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憧れと目標

 グランフェリアから南東に馬車を走らせること四時間余り。途中、休憩を挟みつつ、貴大たちが辿りついた場所は『モルガの森』。


 魔素が溜まりやすい土地のため、ここでは魔物が生まれやすく、また、つどいやすい。


 一歩森に踏み込むまでもなく、木々の隙間に、大樹の幹に見え隠れする魔物たち。彼らは不規則に不気味な鳴き声を上げて、また、森の陰へと消えていく。


 典型的な魔物の住み家である。騎士や冒険者がレベル上げのために通う場所の一つでもあるモルガの森には、一般人の姿はどこにも見られなかった。


 いや、それどころか、貴大たちの他には誰の姿もない。せっかくの『狩り場』が王都の近くにあるというのに、ここまで閑散としているとは考えられないことだ。


 魔物のレベルが高いから? いや、違う。それならそうで、キリングを始めとする高レベルの者たちが通う。レベルが高い魔物が落とす質の良い素材を狙い、狩人たちも出張ってくるはずだ。


 ならば、モルガの森の魔物は、冒険者たちが目もくれないほどにレベルが低いのか? そうでもない。低いなら低いで、駆け出しの冒険者たちが足しげく通うことだろう。レジャー気分の一般人の姿があっても、おかしくはないところだ。


 レベルが高いわけでもなく、低いわけでもない。それなら、二流、三流の冒険者たちの鍛錬場になりそうなものだが――やはり、そういった者の姿はどこにもなかった。


 一体、どうして、これほどまでに人の姿が見当たらないのか。そこには、至極単純な理由しかない。人が通わないだけの訳がある。


 つまり、モルガの森には――『うまみ』がないのだ。


『PUAAAAA!!』


「よっと」


 モルガの森に踏み入って一分も経たない内に、貴大はフグのような魔物に襲われた。


 空中を浮遊し、得物を見るなり突撃をしかけるバスケットボール大のフグ。フォレスト・パッファーは、その鋭い牙で貴大の肉をかじり取ろうとして、あえなく反撃を受け、爆裂四散した。


「うえー……いつ見ても気持ち悪いな」


 毒々しいフォレスト・パッファーの血肉は、辺り一帯の地面や木々を紫色に染め上げて、ツンと鼻につくような強い刺激臭を放っていた。それらはしばらくして、紫色の魔素となって蒸発していったが、爆心地にいたら今ごろただでは済まなかっただろう。


「レベル100程度で自爆+【猛毒】持ちとか、本当にいやらしいな、この森の魔物は」


「だな……」


 早くもげんなりとした顔を見せて、森の木々の後ろからひょっこりと顔を見せる貴大とアルティ。素早さを武器とする彼らにとって、ナイフを投げ放ち、爆発よりも早く身を隠すことなどお手のものだ。


 それに、貴大たちには魔物に関する知識もあった。暗黒大陸の奥地に生息する珍種ならまだしも、イースィンド国内、それも王都からほど近い場所の魔物のことなど、知っていない方がおかしい。


 このような時、体が自然と動くようでなければならない。少なくともアルティは親からそう教わったし、貴大もVRゲームプレイヤー時代から親友にそう言われていた。


『GOOUUUU!!』


「今度はキメラ・ボアか! 気持ち悪っ!」


 フォレスト・パッファーの体液が蒸発し切らないうちに、貴大たちの後ろから奇怪な猪が飛び出してきた。


 背中から一対の腕を生やした猪は、それぞれの手に持った棍棒を振り回し、貴大目がけて突進してくる。そして、おぞましい見た目の魔物に、一瞬、怯みを見せた貴大の胴へ、キメラ・ボアの棍棒が直撃し――。


『GUUUUU!?』


 ガゴン! と大きく響いた音は、肉を叩き潰した時のそれではない。もっと硬質な、木と木をぶつけ合わせたような音だ。


 驚愕に目を見開くキメラ・ボアの前には、確かに貴大がいる。なのに、棍棒は彼をすり抜けて、後方の木の幹に当たっていた。


「やっぱり猪は猪だな」


 幻影のように揺らめき、姿を消した貴大が呟いた言葉。そこに嘲りが含まれていることを感じ取り、キメラ・ボアは怒りにカッと目を見開いて――。


「【首狩り】!」


 直後、首元をかっさばかれ、大量の鮮血を噴き出して絶命した。


 即死スキル、【首狩り】の発動だ。回復スキルを使う暇すら与えず、一瞬にして敵の命を刈り取る妙技。暗殺スキルとも呼ばれるこれは、貴大と、そしてアルティの得意とする技であった。


「うまくなったじゃないか」


「へへっ、まあな」


 どこからともなく姿を現す貴大と、ナイフを払い、全身で煙のような魔素を吸収するアルティ。


 彼らは絶命し、今まさに消えゆくキメラ・ボアをちらりと見下ろし、拍子抜けしたような声を出した。


「あー、でも、やっぱりしょぼいな。こんな量じゃ、いつまで経ってもレベル上げなんてできやしねえ」


「だな」


 厳めしい姿とは裏腹に、倒れたキメラ・ボアはわずかな魔素にしかならなかった。先に倒されたフォレスト・パッファーも同様だ。レベルに見合わぬ強さの割りに、レベルなりの魔素しか出さない。


 これが、モルガの森の不人気の理由であった。


 モルガの森の魔物はどれも手ごわい。身体能力ステータスが高いもの。奇妙な特殊能力を持つもの。必ず群れをなして襲いかかってくるもの。そのどれもが、冒険者泣かせの厄介な魔物だった。


 そのうえ、レベルに見合った魔素しか出さないとなると、人が寄りつこうとしない理由も分かるというものだ。


 狩り場なら他にいくらでもある。わざわざ危険を冒してまで、うまみのない魔物と戦う理由などどこにもない。


「それに……はっ、なんだこりゃ。子どものおもちゃにもならないな」


「死ぬほどどうでもいいドロップアイテムだな」


 戦利品ドロップアイテムも役に立たないガラクタ揃いだった。


 フォレスト・パッファーは味も毒も薬効もないフグの皮を落とし、キメラ・ボアはパサパサの毛皮を落とした。一体、これで何をしろというのだろうか。


 ペラペラと風にめくれる二枚の皮をつま先で蹴飛ばして、アルティは心底嫌そうにため息を吐いた。


「やっぱ、この森はどうしようもねえな」


「だなぁ」


 ろくなものを落とさず、魔素もそれほど放出しない。なのに、同じレベルの魔物より一回り強い魔物ばかりが住むモルガの森。


 人気がないのも当然の森に立ち、貴大とアルティは、表情を曇らせて首を振った。


「だけど、今、ここにはアレがいるんだろ?」


「ああ、そうだ。この地域の巡回管理人から聞いたから、間違いねえ。ここにはソウル・マテリアルがいる」


 ソウル・マテリアル。破格のボーナス・モンスターとも呼ばれる魔物の名前がアルティの口から出た時、二人は再び、やる気の炎を燃やした。


 どうしようもないモルガの森の魔物をすべて天秤に乗せたとしても、なお、ソウル・マテリアルの魅力が勝る。そこには『倒せれば』の但し書きが付くが、今回は頼れる斥候職、貴大がいる。


 得物を見つけさえすれば、倒すことは難しくない。そして、倒せれば、確実にレベルアップの未来が待っている。


「よーし、やるぞ! ソウル・マテリアル目指して、行進だ!」


「おう」


 一人はレベルアップのために。一人は雛鳥を見守るような心境で。


 それぞれにやる気を見せて、貴大とアルティは、不毛のモルガの森の奥へと進んでいった。







 モルガの森は、人の手が入っていない割りには歩きやすかった。


 落ち葉が降り積もった地面は踏み固められており、魔物の往来が頻繁にあるのか、森には道らしきものまであった。


 足が絡まるような下草も、木々の合間を縫うように張られるつる草も、魔物や動物に食べられたか、はたまた季節の移り変わりと共に枯れてしまったのか、邪魔になるほどには生えていなかった。


 斥候職である貴大や、軽装戦士職であるアルティならば、やろうと思えば枝から枝へと飛び移ることができる。それでも、森が歩きやすいに越したことはない。


 たとえそれが、魔物の手によるものであったとしても――素早く動ける場があるのならば、他に何もいらないのが貴大とアルティという人間だった。


「【ミラージュ・ダガー】!」


「【クイック・エッジ】!」


 森というよりは林といった風情の開けた場所で、二人は魔物と戦っていた。


 貴大は、何本もの幻影の刃を巧みに操り、毒を吐くうさぎの首をはねた。


 アルティは、目にも止まらぬ素早さでナイフを振って、羽音を立てて迫る大雀蜂を次々と叩き落とした。


 その死体が地面に落ちて、砕けて魔素に消える前に、新たな魔物が現れて、同胞の体を踏みつける。


「くそっ、面倒くせえな」


「まったくだ!」


 二人が戦えば戦うたびに、魔素の匂いに誘われた魔物たちが集まってくる。


 滅多に人が訪れない森は、魔物の楽園だ。誰にはばかることなく数を増やし、森に満ちる魔素を吸い込み、全身に気力が満ちている。


 おまけに、彼らは人間の恐ろしさを知らない。知恵を持ち、武器を構えた人間の怖さを知らない。 

 

 まさか自分たちが狩られる側とは思いもせずに、魔物たちは見知らぬ侵入者たちに嬉々として跳びかかった。


「あー、もう! アルティ! 上に跳べ!」


「ああ!」


 サディスティックな本能を爆発させて、砂糖菓子に集るアリのように襲いかかってくる魔物たち。


 彼らの猛攻に辟易としてきた貴大は、一度、アルティと距離を置いてから、思いきりナイフを地面に突き立てた。


「【シャドウ・バイト】!!」


『っ!?』


 魂を縛り付けるような恐怖に、魔物たちが一瞬、動きを止める。勘のいいものは飛び退いて、振り返って逃げ出そうとした。


 だが、もう遅い。貴大の影は形を変えて大きく広がり、いくつにも枝分かれし、その先端で牙をむいた。


『GI』


 上げようとした悲鳴ごと、魔物たちは影に呑み込まれてしまった。

 

「すげぇ……!」


 木々の枝につかまって、上からその光景を見ていたアルティは、貴大のスキルに畏怖すら感じた。


 四方八方に伸びた影が、獣のように口蓋を開けて、魔物たちを丸呑みにしていく。食べ残しにもかじりついて、影は蠢き、大地を黒く染めていた。


 その中心にいる貴大は、まるで奈落の穴の上に浮かんでいるように見えた。森にぽっかりと開いた穴に、ただ一人だけ落ちていかず、飄々とナイフを抜いてみせる黒髪の青年。彼の動きに合わせて、影は縮み、何事もなかったかのように元の位置に戻っていく。


 そして、貴大がナイフを鞘に収めた時――あれだけ密集していた魔物たちは、肉片一つ残さずに消え失せていた。


「うう、やっぱり、すげえ……!」


 湧き上がる紫色の粒子の中、平然とした顔で頭をかいてみせる姿は、かつてアルティが見たものと同じだった。


『憤怒の悪鬼』から救われた時。謎の遺跡で合流した後。いつも貴大は、何てことのない顔で圧倒的な力を見せつけた。


 アルティの心に衝撃とともに刻み付けられ、やがて憧れや恋心に繋がっていく貴大の姿。それを再び見たアルティは、勢いつけて木の上から下りてきて、興奮した様子で貴大に詰め寄った。


「なあ、そのスキル、どれぐらいのレベルで覚えられるんだ!?」


「え? あ、ああ、これな。確か、レベル200だったかな」


「200……!」


 単独の敵を一撃必殺、ヒットアンドアウェイが信条の斥候職にとって、範囲攻撃は貴重なものだ。


 低レベルのうちはまず覚えられず、覚えられたとしても実用的なものはあまりない。その中にあって、【シャドウ・バイト】は非常に有用なものだった。


 威力は低いが、範囲と命中率に優れ、雑魚の掃討にはこれ以上ないほど役に立つ。影で全てを喰らい尽くす【シャドウ・バイト】は、下手な魔法よりも魅力的なものとしてアルティの目に映った。


「オレもレベル200になったら、そんなスキルを覚えられるかな!?」


「ジョブが違うから、どうだろうな。まあ、でも、かなり使えるスキルは覚えられると思うぞ」


「そうか!」


 子どものように目を輝かせて、胸の前でグッと拳を握るアルティ。


 その勢いにたじたじになりながら、貴大はふっと息を吐いて、優しげな顔を見せた。 


「200になる前に、まずは150を超えないとな」


「そ、そうだな。うん、そうだった」


 貴大に指摘されて、ハッと我に返ったアルティは、真面目な顔をして大きくうなずいた。


 彼女のレベルは、現時点で148。200を夢見るにはまだまだ低すぎるという数値だ。


 理想をやる気や原動力にするのはいいが、それで足をすくわれるようでは一流とは言えない。父親のように立派な冒険者となることを志すアルティにとって、慢心や自惚れは何よりの敵だった。


「まずはソウル・マテリアルだ。そうだった、うん」


「だな。まあ、ほどほどに頑張ろうぜ」


「ああ!」


 両手を上げて気炎を上げるアルティに、やっぱり微笑ましさを感じながら、貴大はゆるりと辺りを見回した。


 肉の壁でも築くように群れていた魔物は、もう一匹も残っていない。貴大のスキルに恐れをなしたのか、【シャドウ・バイト】の範囲外にいた魔物も、すっかり姿を消していた。


 見通しがよくなった平坦な森の中を、貴大は満足げに見ていた。これでソウル・マテリアルの探索も捗るだろう。そう考えていた矢先に、彼の視界の端に、ライト・パープルの光がチラついて――。


「ん? あれ、もしかして……」


 貴大が見つめた先、遠くの森の木々の合間に、鬼火のようなものが漂っていた。


 魔素を若干明るくしたような光をまとい、クラゲのように宙を漂う金属塊。ルービックキューブのように、自分の体を分割し、くるくると回転させるそれは、間違いなく目当ての魔物の姿だった。


「あーっ! いたぞ!!」


「えっ!? ああ、ほんとだーっ!!」


 何たる僥倖、何たる幸運。探索を開始して間もなく、貴大たちはソウル・マテリアルを発見することができた。


 よほど日ごろの行いが良かったのか、それとも単に偶然なのか、ソウル・マテリアルは貴大たちの視線の先で、無防備な姿をさらしている。


「行くぞ、アルティ!」


「おう!」


 この機を逃してなるものかと、二人は勢いよく駆け出した。


 彼らが向かう先では、やはりソウル・マテリアルが、危機感もなくふわふわと浮かんでいた。





次回、アルティ編最終回!


個別ルート突入あるか!? お楽しみに!

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