表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/43

第一話-7

 

 

「お、おお?」


 空を見上げると、今まさに、空から新たな機方舟が降りてくるところだった。救援か、あるいは天の助けがやって来たのだ。ハクスイはルルノノの肩を揺する。

「だ、誰かきたぞ、ルノ。助かった、んじゃねえかな……」


 まもなく機方舟は地上に着艦した。ハッチが開いて降りてきたのは、小柄な少女だった。

 背の低い彩光使だと思ったが、すぐにそれが間違いだと気づかされた。彼女がまとっているのは、一昨年にハクスイたちが卒業したフィノーノ中学校の制服だったのだ。


「ねえねえっ」

 降りてきた彼女は動揺を隠さず、まっすぐにルルノノの元へと走ってゆく。

「あ、あー……ねえねえ、ねえねえ? ねえねえ、ねえねえ」

 連呼しながら、しゃがみ込んだ少女はルルノノの頬を掴み、無理矢理に顔を上げさせた。涙の跡の残るくすんだ金色の瞳を覗き込み、それから眉根を寄せた。

「やっぱり……ひとりで地上に行ったって、ユメさんに聞いて、駆けつけて良かった」


 少女が手を離すと、ルルノノはマネキンのように力なく俯く。そこで少女は初めてハクスイに気づいたように立ち上がり、丁寧に頭を下げた。

「あ、初めまして……あの、わたし、ニニノノと言いまして、妹です。その、ねえねえの」

「いや、まあ、なんとなくわかるよ……」


 観察するまでもなく、彼女はルルノノによく似ていた。伸ばした金色の髪をひとつの大きな三つ編みにして縛っている。桁外れの機奨光を持っているようには見えなかったが、それでも十ニ分な美少女だ。身長は姉とはあまり変わらないようである。


 年下の割には落ち着いているニニノノは、足を内股気味に揃えて、再び頭を下げてきた。

「唐突なお願いで申し訳ございませんが、その、姉のことは、内密にお願いします」

「内密って……この状態のこと、か?」

「はい、お願いします」

「いや、そりゃわざわざ言うようなことじゃねえし、全然構わねえんだけど……」

 彼女の真剣な目に見つめられて、ハクスイは彼女に悪影響を及ぼさないように視線を外す。


「しかし、姉妹で彩光使、ってわけじゃないよな。姉が史上最年少の彩光使っつーんだから」

「ええ、違います。ついでにこの機方舟は知り合いの彩光使さんからの借り物で、わたしは渡航免状も持っていません。中学生ですし。自動操縦って便利ですよね」

「犯罪か!」

 悪びれず語るニニノノは、ハクスイの怒声も涼風程度にしか思っていないようだった。


「しかしねえねえを救うという大義の前では、それも霞みます」

 この辺りで正統派な美少女の姉とはずいぶん違うなあ、とハクスイが思っていたところで、ニニノノは粛々と目を伏せた。

「このたびは、ねえねえがご迷惑をおかけしまして……ねえねえがひとりで地上に降りるだなんて、無茶な話だったんです」

「へ……? だって、一人前の彩光使なんだろ? ルノは」


 ハクスイが戸惑うと、ニニノノは「それはそうなんですが」と前置きしてから続ける。

「ねえねえは、たまに、こうなっちゃうんです。ノリに乗っているときは敵なしなんですが、痛いところを突かれたりすると、一気に弱っちゃうんです。打たれ弱くなるときがあるんです、ねえねえは優しすぎますから……あ、これは内緒なんですが」

「聞いちまったけどな」

「他言無用でお願いします。だから、落ち込んだときには、その、軽く励ましてあげてください。そうすると、元気を取り戻しますから」


 ルルノノの説明書を読み上げるような口調で語るニニノノに、ハクスイは「俺がするのは、気がひけるな……」と少年少女の例を思い出す。

「ね、ほら、ねえねえ、ファイト、ねえねえ、がんばれー」

「うう……」


 姉の手を両手で握り、ニニノノはつたない応援を繰り返す。彼女の口調はハクスイに向けられたものより、ずっと温かみを帯びていた。ハクスイは成り行きを見守ることにした。

「ちょっと疲れただけだよね。ほら、誰も見ていないから、今は大丈夫だよ。でも少し休んだら、また、立ち上がろ? ね?」


「……あたしは、頑張れるかな……応援の女神さまが、まだ、微笑んでいてくれるかな……」

 驚くべきことに、ルルノノの瞳に輝きが戻りつつあった。

「応援の女神さまは、ねえねえだよ」

 ニニノノは聖母のような微笑みで、そんなルルノノの頭を撫でた。

「ねえねえの望むままに、世界は動くんだよ」

 美少女姉妹の背景に、真っ白な百合の花が咲き誇って見えたのは、錯覚だろうか。

「べ、別にそんな、独裁者にはなりたくないけど……」

 立ち直りかけたルルノノの顔が引きつる。


「うん、ちょっと言い過ぎたよ。でも頑張って、ねえねえ。世の中には冥混沌に囚われて右も左も見えなくなっちゃっている人間がたくさんいるんだよ。ねえねえがへこたれていたら、その人たちを救ってあげられる天使は、ひとりもいなくなっちゃうんだよ」

「そうかな……」

 信じきれない顔をしたルルノノの手を取り、ニニノノは強く頷きながら断言する。

「そうだよ!」

「そっか……」

「うん、そう!」


 ついには根負けしたかのように、ルルノノも笑みをこぼす。

「そう、だね」

「うんうん」


 そして、ルルノノは立ち上がった。

「そっか!」


 こうしてルルノノは蘇った。完全復活だ。彼女の背後にキラキラキラーンと紅白の光が輪を描いて見えたのは、機奨光の影響によるものだろう。


「いやあ、こんなとこで機奨光が切れちゃうとは予想外! でももう大丈夫! エンジェル平気!」

 ニニノノはそんな姉を眩しそうに眺めながら、手を叩く。

「良かった、ねえねえ、元通りだね」



「えー……」


 良かったのは間違いないのだが、ハクスイはなぜか釈然としなかった。世界にひとり取り残されたような気になり、本気で心配していた自分が恥ずかしかった。


「負けるな! 自分に勝てー!」

「ねえねえ、頑張れー、可愛いー」

 ルルノノとニニノノは手を握り合いながら、ルルノノ号へと乗り込んでゆく。ちなみにこれはあとで聞いた話なのだが、彩光使の機方舟にも、バッテリーはついているようだ。それを使って帰れば良かったのだという。

 

 

 

 ~~

 

 

 

 姉妹に手を引かれて機方舟に乗り込んだハクスイは、疲労感を覚えて座席に深く座り込む。

「濃い、一日だったな……」

 ルルノノはニニノノの乗ってきた借り物の機方舟を牽引して、天使たちは空に帰ってゆく。

「初めて地上に降りた感想は、どうかな、にーさん」


 ハクスイの右隣に座っていたルルノノは、足を組み直しながら、落ち込んだことも忘れたような笑顔ではにかんでいた。左に座っていたニニノノは、窓の外の文明の光に彩られた地上を見下ろしながら、ぼそりと水を差す。

「ねえねえが最後までしっかりしてたら、もっと良い思い出に残ったんでしょうけれどね」

「あははー、またまたー」


「そうだな……」

 あながち冗談でもなかったが、ルルノノにバシバシと肩を叩かれながら、ハクスイは顎に手を当ててきょうを振り返る。クラス全員抜きから始まり、シュレエル先生の呼び出し、彩光使との出会い、それから初めての地上だ。さらに初めての機方舟、少年と少女の応援、悪魔との遭遇、落ち込んだルルノノと、ニニノノの犯罪行為。ハクスイは腕組みをして、総括する。


「大変だったけど、まあ、どれも学生じゃ滅多に体験できるもんじゃねえからな……」

 なによりも、彩光使の夢へと、ほんの少しだけ近づいたような気がしたのだ。それは機奨光がゼロのまま固定で、一切の手応えのない自分の人生において、限りなく小さな、そして非常に大きな一歩であるように思えた。運転を自動操縦に任せて、ニニノノとふたりで窓の外の景色をのぞき込んでいるルルノノに、ハクスイはわずかに頭を下げた。


「ありがとな、ルノ」

「えっ、なにがなにが?」

「いや、こっちの話だよ。明日からもまた、よろしくな、彩光使さん」

 そうぶっきらぼうにつぶやくと、ルルノノは満面の笑みを浮かべて、うなずいた。


「うん!」

 人間が言う“天使のような笑顔”とは、このことかと、ハクスイは思った。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ