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特訓! デート?

スニーカー文庫での新作『神様ライフ』の発売を記念して、更新を再開することにしました!


お待たせしてしまい、申し訳ないです……m(_ _)m


まずは発売日までの一週間、一日一更新をしようと思います。それでは、どうぞ!




 秋空と呼ぶには寒々しい曇り空の下、一台の馬車が音を立てて街道を進んでいた。


 イースィンドの国土は起伏が少なく、街道もよく整備されてはいるが、むき出しの地面にはどうしても凹凸があり、それが思い出したかのように、時々、馬車を揺さぶった。


「おっとと」


 ガタン、と大きく揺れる御者台の上から、手綱を巧みに操って、馬の行く先を微調整する少女。


 曇天にあっても燃えるように赤い短髪と、チョコレートを溶かしたミルクのような肌を持つアルティは、震動で少しずつずれていたマフラーを片手で巻き直し、どこまでも広がる平野のずっと先へ視線を向けた。


「この調子で行くと、昼過ぎには着くかな……」


 誰に言うでもなく、ぽつりと呟くアルティ。


 時おり吹きつける晩秋の風に、毛皮のジャケットに包まれた体を寒そうに縮こまらせる冒険者の少女は、無言でピシリと手綱を打って、街道を先へ、先へと急いだ。


「うう……」


「おっ、目が覚めたか?」


 仏頂面で馬車を進めていたアルティは、幌の中から聞こえてくるうめき声にパッと表情を明るくした。御者台に座ったまま器用に後ろへ振り返り、彼女は荷台で蠢いている『それ』を見た。


「追っ手は……追っ手は撒けたのか……?」


 ズタボロの雑巾のようなそれは、なんと人語を話していた。それどころか、よく観察すれば、人の姿のようにも見える。


 ぼさぼさの黒髪。傷だらけの顔。力なく投げ出された四肢。擦り切れ、所々が破れた男性服――間違いない。何故かボロボロになってはいるが、それはかろうじて人間であった。


「ああ、とりあえずは大丈夫だと思うぜ。母さんに足止めを頼んできたから、二、三日は持つだろ」


「それが俺の命のタイムリミットか……」


「タカヒロは大げさ……でも、ない、か……ハハハ」


 数時間前、浴室の壁をぶち破って現れた鬼の姿を思い出し、貴大とアルティは顔を青くして冷や汗を垂らした。


 鍛え上げられた肉体。岩のように盛り上がった筋肉。数多の魔物の頭を握りつぶしてきた手は、肉食動物の口のようにも見えた。


 類稀なる魔物殲滅者デストロイヤー、皆殺しのキリング。四十路を迎え、なお気迫ではち切れそうな肉体を誇るギルドマスターは、風呂場で娘と乳繰り合っていたゴミ虫(貴大)を体一つですり潰そうとした。


 これが一般家庭なら、笑い話で済むだろう。娘が心配で彼氏の家に突撃するなど、与太話もいいところだ。


 だが、父親が東大陸でもトップクラスの膂力の持ち主ならば、話は別だ。壁をぶち抜き、石畳にヒビを入れて迫り来るお父さん。命からがら――そう、言葉の通り、命からがらキリングから逃げだした貴大は、アルティと駆け落ちでもするかのように馬車に飛び乗った。


 そして、アルティは母親に連絡を入れて、貴大は馬車の荷台で意識を失って――数時間後の今、貴大はようやく目を覚ましたというわけだ。


「あーあ、シャツがボロボロだ。くそっ、キリングのやつ、好き放題やりやがって……おい、アルティ。着替えるから前を向いてろ」


「あ、ああっ」


 キリングの猛攻の余波を受けて、擦り切れだらけになった服を脱ぎ始めた貴大。彼は、アルティが視線を外そうとしないのを見て、軽い調子で彼女に注意をした。


 これに応えて、アルティもごく自然に前を向こうとしたのだが――ちらりと目に入った貴大のおへそに、思わずドキッとしてしまった彼女は、不覚にも声が上ずってしまった。


(おかしいな……男の裸なんて見慣れてるのに。酔った男があそこを丸出しにするのだって、何度も見てきた。なのに、なんで……あー、くそっ。裏声になったの、変に思われてねえよな?)


 褐色肌を赤く染めたアルティは、それを隠すように前だけを向き、そのくせ、耳や意識だけは後ろの貴大へ向けていた。衣擦れの音に耳をぴくり、ぴくりと震わせて、彼女は恥ずかしそうに目を細めていた。


「よっと。お待たせ」


「ひゃっ!?」


「……は?」


(しまった!)


 着替えを終えた貴大がひらりと御者台に移ってきた時、ボーっとしていたアルティは、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。


 まるで女の子のような、甘く、頼りない声。


 以前の彼女を知る者にとっては信じられないような声に、貴大は怪訝そうな表情を見せて、アルティ本人も貴大以上に驚いていた。


「ばっか、いきなりこっちに来るなよ! 驚いただろうがー!」 


「ああ、すまんすまん」


 真っ赤にした顔をマフラーにうずめながら、アルティは軽く貴大の胸を突いた。奇妙な気恥ずかしさに動かされ、何度も小突いてくるアルティに、貴大は笑いながら謝った。


「馬車が横道に逸れたら、大変なんだからな……」


「悪かった、すまんな」


 照れ隠しのために、アルティは小さな声で貴大を叱る。その意味を知ってか知らずか、貴大は何度も謝って、その度にアルティの首をすくめさせた。


「でも……女らしくなったよな、お前も」


「ええっ!? な、なんだよ、いきなり」


「だって、髪を伸ばし始めたし、服にも気を遣ってるだろ?」


「ち、違うし。別にそんなことねえし」


「前は山賊みたいだったからな……それを思うと、何だか感慨深くてな」


「だ、だから、違うって……」


 男を――貴大を意識して、伸ばし始めた髪。同時に、誰に言われずとも、自然と気にするようになった服。そのどちらも指摘され、アルティは嬉しいような、腹立たしいような気持ちになった。


 気づいてほしかった。けれど、気づいてほしくなかった。


 芽生え始めた恋心をどうにも持て余しているアルティは、笑う貴大の顔をまともに見られず、ますますマフラーの中に顔を埋めていった。


 その様子がおかしかったのか、貴大は少しおちょくるような口調で、またあのことを口に出した。


「それに……ひゃっ! だもんな。ひゃっ!」


「う、うるせー!」


 アルティの気恥ずかしさは頂点に達した。彼女の顔は、火が出そうなほどに真っ赤だった。


 そして、彼女の手は、その気恥ずかしさを払うように、貴大に向かって真っすぐに伸ばされて――。


 ドンッ!


「……あれ?」


「……あ」


 ふわり、と一瞬の浮遊感。


 直後、貴大の体を襲う強烈な回転運動。


「ぬあああああああああっ!?」


「タ、タカヒローーーっ!?」


 悪ノリした結果、アルティに御者台から突き落とされた貴大は、地面に落下し、そのまま丸太のように街道を転がっていった……。








「本当にごめん……」


「いや、俺も調子に乗って悪かった……」


 街道沿いに馬車を停め、そこで火を熾し、貴大とアルティは昼食の準備を始めた。


 携行鍋に水と干し肉、乾燥野菜などを放り込みながら、二人は互いに頭を下げていた。幸い、というか、貴大の高い身体能力ステータスのおかげで彼に怪我はなかったが、せっかく着替えた服は土と埃にまみれていた。


 それをはたき落としながら、貴大は気まずそうに笑い、アルティに話しかけた。


「まあ、ここは喧嘩両成敗ってことで」


「そうだな。うん、そうしよう」


 過ぎたことをいつまでも根に持つのは、冒険者らしくない。恋する乙女ではあるものの、それ以上に冒険者であるアルティは、気持ちをスパッと入れ替えて、豪快に切ったパンにかぶりついた。


「ほら、お前も」


「ああ」


 愛用のナイフで切ったパンを、貴大にも渡すアルティ。


 今朝焼いたであろうパンはまだ柔らかく、小麦とバターの香りが、すきっ腹を大いに刺激した。


「チーズも食べとけ」


「すまんな」


「お茶も淹れたぞ」


「ありがと」


「スープはどうかな……ん、もうちょいかな?」


 いつもの調子に戻ったアルティは、いそいそと貴大の世話を焼き始めた。


 冒険者は一匹狼、独立独歩のようでいて、そうではない。むしろ、根底には相互扶助の理念が根付いており、互いに互いの面倒を見るのは、そう珍しい光景ではなかった。


(……なんか) 


 とはいえ、先ほど、アルティに女を意識した貴大にとって、その姿は冒険者ではない何かに見えていた。


 適度におしゃれをして、何くれとなく男の世話をする若い女性。その初々しい姿は、まるで――。


(若妻っぽいっつーか、何というか……)


 もちろん、口に出して言うことはしない。


 アルティは『女らしさ』を指摘されることを嫌がっていると身をもって知っている貴大は、彼女が淹れてくれたバター茶を飲みながら、頭の中だけでそう考えていた。


「ん? どうした? スープは嫌いだったか?」


「い、いや、もらうよ。うん、もらう」


 きょとんとした顔のアルティに話しかけられて、今度は貴大が慌てる番だった。


 まさか、『ショートポニーテールに赤毛をくくった褐色肌の美少女が、エプロンをつけて台所に立っている』ところまでを想像しただなどと、口が裂けても言えることではない。


 決して気取られないよう、そして、このようなことを考えないよう、貴大は努めて自分を戒めていた。


「それで? 特訓がしたいって話だったけど、何かあてはあるのか?」


 話題と気持ちを逸らすために、貴大はアルティに問いかけた。


 特訓。そうだ、アルティはそのために、早朝から貴大の家を訪れて、遂にはここまで連れ出したのだ。


 どのような特訓なのか、聞く必要はない。この剣と魔法の世界において、強くなるためにはレベルアップが一番の道だ。異世界に落ちてきて四年、そのことを重々承知していた貴大は、アルティにあてはあるのかと問いかけた。


 手っ取り早いレベルアップのためのあてはあるのか、と。


「ああ。この先のディルカの森で、『ソウル・マテリアル』を見たってやつがいたんだ」


「おお、アレが出たのか!」


 返ってきた答えは、予想以上のものだった。


 ユニーク・モンスターの一つ、ソウル・マテリアル。物質のような、オーラのような、不思議な体を持った魔物は、莫大な魔素をその身に貯えていることで有名だった。


 これを一体倒すだけで、大きくレベルを上げることができる。過去、一流と呼ばれた冒険者の中にも、ソウル・マテリアルの恩恵に賜った者が何人かいた。


 大量の財宝を落とす種類のユニーク・モンスターと並び、ソウル・マテリアルは冒険者にとって垂涎の的だった。の魔物を倒すことは、一攫千金を手にすることと同意だった。


 これならば、一日、二日でアルティのレベルを大きく上げて、グランフェリアに帰ることもできるだろう。早ければ早いほどに、皆殺し親父の機嫌も損なわずに済むはずだ。


 至れり尽くせりの好条件。だが、不思議なことに、ディルカの森へ続く街道には、アルティらと同じようにソウル・マテリアル討伐を狙う者の姿は見えなかった。


 それは何故かというと――。


「でも、やれるのか? あいつは滅茶苦茶素早いぞ。おまけにすぐに逃げるし」


 そう、ソウル・マテリアルは素早いのだ。


 人の手にはかからないほどに。下手をすると、常人の目には映らないほどに。


 蜃気楼か幻かとも言われるこの魔物は、発見情報がよく寄せられるわりに、討伐情報は驚くほどに少なかった。それこそ、倒した者は魔物図鑑の片隅に名前が載るほど、ソウル・マテリアルは不倒の存在だった。


 それをどうやって倒そうというのか。アルティには、どのような策があるのか、貴大は視線で問いかけた。


「やれるさ」


 必勝の策があるのか、アルティは明るく、太陽のような笑顔を見せた。


 白い歯をきらりと光らせて、彼女は自信満々にこう言った。


「だって、オレと、タカヒロがいるんだから!」


「そういうことかよ……」


 ずっこけながら、貴大は小さなため息を吐き、次いで、苦笑した。


 アルティから寄せられる全幅の信頼。ネズミと呼ばれていた頃には考えられなかったそれをくすぐったく感じながら、貴大はパンと音を立てて膝を叩いた。


「まあ、やってみるか」


「おお!」


 曇天の下、ソウル・マテリアル討伐を狙う若い二人は、何やら輝いて見えるようだった。



おかしい……フリーライフにラブがある。


こんなことが許されるのか……他のヒロインの存在価値とは一体……うごご!


次回もアルティ! お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] ソウル・マテリアルって はぐれメタルに似てる……。
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