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第一話-5

 

 

 応援を中断したルルノノが、ハクスイの脇を肘でつついてくる。


「もー、鈍いなあ、にーさんは。男女の機微はね、機奨光と冥混沌のせめぎ合いなのだよ! 恋愛での問題が、一番冥混沌が発生しやすいんだから!」

「悪ぃな、疎くてよ。でも彩光使ってこんなことまですんのか」

「そうだよ。だってほら、見てみてよ」


 男子生徒が、顔を赤らめながら、うなずくのが見えた。

「その……なんていうか……ぼくで、良かったら、ぜひ……」

「えっ……」

 少女が自分の口元を手で抑えた。

「ほんとは、ぼくのほうこそ、先に美月ちゃんに、告白しようと思ってて……でも、その、先をこされちゃったみたいで……はは、カッコ悪いけど……その」


 ルルノノはそのやりとりを見て、組んだ両手を頬に当て、じーんと感動していた。

「ほらほら……どう、にーさん……!」

「と言われても、別に。他人事だしな」

「くー、これこそがね! 機奨光を高めるために必要なんだよ! 人の喜ぶ顔を見て、自分たちが明日を生きるための糧とするのさ! だからにーさんは暗いままなんだよもうっ!」

 怒られてしまった。ルルノノは興奮した表情でラッパをハクスイの胸元に押しつけてきた。

「と、というわけでね! ふふっ、これからこのふたりを応援してみるんだよ! ゆくゆくはちゃんと、人の幸せを願えるような男になるんだよ、にーさん!」


「……よし、これも彩光使の仕事なんだもんな」

 ハクスイの座右の銘は、“やってみてから後悔する”だ。ルルノノに差し出されたラッパを受け取り、マウスピースを取り替えてから、ゆっくりと吹口に唇に当てようとする。

 応援歌なら授業で何度もやっている。授業の成績も悪くはない。だが、すぐそばに彩光使がいるということで、身を固くしてしまう。

「さすがに、緊張するな……よし、それなら行くぞ」

「失敗は成功の女神! 後ろにあたしが控えているんだから、安心してやっちゃって!」

 片腕を突き上げるルルノノの応援の直後、少年が頭を下げた。

「ぼくもむしろ、美月ちゃん、ぼくからもお願いできるかな……付き合って、ほしいんだ」



 そこに、ハクスイのラッパが響き渡る。音自体は、非常に滑らかな、綺麗な高音である。よどみがないと言っても過言ではない。これが音楽のテストなら、満点に近いはずだ。

 しかしなぜだろう、その音から凄まじいまでの暗さがにじみ出ているように感じるのは。


 パァン、とまるでガラスが砕けるように、少女の背中の羽が散った。



「ほえ?」

 ルルノノの呆けた声の後に、凄まじい勢いで少女が頭を下げた。



「ご、ごめんなさい、瞬くん! 無理! それだけは無理!」



『え、えええええええええええええええ!』

 件の瞬くん+ルルノノが、目が飛び出るような表情で叫ぶ。少女の体から、まるで不燃物を燃やしているときのような黒い煙が吹き上がる。

「わたしなんてチビで可愛くなくて頭も悪い女の子となんて、瞬くんが付き合ってくれるわけないもの! だから、ダメ、無理! 絶対ダメ! やだ! お断りよ! 寄らないで!」

「なにこれ! すごい悪質なバツゲームなのか!」

 その冥混沌が感染するかのように、少年もまた、猛烈な勢いで黒煙を放出し始めた。


「や、やっぱりだめなんだ……ぼくみたいな何の取り柄もなくて、結局、普通なだけが印象のぼくなんかじゃ……美月ちゃんと付き合うなんて夢を見るだけ無謀だったんだ……」

「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、瞬くん……こんなわたしが告白なんて考えちゃったから、すごい迷惑をかけて……ああ、もう、ごめんなさい、ごめんなさい、なんだったら土下座しますから……ごめんなさい……」


 黒々とした冥混沌が大河のように流れる中、少年と少女は互いに謝り続ける。

 ルルノノは少しの間ぽかんとしていたが、やるべき事を思い出して頭を抱えながら叫んだ。

「ど、どどどうしてこんなことに!」


「……うーむ……」

 ハクスイは手元のラッパを見つめながら、複雑な表情をしていた。

「なんつーか、上で暮らしていたときは気づかなかったが……俺の0ポジってのは……相当なもんなんだな……」


 ルルノノが平気そうな顔をしていたから忘れていたが、元々は誰の顔にも影を落としてしまうような男だったのだと、ハクスイは傷つく。


「さ、さすがのあたしも、こんなの初めて見たよ……」

「人の心に絶望を芽生えさせてしまうほどの天使か、俺は……」

 ハクスイ自身もまた、絶望しきっている心ながら、少なくはない衝撃を受けてしまう。ラッパをトランクにしまいながら、謝罪する。


「悪いことをしてしまったな……すまん、中学生の男女……すまん、ルノ……」

「いいいやそんな、そ、そんなににーさんが謝ることじゃ!」

「俺はこのまま空に戻って、もう二度と地上には来ないことを誓おう……」

「ま、まだ終わっちゃいないってば! 諦めないでにーさん! ええい、あたしに任せて!」

「いや、しかし……」


 ついには少年と少女がそれぞれ地面に頭をこすりつけそうになるほど低頭するに至って、その事態を重く見たルルノノは、学生たちに声を張り上げた。


「だめだよ! せっかくの想いをそんな風に捨てちゃったら、もったいないよ!」

 ルルノノの背に生えた翼が、さらに光度を増してゆく。彼女は強い言葉の風で、少年少女の冥混沌を吹き飛ばそうと奮闘する。

「自分に負けないで! ふたりならできるって! さっきは想いが通じ合ったんだから! 諦めちゃだめだって! 恋は素晴らしいものなんだから、それを嘘にしちゃだめだよ!」

 ルルノノは必死に歯を食いしばって声を張った。他人のためにどうしてそこまで一生懸命になれるのかわからないほどに、ルルノノは全力だった。

「ほら頑張って! 心に負けないで! 全力で頑張って! 負けないで! 立ち上がって!」


 それはハクスイが彩光使という職業に対して抱いていたスマートさを粉々に打ち壊すような光景であったが、なぜだか今のルルノノのほうが、イメージよりも何倍も輝いて見えた。

「頑張って!」という一際大きな叫びの後に、少年と少女は立ち上がっていた。その目はもう、ハクスイのようにダークには染まっていなかった。


「で、でも!」

 少女がグッと胸元に当てた手に力を込める。

「わ、わたしそんな風に、ホントに、ダメすぎるけど……でも、でも、頑張るから!」

「ぼ、ぼくも、自分を変えられるように、頑張る!」

 冥混沌が霧散し、また新たな機奨光がふたりを包み込む。


「だって、好きだから!」

「ぼくも、好きなんだ!」


 ふたりは顔を真っ赤にしたが、きちんと自分の想いを伝えていた。

「瞬くん、わたしと、付き合ってくださいっ」

 先ほどの言葉をもう一度少女が述べると、少年はすぐに頭を下げた。

「み、美月ちゃん……こ、こちらこそ!」


 今度こそ、美月は涙を目に浮かべて、何度もうなずいていた。天使に祝福されたうら若いカップルは、こうして結ばれることができたのだ。他人事に興味はないとまで言い放ったハクスイですら「良かった」と思えるほどに純真で、けがれなき世界の神聖な出来事のようだった。


「おお……やったな、ルノ」

 ハクスイが向き直ると、ルルノノは地面にへたりながら息を切らし、それでも誇らしげな顔をしてピースサインを作っていた。

「へ、へへ……ほら、どう、にーさん……だから安心して失敗して、って言ったでしょ……」


 機奨光の力を大量に消費したために、凄まじい疲労感を覚えているのだろう。ハクスイはそんなルルノノに、純粋な尊敬の眼差しを向ける。

「本当に……すごいな、彩光使の力は」


「ふ、ふふふ……まーね……幸せな人の顔を見ると、嬉しくなるでしょう……」

「いや、それはどうかわからないが……まあ」

 安易にはうなずけなかったが、それでもハクスイは心から幸せそうに微笑むふたりを眺めて、考えを改めることにした。


「良いことをした、って気はしてくるんだろうな」

「ふふっ……そうでしょうそうでしょう……」

 辺りにすっかり夜の帳が降りていた時間帯だった。そのとき少年と手を握り合っていた少女が、不吉を感じさせる口調で、つぶやいた。

「あ、カラス……」

 つられてしまい、ハクスイが見やると、フェンスの上に一羽のカラスが止まっていた。


「え、なに? 美月ちゃん」

「あ、ううん……ただ最近よく見るなあって思って……あ、いいのいいの……行こ、瞬くん」

「う、うん」

 少年と少女が去っていってもまだ、ルルノノは神妙な顔をしてカラスを睨んでいる。


「カラス……? まさか」

「どうしたんだ? ルノ」

 腰が抜けたようにへたりこんだままのルルノノが、何らかの危惧を抱いているその最中だった。突然、つんざくようなけたたましい嗤い声が響いたのだ。



「ケェーッケッケッケッケッケッケ!」

 しわがれた老人の声色が、そのカラスの口元から、放たれていたのである。


「天使どもめ! いい気になっているんじゃないぞ! ケェーッケッケッケッケ!」

 

 

 

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