの少しの迷いを見せていた。


 彼に戦う意思はなかったが、少年たちはそうではない。すぐにもA・Pに飛びかかり、学園に侵入した異物を排するだろう。


 自らの姿形から考えるに、説得は難しく、またそのような時間はなかった。気は進まなかったが、A・Pは力をもってこの場を切り抜けることにした。


『君たちに恨みはないが、これも必定か。押し通らせてもらおう』


「「なっ!?」」


 玲瓏たる声が響いたかと思うと、黄金のスライムが人型に姿を変えた。


 英雄の裸像にも似たスキンヘッドの怪人。彼は引き絞られた筋肉を躍動させ、黄金の軌跡を描いて疾駆する。


「うっ、と、通すかっ!」


 動揺から即座に立ち直り、駆けるA・Pを迎撃できたのは、さすが王立学園のエリートといったところか。


 しかし、焦るあまりに何のスキルも使わなかったのはよろしくなかった。人の形になったとはいえ、相手は粘液のスライムだ。横殴りに叩きつけたランスは何のダメージも与えることなく、逆に反撃の支点として使われてしまった。


『むんっ!』


「うおおっ!?」


 A・Pの筋肉は形だけではなかった。見た目以上の膂力を備えたA・Pは、重装備のヴァレリーすら容易く持ち上げて、そのまま壁に投げつけようとした。


 だが、


「【フレイム・スフィア】!」


『何だと!?』


 アベルが放った火炎球により、ヴァレリーは炎に包まれた。


 粘液を沸騰させる高熱に、たまらずA・Pは手を離し、滑るように後ずさる。


「ぐ、あ……」


 倒れたヴァレリーはかすれた声を上げてぴくりとも動かなくなった。


 辺りに黒焦げた肉の匂いが充満する――。


『……随分と酷いことをするじゃないか。友人なのだろう、彼は』


「そうだね。でも、さっきはいいおとりだった」


『むう……っ』


 冷徹な目でつまらなそうに笑う栗毛の少年に、A・Pは脅威を感じていた。


 エリートの坊ちゃんかと思いきや、仲間ごと魔物を燃やそうとする戦闘機械だったとは――。


 粘液にとって天敵である炎を操る《ウィザード》に、A・Pは油断なく近づいていく。


「近づいて溶かす気か? まったく、スライムってやつはド低能だな……【フレイム・ウォール】!」


『うおお!?』


 本体に先行して、石畳の隙間に走らせていた触腕がすべて焼き切られた。 


 噴き上がる炎の円陣に体の一部を蒸発させられ、A・Pは苦悶の表情を見せた。


「ヴァレリーも馬鹿なやつだよ。スライムには火炎魔法だなんて常識だろ」


『ぐっ! があっ!!』


 アベルが杖を振る度に、火の粉が舞って、火炎が走る。


 蛇にも似た炎の追跡を受け、A・Pの体は少しずつ小さくなっていく――。


「もういいだろ。これでトドメだ!」


『……仕方ない、か』


 炎の壁に囲まれて、とうとう部屋のすみに追いつめられたA・Pは、覚悟を決めて目を閉じた。


 仕方がない。これは仕方がないことなのだと自分に言い聞かせ――迫る炎を突き破り、一直線にアベルに突進を仕かけた。


「かっ、は……!?」


 ガラ空きの胴体に正拳を打ち込まれ、アベルは目を見開いて硬直した。


 過剰なまでの衝撃にのたうち回ることさえできず、若き《ウィザード》は立ったまま細かく震える。


『ポーションである私が人を傷つけるなど、あってはならないことだが……非常事態だ。許せ、少年』


「あ、あ……?」


 アベルの腹にめり込ませていた拳を引き抜き、A・Pは出口の方へと向いた。


 炎の壁は消え去って、少年たちは行動不能に陥り、今やA・Pを阻むものはなくなった。それでも消えない焦燥感に突き動かされ、A・Pは再び階下を目指そうとしたのだが――。


『……何だ?』


 自分の胸から生えた金属塊に、一瞬、呆けた表情を見せた。


 痛覚がないからこその間隙――生じた刹那の空白に、赤毛の少年が渾身の魔力を注ぎ込んだ。


「おおおぉぉぉあああああ!! 【フレイム・ランス】!!」


『なっ、ば、馬鹿なっ!?』


 振り返ったA・Pが見たのは、倒れていたはずの赤毛の少年だった。


 未だに全身から白煙を上げるヴァレリーは、A・Pの背中に突き刺したランスを握りしめ、裂帛の気合を炎と変えた。


『うおおおおおおおお!!』


 内部から炎熱を照射され、A・Pの全身が沸き上がる。


 瞬時に沸騰したA・Pは弾けるように蒸発し、その体の大部分を失ってしまった。


『な、ぜ。なぜ、だ……』


 唯一残った顔を驚愕に歪め、A・Pは絞り出すように唸り声を上げた。


 ランスを杖代わりに荒く息をついていたヴァレリーは、その声に反応し、不機嫌そうに粘つく唾を吐いた。


「《パラディン》の耐久性をなめるな。アベルのへなちょこ魔法で死ぬはずがないだろ」


「ふ、ん。さっきまで倒れてたくせによく言うよ」


 ヴァレリーが頭からポーションを振りかけていると、その後ろからアベルがやってきた。


 まだ辛そうに腹部を押さえていたが、魔法の行使に支障はないようで、彼の手には【ヒール】の優しい光が灯っていた。


『私には……やることが……』


「まだ生きてるのか」


「しぶといやつだ」


 やがて完全回復した二人は、染みのように石畳にへばりついたA・Pに杖とランスを向けた。


 A・Pは黄金の光を失いながら、喘ぐように何事かを呟いていた。


『最下層……失われる命……邪悪……オオ……』


「ん? 何が言いたい」


「耳を貸すなよ。いいからトドメだ」


「ああ……」


 魔物にかける慈悲はない。二人はスキルを発動し、魔法の炎によってA・Pは跡形もなく蒸発していった。


 大部屋に立ち込める林檎の腐臭に顔をしかめ、アベルとヴァレリーはやれやれと肩を回した。


「ふー、ちょっと苦戦したな」


「ちょっと? はっ、余裕だったさ」


「よく言うぜ」


 階段の脇にあるポータルへ移動しながら、少年たちは互いに茶化し合い、互いに小突き合った。


 これでちょっとした暇つぶしは終わり。学園内に忍び込んだ魔物は倒したし、話の種はいくつかできた。後は教室に戻って、クラスメイトとおしゃべりをしているのもいいだろう。二人はそう考えて、ポータルの光に手を伸ばしたのだが――。


「そういえば、何だったんだろうな。最深部がどうとかっていうのは」


「……うん」


 ヴァレリーの呟きに、アベルがしばし考え込んだ。


 魔物の戯言たわごと。死に際の虚言。普段であれば考えるに値しないことだったが、今のグランフェリアは異常事態の中にあった。


「確かめに行こうか。何がなくとも、一応、管理人には報告すべきだと思う」


「いやー、あの人は学園のことなら何でも知ってそうだけど……まあ、どうせヒマなんだ。行こうぜ」


「ああ」


 こうして二人はポータルの行先を変えて、学園迷宮最深部に向かうことにした。


 ――そこで何が待っているのか知らないまま、少年たちは地の底へと転移していった。


 地下二十階に残されたのは、静寂と林檎の香りと戦いの残滓と、そして――。







 イースィンドを魔法大国として成長させたのは、ヴォールス・V・ハロルドだと断言する者がいる。


 イースィンドの魔法体系を大きく飛躍させたのは、の偉人だと褒め称える者もいる。


 だが、彼の凶行は誰もが目を背けるものだった。命を奪い、弄び、好奇心のままに消費した魔法使いは、今日こんにちでは狂人、背信者として語られていた。


『不愉快だな。聖域へと続く道を下賤な足で踏み荒らされるのは』


 探究心から冥府魔導に堕ちた宮廷魔術師長は、十の聖剣、百の魔法をその身に受けて息絶えた。


 その体は細胞の一片に至るまで浄化され、その魂は迷うことなく消滅させられた。


 復活することなどあり得ない。再び現れるなど、あり得ないことなのだ。


 だというのに、ヴォールスがグランフェリアに再臨したのは――。


『この場に立っていいのは選ばれし者だけ。そうは思いませんか、ご先祖様?』


『お前はクズだ。我が血族の恥だ』


 学園迷宮最深部、ダンジョン・コアが収められた部屋で、二人の大魔法使いが対峙していた。


 一人は王都を騒然とさせた怪人、ヴォールス・V・ハロルド。


 そしてもう一人は、初代学園長、ラミエル・L・『ハロルド』。


 二人は名門中の名門、ハロルド家に連なる人物だった。そして、ヴォールスが復活した理由もそこにあった。


『つれないことを言われますな。こう見えて私は貴方を尊敬しているのです。聖域を守護する貴方を……そして、魂魄魔法を生み出した貴方を! ふふ、ふふふ……おかげでこうして肉体のくびきから解き放たれました。活動再開まで時間はかかりましたが、今は……ああ、今は実に清々しい気分です』


『私はお前を侮蔑している。お前のような男が子孫にいることを考えると憤死してしまいそうだ!』


『それはそれは。光栄ですよ、ご先祖様』


 憤慨する小太りの紳士と、サディスティックに笑う枯れ木のような老人。


 ふわり、ふわりと空中に浮かぶ二人は、言わば魂だけの存在であり、半実体の幽霊とも言える存在だった。


 肉体を離れることにより、老いや死を克服し、何十年も、何百年も生きていられるようになる。ラミエルが開発した魂魄魔法は究極魔法の一つであり、悪用を恐れた彼は誰にも教えず学園迷宮の奥へと消えていったのだが――彼の子孫は、わずかな伝聞からまったく同じ魔法に辿り着いていた。


 それどころか、彼は『聖域』についても知っているようだ。学園迷宮の管理者にして聖域の守護者であるラミエルは、ヴォールスの言動に強い危惧を感じていた。


「魂は消されたはずだ! 聖女によって体ごと浄化されたはずだ! なのになぜ!」


『少し考えれば分かるだろう? 二つに分けていたのだ。分割し、隠しておいたのだよ。簡単な話ではないか』


『何だと……!?』


 怪人の目的をいち早く察し、学園迷宮最深部で待ち構えていたレオンが叫ぶ。


 それに対し、事もなげに答えてみせたヴォールスの言葉に、ラミエルが驚愕の声を漏らした。


 魂を分ける。魂を分割する。理屈で言えば簡単なものだが、実現には体が両断されるような苦痛に耐える必要がある。


 魂魄魔法の開発者としてそのことを知っていたラミエルは、改めて子孫の狂気を思い知った。


『レオン先生。もはや躊躇してはならない。やってくれたまえ』


「……分かりました」


 ヴォールスの罪深さを思い、沈痛な面持ちとなったラミエルは、後ろにいたレオンへ指示を出した。


 その様子を面白そうに見ていたヴォールスは、愉悦に満ちた顔で背筋をくすぐるような声をかけた。 


『何をするのかね? その怪我で。満身創痍のレオン先生は、何をしてくださるのかね?』


「囀るな、化生。今に分かる……」


『ああ、そうか! ダンジョン・コアを爆発させるのか!』


「っ!!」


 わざとらしい態度で答えを言い当てたヴォールスは、動きを止めたレオンを愉快そうに見つめていた。


 何もかもを見通しているような、暗く虚ろなその瞳――心にからみつく邪悪を振り払い、レオンは台座に安置されたダンジョン・コアに手を置いた。


『いいアイデアだ。フロアごと私を封印し、その中で地脈から吸い上げた魔力を暴走させる。これなら私でさえ一たまりもない。だが、いいのかね? 君の命と偉大な先駆者の命……それに何より、貴重なダンジョン・コアが失われることになる。上はそのようなこと、許してくれたのかな?』


「いいや。だから私は一人でここに来た。手遅れになる前に。悲劇の幕が上がる前に」


『素晴らしい! 我が身を犠牲にしての奉仕! 冷徹なまでの判断力! 君は死後、英雄として祭られるだろう……!』


 恍惚として宙を見つめるヴォールスに、レオンは侮蔑の感情を隠そうともしなかった。


 こんな者が、こんな奴が、かつては宮廷魔術師長を務めていたなんて――!


 人並み以上の愛国心を持っているレオンには耐えられることではなかった。同じように、このような怪人が子孫にいることを、ラミエルは苦々しく思っていた。


『レオン先生! やってくれたまえ! 私はいつでも大丈夫だ!』


「分かりました。私も覚悟は……決まりました」


『……すまない……!』


 迷宮の自爆機能を使うには、管理者の承認と外部の者の操作が必要となる。


 ラミエルだけではこの機能は使えない。この方法でヴォールスを倒すにしても、誰か一人を巻き添えにしなければならなかった。


 最終手段を選ばなければならない不甲斐なさに、二人は内心歯ぎしりしていたが――感傷さえも置き去りにして、ダンジョン・コアに意識を集中させた。


『ほーう』


 鳴動を始めた学園迷宮最深部にあって、ヴォールスは依然、余裕たっぷりに笑っていた。


 お手並み拝見だとばかりに腕を組み、にやにやとレオンとラミエルを見つめては、人骨の杖を手遊びしていた。


「ここが貴様の墓場だ」


『共に眠ろう。聖域を封じる蓋となろう――』


 何か逆転の策があるのか? それとも隙を狙っているのか。


 ヴォールスとは対照的に決死の表情を見せる二人は、最後の最後まで油断してなるものかと亡霊をにらみつけていた。


 その険しい視線を受けて、ヴォールスはまたにやりと笑って――。


『いやあ、素晴らしい。まさか教育者が生徒の犠牲すら止む無しと考えるとは、ね』


「……何?」


 芝居がかった動作で、ヴォールスが宙を横へと滑っていく。


 ぼろきれのようなローブがはためいて、カーテンを引くように彼の後ろが明らかになって――そしてレオンたちは、思わぬ存在を目にすることになる。


「レオン先生?」


「初代学園長と……誰ですか、その人?」


(しまった……っ!)


 誘導されたのか、迷い込んだのか。ヴォールスが妨害魔法をかけたのか、管理人さえ接近に気づかなかったアベルとヴァレリーという少年たち。


 レオンもよく知る彼らは、きょとんとした顔でダンジョン・コアの間に――自爆結界の中にいた。


『どうかしたのかね? 爆発はいつかね?』


 くすくすと嘲笑するヴォールスの顔は、誰が見ても勝ち誇ったものだった。


 さあ、どうする。何も知らない少年を巻き込むのか。犠牲を出すのか。私を倒すためなら外道になるのか。


 目で問いかけてくるヴォールス。どこまでも挑発的な態度に、しかし、レオンは罵りの声すら上げられない。


 教育者ゆえに手が出せない。『善』の側だから子どもは殺せない。そう考えているのか、今やヴォールスは無防備な姿をさらしてダンジョン・コアへと近づいて、


「――侮るな」


『何っ!?』


 直後、驚愕に目を見開くことになる。


「貴様を逃せば、昔のように多くの子どもたちを殺すだろう。その数は二人の比ではない」


『数で命の価値を決めるのか……!?』


「ああ、そうだ。より多くを救う。私はもうずっと前から、そう決めている」


『教え子が可愛くないのか!!』


「可愛いさ。だから、共に逝ってもらう」


『お、お、おのれぇぇぇえええ!!』


 取り繕うことも忘れ、ぼさぼさの髪を振り乱し、死霊のようなヴォールスが迫る。


 だが、その手がダンジョン・コアにかかるよりも早く、レオンはコアに魔力を送り――。


「さようなら、だ」


 大いなる慙愧の念。


 湧き上がる悔いを使命感で抑え込み、レオンはゆっくりと目を閉じた。






「……。……。……む?」


 終わったのか。ダンジョン・コアは爆発したのか。あの怪人を倒すことはできたのか。


 それにしては意識が続いていると、レオンは若干の違和感を覚えていた。


 死の瞬間は自意識が加速し、一瞬が永劫にも感じられるというが――そういったものとは明らかに違う感覚に、レオンは閉じていた目を開いた。


 すると、彼の目の前には、先ほどまで禍々しい形相を見せていたヴォールスがいて、


『……くくっ』


 さぞおかしそうに、左手で口元を押さえていた。


「なっ!?」


 レオンは驚愕のあまり硬直してしまった。


 失敗したのか。いや、操作は間違いのないものだった。ラミエルに教わった通りに魔力を流したはずだ。


 だというのに、ダンジョン・コアが健在なのはなぜだ? 自分たちが生きているのは。ヴォールスが笑っているのは――。


『まさか……!?』


 理解とともに、ラミエルの顔が絶望に染まっていった。


 次いで、レオンが事態を把握し、素早く剣を抜き放った。


『ふー……笑いをこらえるのが大変だったよ。いやはや、滑稽だった』


「くっ……!」


 杖の一振りでレオンの剣が弾かれた。


 続く魔法でレオンの体が宙に浮かんだ。


「ぐっ!」


「先生っ!?」


 オレンジのように部屋の入口へと放られて、昨夜の戦闘で負った傷をすり潰すかのように床を滑っていくレオン。あまりの苦痛にレオンは悶絶し、生徒たちは非現実的な光景に叫び声を上げるばかりだった。


『さて。ご先祖様にはしばらく眠っていてもらいましょうかね』


『おのれ……!』


 人骨の杖が振られるたびに何かが起きる。


 揺らめき、消えていくラミエルの姿を見ながら、アベルとヴァレリーは、ここは彼の支配下にあるのだと直感的に理解していた。


「先生、あ、あいつは?」


「に、逃げろ。逃げて伝えろ。ヴォールスがここにいると……!」


「ヴォールス……!」


 学園迷宮最深部、ダンジョン・コアに手をかけて笑う老人こそ、王都を騒がせている大魔法使いだった。


 王家転覆を狙う極悪人。殺されたはずの稀代の狂人。復活し、再び王家に仇なそうとしている男が、今、この場所にいた。


「そんな。だって、ヴォールスは王城を狙っていると父上が」


『王城?』


 アベルの弱々しい言葉に、さもおかしそうにヴォールスが反応した。


『王子は……いや、王はまだ私を恐れているのか。少女のように。怪談に震える子どものように。私の狙いが王家であると、本気で考えているのか』


 口元を押さえ、くつくつと笑う老人に、今度はヴァレリーが問いを投げかけた。


「違うのか! この反逆者! 王族を殺し、王都を混乱に陥れた奸物め!」


『違うさ。ああ、違うとも。私の狙いはただ一つ。私の願いはもうずっと、何年も、何十年も変わっていない』


 たじろぐアベルとヴァレリーの前で、ヴォールスは両手を広げて歓喜の声を上げた。


『ここだ! この地下に眠る古代迷宮こそが我が願い。ここに至るために、ダンジョン・コアの支配権を奪うために、私は何でもやった!』


「古代迷宮……?」


『知っているだろうに! 少なくともその男は知っていた! 番人のようにここにいた!』


 ヴォールスが指し示す先には、苦悶に顔を歪めるレオンがいた。


 侵入者を止められなかったこと。生徒に秘密を知られたこと。そのどちらもが同じように悔しく、また耐え難いものだった。


『私が秘かに目をつけていた古代迷宮を見つけたことは褒めてやろう。我が一族の隠ぺい魔法を破って最下層への道を見つけたことも称賛に値する。だが! この下に眠るものに手をつけることは許さない! これは私のものだ! ハロルド家のものなのだ!!』


「守護者の一族が所有者を気取るか……!」


『事実、所有者なのだ!!』


 イースィンドの最も新しい秘密。今年に入って明らかとなった古代迷宮の存在は、古くからハロルド家が隠し続けたものだった。


 いずれ人間が心身ともに強くなって、この偉大な迷宮を善きことに役立ててくれる日が来る。初代ハロルドは、そして人柱となったラミエルは、そう願って古代迷宮を隠し続けていた。


 私利私欲のためではない。イースィンドのためを思い、ハロルド家の歴代当主はこの秘密を守り続けたはずだった。


 なのになぜ、ヴォールスは我慢ができなかったのか。守り人として生涯を終える忍耐が、どうして彼には足りなかったのか。


 若き日の好青年の姿はすべて偽りのものだったのか。それとも誰かが――彼を、唆したのか。


『我が神は言った。ここにはすべてがあると。大いなる叡智が眠っていると。世界を紐解く知恵があると』


「悪神に誑かしを真に受けるとはな!」


『――誑かし? いや、違う』


 笑みを消し、感情を失せたヴォールスがぽつりと呟いた。


『私は知ったぞ。見せていただいた。あれは別世界の光景だ。鉄の戦車。飛竜よりも早く飛ぶからくり。超絶的な兵器の数々。発達した機械文明。世界に開いた穴から、私はすべてを見せてもらった』


「~~~~~っ!!」


 どろりと濁った瞳にのぞき込まれ、レオンたちはぞっと背筋を震わせた。


 狂人の言葉なのに、そこには偽りが感じられない。支離滅裂な話なのに、意識を逸らすことができない。


 危険だ。ヴォールスの話につきあっていれば、精神に異常をきたしてしまう。だというのに、ヴォールスの魔力に呑み込まれたレオンたちは身動き一つ取れずにいた。


『我々は強くならねばならない! 【物理無効】を身につけて、【エクスターミネーション(絶滅光線)】を習得し、異界の軍勢に備えなければならない! 最終兵器を撃たれる前に、奴らを滅ぼすのだ! 我々の世界が蹂躙される前に、異界人を駆逐するのだ! 我々の未来はその先にこそある!! 希望は破壊の先にある!!』


 目を爛々と光らせて、ヴォールスが唾を飛ばして持論を吐き出す。


 レオンはもう言葉もなかった。ヴァレリーは金縛りにあい、アベルは今にも泣き出しそうだった。


 これが稀代のまがつ魔法使い、ヴォールス・V・ハロルド。肉体のみならず、敵対者の精神すら破壊すると恐れられた異端者は、自己の理想実現のために、今もまたか弱き妨害者に手をかけようとしていた。


 だが、


『希望は破壊の先にあるだと? 笑わせてくれる』


『なにやつっ!?』


 林檎の香りがふわりと部屋に満ちた。


 闇夜を裂くように黄金色の光が照らされた。


『異なる世界が通じ合うのはもはや必定。衝突を避けることも決してできないだろう。だが、血で血を洗う戦いの先ではなく、融和の先にこそ未来はある』


 絶望の色に染まった学園迷宮最下層に現れたのは、先ほど、消滅したはずのA・Pだった。


 雄々しき肉体を黄金に染めた粘液の男は、悪しき魔法使いと対峙して、怯むことなく彼の持論を切り捨てる。


『下等生物に何が分かるっ!』


『分かるさ。下等生物だからこそ分かる。何をすべきかは本能が教えてくれる』


『ほざくなああああ!!』


 人骨の杖が掲げられ、老人の体からはどす黒い瘴気が噴き上がる。


 しかし、A・Pの煌めく体は意にも介さず、しっかと二本の足で立ってこれを受け流した。


「お前は……?」


 黄金の怪人の背中に守られたアベルたちが、呆けたようにA・Pに問いかけた。


『私はA・P。アップル・ポーション。尊き願いと祈りによって、この世に生を受けたポーションだ』


「ポーション……!?」


 到底信じられないような正体に、レオンでさえも驚愕の表情を見せた。


 そんな彼らに、A・Pは――。


『さあ、私を飲みなさい。力を貸そう。ともに世界の脅威と戦おう』


「んぐっ!?」


 粘液の体を触手のように伸ばし、アベルたちの口にポーションを注ぐA・P。


 かぐわしき黄金の液体は、男たちの体内へと吸収されて、そのすべてが力へと変わっていった。


「これは……!?」


 湧き上がる力に、レオンが驚きの声を上げた。


 肌を突き破って飛び出しそうな活力に、アベルとヴァレリーは思わず拳を握りしめた。


『さあ、行こう。古代迷宮の扉が開かれれば、この王都は終わってしまう。そうなる前にやつを止めるのだ』


 自分の体を分け与えたA・Pは、依然瘴気をまき散らすヴォールスを指差して、男たちに発破をかけた。


「先生……」


「――ああ」


 もはや一刻の猶予もない。


 全員の力を合わせ、ここでヴォールスを仕留めてみせる!


 教師と生徒、人造生命体の奇妙なパーティーは、一つの目的のためにまとまって、今まさに大魔法使いに挑みかかろうとしていた。


『貴様ら全員、聖域に骨肉をぶちまけてくれるわぁぁぁあああああ!!!!』


「やれるものなら……」


『やってみるがいい!!』


 鳴動する学園迷宮最深部。


 ヴォールスの魔力に呼応して、彼の使い魔が王都の各地で目を覚ます。


 アビス・アントや名もなき悪魔が王国騎士団とぶつかり合う!


 こうして、後の世で『二度目のヴォールスの乱』と呼ばれる戦いは幕を開けることになった――。










 さて、グランフェリアに危機が訪れ、壮絶なドラマが生まれていたころ、物語の主人公が何をしていたかというと――。


「いや~、何だかんだで平和な正月だったな~」


「……ですね」


 播磨国内の温泉地に足を運び、メイドとともに月見風呂と洒落込んでいた。


「ふー、酒が美味い。やっぱり日本は最高だ」


「……日本?」


「あー、いやいや。ジパングだったな。はっはっはー」


 貸し切った露天風呂、木桶に清酒とつまみを入れて、月を見上げては夜空に乾杯。


 貴大の隣で湯に浸かっているユミエルは、頭に巻いたタオルをちょいちょいと直し、流れていこうとしていた木桶をそっと引き寄せていた。


「タカヒロ! ここにいたのか、探したぞ!」


「ちょっと、ルーちゃん! タオルタオル!」


「おら、行くぞタマ!」


「や、止めるのじゃ! あー! 尻尾を引っ張るでない!」


 やがて露天風呂にはにぎやかな少女たちがやってきて、正月最後の夜を明るく彩っていった。


「隙ありっ!」


「きゃっ!?」


「ぶふーっ!?」


 ルートゥーが幼い肢体を見せつけて、玉藻前と張り合った。


 ヒナゲシはカオルのタオルを奪い、露わになった体に貴大は酒を噴き出した。


「……うん」


 そして、ユミエルはわずかにうなずいて、


「平和、ですね」


 どこか満足そうに、ほうっと夜空に白い息を吐き出した。






 ――束の間の平和を楽しむ貴大たち。


 彼らが王都に帰ってきて、『ヴォールスの使い魔が暴れた余波で半壊した自宅』を前にへたり込むのは――もう少し先のことであった。

 






主人公の思い出の家が壊れた(白目)


ともあれ、これでサイドストーリーズFは終了です。


本編が終わった後にニャディア編などは書くつもりですが、それはまた別の機会ということで。


次章はいよいよルートゥー編! お楽しみに!

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