表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/43

エピローグ「福音」

 

 

「あれっ、お前いつ帰ってきたの?」

 洗面所で歯を磨く少年の足元に、小さな黒猫がうずくまっていた。彼女は少年が幼い頃から家にいたはずだが、一向に大きくならない不思議な猫だった。


 少年は身支度を整えて、玄関に向かう。鞄を担いでドアを開けると、外にひとりの少女が立っているのが見えた。その瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がった。

「あっ」


 向かいの家に住む少女は、ぺこりと頭を下げてくる。ついこないだ恋人となり、そしてついこないだ別れた幼馴染だった。一週間ぶりぐらいに会う彼女は、なんだかとても懐かしかった。


「瞬くん……あの」

 彼女は視線を左右に動かしてから、俯き、長くて艶やかな黒髪を指で撫で、なんどもためらうような動きを見せてから、おずおずと言い出してきた。


「また、一緒に、学校に……って、思って……あの、迷惑じゃなかったら……」

「めっ、迷惑なわけないよ!」

 そう怒鳴ってから、自分でも驚いた。どうしてこんなに大きな声が出たのだろうと思った。痛いくらいに胸が高鳴り、少年は彼女の不安げに揺れる瞳を見つめながら、言葉を紡ぐ。


「ぼくの方こそ、ごめん。美月ちゃんを、たくさん、傷つけちゃって……でも、ぼくさ」

 少年は拳を握り固める。今、言わなければならないと思った。今なら言えると思った。

「もう一回、美月ちゃんが、良かったら、ぼくと、付き合ってほしいんだ」


 少女が抱えていた鞄を道路に落とす。それから彼女は口元を手で覆った。どうしてだろうか、少年は勇気が身体に宿って巡るのを感じた。神様や、あるいはそれに類する誰かが、背中を押してくれているような、そんな不思議な気配がした。


「今度こそ、絶対に、美月ちゃんを大切にするから、もっとぼくも、頑張るから……!」

 少女の綺麗な瞳に、大粒の涙が浮かんでくる。間もなく少女は少年に駆け寄ってきて、ふたりは朝早くから互いの家の前で抱き合うこととなる。彼女の小さくて愛らしい頭を撫でながら、少年は斜め上辺りの空から、なにか懐かしい響きが聞こえてくるような気がした。


 それは例えるなら、校舎裏で少女から告白されたときにも耳にしたような……清らかで優しい、ラッパの音のように思えた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ