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繁殖期

 「繁殖期」。それは、実りの秋と同時に訪れる、魔物が大発生する期間のことだ。


 秋となって一段と濃くなる大気中に漂う魔素は動植物を太らせ、人々に豊かな恵みを与える一方で魔物の発生も誘発する。


 この世界「アース」では、生き物にとって必要不可欠な力を「魔力」と呼び、それを媒介する物質を「魔素」という。


 生き物が成長するためには不可欠な魔素だが、容量を超える魔素を蓄積してしまった動植物はその身の隅々まで魔素に変換されてゆき、やがては魔物と化して暴走してしまう。


 もちろん、普通に生きていても魔物にはそうそうなることは無い。


 だが、この世界に満ちる魔素が何かの弾みに特定の空間(迷宮に多い)に蓄積されてゆき、「魔素溜り」と呼ばれる場(空中を漂う、紫の煙でできた球体。直径3メートルから、大きいものでは10メートルを超える)を形成してしまうことがある。


 これに触れてしまえば、何であろうと……例え魔素を受け止める容量が大きいヒト種であったとしても魔物と化してしまうのだ。


 この「魔素溜り」が発生しやすいのが、魔素が濃くなる秋という季節なのだ。これには、地脈から放出されるという説や、悪神の暇つぶしの戯れという説などがあるが、真相は分かっていない。


 理由はどうであれ、「魔素溜り」が発生しやすい……それは、魔物発生の可能性が高まることを意味している。


 実りの秋は、大量の魔物すら産み落としてしまう。


 そのため、「アース」の人々は皮肉を込めて十月前後を「繁殖期」と呼んでいるのだ。




(もうそんな季節なんだな~)


 貴大は、≪Another World Online≫時代の頃を思い出す。毎年秋になると、「繁殖期」と呼ばれる魔物のポップ(沸き)がニ~五倍になるというボーナス期間があった。普段はなかなか現れないユニークモンスターですら、期間中に一度は目にすることができるのだ。


 ドロップアイテムを求め、初心者から上級者まで夢中になってモンスターを狩った。


(まあ、あれを現実にすれば、たまったもんじゃないけどな)


 何しろ、木々をなぎ倒し、地響きを立てて魔物の群れが押し寄せてくるのだ。仮想現実では実感し得なかった生の迫力を初めて前にした時、貴大は手足が震えてろくに動けなかったのを覚えている。


 この世界に落ちてきてから、もう三度目の「繁殖期」だ。今ではすっかり、季節の風物詩の一つと化している。


(この世界の「繁殖期」に現れるモンスターって、レベル100ぐらいの雑魚ばっかりだもんな。そんなものの処理なんてめんどくさいだけだ。草刈と変わらん)


 ダンジョン・コアが地脈から魔素を吸い上げているために魔素が日頃から濃い迷宮や、元々魔素が溜りやすいパワースポット(ドラゴンが棲んでいるような絶鋒や、森深き秘境)とは異なり、フィールドにできる「魔素溜り」の濃度はたかが知れている。


 そのように希薄な「魔素溜り」に触れたところで出来上がる魔物など、下はレベル10程度、強くてレベル130ほどの雑魚だ。この世界の住人でも充分に対処可能である。


 とはいえ、その数は問題だ。魔物の中にも僅かながら知性を備えたものがいて、それに統率された魔物は一地方で毎年数万もの大軍団に膨れ上がる。


 「大きい街ほどうまいもんやキレイなもんがある」と拙い思考に導かれた魔物の群れは、たいていが大都市を目標として襲撃をする。この近辺では、毎年のように「グランフェリア」がターゲットとされる。


 これに対処するには、人間側にも組織だった動きが必要だ。そのため、「繁殖期」になると、普段は犬猿の仲の王国騎士団と冒険者ギルドですら手を取り合う。


 今度の定例会は、上が決めた「繁殖期」での役割を通知するためのものなのだろう。見れば、いつもの定例会は各グループのリーダーや貴大のような何でも屋の店主しか集まらないというのに、ギルドホールは血気盛んな冒険者たちでごったがえしていた。


 「繁殖期」でうまく立ち回れば、通常時とは比べ物にならないほどの効率でレベルアップと、ドロップアイテムの回収を行うことができるのだ。気持ちが逸るのも無理はなかった。




「おい、ネズミ! なにボーっとしてやがるんだ?」


「ん? ああ、すまん」


 アルティの声に、貴大は思考の海から意識を浮かび上がらせる。


「おおかた、「繁殖期」の群れが落とすドロップアイテムの皮算用でもしてたんだろう! 情けない奴……だからお前はネズミなんだ。いかに勇ましく戦うか考えるのが男ってもんだろう! なあ、みんな!!」


「おおう、そうだ!」


「俺たちとそんなネズミを比べてもらっちゃあ困りますぜ!!」


 アルティが言うように勇ましいことを口にする冒険者たち。彼女も満足そうにそれを見ている。


(苦手なんだよなぁ、この体育会系の雰囲気……)


 飯もうまいし、文化水準も高いこの街を気に入ってはいるものの、冒険者にまで浸透している「強い者が偉い」という風潮には辟易としている貴大。


 そんな彼の前に、「強い者が偉い」の体現者が、ギルドホールの奥の扉から強烈な存在感を伴って現れた。


「よう、野郎ども。集まってるようだな」


「親父!」


「「「ボス!!」」」


「「「キリングの大将!!」」」


 キリング・ブレイブ=スカーレット=カスティーリャ。「スカーレット」を力でまとめ上げる巌のように鍛え上げられた「グラビトン・ファイター」だ。レベルは191にも達し、冒険者ギルドに所属するグループの満場一致でギルド長に収まった男でもある。


 会議場から出てきたということは、「繁殖期」についての話があるのだろう。いつの間にか場は静まり返り、固唾を飲んで男の言葉を待つ。


「おめえたちが知ってるように、今月は「繁殖期」だ。騎士団の奴らやオレらの仲間たちからの報告では、すでに魔物どもの群れが出来上がり、ここを目指しているそうだ」


 「早いな……」、「なに、どってことねえよ」と、僅かにざわめく冒険者たち。キリングはそれを聞き逃さず、仲間への鼓舞へと繋げる。


「そうだ、どうってこたぁねえ。いつも通り、オレたちの力で粉砕してやろうぜ!」


「「「おおおおおおお!!!!」」」


「騎士団の連中は、相変わらず城壁の中に籠って出てこねえそうだ! 「様々な方面から押し寄せる魔物を効率的に迎え撃つには、ここで守るしかないのです」だとよ! 相変わらず臆病もんだよなあ、おい?」


「「「はははは!!!!」」」


「オレたちはもちろん打って出る!! 主力部隊の進行方向の真正面に前線基地を構え、堂々と群れのボスを血祭りに上げてやろうじゃねえか!!!!」


「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」


 ギルドホールを震わせる大歓声。冒険者たちの士気は、頂点にまで高まっていた。




「「スティンガー」は、右翼を担当。「シルバーピアス」も右翼だ」


 その後、各冒険者グループと、個人活動の冒険者(何でも屋もふくまれる)の割り当てが通達されていく。それぞれの身の丈に合った配置に、冒険者たちは「さすがキリングの大将」と感心をする。


「……最後に、フェリングス、てめえも輸送隊だ。前線に回復薬や武器をどんどん届けろ」


 それきり、通達が終わる。冒険者たちは三々五々に散っていく。討伐の準備を今から整えに行くのだろう。場には今だ名を呼ばれぬ貴大だけが取り残された。


「え? なぁ、俺は?」


 首をひねって尋ねる。聞き間違いか、と思うが、やはり呼ばれてないように思えた。


 キリングはそんな貴大にゴツゴツと角ばった厳めしい顔を向けてこう言い放つ。


「いいか、ネズミぃ、おめえは前線基地で待機だ。オレはおめえみたいな口だけ野郎は信用してねえんだ。そんな奴に前線をウロチョロされたらかなわん。小間使いでなら使ってやるから大人しく待ってろ」


 そのまま、「ふんっ!」と鼻息荒く、ドスドスと足音を立てて去っていくキリング。その顔はどこまでも不快そうだ。まるで汚らしいドブネズミと顔を突き合わせたかのように。


 対照的に、貴大は満面の笑みを浮かべていた。


(よっしゃぁ~! これであんまり働かずに済む!)


 勇ましさが微塵も感じられないそのだらしない笑顔を、アルティが心底嫌そうに見ていた。







魔素の容量=レベル上限。生き物は、魔素の容量の10分の1を一気にレベルアップしたら魔物と化す。ヒト種は250が上限だから、一度に25レベルあがったら魔物化。野生の動植物はレベル上限50程度だから、たやすく魔物と化す。

他にも、魔素溜まりから自然発生する魔物もいる。

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