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第一話-6

 

 

「や、やっぱり……悪魔!」

 

 敵意のにじんだルルノノの叫びを、ハクスイが聞きとがめた。

「あのカラスが、悪魔……? 俺が昔見た悪魔は、もっと普通の人の形をしていたが……」

「あたしたち天使とは違って、悪魔は地上に棲みついているんだよ! 仮初の姿を取ってさ! そのほうが人間により影響を及ぼすことができるからね!」

「なんて迷惑な奴らだ」

「より強大な力を持つ悪魔は、黒猫に化けるから、黒猫を見たら逃げなきゃだめだからね!」


 まだ立ち上がれていない彼女に、悪魔はカァーカァーと鳴く。

「天使ルルノノめ! やられ続けた同胞の命の代償を、きょうこそ貴様に払わせてやるぞ!」

「そ、そう簡単にあたしは負けないよ! 人間さんにちょっかいばっかりかけてもう!」

「そう言われても、これは仕事なのだから仕方あるまい! ケェッケッケッケ」

「……た、確かに、それはその通りだけど! でも迷惑をかけるのはっ」


 ルルノノの意気がわずかに鈍った隙に、悪魔は散弾銃のように仕掛けた。

「なによりも傍若無人に我々の仲間を狩り続けたお前のほうが、よっぽど迷惑だ! 俺の友達だってお前にボコボコにされて、しばらく入院し、まだ青あざが取れないのだぞ!」

「うっ……ご、ごめんなさい」

「謝るのか!」


 あまりにも思いやりがありすぎるのかなんなのか、良心の呵責に苛まれたルルノノにハクスイが驚く。謝ってしまったからか、悪魔はますます調子に乗ったようだった。


「仕事の最中に受けた傷だから労災が下りたものの、それでも一家を養う大黒柱が寝込むことが、家族にどれだけ不安な思いをさせるか、わかっているのか! それが天使の行う正義か! 悪魔だって生きているんだぞ!」

 カァーカァー、とカラスがわめくと、ルルノノは行き場のない視線を俯かせた。

「うう、それはちょっと、これから手加減して優しく殴るからさ……」

「カァー!(それ見たことか!) カァー!(それ見たことか!) これだから天使というやつは!」

 悪魔はなによりも得意げだ。なんとその姿が徐々に人の形を取ってゆく。手には冥混沌で作られた漆黒の三叉槍を持っていた。

「少しでも悪いと思うのなら、仲間を呼ぶから、ボコられろ! さあボコられろ!」


 ハクスイは無表情で屈み、拳大の石を拾う。その感触を確かめるように何度か放り上げ、受け止めることを繰り返す。そうしてから、おもむろに振りかぶった。

 カラスの真横を、石が凄まじい速さでかすめてゆく。


「うお!」

「ごちゃごちゃうるせーんだよ、テメエ」

 ハクスイだ。彼はしらけた表情で石を拾っては、次々と悪魔に投げつけた。

「悪魔っつーのは、そういう方向からチクチクと責めてくるんだな、参考になったぜ」

「あ、危ないではないか! 投石は古代人類文明では、立派な兵器であるぞ!」

 慌てた悪魔が抗議するようにその場で羽ばたくと、黒い羽とともに冥混沌が舞い散る。

「それでも天使か! 相手の言い分を無視して独善を貫くのか! それ見たことか! そんなことで人々を救えるとでも思っているのか――うおう!」


 まったく聞く耳を持たなかった。ハクスイは作業に従事するように石を投げ続ける。

「知らねーよ、帰れバカ、帰れ死ね、地獄に帰れ」

「な、なんだこの男は! 俺の冥混沌攻撃が通用しないとは……機奨光を持っていないとでも言うのか! まさか同類! 悪魔なのか!」


 恐怖に震える悪魔に、ハクスイはクラスメイトたちを怯えさせる暗黒の視線を突き刺す。

「れっきとした天使だよ。俺はな、悪魔が大嫌いなんだ。ルノに好き勝手言ってんじゃねえよ。羽もぐぞオラ」

「なななな、なんという恐ろしい男!」

 ハクスイの怒気を受けて、悪魔は震え上がる。


「うう、ごめんよ、悪魔さん、ごめんよ……」

 体育座りをして落ち込むルルノノをかばうように、ハクスイは前に歩み出る。

「つか、黙って聞いてりゃ軟弱なことばかり言いやがってよ。傷つきたくねえんだったら、下界の人間に手出しするんじゃねえよ。一生引きこもってろ。それができねえんだったら、戦いに出た時点で死ぬくらい覚悟しやがれ。テメエらネガティブな一族なんだろ。なら死ぬまで戦って死ね」


「なんて悪い男なんだ! こんなやつが現れたなど、上司と相談しなければ……エケェッ!」

「お、当たった」

 飛び立つ瞬間に石の直撃を食らった悪魔は、フェンスから転げ落ち、それでも落下せずに飛び去ってゆく。ハクスイは舌打ちした。

「チッ、逃したか……って、こうしている場合じゃねえか、おい、ルノ!」


 ハクスイはルルノノに駆け寄った。頬に影を落とすルルノノは、まるで心細い家出少女のように膝を抱えて、縮こまりながらフェンスに寄りかかっていた。

「お、おい、大丈夫かよ、ルノ……」

 先ほどまで笑っていたルルノノが、校舎裏のオブジェと化しているのだ。さすがに心配してしまう。普段から機奨光がゼロだからこそ、機奨光を失ってしまった天使がどんな病状に見舞われてしまうのかが、わからない。ハクスイは焦りながらも、ルルノノの顔をのぞき込む。


「……う……」

 そんなルルノノが、急に口を開いた。



「……だめだ……もう、だめだ……ホントにむり……歩けない……歩く気がおきない……あたしが歩いて、どうなるっていうんだろう……こんなあたしが世界にできることなんて、なにひとつないのに、生きているだけゴメンナサイ……なんだろう……あたしってば、なんのために生まれたんだろう……天使はどこからきて、どこに行くんだろう……ああ、辛い……」



 その独白を飲み込むには瞬き10回では足りなかった。ハクスイは面食らったまま聞き返す。

「……どう、したんだ? これが、悪魔の所業なのか……?」


 ハクスイはとりあえず衝動的にルルノノの背をさする。

「しっかりしろよ、オイ」

「……だめ、もう死にまくりたい」

「しっかりしろ!」


 一体これはどういうことなのか。ルルノノは息も絶え絶えと言った風体だ。体育座りしている膝の隙間から、スカートの奥の白の下着が見えてしまい、ハクスイは思わず視線を逸らす。

 もはや機奨光のかけらも残っていないルルノノは俯いて、首を左右に振る。

「はあ……もう、疲れたよ……人間なんて応援して、なんになるっていうんだろ……」

「自分の仕事を否定すんなよ!」


 豹変したルルノノは、ハクスイの声も届いていないようだ。気づけば、フェンスの下、茂みに挟まれるようにして小さくなったルルノノは、すっかりダウナー系の美少女と化していた。


「うう、お仕事、したくないな……一生、ニートで過ごしたいな……」

「なんでいきなりダメ人間になってんだよ、くそっ!」

 ハクスイは立ち上がって機方舟に向かおうとする。だが、その裾がガッシと掴まれた。

「あ? ああ、ルノ、ちょっと待ってな、今助けを――」

 しかし頑なにハクスイのズボンから手を離そうとはしない。


「しばらく待ってたら……よくなるから……あるいは死ぬかもしれないけど……だから、誰にも、見せなくて、いい……死ぬぅ~……」

「死ぬんだったらダメだろ! 下らねえ意地張ってんなよ!」

 ハクスイはもう少しで破れそうなズボンを、自分の手で無理矢理引っ張る。ビリビリという音がしたところで、観念したのか、ルルノノがついに手を離した。

「うう、にーさん……破れちゃうってば……」

「ンなの、どうでもいいだろ。それより早く、通信で助けとか……って呼べねえのかよ!」


 我に帰ったハクスイは、思わず叫んだ。光導輪や機方舟に限らず、光化製品の全ては機奨光がなければ動かない。ハクスイは無論のこと、今のルルノノでは扱えないのではないか。

 ハクスイは頭を抱えた。ルルノノが元に戻らなければ帰れないということは、ハクスイひとりでルルノノのピンチをなんとかするしかないのだ。


「おい、ルノ、俺はどうすりゃいいんだよ! どうすりゃお前の機奨光が戻るんだ。応援……すればいいのか? だけど、俺が応援したって……余計こじれるだけだよな……!」

 少女に吹いたラッパの音が、脳裏に蘇る。この状態のルルノノに吹いたら、なにもかも諦めてしまうかもしれない。気持ちだけが焦ってしまう。



 暗闇に沈み込む地上を照らす光明が降り注いできたのは、その直後だった。

 

 

  

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