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第五話-7

 

 あちこちに包帯を巻いたユメは、機方舟を手動で操縦していた。

 普段そんな運転などしたことがないのであろう、機方舟は減速と失速を繰り返しながら、細かく揺れ動いていた。


「うふふふふ、大丈夫ですよ、ルルノノさん、ユメちゃんが守ってあげますからね……うふふふ、一生、守って、養って、可愛がってあげますからねぇ~~~きゃあああ~~~~!」

 妖しい目をしてつぶやき続けていたところで、機方舟の揺れがますます激しくなってゆく。その異変に慌てたユメは、同僚に確認を取った。


「なになに、どうしたんですか! やっぱりユメちゃんのせいですか!」

「違います! ルルノノ隊長の身体から出た冥混沌が、機方舟の機奨光エネルギーをドンドン打ち消しちゃってるんですー!」

「な、なんですとぉ!」

「このままじゃ、墜落しちゃいますー!」

 そうこうしているうちに、コントロールまでも効かなくなってきた。このままではルルノノを救うどころか、ただの自殺幇助だ。ユメは仲間に向かって今こそ一致団結をする時だと叫ぶ。


「み、みんな、シートベルトを締めて、機奨翼を発現させるんです! 今こそ、みんなの力で機方舟を支えましょう!」

「えー、面倒ですー……」

「冥混沌に取り込まれている場合ですかー! あああああ落ちるうううううう!」


 冥混沌の充満した船内には、もはや逃げ場もなかった。すぐに機方舟は地上に激突する。ドゴーンと、光の柱が立ち上った。

 


 「も、元々、地上に行くつもりだったので、一石二鳥ですね…………きゅう……」

 炎上する機方舟から這い出てきたユメは、目を回してその場に倒れ込んだ。彼女同様、彩光使の面々もそれぞれ、辺りに倒れている。


 しかしその一方で、ゆらりと幽鬼のように立ち上がるルルノノには、怪我ひとつなかった。そこは、中学校の校舎裏だった。奇妙な偶然だ。ルルノノがハクスイと初めて地上に降りた場所だったのだ。


「……にーさん……」

 ルルノノは寒い身体を守るように、腕を抱く。彼女から噴き出した黒いモヤは、さらに勢いを増し、中学校の付近を覆い尽くしてゆく。その様子を眺めていたユメは、慄然としてしまう。


「る、ルルノノさん……こ、これって……?」

 ユメは自分がとんでもないことをしてしまったのだと気づいた。地上に溢れ返る300万の冥混沌は、天ツ雲の落下以上に、人間界に深刻な悪影響を及ぼしてしまうだろう。


「きょうは、この辺りに住む人間の自殺者の、最高記録が更新されるデショウね」

 冥混沌に誘われたのか、そこにひとりの少女がドレスの裾を引きずりながらやってくる。見覚えがあるその姿に、ユメは腰を抜かしてしまう。ベオラだ。

「ひいっ……な、なんなんですか! どうして、こんなことを!」

 へたりこんだまま、ユメは負けじと気勢を張るものの、ベオラは微笑を崩さない。


「どうして? 知れたことだワ。私はあの女の愛したフィノーノが憎くて仕方ないノヨ」

「あ、あの女って……」

 はっと気づいたときにはもう遅かった。その視線に囚われたユメは、頭を抑えながら悶える。


「いやああ、やめてくださいいいいいい、中学校のときにユメが百合キャラで可愛い女の子をかたっぱしから手篭めにしていただなんて黒歴史、バラさないでくださいいいいいい!」


 唯一まともに動けたユメもまた、縮こまったまま固まってしまう。これで彩光使の最後のひとりが無抵抗になったのだと知ると、ベオラがルルノノの元に近寄り、その頬に小さな手をあてた。


「あなたと私は、きょうから仲間だワ。悪魔の世界は試験もなんにもないからね、ゆっくりと自堕落な生活を楽しみましょう」

 ベオラは嘲笑いながら、ルルノノの身体を抱きしめた。遠目に見れば、年の離れた妹が姉を優しく出迎えたようにも見える。だが、ベオラの口の裂けた笑みは、邪悪そのものであった。

「これからも、よろしく、ネ……クスクス……」


 黒い翼を生やしたルルノノが、光沢のない瞳でうなずいてしまいそうになった、その瞬間であった。


「そうはさせんぞ!」

 落雷のような巨大な叫びが、闇間に響き渡った。閃光が地上を照らし、その一瞬の輝きでルルノノの放出していた冥混沌は、全てが吹き飛んだ。


「何者……大天使、か!」

 ルルノノを胸に抱きながら、ベオラが誰何する。空に浮かぶのは、四枚の翼を持つ天使であった。あまりにも莫大な機奨光が、二枚の翼には凝縮しきれず、四つに枝分かれしているのだ。


「人の心が闇に染まるとき、悲しみに沈む呼び声が今聞こえる!」

 空に浮かぶ大天使然とした若者は、勇武の表情で咆哮した。


「俺の名はハクスイ! てめえに天の裁きを食らわせてやるぜ! ベオラ!」





「小賢しいね。天使が何度何匹来ても同じことだワ!」

 ベオラが両眼を真っ赤に光らせる。大悪魔の精神攻撃だ。しかしハクスイは、それを平然と片手で受け止めた。

「無駄だ!」

 ハクスイは頑として言い放つ。

 そのあまりの傍若無人っぷりに、ベオラは頬を引きつらせた。


「……な、なんで? アナタ、この世に怖いモノも、不安なものも、なにヒトツないっての? それで本当に生きてイルって言えるの?」

「俺は己の弱さを克服し、今ここに立っている! 大悪魔め! フィノーノを、そしてルノを、好きにはさせねえぞ!」

 地面に倒れ込んでいたルルノノがその叫びを聞いて、ゆっくりと顔をあげる。


「今の俺は、ネオハクスイ! 今までの俺と思うなよ! さあ、ルノ! 俺と一緒に帰るんだ!」

「相手の気持ちを無視するだなんて、さすが天使ね。押しつけがましいのヨ。ルルノノちゃんの話を聞いてみるといいワ」

 ベオラはスキップするようにして、ルルノノの後ろに回る。それから、彼女の両肩に手を置いて「さあ」、とルルノノを促す。


「にーさん……」

 ルルノノの目は、病院で見たときと変わらず、拒絶の意思を示していた。地面に降り立ったハクスイは、手を伸ばしながら絶叫じみた胴間声を上げる。

「お前の気持ちなんて、関係あるものかよ! 俺は、お前を助けたいから助けに来たんだ! あげたいから、機奨光をあげるんだ!」

「そんなの……勝手だよ……」


 ルルノノの細い声は、ハクスイの奇蹟核を糸で締めつけるようにして責める。まるで大悪魔のような強烈な冥混沌のプレッシャーがハクスイを襲う。今のハクスイにとってそれは、ベオラの精神攻撃よりも、よっぽど効いた。だがハクスイは、怯まない。ここで退いてしまったら、もう二度とルルノノを元には戻せないのだから。


「勝手だからなんだ! お前はいちいち人間を応援するときに、『応援して良いですか?』、と許可を取ってるっつーのかよ! 俺は、そんなまどろっこしいことはしねえぞ! 全身全霊、お前の髪からつま先まで、応援し尽くしてくれるぜ!」

「誰もそんなの……頼んでないって、言っているのに……」

 なぜわかってくれないのだろうと、ルルノノは辛そうに訴えた。だが、彼は聞き入れない。


「嫌がったって、無駄だぞ、ルノ! お前は、俺がそんなことを気にしねえ! むしろ、嫌がるからこそ余計にやっちまう男だって、知ってんだろ! なあ、ドMのルノよ!」

「もう、そんなの、昔のことだよ……だってあたしは、アマテラさまに、ひどいことを……」

「ああ、そうかい。だが、お前と女神アマテラの間になにがあったか俺は知らねえけどな、お前を助けてやれって言ったのは、他ならぬ! アマテラなんだぜ!」

「えっ」

 ルルノノはついに顔をあげた。


「そ、そんなの、ウソ、だよ……」

「バカ野郎! 俺がお前に今まで一度でもウソなんて言ったことがあるかよ!」

「……ない、と思う、けど……そんなの、でも、わかんないよ……!」

 ハクスイの言葉はついに、ルルノノの闇を祓う決定的な一言として――


 だが、そうはならなかった。


「もしそうだとしても……アマテラさまが本当に生きていて、あたしを助けたいって言ってたとしても……もう、手遅れだよ! あたしはもう、悪い子になっちゃったんだよ! ばか!」

 頭を何度も振りながら、ルルノノはついに声を荒げた。叩きつけるように体中で叫んでくる。

「一体何がだよ! お前はなにが気に入らないんだ! 今度はなんだ、言ってみろよ! その不安、俺が完璧に解消し尽くしてやっからよ!」

「にーさんにだけは無理だよ!」

「俺に無理なことなんてない!」


「うるさいな! にーさんは、ヴィエちゃんと付き合っているくせに!」


 その途端、ルルノノは口が滑ったとばかりに、口元を手で押さえた。

「え?」「あ」

 ふたりの視線が交錯すると、みるみるうちにルルノノの顔が紅く染まっていった。ハクスイが、「なんのことだ?」と考え込んでいると、ルルノノは自分から墓穴を掘ってゆく。


「う、うるさいなっ、うるさいよっ、うるさいってばっ、別に関係ないし!」

「あ? なにがだ?」

「い、色んなことしてるんでしょっ! どうせ、ヴィエちゃんと! だ、だったら、あたしのことなんてどうでもいいんでしょう! 関係ないよ! 放っておいてよっ!」

「は? お前、そんなことにずっとこだわっていたのか? あれはただの噂だぜ!」

「だ、誰もこだわってないもん! そんなこと一言も言ってないもん! っていうか噂なんてなくたって、にーさんとヴィエちゃんは十分お似合いだし!」

「似合っているからなんだってんだよ! それはお前たちが勝手に妄想していることだろ!」

「だ、だったらさあ!」

 ルルノノがキッとこちらを睨んできた。その目の端には、涙が溜まっていた。



「――あたしがにーさんのこと好きって言ったら、にーさんはあたしと付き合ってくれるっていうの!?」

 その叫びは今まで一番大きなものだった。べオラの尖った耳がぴくりと揺れる。



 ハクスイは何のためらいもなくゆっくりとうなずき、笑顔で親指を立てた。



「いいだろう!」

 

 

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