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恋する一般人Kさん

 十二月三十一日。


 年の暮れも近づいて、雪もちらつくグランフェリアでは、一人のエルフが何でも屋〈フリーライフ〉を訪ねていた。


「ふー、寒い寒い。早く家の中に入って、ブランデーを垂らしたミルクティーが飲みたいよ」


 枯れ木のような腕をこすって、少しでも体を温めようとしている彼女の名は、エルゥ。


 天才の名をほしいままにして、自由気ままにふるまう黒髪のエルフは、フリーライフの玄関扉に手をかけて、おや、と首をひねった。


「珍しいね。昼間に鍵がかかっているだなんて。買い出しにでも出かけているのかな?」


 若き店主、小さなメイド、唯我独尊の竜人少女。


 ここに住んでいる彼らの他に、友人、客人、依頼者など、多くの人でにぎわっているのがいつもの何でも屋〈フリーライフ〉だ。


 中にいつも人がいるため、また、出入りが頻繁に行われるため、昼間の玄関扉には鍵がかかっていない。


 それを幸いに、このエルフはいつもするりとフリーライフへ上がり込むのだが――。


「店の方にも裏口にも鍵がかかっている。ううむ、やはり出かけているようだ」


 今日はすんなりと家宅侵入、というわけにはいかなかったようだ。


 どこもかしこも鍵がかけられた何でも屋を見上げ、エルゥはふうと白い息を吐いた。


「困るなあ、こんなに寒いのに」


 恨みがましげに眉をひそめ、エルゥは子どものように口をへの字に曲げた。


「仕方ない。鍵を開けて勝手に入るか」


 そして、すぐ後にピッキングの用意を始めた。


 常識人とは対極に位置すると言われるこの女。自分がしたいことをするという意味では、彼女は混沌龍にも勝るとも劣らない。


 フリーライフの玄関扉に貼りついた黒髪エルフは、眼鏡を光らせながら、細い針金を鍵穴の中に突っ込んだ。


 その怪しげな動きに、通りがかった子どもが涙を浮かべて逃げ去っていった。


「何だい、うるさいね。躾が行き届いていないというか……私に子どもができたら、礼儀作法や公共のマナーだけはきちんと教えたいね」


 ここに貴大がいたならば、彼は等身大の鏡でも用意しただろうか。


 それとも、子どもを『作る』のを諦めていないエルゥに背筋を震わせただろうか。


 どちらにしても、本人不在では考える意味もない。エルゥは、ほら、今にも鍵を開けて、フリーライフに侵入を果たそうとしていて――。


「おっ、おっ、もう、少し……っああああああばばばばばっばばばあばっばあああアアアアアアアっ!?」


 そして、泥棒撃退トラップに引っかかり、エルゥは見事に黒こげになった。


「ああああ……こ、これは【スパーク・ボルト】……!」


 魚のように――いや、殺虫剤をふりかけられた虫のように、ビチビチと地面を跳ね回る痩身のエルフ。


 全身に感ずる痺れの正体をすぐに見抜けたのは、さすが天才エルゥといったところだろうか。しかし、気味悪くのたうち回る彼女の姿からは、およそ理性や知性といった高尚なものは微塵も感じられなかった。


「ひぃぃぃぃ! あひぃぃぃぃぃん!!」


 魔女のように甲高い叫び声を上げ、全身を震わせるエルゥ。


 その不気味な光景は、警邏隊への通報待ったなしであった。


「あんた、何やってんだい」


「るぉぉぉ……! だ、誰だ……!?」


 むやみやたらと長い黒髪を放射状に広げ、その中心からギラギラと輝く目を向けるエルゥ。


 常人ならば怖気を震う姿であったが、通りがかったその人は、エルゥにかまうことなく何でも屋〈フリーライフ〉を指示した。


「ああ、時々見かけるエルフさんかい。残念だったね。今日はここの家の人はいないよ」


「なっ……!?」


「ユミィちゃんもルートゥーちゃんも連れて、年越し旅行に行ってるんだ」


「なあーっ!?」


 血走った目を見開く黒髪のエルフ。


 怨霊のような彼女に、意に介することなく接するおばちゃんの名は、ヴィーヴィル夫人。


 ふくよかな体をしている中年女性は、この町内のまとめ役であり、ちょっとやそっとのことでは動じない肝っ玉母さんでもあった。


「あひぃー! そ、それじゃ、年を越せないぃぃぃ! 宿はもういっぱいだぁぁぁ!」


「家に帰ればいいじゃないか……」


 図書館を住み処とする魔女から、夫人はすっと視線を外して通りに向けた。


 雪がちらつく通りを行くのは、かごや紙袋を抱えた町人たち。


 老若男女、家族で寄り添い、家へと帰っていく彼らの顔には、一様に笑顔があった。


 もうすぐ年が暮れる。そして、新しい年がやってくる。


 そのような時は家族で集まり、心穏やかに過ごすものだ。


 それは西洋でも東洋でも変わりのないことだった。





 

 異世界〈アース〉における日本、ジパング。


 修羅の国とも呼ばれる島国は、年中、争乱が絶えない騒がしい場所だ。


 そんなジパングでも、年末年始、正月だけは、誰もが刀を置いて、弓から弦を外す。


 戦乱の地に生きるからこそ、一年に一度だけは心休まる時間を作り、それを暗黙の了解として、示し合わせたかのように戦の手を休めていた。


「ほれほれ、タカヒロ。どうだ、我の振袖姿は。愛くるしいだろう? 抱きしめたいだろう? いいのだぞ、帯をくるくる回しても」


「やらねえよ」


「……ご無体、されないのですか?」


「やらねえってば」


 そのジパングの中部、瀬戸内海に面する播磨国はりまのくにに貴大たちはいた。


 高台から海を見下ろす城の一室で、それぞれ和服で着飾った貴大、ユミエル、ルートゥー。


 彼らは『連れ』を待ちながら、畳が敷かれた部屋で微妙にいちゃついていた。


「たまには和服もいいものだ。新鮮でよかろう?」


「まあ、確かにガラッとイメージが変わるよな」


 貴大に見せつけるように、体をひねったり、後ろを向いたりする竜人少女。


 彼女は、髪や翼、尻尾の色と合わせた黒地の振袖を着て、それには金銀朱色など、色鮮やかな紋様が散りばめられていた。


 髪もポニーテールを折りたたむように結い上げて、うなじを晒しているルートゥー。


 彼女の白い肌は、見慣れた貴大さえもドキリとさせるほどだった。


「……私は何だか落ち着きません」


「でも、似合ってるぞ?」


「……そうですか」


 黒髪のせいなのか、驚くほどに和服が似合うルートゥーとは違い、ユミエルには若干の違和感があった。


 水色の髪。透明感のある白い肌。整った顔立ち。


 西洋人形のようなユミエルは、和服姿がしっくりくるとは言い難く、どこかちぐはぐな印象さえあった。


 ただ、美人は何を着ても似合うということか、そのズレさえもアクセントとなって、ユミエルにいつもとは違う魅力を与えていた。


(でも、なんか市松人形みたいだ)


 ショートヘアーがおかっぱ頭に見える。 


 低い身長、薄い胸がそれらしく見える。


 赤い振袖なんて、まさしくそのものじゃないか。


 そう思うと何やらおかしくなってきて、貴大は口元を押さえてくすりと笑った。


 そんな主人を、ユミエルはいつもと変わらず無表情に見つめていた。


「タカヒロー? いるー?」


「ああ、いるぞー」


「ああ、よかった。微妙に迷ってたの」


 しばらくして、貴大たちがいる部屋に、ぞろぞろとロックヤード一家がやってきた。


 貴大たちと同じように和服に身を包み、しかしどうにも落ち着きのない彼ら、彼女らは、ジパングに来たのも、和服を着たのも、生まれて初めての者が多かった。


「動きにくっ! これ動きにくいなあ、姉ちゃん」


「こら、ヒナ。暴れないの」


「じいちゃんの実家って変わってるよなー」


 黒髪に赤いメッシュが入ったカオルとは対照的に、赤毛に黒いメッシュが入った幼女。


 カオルを小さくして、やんちゃにしたような彼女は、カオルの従妹ヒナゲシだ。


「に、兄さん。これは夢ですか?」


「夢じゃないんだなあ……」


 顔を青ざめさせた痩身長躯の男と、呆けた顔の巨漢。


 ともに黒髪の彼らは、ヒナゲシの父スバルと、カオルの父アカツキだ。


「いやー、長生きってするもんだね」


「ですねえ。こんなにキレイな服が着れるんですもの。うふふ」


 アカツキたちの後ろに立って、にこやかに談笑している婦人たち。


 長い赤毛の女性はモルガ。やや短い赤毛で、小柄な女性はケイト。


 それぞれスバル、アカツキの妻であり、純イースィンド人である彼女らは、夫と違って順応性が高かった。


「みんな、用意はできたかな?」


「親父!」


「じいちゃん!」


 ロックヤード一家が揃ったところで、老女を連れた老人が現れた。


 岩庭弥彦いわばやひこ――またの名をヤヒコ・ロックヤードという彼は、播磨国の元領主であり、かつて神隠しにあった人物であった。


「まあまあ、みんな、似合っていますよ」


「そ、そうですか?」


「これで家族揃って正月が迎えられますね」


 弥彦の後ろにいた老女がロックヤード一家を見て、しわのある顔をほころばせた。


 今は柔和な顔を見せている彼女こそ、『鬼の薫』と恐れられる播磨国の現領主であり、弥彦のたった一人の妹であった。


「龍姫様には、感謝してもしきれませんね。ささ、どうぞこちらへ。宴の用意ができております」


「うむ。苦しうないぞ」


 領主直々に案内されて、ルートゥーが我が物顔で城の廊下を歩いていった。


 ロックヤード一家も弥彦に連れられ、辺りをきょろきょろと見回しながら歩いていく。


 そして、最後尾に続く貴大たちは――。


「私、まだ自分がお姫様だなんて信じられないよ。ルートゥーちゃんがカオス・ドラゴンってのも、今、ジパングに来ているってことも、全部、全部」


「まあ、普通はそうだよな。でも、信じられないことなんてちょくちょく起こるもんだ」


 異世界転移してしまった貴大が言うのだから、もっともなことであった。


 しかし、そこまでは知らないカオルは、遠い目をする貴大を、きょとんとした顔で見つめるばかりであった。






「酒を飲みに行くぞー!」


 と、ルートゥーが声高々に宣言したのは、十二月三十日のことであった。


 年越しの準備で誰もがせかせかと動いている中、わがままのような言葉は当然無視されて、ルートゥーは腕を組んでふんぞり返ったまま、リビングの中央に放置されていた。


「なあなあ、タカヒロ。酒を飲みに行こう」


「一人で行ってこい」


「冷たいっ!?」


 それでもくじけないルートゥーは、通りがかった貴大の袖をつかんだが、すぐにその手は振り払われて、貴大は振り向くことさえしなかった。


 亭主関白、というわけではない。年の瀬は誰しも忙しいものであり、そのような時に真っ昼間から酒場に誘われれば、誰であってもこうするはずだ。


 今年は地味に繁盛したこともあって、何でも屋〈フリーライフ〉では、書類や物品の整理に大わらわだった。


 事務所やリビング、倉庫や屋根裏を行ったり来たりしながら、貴大とユミエルは大掃除にも励んでいる。


 必要な物、そうでない物をとりあえず事務所に集め、上の階から汚れやホコリを落としていく。なかなか動かないが、動き出したら徹底して掃除をするタイプの貴大は、マクス代わりのバンダナまで巻いて、無心に箒を動かしていた。


「なあなあ、タカヒロ。酒だぞ。新酒だぞ?」


「そうだな、よかったな」


「ううう……」


 顔を向けることなく生返事をする貴大に、ルートゥーはぷるぷると震えて涙を浮かべた。


 齢千年のドラゴンとはいえ、心は少女、恋する乙女であり、愛しい人のつれない態度は何よりつらいものだった。


「ふん、いいのだ。タカヒロなんて連れて行ってやらないのだ」


 すっかりすねてしまったルートゥーは、小石を蹴るふりをしながら、貴大から遠ざかっていく。


「ロックヤードたちと正月を楽しんでくるのだ。おせちで一杯、鯛の塩焼きで一杯。〆に雑煮を食べてくるのだ」


「……ん?」


 唇をアヒルのように突き出したルートゥーは、涙をぬぐいながら階下へ向かう。


 彼女の言葉に、貴大はぴたりと動きを止めた。


「餅が食べたかった、などと言っても、持って帰ってやらないのだからな!」


「そういうことなら一緒に行くしかないな」


「……えっ?」


 最後の最後、ルートゥーは振り向き様に人差し指を貴大に向けた。


 つれない男に、憎々しげに負け惜しみのようなことを言った――のだが、


「さあ、行こう、ルートゥー! ジパングが俺たちを待っている」


「え? え? ええ……?」


 そこには、ルートゥーの予想に反して、すっかり乗り気になった貴大がいた。


 箒を放り出し、バンダナを取り払って、やたらキレイな笑顔を浮かべる貴大。


 彼にお姫様抱っこをされたルートゥーは、猛烈な勢いに目を白黒させていた。







 これが、ロックヤード一家の正月に、佐山一家が紛れ込んだ理由である。


 おせち、雑煮、鯛の塩焼き――食べ物で釣られる貴大は、ちょろいと言えばちょろい男だった。


 そして、お姫様抱っこをされただけですっかり機嫌を良くするルートゥーも、彼にお似合いのちょろいドラゴンだった。

~よく分かるロックヤード一家~


岩庭弥彦(祖父)

岩庭薫(大叔母)

アカツキ・ロックヤード(父)

ケイト・ロックヤード(母)

カオル・ロックヤード(私)

スバル・ロックヤード(叔父)

モルガ・ロックヤード(叔母)

ヒナゲシ・ロックヤード(従妹)


カ●ルさん「私のこと、影が薄い、出番が少ない、空気、他のロックヤードとの違いが分からないって言ったヤツ、屋上な」

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