第五話-4
「え?」
ハクスイは唖然として、アマドの顔を見返した。
「女神アマテラさま……? ってことは、じゃあ、まさか」
八年も気づかなかった。
「……母さん、なのか?」
「そうとも言うね。私のたったふたりの子供のうち、ひとりや」
アマドは確かにうなずいた。いつもの冗談めいた口調とは、まったく違う。
ハクスイはがしがしと後頭部をかく。
ハクスイは確かにアマテラの子供だった。ニニノノが知ったら、感涙にむせび泣くかもしれない。隠していたわけではないが、なるべく人には言わないでいた。それは偉大な母を持つと同時に、ハクスイが機奨光3ポジの出来損ないでもあるからだ。それが恥ずかしくもあり、ハクスイは自身を情けなく思っていたからだ。
「なんで今さらになって、俺に正体を……」
「それだけ事態が切羽詰っているんだ。いいかい、少年」
ハクスイの糾弾を阻止し、アマドは続ける。
「きみは心の底から、ルルノノくんを助けたいと思っているかい?」
唐突に意思を確認されて、それでもハクスイはうなずく。
「思っているよ」
「それならだ。きみにはアマテラの血の秘奥を教えるさ」
ハクスイは生唾を飲み込んだ。
「なんだよ、それ」
「私はね、物心がついた頃から、他人に機奨光を受け渡すことができたのさ」
「……そう、なのか。だからルノ、アマテラさまから力をもらった、って」
「その力はね、私の握った子供たちにも受け継がれていたのさ。それがハクスイ、あなただよ。あなたは八年前、傷ついた弟や友達を救うために、全ての力を使い果たしてしまったのさ」
「じゃあ、まさか……それが、俺の、0ポジの理由……?」
「そうさ。まさかそれが、ちっとも回復しないだなんて、私も予想外だったけれど。とにかく、私やハクスイ、それに恐らくミズカにも、自分の機奨光を人に譲与する能力があるのさ」
もっとも、今の私は他人にあげられるような機奨光は残っていないんだけどね、とアマドは自嘲ぎみにつぶやく。
「ってことは、つまり……俺が機奨光を無理矢理注いで、ルノの冥混沌を止めてやればいい、のか?」
「その通り、だけど」
アマドはそこで顔色を曇らせる。
「そのためには、まずきみが機奨光を回復させる必要が……」
それこそ、八年間も達成できなかったことではないか。
「……まさか」
だが、閃いてしまう。ハクスイは以前にアマドが言っていた言葉を思い出したのだ。
「奇蹟核が壊れるくらいの強い衝撃を与えられたら、機奨光が復活する可能性があるって」
ただその代わり、死ぬかもしれない。命と引き換えに残された可能性だ。それはまるで奇跡を信じるような話だろう。アマドは無表情だった。
だというのに、少しも臆することはなく、ハクスイ自身の答えは決まっていた。
「俺は、あいつを助けてやりたいんだ。例えそれで、俺自身の機奨光がなくなったっていい。あいつは、フィノーノに必要なやつなんだ。俺は試してもみないうちから、諦めたくない」
「危険だから、医使としては、到底薦められるようなことじゃないんだけど……」
「無理は承知の上だよ」
ハクスイは迷わなかった。その返答を聞いたアマドは、小さくため息をつく。
「……じゃあこれは、医使としてじゃなくて、ひとりの女性として言うんだけど」
アマドはそう前置きすると、ハクスイを指さした。
「ハクスイ、あの子を助けられるのは世界で君ひとりだよ」
「……母さん……」
アマドは手のひらに一握りの光を宿す。ハクスイにとって七色に光るそれは、どこか懐かしい炎に見えた。その一欠片の炎が、今、ハクスイの胸の中に溶けて混じってゆく。
「良いかい、ハクスイ。奇蹟核が壊れるくらいの強い衝撃だ。生半可に心を許している人じゃあだめだよ。唯一無二、そういった生涯のパートナーに、心をズタズタにされるくらいのことをされるんだ。存在を否定され、嫌悪され、拒絶されるんだ。それでも立っていられたら、そのときは、そうだね……強く、願うんだよ」
「……やってみるよ」
「ああ、私もここで応援しているさ」
口元にわずかな笑みを浮かべて、アマドはハクスイに囁いた。
「この世界には、神も女神もいるんだ。“頑張りなさい”、ハクスイ」
そのとき、ハクスイは身体に血が通ったような心地がした。それこそが、アマテラがハクスイに分け与えてくれた、彼女の最後の機奨光の力だったのだろう。